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第67話 地球の反対側の二人

「今後の指針も定まらないまま出てきてしまったな……」



 一応は一緒にいるという約束なので、明日も帰りは学校内のどこかで待ち合わせるのだろうか。いいや、万が一ということもあるし朝早くに美咲邸に迎えに行って登校時も付き添った方がいいかもしれない。



(そういえばナナさんはまだウチにいるのだろうか)



 美咲の家を出たときにはほとんど陽が沈んでいた。カーカーとカラスの鳴く声がうるさい。まだ運動部あたりは学校に残っているだろうし夕華の帰宅もいつも通りならまだ時間がある。凝った料理でなければ冷蔵庫の中にある食材で充分に三人分まかなえるはずだ。



「それにしても今日は色々と濃密な一日だったな。かなり遅くなった。夕華さんには申し訳ないが今日の夕飯は簡単なもので勘弁してもらおう」



 それでもお惣菜だけスーパーで買って帰るか、と思い、行先を変えるため振り返ったそのとき。



「やあ、暁くん。昨日ぶりだね」


「お前は、(とおる)か? こんなところでどうした」


「どうしたこうしたも僕たちは今バトルロワイヤル中でしょ? 地図上に表示されている赤い点を追っていたらこうして偶然の再会ってわけ」



 ナツキに透と呼ばれた青年──音無透は、相変わらず地味な出で立ちだった。クリーム色のポロシャツと暗い色のハーフパンツにスニーカー。街を歩けばいくらでもすれ違いそうな普通の若い男性だ。おそらく大学生くらいの年齢。穏やかな口調と表情で、いつもどこかのほほんとしている。といってもナツキも会ったのはまだ二回目なのだが。



「なるほど。それもそうだな。俺としてはこれで三戦目になるから少々キツいが……」



 それ以上に、今は一人でも多くの能力者に会いたいという気持ちの方が大きかった。美咲や夏馬がそうであったように、あの場に集められた全員がきっと能力者。透とて例外ではないのだろう。



「うん、まあでも連戦してこそのバトルロワイヤルでしょ?」


「まあな」



 コロシアムのような場所に閉じ込められていないだけまだ良心的か。尤も、コロシアムのような『目に見える場』『障害物のない開けた場』でいくら活躍できても実戦では役に立たないというのが日本支部に限らず星詠機関(アステリズム)に所属する戦闘担当の能力者たちの共通認識だろう。

 索敵から始まり、周囲の環境を利用したり、罠を張ったり、協力者を集めたり。使えるものを全て使ってでも与えられたミッションをクリアするのが彼らのやり方だ。



「それじゃあ暁くん」


(早速来るか?)



 透が接近してきた。ナツキが目にした能力は今のところ美咲の音と夏馬の黒煙のみ。しかし能力とひとまとめに言っても、そうした遠距離に秀でたものだけとが限らないだろう。近接でこそ真価を発揮するものや、自分の身体能力を強化するもの、概念に干渉するもの、きっと様々あるに違いない。


 さあ、透は何を見せてくれるのか。期待感で胸を膨らませながら、どのような攻撃が来てもいいように構える。


 透の腕が伸びる。速度はない。手に何か持っている。ということはパンチではなく刺傷武器か。



(様子を見て避けるべきか、いなしてカウンターに打って出るべきか……)



 しかし。その選択に解答を出す間もなく透がナツキに言った。



「はい、これ」


「は、はぁ?」



 透が手に持っていたのは長方形の紙。てっきり何か攻撃されると思ったナツキは事態を飲み込めず困惑する。相手に何かしらを渡すことを条件に発現する能力? などとあり得なさそうな想像をしたほどだ。

 おそるおそる透の手からそれを受け取る。



「これは、チケットか? ……雲母美咲CDお渡し会、って、なんだコレ」


「うん。暁くん、美咲ちゃんのファンだって言ってたでしょ? 僕、この間のCD買いまくったら偶然イベントのチケットが二枚当たっちゃって。でも僕は周りの人にはあんまりアイドルオタクってこと話してないから誘う相手もいなくて……。それで、折角なら美咲ちゃんのファン仲間である暁くんを誘うって思ってね」


「いや、戦いに来たんじゃないのか? 今だって、ほら、バトルロワイヤルがどうのと言ったばかりだろう」


「うん、昨日は僕もそのつもりだったんだけどね。だけどいざ始まったらあんまり気乗りしないというか、こういうバチバチしたイベントは苦手というか……。ほら、僕って荒事苦手でしょう?」



(いや知らんわ)



 まあナヨナヨした見た目なのでたしかに喧嘩などしたことなさそうだ。どんな能力を持っているか知らないが、そんな一般人がいきなり戦えと言われてハイそうですかとなるほうが少数派か。

