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第83話 透明人間は何色にでもなれる

「さあ、暁くんの能力を僕に見せてよ。グリーナー兄さんを倒したっていう噂のさ。まあ『子供達』の中でもグリーナー兄さんは戦闘向きじゃないからね。あの人を倒したくらいじゃきみが本当に強いのか、まったくわかりゃしない」


「グリーナー?」


「ああ、もうきみにとってあれくらい覚えておく価値のない相手なんだね」



 正確にはグリーナーを倒したのはナツキではなくスピカで、そのときナツキは英雄の相手をしていたのだが。セバスから連絡を受けた音無透はナツキがグリーナーを倒したように理解した。

 

 ステージ上にて、透はポケットから首輪を取り出して美咲に巻いた。カチ、カチ、カチ、と自身の首から鳴る音を聞いた美咲は『ひっ』と喉を締め付けるように引きつった悲鳴をあげる。それはタイマーの音。彼女の恐怖を確信へと変えるように透は高らかに宣言をした。



「暁くん、ゲームをしよう。僕を倒すんだ。できなかったら、美咲ちゃんの首に巻いた小型爆弾が爆発する。首輪にはめ込められる小さい型だけどこの至近距離で人間の首を吹き飛ばすくらいには充分だ。うんうん、そんなに恐い顔しちゃって。嫌だよねえ? だったらどんな方法を使ってでも僕を倒してこの解除キーを手に入れなきゃ! 能力を隠している場合じゃないよ!」


「貴様、美咲のファンだというのは嘘だったのか……?」


「嘘じゃないよ。でもファンならいろんな顔を見てみたよね!」



 唖然とした。何の特徴もない平凡な青年だと思っていたが、あまりに内面は狂っている。爆弾? 首が吹き飛ぶ? どうして大好きな相手にそんなことができる。どうしてヘラヘラ笑っていられる。

 当然、試験としてもルール違反だ。ナナは言っていた。命を奪うことは許さないと。しかし透はそんなことお構いなしとばかりの暴挙に出ている。



(思考を切り替えろ。今までのような命の安全が保証されている戦いじゃない。相手は俺と違って正真正銘の能力者で、本気で俺や美咲を殺しにくるぞ)



 木刀を取り出す。眼帯を外し、布袋と一緒に放り捨てた。

 恐怖や緊張、不安。いくつもの負の感情がごちゃ混ぜになって、椅子に縛られている美咲の目隠しの下からツーと一筋の涙が流れ落ちる。それがナツキの中の何かをプツリと切った。



「ああ、そうそう。まだ本当の名前を名乗っていなかったね。僕は【無色】のアクロマ・ネバードーン。どう? 星詠機関(アステリズム)に入りたいような志があるなら、これを聞いた方が心置きなく本気が出せるんじゃないの? それに何より、美咲ちゃんの命がかかっているんだし!」


「……貴様ァァァァ!!!!」



 本名を名乗った透──アクロマは美咲の首をツンツンとつつき、さらにナツキを煽る。

 憤怒に顔を歪ませたナツキは木刀を強く握りしめ、階段席の最上段からアクロマのいる最下段のステージまで飛び降りた。



〇△〇△〇



「じゃ、まずは小手調べ」



 アクロマの眼が橙から紫へと切り替わる。



「竜巻を起こす能力」



 ゴゴゴゴという轟音とともに高さ四メートルほどの竜巻が観客席に発生した。数にして三本。アクロマのすぐ目の前から、客席の椅子や床の塵と埃を巻き込み天井へと舞い上げながら襲い掛かり、階段席を昇って来た。それらがナツキの足を止める。

 これでは美咲にもアクロマにも接近できない。明らかに、竜巻の軌道は自分を飲み込もうとしている。



「だったらそれごと乗り越えるのみ!」



 マフラーを口が隠れるまで上げ、あえて竜巻の中に飛び込む。暴風の中で飛び交う椅子を踏み台にしながら前へ、前へと突き進む。風が目に染みて涙が出る。でも、辛くて怖くて苦しくて溢れ出る美咲の涙に比べれば大したことじゃない。そう自分に言い聞かせ、竜巻の中を器用に椅子を足場にした。


