表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/377

第72話 清々しいハイタッチ

 善五郎の爪が鉄板の壁を斬り裂いた。しかし斬り裂かれ空中で散らばるパソコンの金属片を()にし典子は複製を行う。倍々になった金属片は枝垂れる柳の葉のように典子を隠し、善五郎の凶刃は届かない。


 もし典子が拳銃でも持っていたら能力は絶大な力を発揮していただろう。一発撃つだけで機関銃以上の連射と破壊力を生み出せるのだから。いいや、一発一発に時間差がない分だけ機関銃の連射よりも絨毯攻撃という意味では優れているかもしれない。尤も、長年ただのOLとして生きてきた一般人でしかない典子がそんな物騒なものを持っているわけないのだが。

 そういう本物の戦いの場に身を置いた経歴があるのは参加者の中では夏馬だけだ。


 そうは言っても。やはり三等級だけあって典子の能力は他の参加者とは一線を画す。

 典子はスマートウォッチとは逆の腕につけていた黒いヘアゴムを手首から抜き、指に引っ掛けた。子供が輪ゴムでやるように、手を拳銃に見立てる。



「増えろ!」



 その声とともにヘアゴムは銃の模した手から発射された。典子の手から善五郎に着弾するまでの数メートル、その間にヘアゴムは数を倍々で増やしていき、善五郎の脇腹に当たったときには二の九乗、五一二本にまでなっていた。



「なにしてくれとんねん! 肋骨いってもうたわ!」



 ヘアゴムなど一個当たったところで痛くも痒くもない。しかしそれがガトリングとなって、なおかつ分散せずに一点に集中していたら。貫通力や破壊力はすさまじく増加するだろう。成人男性の肋骨に(ひび)を入れてしまうくらいには。


 もちろん善五郎も黙って見ているわけにはいかない。左右一本ずつ生やしていた長爪を左右五本ずつの最大十本にする。まずは鉄片のカーテンをさらに細切れにして粉末にする。鉄粉となってしまえば増やされても問題ない。ただの砂山のようなものなのだから。


 続いて、次のヘアゴムを番えた典子に腕を交差しながら接近する。ヘアゴムを撃たれても顔の前に構えた自身の爪が斬り裂いてくれるから当たらない。それに倍々に増加するのはわずかだが時間を必要としている。ということは近づけば近づくほど増えすぎる前に対処することができる。



「もろたで!」



 典子が射出した二つ目のヘアゴムを顔の前でみじん切りにしながら善五郎は接近し、片腕だけ防御の役割から解放して典子へと爪を突き立てんとする。さすがに首や頭、胸などは致命傷になりかねない。それはルール的にも善五郎の倫理観的にも避けたいところなので、狙うのは肩か、太ももか。


 善五郎の爪の先端が、まさに典子の皮膚を裂きそのまま深々と刺さるという瞬間。


 ボキリ、と善五郎の爪が中腹で折れた。



「ククッ、貴様の爪刃(タスク)と俺の黄昏(トワイライト)闇魔剣(・ダインスレイブ)、どちらが強いか勝負しようじゃないか」



 善五郎と典子の間を遮るように現れたのは、バタフライナイフを握った黄昏暁──ナツキだった。



〇△〇△〇



「あんちゃん、やってくれたやないか。どんなに鋭利なモンでも側面を突かれたらポッキリ折れるんが道理やからなあ」



 金属をも斬り裂く善五郎の爪と、金属の刃であるナイフ。真正面からぶつかったらナイフの刃が負けてしまう。しかし爪の側面ならどうか。普通の人の爪ですら放置して伸ばすと折れたり割れたりするのだ。まして長くなっている善五郎の爪ならば、刃としては丈夫でも爪としてははるかに脆い。


 それだけではない。ナツキはさっきまで美咲のそばにいた。そこから典子と善五郎のところまで短時間で移動し、なおかつ全身の体重を乗せて善五郎の爪を折る一撃を放つことに成功している。そのトリックは何なのか。



