第8話 中二病の出番だ、fromコッペパンだ
「二週間前からもうテスト期間なんてうちの中学早いよね。他校の知り合いに聞いたらどこも一週間前なんだって」
「ククッ、まったくだ。長期休みを除けばテスト期間じゃない日の方が短いんじゃないかとすら錯覚する。あと他校のことは知らん。俺は友達が少ないからな」
「『いない』じゃなくて『少ない』って言うのは少なくとも一人は友達がいるからってことだよね? ふふ、嬉しいなあ」
「な、別にそういうわけでは……」
幸せそうに笑う英雄の姿を見ては否定するのも憚られる。それに英雄の指摘も正鵠を射ていた。ナツキ自身まったく意識せずに『少ない』という言葉を選んでいたからだ。
それだけ英雄に対して友愛の情を抱いていたということなのだろう。現に今もこうして二人で旧校舎の廊下に座りこみ購買で買ってきたパンを食べている。隣のクラスなのでどちらかの教室に行ってもよいのだが、まだそうした学友と時間を過ごすということに気恥ずかしさを覚えるナツキはついここに来てしまうのだった。
開け放たれた窓からは裏庭の葉桜を揺らしながら爽やかな風が吹き込んでくる。
隣で壁に寄り掛かりリスのようにパンを頬張る英雄から、ほのかに甘い香りがした。菓子パンなのだろうか。
「それ、何のパンなんだ?」
「え、見ての通りただのコッペパンだよ。あんまり色々混ざったパンが好きじゃないんだよね。それがどうかした?」
「いや、なに、少し甘い香りがしたんでな。苺みたいな……」
「うわあ! 嬉しい! 気が付いてくれたの黄昏くんだけだよ~。実はシャンプーを変えてみたんだ。ええっと、どう、かな……?」
ぐっと身を乗り出しあわやゼロ距離というところで英雄が目をきらきら輝かせながら上目遣いでナツキを見つめる。たしかに言われてみれば英雄が動くたびに香ってくるように感じる。
女子にこのように尋ねられたときどのように答えるのがベストなのか……。教科書にも参考書にも載っていないこの問題に、しかしナツキはアニメやラノベを頭の中から引っ張り出しヒロインに対する主人公の言動を参考にすることで解決を試みた。
(……って、いやいや、俺は何を考えているんだ。英雄は男だ。制服以外に男である要素はひとつもないが、校則に従って学ランを着ている以上は戸籍上英雄は男。そう、男。ククッ、俺としたことが幻惑魔術にかかるところだった)
心の中でぶんぶんと首を振り、ナツキはあくまで同性の友人として振る舞うことに徹しようと決めた。
中二病をこじらせたこともあって、これまで友人と言えばインターネット上だけだった。互いの容姿が見えない電子の世界ではこのように相手の変化に気が付いたりその印象を伝えたりということはあり得ない。
だからだろうか。
「ああ、すごくかわいい」
「え」
(違う違う違う完全に間違えた! なんだ、俺は嘘をつけないのか? 馬鹿なのか? それとも俺の中ではカインがアベルを殺さなかったのか?)
「も、もう、かわいいなんて照れるなあ……。ボク、男の子なんだよ?」
(いやいやいや、なんで英雄ももじもじしながら顔を赤らめるんだ! そこはちゃんと拒絶しろ! というか動くたびに良い香りを振りまくな!)
片膝を立てた姿勢で座っているナツキは思わず遮るように顔を隠す。これ以上この話題を続けていたら変な気を起こしそうだ。脳内にいくつもの夕華の姿を思い浮かべることで情欲の気を強引に逸らし、理性を整える。
「そ、それにしてもだ。まあ、あれだな。なんというか、うん。テストは面倒だな」
「でも黄昏くんは一年生のときからずっと全科目満点だって有名な話だよ? 強いだけじゃなくて頭も良いなんてホントすごいなあ……!」
「ククッ、まあ所詮は義務教育だ。暗記の延長線でしかない。大学入試ともなると多少は違ってくるんだが」
「国語とか数学とかも?」
「暗記と言っても額面通りの意味じゃない。要は語句ではなくプロセスの暗記だ。どういう論理的な道筋の追い方をすれば正答にたどり着けるかはパターン化されているからな。後は数字なり文章なりを変数としてそのパターンに組み込んでいけばいい。出題者の立場を想像することで意図を逆算する、なんて裏技もないことはないが、常道じゃない」
「やっぱり黄昏くんはすごいや。ボク、憧れちゃうなぁ……。ねえ、黄昏くん、その……もし迷惑じゃなければなんだけど、一緒にテスト勉強なんてどうかな……?」
不安そうに尋ねてくる英雄に庇護欲が掻き立てられるのをぐっとこらえながら、しかし頭は冷静に考えた。自宅では夕華と鉢合わせる可能性がありリスクが高い。英雄がそんなことをするとは思えないが、万が一男子中学生と担任の女教師が同居しているなんてことが広まったら夕華は教職を追われることになる。ここは図書館かファミレスあたりが妥当だろうか。
「ああ。構わんぞ。ただ俺はテスト対策の勉強は普段しないから英雄の質問に答えていくという形になると思うが。場所は学校の図書館かファミ……」
「ほんと!!?? やったあ!! 嬉しいよっ! 断られたどうしようかと思ってボクとっても緊張しちゃって……うわっ!」
喜びと興奮のあまり再びナツキに接近した英雄。しかし先ほどと違ってパンを食べ終えていたことが災いした。教室に戻る途中で捨てようと床に畳んで置いていたパンの袋に手をついてしまったのだ。
通常、リノリウムを用いてる廊下の床は近年安全性の観点からさほど滑らないようになっている。だがここは旧校舎。乾いた木製の床はすべすべさらさらとしていて、袋のナイロン素材はまるで乾拭きの雑巾のようによく滑ってしまう。
バランスを崩した英雄は上半身を倒してしまい、あわや顔から床に衝突するところだった。
ナツキは食べかけのパンを放って咄嗟に英雄を受け止める。
「だ、大丈夫か?」
「うん……ありがとう……」
ナツキの胸の中で何故か熱いまなざしを送ってくる甘い香りの英雄と目が合うこと数秒。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。あと五分で五限が始まる。遅刻すると空川先生に怒られるからな! とうわずった声をあげながらナツキは英雄を引き離し、お互い自分の教室に戻るのだった。
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