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第73話 水槽の脳

 例えば逮捕された人は手錠をかけられる。縄で縛られたり、牢に閉じ込められたり。

 では、手錠を砕いたり縄を燃やし尽くしたりする能力者を捕らえておくにはどうすればいい?


 これが星詠機関(アステリズム)にとっては長いこと問題だった。


 人類は世界各地で勝手に能力者になる。仕組みの完全解明は未だ達成されず、中には秩序を破壊し犯罪を起こす者も多くいて。それどころかネバードーン財団のように能力者が競い争うことをよしとする組織まで出てくる始末。


 そうした連中を問答無用で殺害するのは戦争と変わらない。それに即物的なことを言えば、生かして捕らえてバックにある組織や関連する人物の居場所などの情報を吐かせた方が得なのだ。結果として、単に強大な能力で相手を上回ること以上に、能力者の能力を封じ込めた状態で拘束する術への要求が高まった。


 絶対に千切れない強靭な金属ワイヤーで身体をぐるぐる巻きにする? いいや、それも高熱で溶かされるかもしれない。

 眠らせ意識を奪う? 拘束はできるかもしれないが、意思疎通ができなければ情報を奪うこともできず捕らえる意味がない。


 頭を悩ませ、試行錯誤して、現在ある手法に落ち着いた。



〇△〇△〇



 ──アラスカ。

 国際法上はアメリカ合衆国の領土だが、カナダを挟む飛び地ということもあって実際は特定の誰かによる管理が行われているわけではなく、俗世から隔離されている。


 そんな雪深い地域の山間部。一面の銀世界だった。木々の枝、あるいは山と空の境目、そうした『雪ではないもの』のシルエットのおかげで辛うじてここが山道なのだということがわかる。

 真白い銀世界に、黒い異物がある。バスよりは小さく乗用車よりは大きい、バンとかワゴンとか称される車だ。正確には輸送対象であったりボディの構造であったりで区別されるのだが、運転している者たちも手配した者たちもそんな違いは気にしていないだろう。


 雪国の道路というと普通はアイスバーンを起こしていて路面に氷が張りツルツルと滑るものだ。しかしここは山道、タイヤがザクザクと雪を踏み分けながら黒い車は突き進む。


 運転席には簡易式のコーヒーメーカーがあった。備え付けではなく、運転している男がこの仕事をするようになって私的に持ち込んだものだ。


 彼は星詠機関(アステリズム)の中でも無能力者で、この運転の仕事をする前は組織の事務仕事に従事していた。とはいえ事務仕事など多少の教育期間さえ与えれば誰でも替えが効くので、図体がデカいから寒くても平気なはず、というあまりにシンプルな理由でアラスカの雪以外何もない山を走る運転手などという非文明的な職場に回されたのだ。


 きっと今頃新しく入った若い誰かが自分の代わりをしているのだろう。最初はそんなことも考えたものだ。今となっては、変化のない殺風景な雪景色ばかり車を走らせているうちに考えることはやめた。頭にあるのは寒さをしのぐことだけ。首元にファーのついたダウンジャケットを着こんでもなお寒い。


 彼自身、この車が何を乗せているのか知らされていない。山の麓のアラスカ湾から船で運ばれてきた『何か』を別の職員が車に移し替え、自分はそれをただ山の上にある星詠機関(アステリズム)の施設に移送するだけだ。


 今日もまた麓から山の上までへと車を走らせる。いつものようにただ寒さに耐えることだけ考えて、ぼんやりと。



(なんだ?)



 フロントガラスを通して見える一面真白い雪景色の中に、人影があった。短い黒髪に、アジア系の顔立ちの男性。

 いいや、あり得ない。こんな雪山に人がいるわけがない。現地住民は居住可能なエリアから基本的に出てこないし、そもそも彼のような薄着でここまで辿りつくことがまず不可能。

 きっと寒さで幻覚を見ているのだ。あるいは、変わり映えしない景色と繰り返される同じ道順の運転でとうとう気が触れてしまったか。


 一般道なら目の前に人がいたらブレーキを踏むところだろう。だが男はそれが幻覚だという確信があった。だからアクセルを踏む足を離さない。


 その人物は、ただ片腕を車に向けた。

 ドゴォォン!



