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第64話 戦士だと認めよう

「ほう。並の動体視力ではないな。そして傘を剣に見立てた振り抜き。一朝一夕で身に着くものではあるまい。少年、名は?」


「ククッ、お褒めにあずかり光栄だ。俺の名は黄昏暁。神々の黄昏を暁へと導く者」


「そうか。黄昏暁、ただの子供と侮っていたが一人の戦士としてお前に敬意を表そう」



 クロスボウを下ろした夏馬の橙色の眼に淡い光が宿る。すなわち、能力の発動。腰を落とし両手をナツキたちに向ける。



(コイツも能力者か……!)



 参加者は全員が能力者なのだから当たり前のことなのだが、改めてその事実を言語化すると昂りを抑えられない。相手は初めて出会う美咲以外の能力者。



(さあ、見せてくれ! 貴様はどんな能力を持っている!)



 夏馬は軍人か、傭兵か、とにかく荒事を生業にしているのだろう。言動や態度だけではない。筋肉の鎧に覆われた四肢、マイナーな武器の取り扱い、音の鳴らない歩き方、全て日常生活において不必要なものばかりだからだ。

 ということは、きっと高火力な能力に違いない。火炎を吹くとか、岩を降らすとか。その掌から一体何が放たれるというのか。



「ふんっ!」



 夏馬はその姿勢のまま鼻を鳴らすように高らかに声を上げた。それだけで攻撃されたと錯覚するほどの威圧感、

 だが、彼の能力はナツキにとって意外なものだった。



「これは……黒煙か……?」



 モクモクと立ち上る黒い煙がほんの二秒ほどの間にナツキと美咲、そして夏馬や彼が乗ってきたジープを覆い隠す。

 視界がふさがれた。相手の位置がわからない。

 目くらましをされたことに気が付いたときにはすぐにナツキも次の行動に移る。

 まずは煙に毒性が含まれていることを警戒し、口元のマフラーを上げて吸い込まないようにする。尤も、夏馬本人がガスマスクらしきものを持っていなかったためその線は薄いのだが、万が一だ。

 何故だか美咲がボーっと放心しているので、傘を持たない方の腕で美咲の肩を引き寄せて手で口を隠す。美咲の柔らかい唇を手の皮膚で感じてしまうが今は我慢。



(風を起こす能力者でもいればいいんだがな……)



 風。空気。空気の振動。音。

 音。



(そうだ、美咲の能力なら!)



 思い立ったが吉日、ナツキは煙を吸わないように気を付けながら美咲の耳元で囁く。



「……さっき俺に使った音波を増幅させる能力、今使えるか? 美咲のその能力(ちから)なら黒煙を払えるかもしれん」


「もご……う、うん……」



 ナツキの掌の中でもごもごと美咲が返事をするのでくすぐったい。美咲は神社で柏手をするように手と手をパチンと合わせた。音階を聞き取り音波をぶつけて相殺し自身を被害から守るという美咲の工夫を知っているナツキは、拍手の音に合わせて美咲の口から手を離す。


 池に石を投げたら波紋が広がるように。美咲の手を中心に同心円状に音波が広がり、美咲の能力によってその波は大きく大きく増幅されていった。突風が吹き荒れるかのように黒煙は晴れる。

 美咲とそのすぐそばにいるナツキの二人だけはその被害を受けることはないが、夏馬も黒煙もろとも音波を喰らったのではないか。


 しかし煙が晴れてあたりを見渡すが夏馬の姿はない。

 逃げたのか。いいや、あれだけ大口を叩く人間が、そんなまさか。

 ナツキは自分の直感が迸るのを感じた。気配は、後ろ。



「そっちか!」



 美咲の邸宅の石でできた門柱。ナツキよりも頭数個分は高いので、二メートル超ほどだろうか。その上に立つ夏馬は両手に構えたクロスボウをナツキたちに向ける。両手、すなわち都合二丁。今度はナツキと美咲の二人を同時に射抜くことが可能であるということだ。


