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第85話 守るために使うと決めた

 (いかずち)は、光線ではない。

 光線銃やビーム兵器は光。(かみなり)だって、光。同じ光でもその形状はまったく違う。一方は直線的に進行し他方はギザギザとジグザグに落ちる。


 実のところこの現象はイオン化が進み電気の通りやすい最短ルートを通った結果なのだが、空一面に広がる万雷の景色を見れば誰でも蜘蛛の巣を連想することだろう。


 今回に限って言えばその雷の形状がナツキの命を救ったことになる。



「お前は……」


「遅くなってごめんよ、黄昏くん。親友のピンチにギリギリで現れるなんてボクは友達失格だね」



 ナツキの目前まで迫っていた無数のオブジェクトは全てが丸焦げになり黒い灰となって雪のように床にヒラヒラと降り注いだ。


 空中で複雑に配置され斥力によって浮遊していた一個一個のそれらを一筋の雷が光速で迸り撃ち落としたのだ。空気の道筋の中で時に折れ曲がり時に分裂し的確に狙い撃つことで。


 ナツキは突如として出現した人物の背中を呆然と見つめる。その人物はまるでアクロマから自分を遮り守るかのように目の前に立ってくれている。



「おいおい、いきなり誰だよお前。せっかく今度こそ暁くんが能力(ほんき)を見せてくれそうだったのにさぁ」



 でなければ彼、死んでしまうところだったからね。

 そう付け加えたステージ上のアクロマを、天井を穿って舞い降りた一人の少女──否、少年は睨みつけた。



「誰って、きみがたった今この瞬間に殺めようとした彼の……黄昏くんの()()()()()()()()()()



 掌をステージ上に向ける。ピカッ……建物の内側を光が満たし視界が真白になる。それは以前ナツキを穿ち貫いた掌から放たれる雷撃。雷の槍は他ならぬアクロマ・ネバードーンただ一人を狙い光速で疾走する。



〇△〇△〇



 いきなりのことで驚いた、というよりも。せっかく黄昏暁という人物がひた隠しにする能力を拝めそうだったというのに邪魔されて不愉快だった。


 アクロマは思う。この()()は黄昏暁の関係者なのだろうな、と。色素の薄さは生まれつきだろうか。透き通るような白い肌と、肩につくかつかないかくらいのボブヘアの茶髪。華奢な体型はまだまだ未成年であることを思わせる。可憐な容姿を引き立てるように、その()()が着ている黒い袴にはいくつもの咲き誇る薄紅色の大輪があしらわれている。


 引力と斥力を操る能力でナツキを追い詰めたが、能力の対象となっていた物体は一つ残らずその少女によって丸焦げにされ撃ち落とされた。アクロマの目を引いたのは彼女の青い瞳。その眼が示すのは二等級の能力者であること。


 彼の中で少女に対する警戒度が数段引き上げられた。それ故だろう。少女が掌を向けて自身に雷撃を放った瞬間、咄嗟に対応することができたのは。アクロマの眼が黄色、四等級に切り替わる。



「水生成の能力!」



 ステージ上で片膝をつくようにしゃがみ拳で床を殴ると、アクロマを囲むように半径一メートルほどの円が描かれ、そこから水が吹き出てアクロマを覆った。半球形、ドーム型の水の牢獄の内側に籠ったのだ。


 電気が水を通ることができるのは、水の中に含まれる不純物が電気を伝導させているからだ。そして自然界にある水は大抵の場合この不純物をもつ。だったら、能力で人工的に生み出せばいい。


 青い雷撃は小さな水のドームに触れた瞬間、バチバチッと電気火花を散らしながら上下左右に霧散していった。



「ふう、危ない危ない。二等級の能力者ねえ。それにしても暁くんは隅に置けないなぁ。美咲ちゃんだけじゃなくて他にもアイドルに引けを取らないくらいの美少女のオトモダチがいるなんてさ」



