第78話 やっぱり姉弟だな
「最近なんだかよく雲母先輩とよく一緒にいるよね」
「ああ……まあそうかもしれないな」
金曜日の昼休み。幾重にも養生テープを貼ることで結界のごとき塞ぎ方がされている旧校舎の廊下で、ナツキと英雄の二人は昼食を取っていた。
月曜日に美咲と戦闘した際に廊下は窓や床が破壊されたので一般生徒は立入禁止になっている。しかし学校一の問題児であるナツキがそんな言うことを素直に聞くわけもなく、英雄は英雄で、一番の友人と一緒にルールを破るという状況に不思議と青春を感じ取ってしまいノリノリで、二人してテープをくぐり廊下で座ってパンを食べている。
「もしかして黄昏くん……」
「い、いや、やましい関係じゃないぞ! 断じて」
「雲母先輩と友達になったの!?」
「は?」
「だから! ボク以外の人と友達になっちゃったんじゃないかって……」
英雄はくりくりとした青い瞳をうるうると震わせてナツキを見上げた。少女にしか見えない姿にドキリとする心臓をぐっと抑えて、安心させるように頭を撫でて言った。
「心配するな。俺にとって友達はお前だけだ。あいつは……そうだな、同盟相手、といったところか」
「ほんとに?」
「ああ。本当だ」
「へへ、よかったあ……」
ぽかぽかと温かい太陽のように微笑む英雄につられてナツキも顔を緩める。ここまで英雄の独占欲が強いのは意外だったが当事者としては悪い気はしない。まして相手はサイズの合わないダブダブの学ランこそ着ているけれど、どこからどう見ても三六〇度の美少女。自分との間にあるのは友情だけだとわかっていても思春期の心はドクドクと心拍数を上げてしまう。
廊下で片膝を立てて逆の片足は伸ばして座っているナツキの肩に、体育座りをしている英雄が体ごと寄せてきてこてんと頭を乗せる。
「でもたまにはボクとも遊んでくれないと拗ねちゃうよ?」
「うーん……、すまん。今週はずっと立て込んでてな。たぶん来週からは多少時間に余裕ができると思う。期末テストまで時間もあるし、今度はパーッとどこかで遊ぶか」
「うん! ボクね、最近ちょっとしたお仕事をしててお金が入ってきたんだ。お母さんも楽にさせてあげられるようになったし、今度はボクの方が何か美味しいもの奢ってあげるね!」
「それは楽しみだな。だが……ククッ、あまり欲に溺れるなよ。独占欲、金銭欲、食欲……欲望は人を強くし原動力にもなるが道を間違えると一気に奈落の底へと転落する。七つの大罪は俺でも御しきれんほどの高次概念だからな」
「黄昏くんはやっぱりすごいなあ。ボクの知らない言葉をたくさん知ってるんだね。それにしても欲望かあ。…………でも一番は黄昏くんへの、なんて……」
「何か言ったか?」
「う、ううん! なんでもないよ! い、いやー今日は良い天気だね」
「ああ、そうだな。雨が降ったりやんだり面倒な天候だが今日は珍しくカラっと晴れている。太陽王の機嫌が良いんだろう」
昼の陽光を割れた窓から二人で浴びて、温かい陽気に微睡む。肩に頭を乗せている英雄がうつらうつらし始めたので、『昼休みの終わりのチャイムが鳴ったら起こすから寝ててもいいぞ』と声をかけた。
鈴のようなかわいらしい声で『うん』と小さく返事したのを最後に英雄は眠りに落ち、すーすーと寝息を立て始める。肩まである色素の薄い茶色のボブヘアからふわりと甘い香りがする。ああ、またシャンプーを替えたんだな。起きたら伝えてあげよう。そう考えているうち、ポカポカ陽気に当てられたナツキも睡魔に襲われ始めた。
二人して眠りこけ、チャイムで跳び起きて午後の授業を受けに教室まで走ることになるのは三十分後の話。
〇△〇△〇
「うあーー見て見てナナちゃん! 雪だよ!」
「はいはいそうだね。後で雪だるまでも作ろうか。夕華にそっくりのね」
「それすっごく良いアイデア!」
ザクリザクリと雪を踏みしめながら、二十一天が一人、ハダル──本名、田中ハルカと北斗ナナの二人は雪山を進んだ。アラスカ湾まで船で行き、そこからは徒歩。雪山用の分厚い防寒具を纏うナナに対して、ハルカは普段と変わりない。二十一天のメンバーが共通して着ている黒いジャケットだ。
吐息が白くキラキラしていることすらも面白がっているハルカを伴ってナナたちが向かったのは、先日襲撃を受け犬塚牟田を逃がしてしまった現場。雪が積もって足跡などの痕跡が隠れてしまわないよう、鉄パイプや鉄骨を組み合わせブルーシートを上から被せることで簡易的な室内を形成している。
既に機関の職員たちが数名集めっており、ハルカとナナの姿に気が付くと居住まいを正す。
「ありゃりゃ~随分の有様だね」
「これは……斬撃か?」
ナナはしゃがんで横転した車の荷台を観察する。緑色の液体とともにまき散らされているガラス片から、どのような攻撃を受けたかを逆算で推測していった。足跡は車の進行方向前方までは一人分、しかし荷台からは二人分。つまり、襲撃犯の分と脱走した犬塚の分。妙なことに、その足跡は車の後方で再び一人分になっている。
「ハルカ、どう思う?」
「めっちゃ気持ち悪くない!?」
「気持ち悪い、とは……?」
壮年の男性職員の一人がハルカに問いかける。彼もまた瞳の色から能力者であることが窺える。西洋の血が入っているのか非常にがっしりとした体型で、ハルカは彼の胸のあたりまでしか背が届かない。それでもこの職員は無能力者であるハルカを見下すまねはしなかった。それだけ二十一天の、ないしはハルカ自身の名声が組織全体に行き届いているということだ。