「ま、残念やな、なんせ爪やで? 折れたところでぎょーさん生え変わるんや」



 途中で折れて三分の一ほどの長さになった爪はニョキニョキと延びてまた元の三十センチほどの長爪になった。



蜥蜴の尻尾(サラマンダー)みたいだな」


「あんちゃんがいくら強か……」



 トンッ。


 善五郎が言い終わる前に、ナツキはタップダンスよろしく足裏で床を叩き音を鳴らした。

 それだけでナツキは一瞬にして善五郎に肉薄する。



「ククッ、縮地より使いやすい」



 十本の爪を再びナイフで折っていく。今度は真ん中あたりではなくて根本から。

 喋っている最中に不意をつかれたばかりか自身の唯一にして最大の武器である爪を全て折られた善五郎は目を見張るが、すぐに眼に淡い黄色い光を灯して爪を生やす。


 腕を振り抜く必要すらない。ここで爪が急激に伸びさえすれば勝手に目の前の眼帯の少年の腹を貫くだろう。

 そんな善五郎の思惑を読み取ったナツキは再び音を鳴らすように床を蹴る。通常の人間のジャンプ力は一メートルほど。しかしナツキはその(ひと)蹴りで四メートルはあろうかという会場の天井まで飛んだ。



「根本まで切ったらどうなるか、というのは実験にすぎん。生え変わるとは思っていたが一応な。できれば貴様らを痛めつけるようなことはしたくない」



 呟きながら天井に()()する。そしてまた、トンと音を鳴らして天井を蹴った。今度は重力加速度が加わり、善五郎は目で追うことができない。



「貴様、ここで負けを認める気はないか?」



 善五郎は背後からナツキの声を聞いた。後ろを取られたというのに反応できない。



「あったら参加してへんわボケェッ!」



 身体をに捻り振り向きながら伸ばした長爪でナツキを斬り裂こうとする。

 それよりも早くナツキがナイフで斬り上げると、善五郎は絶叫しながらうずくまった。



「腕の腱を切らせてもらった。きちんと治療すれば後遺症もなく完治するが、だとしても向こう一週間は使い物にならんだろうな」


「ガ、ガキァ……」



 どれだけ刃物より鋭利な爪を持っていても、手首が動かないのでは攻撃できない。それどころか日常生活すらままならないだろう。入院し、リハビリも含んで全治に一体どれだけの期間が必要なのか。

 しゃがみこみ腕の出血を抑えながらナツキの方を睨む。


 床に天井に、あり得ない跳躍力で縦横無尽に動き回られ、あまつさえ背後を取られた。それがこの少年の能力なのか。だが、眼帯の少年の眼は黒い。つまり、彼は何の能力も持っていない。



(無能力者がしていい動きやあらへんやろが……。一体どうなっとんねん。…………違う、そうやあらへん)



 ナツキの背後、遠くのステージ上で赤い髪の少女がこちらに右腕を向けている。まるで照準がブレないように左手で右手首を握って。

 もちろん善五郎も見覚えのある人物。とはいえ若者の流行には疎く容姿しかわからず、一昨日ナナに集められたときに今回参加しているということは把握していたが、特に騒ぐようなことはなかったが。



(真っ赤な髪とデカいパイオツのアイドル歌手いうたらあれやろ、なんやったか、そう、雲母美咲。そうか……ガキの能力やなくてあちらさんの能力っちゅうわけやな……)



 出血したところがじんじんと熱く、激痛で意識が遠のく。



(降参や……まあパチンコ行くよりは有意義な退屈しのぎやったかな……)



 ばたり、と膝から崩れ落ちるように善五郎は倒れた。

 ナツキは今度は典子の方を見る。


 典子とてナツキと善五郎の戦いを黙って眺めていたわけではない。願わくは同士討ちだったが、さすがに都合よくそうなると思うほど楽観的なわけでもない。


 ナツキと善五郎がナイフと爪で打ち合っている間に二人から離れた典子はカバンから三つのものを取り出した。一つ目は二十センチほどの長さのレール。増えろ、そう呟き、十六本にまで増やした。二つ目にネオジム磁石。ほんの数センチの小さな磁石だが強力な磁力を持つ。それも倍々に複製して数十個にした。最後に、鉄の球。直径は七、八センチか。これも八個に増やす。


 レールを連結し、ネオジム磁石を手前に置く。そして磁石にくっつける形で鉄球を奥に六個、手前に一個。

 ナツキが善五郎の腱を切ったときに、ちょうどこの装置が完成した。



「ガウス加速器か!」



 中二病は武器、特に手作りできる武器に詳しい。当然ナツキも典子の作ったものが何なのかすぐに見抜いた。


 ガウス加速器とは、磁力の差分を利用して高速で射出する武器だ。鉄球が多くついている奥の部分は磁石から遠いので、離れるにあたり必要な力が小さい。仮にこれを十としよう。逆に、鉄球が少ない手前は磁力の影響を強く受け、引っ張ったり引っ張られたりするのに莫大な力を要する。仮にそちらを百としよう。

