第69話 もうファンってことで
世の中はままならない。思いがけない出会いが見える世界を大きく変えることだってある。
学校で浮いていて、孤立し、会話の相手は担任教師と脳内の自分だけ。まあそれでも異能力とか魔法とかチートガン積み無双な自分の夢想に浸っていれば割と充分で。
そんな中二病が他のクラスの奴と友達になってみたり、学校のアイドルの先輩にダル絡みされたり。
今までヘンな奴だと嘲笑されていたその男子中学生のところに雲母美咲という人気者が訪れる、そんな景色は彼のクラスメイトもましてや彼自身も想像したことがなかった。
「さあ! 暁! 迎えに来たわよ!!」
帰りのホームルームが終わって。ナツキたち二年生の教室の扉を開ける赤いツーサイドアップの美少女。
日本中のティーンから絶大な人気を誇るアイドル歌手の雲母美咲だ。中学三年生の十五歳。他学年の人気者の彼女がなぜ後輩のクラスに来ているのか。
「ねえ、やっぱり田中くんと美咲ちゃんって親しいのかな?」
「ええまっさかー。だってあの変人の中二病だよ? 美咲先輩がそんなヤツ相手にするわけないしょ」
「そうだよなぁ。ほら、先週のミュージック・ターミナル見たか? 美咲ちゃんの隣にジャネーズのイケメンアイドルが座って俺ヒヤヒヤしたよ」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ、どうせ俺やお前が美咲ちゃんと付き合えるわけないんだから心配するだけムダだろ?」
「そうよそうよ、あんたたちみたいな野獣と美咲ちゃん釣り合うわけないじゃない!」
「んだとぉ! そんなんわかんねえだろ!」
「うーん、だとするとやっぱりおかしいわよね。なんで田中ナツキみたいなおかしなことばっかり言ってる男子と美咲先輩が仲良しなんだろう」
「まさか、脅されてる……?」
「そうだよな、そうでもないと説明がつかねえ……」
ヒソヒソとナツキや美咲について噂するクラスメイトたちの声が聞こえてくる。昨日の朝に美咲が教室に来たときもそうだった。今まで誰もまともに相手してこなかったナツキのことを皆が注目している。ナツキにとっては初めての経験。ここまで視線を一身に集めたことなんてない。
まだ帰りのホームルームが終わったばかりなので教卓には夕華がいる。美咲がナツキに会いに来たことをただちに察知した夕華は改めてジト目でナツキを見た。尤も学校での夕華は家の様子と違って無表情なのでナツキくらいでしか気が付かないほどわずかな表情の変化だが。
周囲のそうした視線がぶすぶすと身体を刺すので、ナツキは急いで美咲の手を取り教室を出た。
「ちょ、ちょっと引っ張らないでよ!」
「仕方ないだろう! というかいきなり教室に来るな!」
「だって、放っておいたらあんた帰っちゃうかもしれないし……」
そのまま走って一階まで降りた。一旦、階段下の暗いスペースに入る。
「あのなあ。俺が盟約を違えるわけがないだろう。心配しなくても放置なんかしない」
「だって、だって、今朝マネージャーから電話があって、私それあんたに伝え忘れてて」
「これだろう?」
「え、なんであんたがそれ持ってるの?」
「もらったんだ」
「クスクス、またまたぁ。ホントは私の大ファンなんでしょう?」
たしかに昨日お渡し会チケットを透から渡されたとき、ファンの鑑だと感激された。ファンからも本人からもファン扱いされたのだから、もしや本当に自分はファンなのでは。
って、そんなわけあるか。
「だが、いや、うん、もうそういうことでいい……」
ほうらやっぱり、と美咲はドヤ顔で胸を張る。突き出された大きな胸から目を逸らさざるを得ない。また鼻血を出して保健室行きは勘弁だ。
「あのなあ。そこまでアイドルとしての自覚があるなら無闇に教室に来て俺に絡んでくるな。あらぬ疑いをかけられて困るのは俺じゃなくてお前だろう」
「ええ~あらぬ疑いって何のこと? クスクス、どういう疑いのことなのか私知りたいなあ」
嗜虐的な笑いを浮かべてナツキを挑発する。明らかに、わかっているのに聞いてきている。
「そ、それは……ほら、恋人、とか……」
「え、えっと、しょ、しょうね、私たちきょ、きょいびとに見えちゃうかも……」
(いやカミカミすぎるだろう。というかなんで答えた俺より聞いてきた美咲の方が顔を赤くして照れるんだ)
アイドルとしてのSっ気のある美咲も、年頃なプライベートな乙女の美咲も、ことナツキの前では両方本物だ。仕事だけでなく学校でも『アイドルの雲母美咲』として扱われるので、一度自分の弱いところまで見られたナツキに対してだけはついプライベートな部分も出てしまう。
「そ、それにだ。せっかく連絡先を交換したんだからメールでもなんでもしてくれればよかっただろ」
「…………だって直接会いたかったし……」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもない! ばか!」
「……なあ、ところで時間大丈夫なのか?」
「え?」
ナツキがひらひらとチケットを揺らす。そして美咲は思い出した。時間がないのでマネージャーに学校近くでタクシーをつけてもらっていたことを。
「ああーー! もう何やってんのよ!」
(そんなこと俺に言われてもな……)
今度は逆に美咲がナツキの手を引いて走る。
さっきはつい勢いで美咲の手を取ったナツキだったが、冷静に考えて異性の手を握るという状況に胸の鼓動が早くなる。だが、ファンとの握手も頻繁にしているだろうから、美咲はそんなこといちいち気にしないのではないか。
(やっば、私つい暁の手握っちゃった……)
そういうことはなく。美咲は美咲で勢いあまった自分の行動に照れる。とはいえイベントまで時間はないし、タクシーを待たせるのも運転手に申し訳ない。二人とも雑念を振り払うように急いで学校を出た。
〇△〇△〇
二人の中学生からすれば甘酸っぱい時間。だが、実技試験バトルロワイヤルに参加している他の者たちからすれば、二つの赤い点が地図上で並んで動く不気味な状況だ。
争っているのならいい。戦闘の激しさが増せば互いに移動することもあるだろう。
だが、もし結託し二人で行動を共にしているのなら。点数が削られないように互いに協力関係を築いているのなら。
それはつまり、獲得点数の上位半分である十一枠のうち二席が確定しているようなものだ。ただでさえ自分たち下位半分は筆記試験の点数で遅れをとっているのに、これ以上突破の可能性が下がる事態を許容するわけにはいかない。
似たような思考を巡らせた者は少なくなかった。
実技試験開始二日目にして、ナツキと美咲は最重要ターゲットとして目をつけられることになるのだった。
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