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第74話 自転車にエンジンを搭載するようなもの

 結局、あの後は美咲のマネージャーが警察を呼んだ。ただ、レンガが増殖して壁を作ったなんて証言しても警察は信じやしないだろう。破壊し尽くされた会場の壁や天井が状況証拠ではあるが、まさか鋭利な爪で斬り裂かれたなど想像もしないはずだ。


 正体不明の怪事件として今回のことは処理されるのではないか、帰りの車で美咲は自身の見解を述べた。

 帰りの車──美咲のマネージャーの車である。美咲の身を心配したマネージャーが今日は送ると言い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のナツキも乗せてもらったのだ。

 

 救急車で搬送された善五郎はケガの状態以前に警察沙汰を起こした点で失格扱いになるだろう。気が付いたときには典子の姿はなかった。彼女もマネージャーたちを閉じ込めていたが、それが法に抵触するかどうかまではわからない。


 さて、場所は変わって再び美咲の邸宅。

 二日連続の戦闘によってボロボロになったナツキの身体をケアしたい。美咲がマネージャーに隠れて耳打ちしてきたときは驚いた。さすがに同じところで降ろしてもらうと『そういう関係』を疑われかねないので、適当な場所で降ろしてもらって改めて徒歩で美咲邸に向かった。同じ学区内なのでさほど距離はない。



「こういうのはね、すぐにケアしないと筋肉にヘンな癖がついちゃうのよ」


「ぐっ……(つめ)た!」


「ん……アアン…………もう、ばか! 動かないでよ!」



 マットの上でうつ伏せに寝転がる上半身裸のナツキ。その腰に美咲が跨り、ローションを垂らす。腰から背中、腕にかけて美咲が筋肉をほぐすように揉み込んでいく。



「お前こそ俺の腰の上で暴れるな!」



 主に美咲のパンツの布感を腰の肌越しに感じてしまうので! とは口が裂けても言えない。こっちがうつ伏せで何も見えていないからってスカートのまま跨るのはどうかと思うが……。


 しかしボディメンテナンスが必要なのは事実だ。美咲の能力を利用し高速戦闘を行ったナツキの身体は本人の認識以上にダメージを受けている。自転車にエンジンを搭載してバイクよりも速く走ったら、きっとタイヤのゴムはボロボロになるだろう。それと同じ。ナツキの筋肉もズタズタのボロボロになって悲鳴を上げている。


 アイドルとしてダンスレッスンを仕込まれている美咲はその道のプロからボディメンテナンスの重要性を説かれてきた。がむしゃらに身体を動かした後は、それ以上の時間をかけてでもケアと休息を行わなければならない。そうしないと、次にまた身体を動かしたときに取返しのつかない怪我をしてしまう。



「ほら、足もパンパンじゃないの! あんた普段からストレッチとかマッサージとかちゃんとした方がいいわよ」



 一度立ち上がり跨る向きを変えた美咲は尻をナツキの背中に乗せ、腿やふくらはぎをほぐしていく。(すじ)や腱は特にダメージが蓄積しているだろう。胸をふくらはぎに押し付けるように上半身を倒し、制服のズボンをめくって足首を露出させる。また手にローションを絡ませ、足首を握り、擦る。



「痛い痛い痛い! そんなに強く握るな!」


「ちょっと軽く触っただけじゃない。痛いってことはそれだけさっきの戦いがハードだったってことよ」



 そう言い返して、再びぬちゃぬちゃとナツキの足首からふくらはぎにかけてほぐす。

 足で出した『音』という空気の波を増幅させ爆発的な加速をする高速戦闘は、美咲の繊細な能力使用とナツキの強靭な身体だからこそ実現した。そして足で音を出す都合上、踏ん張ったり着地したりと足首付近にかかる負担もまた尋常ではない。



「すご……ふくらはぎの筋肉、すっごくカチカチじゃない。こんなに太くて固いなんて……何か運動してるの?」


「まあ、色々とな」



 色々と。そう、色々と。

 漫画で見た剣技の再現をしたり、バトルアニメで描写された特訓シーンの真似をしたり。気が付いたら運動能力が向上していた。

 ある野球選手は言った。トラやライオンはウェイトトレーニングをしない、と。中二病も同じだ。技の再現をするために鍛えるのではなくて、ある作品に強い影響を受けて真似しているうちに必要な筋肉がついてくる。ナツキの剣術やナイフ術も、異世界ファンタジーと現代ダークファンタジー作品の影響だ。



「ほら、ついでに足裏もマッサージしてあげる」



 何か妙なスイッチの入った美咲は両手をワシワシと動かしナツキの下半身をまさぐる。



「いだぁぁぁぁい!!! ツボを!!!! 押すな!!!!! ア゛ァァァァァ痛い痛いぃぃぃ!!」



 足ツボを押されたナツキの絶叫がリビングにこだまする。



〇△〇△〇



「ひどい目にあった……」


「クスクス、ちょーっと押しただけで情けない声あげちゃって。だっさーい」


「足ツボなんてどこで覚えたんだ……」


「テレビの企画でやらされたのよ。あれは地獄だったわ」


「いや、地獄だと思うなら俺にやるなよ……」


「クスクス、だってあんた面白いんだもの。もっといろんな表情が見たいわ。苦しむ顔も、…………もちろん喜ぶ顔もね」



 ソファでブラックコーヒーを飲むナツキと、昨日の反省からコーヒーではなくミルクティーを飲む美咲。

 茶菓子は番組スタッフからお土産で持たされたりファンから事務所に送られてきたりとありあまっているようで、とにかく消費しないと賞味期限切れになってしまうらしい。ナツキも気がねなくクッキーやら何やら頬張る。



「なあ美咲、一つ質問していいか?」


「なに?」


「どうして皆、星詠機関(アステリズム)とやらに入りたがるんだ」



 それは能力の存在を知った昨日からナツキが抱いた疑問。異能力バトルに強い憧れを持つ自分はともかくとして、既にアイドル歌手として成功している美咲やバトルとは縁遠そうなOLの典子、いい歳をしたオッサンの善五郎、などなど。正直言って、そういう「能力者の組織」に憧れを持っているとは考えにくい。



「んー……。それは人によるんじゃないの?」


「じゃあ美咲は?」


「私は大した理由じゃないわよ。面白い話でもないし。聞く?」


「話すのが嫌じゃないなら聞きたい」



 一口ミルクティーを飲んで喉を湿らせ、美咲が話し始めた。

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