 この奥──射出側の十と、手前の百、その差分の九十の力を使って急加速を行うのがガウス加速器だ。


 磁石が多ければ多いほど、つまり磁力が強ければ強いほど加速の度合いも多きくなる。その意味では典子の倍々に複製する能力とは非常に相性が良い。



「これでも理系出身なのよ!」



 典子が手に持った鉄球をレールに転がす。磁石に引っ張られてぶつかったことで、磁石の向こう側にある鉄球が急加速で発射された。バチン! という金属の擦れる大きな音が鳴る。


 人体すら貫く速度で射出された鉄球。当たり所によっては充分に命の危険もあるので、相手の命を奪わないというナナが話したルールに照らし合わせればスレスレではあるが、そんなことを考えている間にも鉄球は近づいてくる。


 

(まずい……避けたら鉄球が美咲に当たるかもしれん)



 ナツキの後方、ステージ上にいる美咲。本人に当たるのが最悪な事態であることはもちろん、周囲のものに当たって崩れ落ちるようなことになれば巻き込まれるおそれがある。



(弾く? 無理だ。さすがにあのサイズの鉄の球となるとナイフの刃がもたない)



 バタフライナイフは携行と展開のしやすさに特化しているため、耐久力はない。

 避けてもダメ、弾くのもダメ。となれば。



(あえて近づくしかないだろう!)



 飛来する鉄球に近づきナイフの刃を突き立てる。弾くのではない。球のちょうど重心となるただ一点に力を集結させる。当然、脆いバタフライナイフの刃はもたないが……。

 

 キンッ! 


 刃と球、金属同士の衝突した甲高い騒音。

 それを美咲が増幅させる。といっても、球の勢いを削ぐことができれば充分。ナツキの三半規管を揺さぶるほどの音波にまで増幅する必要はない。


 ゴトリ、と鉄球は床に落ちて転がった。ナツキは再び床を蹴り、遠くにいる典子のすぐそばまで近づく。典子は近くの物を手あたり次第に放るが、至近距離では倍々に複製する時間的猶予はない。あえなくゼロ距離を許した典子の首元にナツキの手刀が添えられる。



「……私の負けよ」



 両腕を上げて降伏の意を示す。ナツキたちのスマートウォッチの画面が切り替わった。



『勝者:黄昏暁』

『勝者:雲母美咲』



〇△〇△〇



 やはり、彼女の複製能力には時間制限があるらしい。レンガ壁をはじめ複製したものを自力で解除することはできず、マネージャーたちも閉じ込められたままなのだが、あと三十分もすれば複製の元にした一個のレンガを除いて全て消失するとのことだった。



「美咲、ナイスアシスト」


「ええ。あんたの戦いの音、聞かせてもらったわ」



 ステージ上で汗をにじませる美咲。ナツキが突如として急加速運動ができるようになったトリックの正体は、美咲の繊細な能力使用だった。


 戦うときに足音を鳴らして相手に居場所を教えるのは損であるので、普通はしない。だがナツキはあえて床で音を鳴らすように蹴りつけていた。それをステージ上にいた美咲は狙いを定め、なおかつナツキに被害が及ばない範囲で音──つまり空気の波を増幅させた。


 ナツキは直接見ていないので知らないが、流体を操る能力者であるスピカがグリーナーと戦った際に空気を操って似たことをしていた。疑似的な身体強化、高速移動である。

 

 増幅された空気の波に押されるように会場を動き回り、ときに天井にまで跳ぶことができたのだ。

 夏馬と戦った月曜日の経験が功を奏した。夏馬を倒した一手はナツキの出す音を美咲が増幅するという不意打ちだった。そのとき、美咲はナツキに呼吸を合わせることを一度している。


 ぶっつけ本番だったが、ナツキの近接戦闘に合わせて足が床を叩く音を聞き取り、なんとかミスなく彼の手助けができた。初めての、二人の共同作業。



「お疲れ、美咲」


「ええ、暁」



 ステージ上。二人は清々しい笑顔でハイタッチをした。



〇△〇△〇



黄昏暁(田中ナツキ):一〇〇→一二〇

雲母美咲:八九→一〇九

高橋典子:六五→四五

日吉善五郎:四二→二二

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