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第77話 音の能力は属性で言ったら風のはず

「ほらほら、肩もかっちかちよ。こんな棒きれ振るうのが好きなんてヘンな趣味ね」


「棒きれじゃない。十束(とつかの)(つるぎ)だ。神殺しの逸話を持つ業物だぞ?」


「とつ……なに?」


「……天羽々斬(アマノハバキリ)って名前でならわかるか?」


「知らなーい。私がわかるような有名な刀剣ないの?」


「無名扱いされる十束剣が不憫すぎるな……。ククッ、まあいい。美咲でも知ってるようなのがあるぞ。草薙剣。これなら聞いたことあるだろう?」


「もちろん!」


「そうか、さすがにこっちは知っていたか……」


「ジャネーズ事務所のスマ……」


「違う。最後まで聞かなくても違う」



 美咲邸のリビングで、ソファに座るナツキの肩を後ろに立つ美咲が揉んでいる。いや、揉んでいた。

 雑談が始まれば手が止まる。ソファの背もたれに肘をかけ、だって知らないもーんと呟きながらポカポカとナツキの肩を叩いた。



「ふむ……それにしても、あと二日半か。もう半分過ぎていたんだな」



 手首につけたスマートウォッチの画面をタップすると地図から切り替わりデジタルの文字盤で得点が表示される。

 美咲は後ろからナツキの首に抱き着くように腕を絡めながら体重を預けて、画面を覗く。



「クスクス、雑魚が私には勝てるわけないってことね」


「おい、あんまり調子に乗るなよ。……というか重い。くすぐったい」


「えー? くすぐったいって何のコト? ふぅ~」


「エアースラッシュやめろ!!」



 ナツキの耳に吐息を吹きかけた美咲はリアクションを見てクスクスと笑う。


 いや、能力の概要的に風属性というのも強ち間違いでもないかもしれないな。そんなナツキの考えなど知らない美咲は、何やら再び真面目な顔に戻ったのが面白くなかったのかふーふーと何度も何度も耳をくすぐる。



「ほらほら、ふー、ふー」


「だぁぁぁやめろ!」


「クスクス、ほうら、ほぐれたわ」



 振り返りながらナツキはキョトンとする。たしかに肩が軽い。



「私の方からあんな話をしておいてこんなこと言うのもヘンかもしれないけど、あんたちょっと気張りすぎよ。私もライブ前はよく言われるわ。強張りすぎだーって。そういうの、特に肩に出るんですって。内側にキュッと寄って、上がる感じね」



 握るのがマイクか剣かの違い。それでもナツキの肩に触れてみて、わかった。

 昨日水曜日、美咲が止めなければナツキは自分の身体など気にせずに、美咲を連れて他の能力者狩りに行っていただろう。その気持ちは嬉しい。自分が勝ち残りたい理由を話した手前やめてくれとも言いにくい。それでも、自分の分までナツキが背負うことは許容できない。

 


(その責任感は元々私が負うべきものだもの。勝ち残れなくてもあんたのせいじゃないし、そんなに無理をしなくてもいい。まして自分の身体も顧みないなんて……。でもね、もしあんたがそんなの関係ないって頑張ってくれるなら、その分だけあんたのことは私が癒してあげる)


「……なるほどな。たしかに少し昂りすぎてかもしれない。なんせ……」



 なんせ、自分が請い願った異能力が実在するのだから。能力者と会えることが嬉しい。興奮を抑えきれない。会えるものならもっと会いたい。そんな心のざわめきが必要以上の緊張感を招いていた。

 さすがアイドルというべきか、そんなナツキの緊張感を容易くほぐしてみせた。



「ククッ、いいや。なんでもない。しかし終焉が近いのもまた事実。このまま二人で得点上位半分に残ったまま駆け抜けるぞ」


「もちろん」



 ソファの背もたれを乗り越えて美咲はゴロンと横になった。重い、とツッコミながら自分の膝に頭を乗せてきた美咲の額にチョップする。

 二人の戯れはナツキが帰宅すると言い出すまで続いた。



〇△〇△〇



 とある廃ビルと廃ビルの間にある路地裏に、その青年はいた。腕を組んで立っている。地面に? 違う。()()()()()立っているのだ。

 高さにして三メートルほど。ビルのコンクリート壁に足の裏をしっかりつけて、大地と平行に。


 その状態で一、二、三、…………十秒……。ふっと力が抜けた。ぺたりとついていたはずの足裏がビルから離れていく。ふわりと一瞬浮いた身体は重力に従って落下する。

 このままでは背中からアスファルトの地面に衝突する。しかし両手を下に向ければ、掌から火炎放射が噴射された。火の手の勢いが落下の衝撃を殺す。さらに微弱ながらに重力操作を自分に施し、音も立てずに焦げた地面に着地した。



「たった十秒か。使い物にはならないね。全力で駆け上ればそれなりの高さまでいけそうだけど。いいや、瞬間的に壁や天井を使った立体格闘をして相手の不意を突くっていう使い方はあるかもな」



 メモメモ、と呟いていると、ティロリンとスマートフォンが鳴った。



「うん? メールなんて珍しいなあ。チケットの当選通知かな?」



 広くアイドルオタクをしている彼にとっては、仮にそうだとしてもどのアイドルのものかはわからない。把握できないほど応募しまくっているからだ。

 しかし送り主の名前に目を見開く。



「……セバスからねえ…………。ま、どう考えてもお父様のお言葉だよね、うん。いちいち代わりに送るなんてセバスも律儀なもんだ。それにしても僕みたいな出来損ないの放浪者のことを覚えているなんてお父様もなかなか酔狂だよ」



 画面をスクロールして本文を読み、驚愕はさらに大きくなった。ケラケラと笑いスマートフォンをポケットにしまう。



「ふーん、あのお父様に目を付けられるなんて彼は何をしでかしたんだか。うん、でも良いよ。面白くなってきた。今回せっかく新しい能力を蒐集できたんだし、試運転がてら遊んでみるのもいいかもしれない。バレたらこの国にはいられなくなるかもしれないけど……ま、そのときは新しいガワを見つけてくれば無問題だしね!」

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