 戦場で実際の『戦い』を経験してきた夏馬や、異能バトルに関する脳内妄想(シミュレーション)を繰り返してきたナツキの方がおかしいのだ。



(いや中二病じゃなくとも、学校にテロリストが来る妄想と電車内で酔っ払いに絡まれてる女性を助ける妄想、この二つだけは絶対にしている。絶対にだ。間違いない)



それはともかく。少なくとも透に敵意がないのは事実。チケットを見ると、火曜日とある。来週か? と思ってよく日付を見れば、明日だった。



(美咲のやつ、こういうことは先に言っておいてくれよ……)



 開場が十七時で開始が十七時半とあるので、一時間前に入るとしても十六時。場所は東京。放課後に学校から直行すればギリギリ間に合わないこともないだろう。或いは美咲の芸能活動について学校に話が通っている場合、早退も許可されているかもしれない。



「事情はわかった。そうだな、俺もちょっとワケあってこのお渡し会とやらに行かなければならないところだったんだ」


「『行かなければならない』、うん、良い言葉だ! ファンとしての義務を果たそうというんだね。暁くん、君はアイドルオタクの鑑だよ!」



 ナツキの両肩を揺さぶりながら、感激した透が泣き喚く。もういちいち訂正するのも面倒なのでそういうことにしておいた。それに、この五日間は美咲といる時間も長いだろうし対外的にはファンだと言っておいた方がラクかもしれない。



「じゃ、とりあえず現地集合ということで……」



 涙で顔をぐしゃぐしゃにした透をひっぺがす。



(アイドル絡みじゃなきゃ普通の爽やかな好青年なんだがな)



 透は感激したまま、手を振って立ち去った。



(あ、連絡先交換をしていない)



 現地のどこで集合なのか。こちらから向こうの位置を把握することはでいないが、透の方はスマートウォッチの地図機能で赤い点の位置は確認できるので、とりあえず会場近くの赤い点を自分(ナツキ)だと思って探してもらうことにしよう。


 今度こそ、ナツキは帰り路についた。



〇△〇△〇



「もしもし」



 星詠機関(アステリズム)の日本支部のビル、最上階のフロアのある一室。テーブルとイスを除いてまだ何も搬入されていない殺風景な部屋で、ナナはまず最初に部屋に設置された固定電話に出た。



『日本支部の支部長直通電話にかけたはずなのだけれど……』


「その声はスピカ様か! 久しいね」


『そのとってつけたような様づけはやめなさい。二十一(ウラノメトリア)が一人ハダルの盟友にして、バージニアの狂犬と言われた北米随一の能力者にスピカ様って言われるのはむず痒いわ』


「日本支部は正式にはまだ未認可だからね。人集めの段階さ。だからアタシの籍は一応バージニア支部に残ってるんだ。だったらニューヨーク支部のトップでアメリカ全土の代表も務めるスピカに様をつけるのは当然じゃないか」


『はぁ……もういいわ。それにしてもよく日本支部の代理をウシヤドが許したわね。北欧支部では支部長のアルタイルがあんなだから事実上トップやってたんでしょ?』


「んー、まあちょっとプライドをへし折られるような出来事があってね。あの男も堅物なりに考えるところがあったんじゃないの?」


『そう。まあいいわ。それに大した用事でもないし。先週私たちが潰したダイイング・ドッグっていう能力者の民間軍事会社があるんだけど、押収した資料にある名簿と拿捕した能力者の数が合わないっていう報告が上がったの。その後、諜報部にも手伝ってもらって色々と調べたら……』


「日本に来た形跡があった?」


『ええ。それに、そのダイイング・ドッグのメンバーたちも裏ではかなり著名な指名手配能力者だったわ。他にも建物や銃火器、兵器。資金と人脈で優れた「何者か」がいるはずなの。もちろん絶対に日本(そっち)にいるというわけじゃないと思うけど、一応(しら)せておいた方がいいと思って』


「そりゃ助かるよ。この間アンタが倒したネバードーンの『子供達』の一人の件もあるし、知っての通り日本の聖皇サマも突然アタシたちに寛容になり始めてる。何か妙なんだよね。これからもしかしたら何かが起きるかもしれない」


『そうね。でもそのときは私、また真っ先に日本(そっち)行くから。どうしても会いたい人がいるの』


(会いたい人って……まさか日本に恋人でもいるの……?)



 それからいくつかの事務連絡を受けたナナは受話器を置く。組織内での立場はスピカの方が上だが、年齢はナナの方が八つ上だ。そんな自分よりもずっと若い娘が、自分よりも早く春を迎えるだなんて……。



(……でも、あんな良い男に出会っちゃったらアタシもう恋愛なんてできないよ……)




 スピカはスピカで、なんとかシリウスに頼んで自分を日本支部に出張させてくれないか頼もうと画策していた。



(はぁ……会いたいわね。とても会いたいわ)



 日本とアメリカ。地球の反対側の、二人の女性。それでも。



(暁……)

(アカツキ……)



 二人とも、頭に浮かぶ人物は同じなのだった。

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