(な……どうなっている……)



 腕が車に突き刺さり、運転席まで貫通した。まるで電柱にでもぶつかったかのようにバンパーは潰れ、車体は横転し、白い山道に転がる。


 寒さのあまり叫び声を上げることさえままならない。しかしドクドクと流れる血液と足の感覚の消失から、下半身がだめになったことはわかる。本来の自分なら痛みで絶叫しているところだった。



「うう、寒いね。でもテレポートの使い勝手の良さを再確認できたのは重畳だった。外国だって行けるんだ、これから全国ツアーを全部回ることだってできそうだよ。硬化の能力の方は……まあ交通事故に合わなくて済むってくらい? こっちについては要検証かな」



 横転した運転席の九十度捩じれた視界、割れたフロントガラスの向こうで歩いてくる姿が見えた。何やら独り言が聞こえる。そうか、幻覚などではない。本当に一人の人間が……。



「き、貴様、能力者……」


「ああ、そりゃまあこんな極寒の地でも運転手はいるか。うん、不運だったってことで」



 その人物が運転席に指を向けると、光弾がキュインと鳴って発射され、息が合った運転手の男を絶命させた。



「うーん、この能力もあんまり強くないね。ぶっちゃけ拳銃でいいじゃんってなるから」



 一歩一歩、雪道に足跡を刻みながら車の荷台に近づく。瞳の色が、ころころと切り替わる。



「はい、御開帳」



 その人物の爪が三十センチメートルほどまで伸び、車の壁や天井を切り刻んだ。

 中に乗せられていたものがあらわになる。



星詠機関(アステリズム)もヒドいことするよね。能力が使えないように意識は奪っておいて、でも意思疎通はできるようにしてるんだから。いや、意思疎通じゃないか。脳みそに電流流して反応を見てるだけなんだし」



 そこにあったのは大きな水槽だった。三メートル四方ほどの立方体に緑色の液体が満ち、いくつものチューブや呼吸器を繋がれた男性が目を閉じて身体を丸めたまま浮いている。



「この液が脳みそにまで浸透してるから、水槽自体に電気信号を送るだけで返答があるんだっけ。これじゃあどこまでが人間の肉体なのかわかったもんじゃない」



 その人物は水槽の前でしゃがんだ。雪しかない地面に手を突く。そして彼が立ち上がると、地面の雪が掌に張り付くように引っ張り上げられ、一本の氷柱のようになった。それを握り、振り上げ、水槽に叩きつける。


 バリン! という音とともに水槽のガラスが割れて緑色の液が雪の地面に流れ出した。氷柱をさらに数度振るい、チューブと呼吸器を切り離す。

 びくんびくん、と痙攣しながら、水槽の中にいた男は動き始めた。



「うっ……ここは……。そうか、俺ぁまた死に損なっちまったんだな。って、寒!」


「やあ、お目覚めかい」


「よう、大将か。こんな老犬を助けるたあ義理堅いねえ」


「なにを言ってるのさ。犬塚牟田、きみは日本という能力者の流出に最も厳しい国に生まれながらもそこから抜け出して世界各地を荒らして周った生きる伝説じゃないか。はいこれ、服」


「こんな極寒の雪山によく来てくれて……いや、テレポートか。大将、また面白い能力を手に入れたじゃねえか」


「うん、まあ僕がコピれてるってことは三等級以下ではあるんだけどね。自分自身のテレポート、それから遠くにあるものを持ってくるアポートはできるんだけど、自分以外の人間を跳ばすことはできない」


「それでも大将が使うことに意味がある。現に俺の能力だって大将の方がうまく使ってるだろう?」


「まさか。僕はきみの半分にも満たない年齢なんだから、さすがに経験では劣ってるよ」


「そうかい。上手な謙遜なこって」


「まあそう卑下しないでよ。まだまだきみにはこの世界で暴れてもらわないといけないんだから。そのための舞台だったダイイング・ドッグはあいつらに潰されちゃったけど……。まああれくらいの兵器や人材ならまたすぐに補充が効くしね」


「おいおい勘弁してくれ、この老体にまだ鞭を打てって言うのかい? こちとら二十一天(ウラノメトリア)の危ねえ嬢ちゃんと戦って全身ボロボロになったってのによ」


「うーん、そうか。じゃあ休暇ってことで。僕もまだ向こうでやり残したことがあるしね。クリムゾン兄さんやシアン姉さんと違って弱っちい僕が同じ土地に留まり続けるのはリスキーだけど……。ま、いっか。僕はグリーナー兄さんみたいなヘマはしないし」


「そうかい。俺としちゃ世界中で神出鬼没な大将の方が物騒だよ。その上テレポートなんてモンまで手に入れやがって……。ただ休暇か。カッ、こっちとしてもそりゃ助かるぜ。まあなんだ、また何あったら連絡してくれや」



 キュっとネクタイを締めた犬塚牟田は腕を通さずにコートを引っ掛けるようにして羽織り、山道を下り始めた。

よろしければ感想やブックマーク、評価等をお願いいたします。余談ですが書き溜めが尽きそうでピンチです。

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