 椅子に着地する。椅子ごと吹き飛ばされそうになる。また飛んできた別の椅子に飛び移る。それもまた椅子ごと吹き飛ぶ。また飛んできたものに飛び移る。少しずつ、少しずつ、観客席からステージ上へと近づいている。物理的なたしかな事実。



「ククッ、義経の八艘跳びだ!」



 その高さ四メートルの竜巻を抜け出て、飛び交う椅子を踏み台にして木刀をアクロマに振り下ろした。

 アクロマの眼の色が、黄色に切り替わる。



「障壁を張る能力」



 アクロマが手をかざすと、一辺一メートルほどの青い半透明な六角形が出現した。

 障壁はナツキの木刀の一撃を受け止め、その運動エネルギーはバチバチバチという音や衝撃波となって逃がされていく。障壁越しにニヤつくアクロマと目が合った。


 ほんの一、二秒の、木刀と障壁の鍔迫り合い。徐々に障壁に押し返されていく。が、いきなりアクロマは障壁を解除した。眼は黄色いまま、アクロマは再び呟く。



「鋭利な爪を伸ばす能力」



 途端、アクロマの両手の爪、数にして合計十本が三、四十センチメートルほどまで伸びた。

 障壁に全体重を預けていたナツキは、その障壁の消失によってフッと力が空中に抜ける。満員電車の扉が開いたとき扉に寄り掛かっていた乗客がホームに押し出されるように、ナツキも空中からステージの床へと放り出された。

 眼前に待ち受けるのは鋭利な十本の爪。このまま落下すれば自重で十分割されてしまう。



(だが、その能力は既に見ている!)



 宙にいる間のほんのわずかな時間で体操選手のように身体をねじり、空いた手でポケットのバタフライナイフを展開する。器用な体勢でアクロマの爪を回避し、ナイフを横薙ぎに振るって計十本の爪をすべて中腹から折った。

 結果的に四メートルの高さからダイブしたことになる。ステージ上に着地したナツキは後ろ向きに滑るように勢いを殺した。ちょうど美咲のすぐ真横まで飛ばされたようだ。


 しめた! ここで爆弾を解除すれば人質はないも同然。実質勝利だ。ナツキが首輪の爆弾に手をかけたときだった。

そうはさせない、とばかりにアクロマの眼の色が橙色に切り替わる。



「筋力増強の能力」



 床を蹴ってナツキに急接近する。ここ最近、美咲の能力を利用して自分は高速移動による近接戦闘をしてきた。その速度の視界に目に慣れていたからこそアクロマの速度もまたそれに匹敵することがわかった。


 弾丸のように近づいてきたアクロマのハイキックを木刀で受け止めるが、ステージ上から客席──尤も、座席は吹き飛ばされてもう一つもないのだが──へと弾き飛ばされた。



「植物生成の能力。倍増の能力。硬化の能力」



 ステージ上のアクロマがころころと眼の色を切り替える。その手の中には木の葉が何十枚も握られていた。増加は依然続いている。

 木の葉を指の間に挟みナツキ目掛けて投擲した。



「二刀流が本職なんでなッ!」



 木刀とナイフという太刀・小太刀の二刀流。前回女子大学生の能力者から似た攻撃を受けたときの倍の手数で対処できる。キンキンキンキンキンという擦れる音とともに漏れなく全て打ち払った。

 そう、これも一度見ている。さっきの爪の能力も。アクロマの手の中から木の葉が消えたのを目視し、ナツキは問うた。



「透、貴様の能力、コピーだな」


「いや、音無透は偽名で本名はアクロマ・ネバードーンなんだけど……ま、好きに呼んでもらっていっか。そうだね、暁くんの言う通り僕の能力はコピーだよ」



 別に誰かに尋ねたわけでもないが、ここまで一人につき能力は一個だった。それに自分がよく見たり読んだりする漫画やラノベやアニメでも基本的に能力は一人一個。これがセオリー。それなのにアクロマは能力を用いたとしか思えない現象をいくつも起こしている。ここから導き出される答えはひとつ。コピー能力だ。