ハルカはナナと男性職員の二人の眼をしっかり見つめながら言った。
「二人とも。能力何個持ってる?」
「一個です」
「そりゃもちろん一個だよ。誰だってそうだろう」
「うん。そうなんだよ。でもね、ほら見て。あそこの足跡、突然現れてるでしょう? ヘリコプターで山の上まで行ってそこから降りて来たにしろ、麓から昇って来たにしろ、足跡が一か所にいきなり出てくるなんておかしい。到着した地点から続いてないと」
ハルカは車の前方を指しながら説明し、ナナと男性職員の二人も頷く。それはそうだ、と。
何より、犬塚と思われるもの加えて二つになった足跡は再び一人分になっている。これでは、襲撃犯は帰らずにここで突っ立っていることになってしまう。
「つまり、シリウスくんが予測してた通りナナちゃんみたいに空間を転移する能力か、空を飛んできたか、近くの木からジャンプしてきたか……いずれにしろこれで能力が一個ね。じゃあ次。見てよこのガラス片。それから、車の……たぶん天井かな? 車体かな? とにかく車の破片。まず断面から言って車体の方は鈍器の類じゃない。何か鋭利なものだね。それも金属を軽く破っちゃう特殊なやつ。でもほら、こっちのガラス片は何か鈍器で叩きつけられたような断面をしてるんだ。武器か何かを持ってきていたとして、そこわざわざ使い分けるかな?」
「つまり能力を用いたと?」
「そこまではわからない。気まぐれに二刀流をやりたがる子をよく知ってるから……。でもこれだけじゃないんだよ。ナナちゃん、運転してた職員の検視報告書を持ってきてもらえる?」
いつになく真剣に、それでいてどこか楽しそうなハルカ。そんな姿に苦笑しながらも、パチンと指を鳴らせば手元にクリップで留められた書類が現れた。
受け取ったハルカはペラペラとめくっていき、遺体の写真を見せる。
「ありがとぉ~。はい、注目。おでこに小さな穴が開いてるよね」
「銃か?」
「かもね。まあ、だったらどうして水槽のガラスを銃弾で割らなかったんだって話になるけど。だけど私が気になったのはあっち」
ハルカが指したのは再び車の前方、正確には罅割れたフロントガラスの運転席。
「その一、なんで車は倒れてるの?」
「何か攻撃を喰らったものかと思われますが……」
「能力は転移か飛行か浮遊かって言ってたのにどうやって? 普通は人間なんて簡単に轢かれちゃうよ。ま、いいや。じゃあ都合よく、仮に水槽のガラスを叩き割った鈍器でうまいことこうなったとしよう」
ハルカが指を二本立てる。
「その二。運転席にいた男の額は貫通しているのに、どうしてフロントガラスは砕け散ってないのかな?」
罅割れたガラスに銃弾のような強烈な衝撃が与えられれば全体が砕け散る。逆に、無傷のフロントガラスに銃弾を打てば貫通した一か所の穴を中心に放射状に全体が罅割れる。
それなのに、横転し地面に近い方は割れ切っている部分こそあるものの、フロントガラスは全体的に罅が入っている。とても銃弾のような一点に力が集中するものを使ったとは思えない。
「ガラスを貫通するものって言ったら何だろうなあ。屈折現象が起きちゃうけど光に関する能力だと思うよ。もちろん、わざわざサイドガラスから腕を突っ込んで中の運転席に向かって発砲したって線もなくはないけど……。それに何の意味があるのっていう疑問と、そんな細工を凝らす人が足跡を残しておくかなっていう疑問がある」
「……ハルカはつまりこう言いたいのか。襲撃した犯人の能力者は複数の能力を保持してるって」
「馬鹿な。あり得ません。そんな例、過去にありませんよ」
「武器を持たずに手ぶらで来てたなら、移動、車の横転、運転手の死に方、車の斬り破られ方、水槽の割れ方で最大五個。最低でも、二個。さらにプロファイリングするとね。仮に複数の能力を持っていたとしても犬塚牟田の奪還だけならもっとスマートにできたはず。きっと人を殺すことに抵抗がない。複数の能力をわざわざ使っているということは一回ずつしか使えない制限があるか、色々と試したがっているか、楽しむために使い分けてるか。理由はどれか一つかもしれないし全部かもしれない。かなり快楽的な人だと思うよ。物事をゲームか何かと捉えるような、歪んだ人」
「ハダル様、来た瞬間にそれだけのことを……?」
「やだなあ、様、なんて。ねえねえナナちゃん、ナナちゃんも私のこと様付けしてよ!」
「アホ」
日本でナツキにしていたように、ポンとハルカの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でる。
「うーんナナちゃんにこれされるの久しぶり! サイコ~!」
嬉しそうに目を瞑る遥か上の上司の姿を見ながら男性職員は改めて戦慄した。
(俺たちが数時間かけて頭を捻ってもわからなかった分析を、訪れてから数秒で「気持ち悪い」という感覚で片手間でできるなんて……。さすがは星詠機関史上唯一無能力者で二十一天になったお方だ……!)
能力に関する推理力という意味では弟のナツキによく似ている──いいや、ナツキが姉譲りなのだろう。
ナナはナナで久しぶりにハルカの頭を撫でながら『やっぱり姉弟だな……』と内心呟いていた。
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