 同時に射出された二本の矢をナツキは傘の連続斬りで打ち払う。

 一本目を袈裟斬りにして地面に叩き落し、返す刀で二本目を斬り上げる。


 ナツキに対処されることなど夏馬とて百も承知。狙いは時間稼ぎだ。門柱の上から膝で助走をつけてジャンプした夏馬がこちらに迫ってくる。二メートル超の高さから巨体の男が跳ぶ。最高点は地上三、四メートルはあろうかという高さで放物線上に夏馬が落下してきた。まるで人間隕石。


 傘を放り捨てたナツキはゴールキーパーのように横っ跳びして美咲を抱きそのままアスファルトの地面を転がった。アイドルの顔や身体を傷つけてはならないと思って強く両腕で包み込むように。

 地面が砕ける音が響き、アスファルトの破片が何十とナツキの背中を打ち突ける。



「ふむ……。所詮、俺の能力は六等級。スモークグレネードの代わりすらも務まらんか」



 ナツキは美咲を支えるように立ち上がりながら毒づく。



(やはりあの黒煙が奴の能力か。ふざけるなよ、だとしたら、身体能力は天然ものだと……?)



 石柱から跳んだ距離は陸上選手顔負けだ。それに、落下地点を見れば夏馬が地面から拳を引き抜いている。罅割れた地面にできたクレーターから。


 能力は命の危機に瀕した際に覚醒する、という仮説がある。グリーナー・ネバードーンが研究に利用していた仮説だ。

 夏馬もまた実際に戦場に立ち、敵兵に殺害される一歩手前という場面でこの能力に目覚めた。武器を何ももたないそのときの夏馬からすれば自身を窮地から救った偉大な能力(ちから)だが、一度平和に戻ってきちんと装備を整える時間や金がある状況では能力がスモークの代わりというのはあまりに心もとない。


 言葉を選ばずに言うのなら、能力はショボい。それは相対するナツキはもちろん、当の夏馬本人もまた認めるところだった。だからこその用意してきた武器(クロスボウ)であり、自身の身体能力なのだが。



「しかし良い動きをするな、黄昏暁。女を庇いながら俺の攻撃を躱すとは」


「暁、ごめんなさい。私のせいで……」



 力なくへたり込んでしまった美咲の頭を撫でながらナツキは立ち上がる。



「よせ。美咲、お前はいつもみたいにくすくす笑っていてくれ。覚悟をもって演じ始めたのなら最後まで演じきってみせろ」



 初対面のときから抱いていた違和感。空き教室で一人だったときはファンのために、と言っていたのに、いざアイドルとして振る舞うときは小馬鹿にするように笑う。並外れた音楽センスは積み重ねたレッスンの賜物で、コネを嫌う。生粋の努力家。

 アイドルに疎いナツキも、それが美咲のキャラクターなのだとわかっていた。もちろん本音はたくさん混じっているのだろう。だが、根本的な真摯さは徹底的に見せないプロ意識。日々の努力へのプライド。それは間違いなくあの日空き教室から漏れ聴いた彼女の歌から受け取った。


 だからナツキはあえて厳しいことを言う。プロならプロらしく、仮面をかぶり続けてみせろと。いつもみたいにくすくす笑って周りの人たちを翻弄してみせろと。


 演じきる。その一言で美咲もナツキの意思をくみ取った。



「そう……そうよね。あなたのハートにキラキラ奇跡! 真っ赤な一番星の雲母美咲!」



 美咲の瞳に光が灯る。そうだ、自分には星詠機関(アステリズム)に入ってなさねばならないことがある。

 ナツキとて自分の事情を知っているわけではないのだろう。だがしかし、それでも立ち上がれと言ってくれる。『弱い能力者雲母美咲』と『アイドル雲母美咲』の両方を同時に見てくれる人がこんなに近くにいてくれる。



「クスクス、そこの肉だるまさん。そんな大きな体で全然当たらないなんて恥っずかしー。ねえ、もう終わりなの? 弓矢のおもちゃはもうおしまい? 黒い煙じゃ私のステージを彩るには物足りないわね!」


「良い眼だ。やっとやる気になったようだな。認めよう。黄昏暁以外にも戦士がいたと!」

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