「いやね、そんな大した能力じゃないんだよ。たしかに僕は相手の肌に触れさえすれば能力をコピーできる。だけどね、暁くん。僕はきみにも触れたのに、きみの能力は使えないでしょう? うーんさすがに無制限ってわけにはいかなくてね。僕のコピーという能力自体が三等級だから、コピーできるのは三等級以下だけってわけ。ああ、美咲ちゃんの能力はぶっちゃけ大ハズレだったよ。音波が自分にも届いちゃうなんて、あんな自爆技使い物にならない」



 ニタニタと笑いながら自身の能力を詳らかに話し始めたアクロマの気味が悪い姿に嫌悪感を抱きながら言った。



「ククッ、おいおい、説明は敗北のフラグだぞ?」


「いやいや、なんでか知らないけど能力を使わない暁くんに僕が負けるわけないじゃん。美咲ちゃんを助ける気あるの? それにね、僕は自分より上の等級だからって負ける気はしないんだ。三等級から六等級まで、役立つものからクソみたいなものまで、ざっと数百は能力をコピーしてストックしてるけどね、それらを総動員して組み合わせると一個の強大な能力だって上回るんだ。そういう小手先の工夫は、どっちかって言うとネバードーン財団(こっちがわ)より星詠機関(そっちがわ)のお家芸でしょ?」



 だからこそ筆記試験を突破できた、という側面はたしかにある。能力の相性やその相性の補完、組み合わせ、用途、使用場面、工夫。ありとあらゆる能力に関する考察と造詣は他の能力者以上のものを持つ。



「ああ、安心してよ。いくら僕でお無制限に使い放題ってわけじゃない。基本的には一回の使用につきその能力は二十四時間のインターバルが必要なんだ。ま、数百あるから全然無問題(もーまんたい)だよ」


「そうか。だがな、透。貴様を倒さねば美咲を助けられないというのなら俺は絶対に倒す」



 さっきから会話に出てくる『等級』というものが何なのかはわからない。アクロマの言っていることの全てを理解しているわけじゃない。それでも、悲痛な美咲を想えば不思議と力が湧いてきた。



「美咲ィィ!!」



 客席からステージ上へと声を張り上げる。縛られた椅子の上でびくんと身体を振るわせた。



「必ずお前を助けるッ!! だから……泣くな! お前はお前らしくいつもみたいに笑っていてくれ。それが俺のチカラになるからッ!! だからッッ!!!!」



 美咲が必死にもぞもぞと顔を上下左右に振ると、口元の布がズレ落ちた。依然として全身は椅子に縛り付けられているし目隠しもされている。それでも、彼女にとって一番大切な音、声は取り戻した。


 だから。大切な人に、大切な声でメッセージを届ける。それは自分が歌手としてアイドルとしていつもやってきたことだ。



「……うん…………うん! クスクス、もう、あんた何してんのよ! お姫様が捕まってるんだからそんなヤツさっさとこてんぱんにしちゃいなさい!」



 見えなくてもたしかに聞こえる。ナツキの声は自分に届く。自分の声もナツキに届く。それだけで充分だった。それだけあれば恐怖なんて消え去った。それこそが二人のたしかなつながりなのだから。



「さあ、暁くん、美咲ちゃん。お話は終わったかい?」


「透、貴様は依然言っていたな。俺がファンの鑑だと。ああそうだとも。貴様なんぞよりよっぽど美咲のファンだ。だから必ず助けだす。あいつの笑顔に応えてやる。そして貴様を叩きのめす!」


「うん! とても元気で良い心意気だ! それでこそ美咲ちゃんのファンだね。いいよ、ここからは僕も手加減なしだ。全力でいくよ!」

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