 水の牢獄を解除しながらニタニタと笑うアクロマの言葉に、その人物は訝しむ。



「少女……? なに言ってるのさ。ボクは男の子だよ」


「うんうん、それくらいジョークが飛ばせないとバラエティ番組じゃやっていけないからね。きみ、やっぱりアイドルの素質があるよ」



 どうも会話がかみ合っていない二人を交互に見つめながら、壁際にいたナツキはゆっくりと立ち上がる。



「お前……英雄、だよな……? どうして……」



 ナツキには先日の英雄との戦闘の記憶がない。そのため、これは「どうして(お前が能力を持っているのか)」という問い。

 それを知らない英雄は「どうして(自分を助けに来たんだ)」という意味で解釈した。わずかに振り返って返答する。



「……ボクは能力で一度黄昏くんを傷つけた。だから決めたんだ。この能力は大切な友達(ひと)を守るために使うって。黄昏くん、ボクはきみを助けに来た」



 英雄は改めてステージ上のアクロマの方を向いて言い放つ。



「何か勘違いしてるようみたいだから、きみにもわかるように自己紹介させてもらうね。ボクは黄昏暁くんの生涯の親友にして、授刀衛の二十八宿、北方玄武が一人、そして本日付けで星詠機関(アステリズム)日本支部に派遣されて支部長になった、結城英雄。……こういうときはこんな風に笑えばいいんだっけ。……ククッ、貴様を倒す者の真名()だ! よく覚えておけっ! ってね」



 てへへ、ボクにはかっこいい口上は似合わないな、やっぱり黄昏くんはすごいや。

 照れ笑いを浮かべながらそんなことを呟く英雄を見て驚くのはアクロマだけではない。ナツキもまた何が何だかわからなかった。



「だ、だけど、こっちには美咲ちゃんっていう人質だっているんだ。暁くんが能力を使うまでいくらでも粘って……」


「──雲耀」



 その言葉がナツキの耳に届いたとき、英雄の姿は既にステージ上にあった。ナツキ本人は記憶にないが、以前英雄がナツキに縮地の再現と称して光速移動したのと同じ現象だ。


 英雄は袴の帯で佩いていた小刀を抜いて美咲を縛っていたロープや首の爆弾を一刀に斬り落としていく。



「先輩、大丈夫ですか?」


「え、ええ。あんたは……」


「黄昏くんのところに行っててください。世界で一番安全な場所ですから」



 深い関係性からナツキはすっかり美咲にタメ口だが、実際は同じ学校の先輩。英雄も美咲に対しては目上に振る舞う口調である。美咲はステージ上を駆け下り、黒い灰以外には何もなくなった客席に立ち尽くすナツキの下へと走った。


 ステージ上で、英雄はその青い瞳でアクロマにゴミを見るような冷ややかな視線を送る。



「な、なんだよその眼は! お前たち高位の能力者はいつもそうだッ! 三等級だからって僕を馬鹿にして! この僕を! そんなこと許されない!」


「……やっぱりまだ、何か勘違いしてるんだね」



 英雄は袴の内からさらに数本の小刀を取り出した。元々手に持っていたものと合わせて合計六本。それらが磁力によって浮き上がり、英雄の背後で円の形を描く。小刀ひとつひとつが通電し青白い輝きを放ち、六本が電雷によって結ばれた。その光の輪は神や仏の後光を思わせる。



「ボクが軽蔑しているのはきみの能力の等級じゃないよ。……人質を取って、黄昏くんを苦しめたことだ。──神立(かんだち)



 神立、その言葉に反応するように光輪を構成する六本の小刀の先端が生き物のようにぐるりとアクロマの方を向く。そして英雄の背後から一斉に六本の雷撃を放った。

 電撃の一斉掃射。一本一本が電波塔やアンテナの役割を果たし英雄の能力を何倍にも高めている。以前ナツキの腹に風穴を開け一度は絶命させた技の、単純に六倍の火力。


 黙って撃たれるアクロマではない。眼を紫色に切り替え、彼の背後にも同じ数だけの氷柱が出現した。

 一メートル超はあろうかという六本の氷柱は、英雄を刺し穿とうとミサイルのように放たれる。


 英雄の放った雷光と、アクロマの放った氷柱。向かい合う両者がほぼ同時に射出したそれらはちょうど中間地点で衝突し、爆音と爆風を巻き起こしながら二人を遠ざけた。


 たかだか氷の能力で雷に勝てるわけがない。それはアクロマもわかっている。現に氷柱は一瞬にして溶解して水になった。しかし、アクロマの本領発揮は複数能力の併用、多種多様な組み合わせ。物体の動きを静止させる能力でその水を空間に固定させ真水の壁を作り上げたのだ。


