第80話 会いたいときに会いにいけばいい
「暁、避けて!」
「ああ!」
大学生ほどの女性が紙片を何十枚と投げつけてくるのを木刀で打ち払いながら、美咲の能力を利用し高速移動をして相手の視野の外へ出る。
ただの紙きれのはずなのにアスファルトに突き刺さり立っている。かと思えば、ものの数秒でただの紙のようにぺらりと倒れた。後方に控えていた美咲も顔の前で手をパチンと打ち音波を生み出して増幅させることで自身へ飛んできた分は打ち落としている。
(なるほど、硬化の能力だな。だが永続ではない。紙が投擲されてからおよそ三秒といったところか。ククッ、だったらやりようはある)
ナツキは急接近して木刀を振りかぶる。それを見て相手の女はしめたとばかりに能力を発動する。
木刀は刀と言っても所詮は木、硬化した身体に当たればへし折れるだろう。あとはそのままナツキの手首を取って投げればいい。合気道を嗜むその女性はそこまで脳内で描き、緑色の眼を輝かせ、五等級の能力を行使したのだ。
一秒
しかしナツキは木刀を寸止めした。
二秒
ナツキの腕を掴むことばかりに気を取られている女の上半身に、肘を突き立て身体を当てて突き飛ばす。
体当たりを受けた女は自身が合気道を嗜んでいるからこそそれが『当て身』という技術だと看破した。したところで、正中線を揺さぶられた自身の身体が吹き飛ぶのを止めることはできない。
三秒
フェンスにぶつかり尻もちをつく。だが幸いにして能力を行使し全身を硬化させている最中だ。受け身を取るまでもなく無傷で済んでいる。相手の少年、ナツキに接近される前に何か投擲できるものを……。そうしてアスファルトの隙間から生える雑草を千切って手に取った。自身の能力を使えば草木だって容易くナイフくらいの強度を得る。
これを投げれば必然相手はそちらの対処をせざるを得ないはず。
それなのに。
まるで能力が切れるタイミングを読まれていたかのように、雑草を握る手が離れる。手首に激しい痛みが走った。
(そんな馬鹿な……! あの距離から木刀を投げて当ててくるなんて。それに、ちょうど私の硬化が解除されるタイミングで!)
痛みに顔を歪ませながらも再び能力を行使しようとした……が、それは叶わない。首筋にナイフの刃を当てられている。いつの間にこれだけの距離を詰められたのか。さすがに美咲の能力だとは気が付けない。
降参の意思を示すように両腕を挙げる。
「私の負けよ」
ナツキと美咲のスマートウォッチの画面が替わり、得点が加算されたことを確認したところでナイフを離した。
「げっ、二十点も取られてるじゃないの! もう、最悪……」
「すまないな。こちらにも負けられない理由があったんだ」
「いいよいいよ、今のは私の負け。自分の能力に慢心しちゃったからね。それにしてもきみ、良い当て身だったよ。合気道やってるの?」
「いいや、専門にはしていない。いくつか学んだ武術の中に合気道があっただけだ」
そう言うナツキの脳裏によぎるのは、片方の眼が赤い青年が主人公の某アニメの番外編の映画に出てくるヒロイン。西洋人が日本の武術を用いる設定に妙なカッコよさを覚えたナツキは当然マネをし習得していた。
「ちょっと、なに敵と仲良く話してるのよ」
「ああ、美咲。さっきもナイスアシストだったぞ。本当に助かる」
「べ、べつに、その方が私が勝ちやすいって思っただけで、あんたの音をよく聞こうとしてたわけじゃないし……」
「あ、あの、美咲ちゃんですよね! 握手してもらってもいいですか!」
大学生くらいの見た目の女性だけあって、かなり美咲のファンのようだ。先日の善五郎や典子らのリアクションと比べれば美咲のファン層がどういう年代なのかよくわかる。
目を違う意味で輝かせる姿にはやはり悪い気はしないようで、さっきまでナツキを嗜めていたのが嘘かのように嬉しそうに握手に応じている。
一人に対して一度しか戦えないので、こうして戦い終えた後はお互いに対立する必要はない。だからといって無理に親しくする必要もまたないのだが。しかしこのように交戦後に親睦を深めるというのは、将来的に星詠機関日本支部の同僚になるかもしれない相手であることを踏まえれば人間関係の投資のようなものだろう。
一緒に写メまで取っている女子二人を横目にナツキはさっさと布袋に木刀を仕舞った。
「クスクス、あんたも頭を下げるなら私と一緒に写真撮ってあげてもいいわよ? あんたのことだから女の子と写真なんて撮ったことないでしょう。私がハジメテになってあげようかなって……」
「いや、いい」
「ちょ、なんでよ!」
いつの間にか相手は帰ったのか、帰宅の準備を進めるナツキに美咲が絡んできた。
平日最終日にして初めての、得点上位者を探し出しての戦闘。ナツキとしては気疲れ半分、他の能力者に闇討ちでもされて無駄な失点をしないように早く帰りたいという気持ちが半分。さきほどまで透と会話していたこともあって時刻は夕方だ。
だからあしらうような返答しかしない。
「だって、写真なんか撮らなくても美咲に会いたいときは会いに行けばいいだろ」
自分は偶然他のファンとは違って同じ学校である上に自宅や連絡先まで知っているのだから。それに、このまま土曜日も乗り越えれば同じ組織に入ることにだってなるだろう。……いや、正確にはナツキはファンではないのだが。
ともかく、ナツキとしてはそうした実務的な事実に基づいての発言だったのだが、それを聞いた美咲はなぜか顔を赤らめて目を逸らしごにょごにょ言っている。
「ククッ、どうした、とうとう熱病にでも冒されたか?」
「な、なんでもない! ナチュラルにヘンなこと言わないでよ馬鹿!」
熱でもあるのではないか、と額に手を当てられた美咲はますます顔を真っ赤にし騒ぐのだった。
〇△〇△〇
黄昏暁(田中ナツキ):一二〇→一三〇
雲母美咲:一〇九→一一九