 相手が電気系の能力者だと見抜くだけなら誰でもできる。しかしそこから自分よりも格上に対して創意工夫と機転だけで応戦するには、才能、センス、努力、経験、その全てが要求されるだろう。アクロマという能力者が能力バトルというただ一点においては優れていることは誰の目からも間違いない。



(それに、こういう人の手を超えた速度を操る能力者への対処はそんなに難しい話じゃない。たしかにあの雷は厄介だが、操っているのは所詮人間だ)



 優れた武術家は銃火器の蔓延る現代戦においてもなお通用すると言われている。たしかに彼らに銃弾を避ける動体視力はない。しかし、呼吸を読み、タイミングを計り、銃口ではなく相手の目線と筋肉の動きを観察し、少なくとも一対一で負けることはない。


 数多の能力を掌握するアクロマは能力に振り回されないという点でいわばプロフェッショナルである。

 つまりはその逆、強大な能力に振り回されることで生じる隙にもまた敏感だった。光速の攻撃は、しかし英雄の人体から放たれる以上は、判断、照準、発射、プロセスの全てで光速に劣るはず。攻撃までのあらゆる段階に付け入る隙がある。



(ほら、今この()の膝が少し沈んだ)



 ということは接近戦に持ち込まれる。それさえわかれば、たとえ光速の移動でも問題ない。英雄が能力の使用開始の指令を脳から体へ送信したとき既にアクロマは回避行動に入っているのだから。



「──雲耀」



 アクロマがにらんだ通り英雄は光速で接近する。たしかにアクロマは英雄に対応してみせた。

 そう、()()()()



「なっ……」



 さっきまで英雄の背後にあった六本の小刀のうち二本が英雄の両手にそれぞれ握られ、残りの四本はアクロマを囲むように浮遊している。逃げ場がなくなった。


 アクロマが対処できたのは英雄という人体にだけ。能力に付随する外部要因にまでは意識が及んでいなかった。それでも、咄嗟に抵抗できたのはやはり彼の才覚か。



(炎を操る能力……!)



 口に出す余裕はない。両腕を振り回し、掌から噴射される炎の激流を四方八方、三六〇度に拡散させる。半ば闇雲に、我武者羅に。どうせ狙いを定めても小刀にまで光速で動かれては当たらない。だったら広範囲に爆熱をまき散らす!


 浮遊している小刀の刀身は熱されてオレンジ色に発光し始めた。このままさらに時間を置けば、刀の鍛冶場のように小刀はドロドロに溶けるだろう。そうなったらアクロマは、少なくとも後退して次の能力を発動するだけの隙が確保できるはず。

 だが、アクロマは目の前の光景に瞠目した。



「……ッ!!」



 英雄が両手に持つ小刀の刀身も発光していた。だがオレンジ色ではない。青白く。それは英雄の雷の色。

 周囲をバチバチと散る電雷の火花は両腕を通って小刀の刃に到達し、その表面を覆ったのだ。雷を宿した英雄の二刀は今この瞬間に限って、あらゆる刃物よりも鋭く、そしてあらゆる金属よりも頑強になった。


 直径二メートルにもなろうかという火炎放射を両手の二刀で斬り裂き、一秒にも満たない極々わずかな時間だけ生まれた炎の隙間を自身の能力で光速で抜ける。


 アクロマが最後に見たのは振り下ろされる二振りの刃。

 炎の渦の中で自分を見つめてくる厳かな表情の少女は、今まで自分が追いかけたどんなアイドルよりも美しいかもしれない、アクロマはそんなことを思いながらその身で斬撃を受けるのだった。

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[気になる点] 光速と高速と雷速を区別して欲しいな。聖闘士じゃねーんだからさあ。
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