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第62話 二人同時に相手しよう

「どうして俺まで叱られなければならなかったんだ……」


「あんたがさっさと投降しないからでしょ。自業自得じゃない」


「いや、能力を使った張本人はお前だろう……」


「えー私知らなーい」



 結局、あの後旧校舎の惨状は教員たちに見つかった。当然その場にいたナツキと美咲の二人は後々呼び出しをくらい、生活指導のゴツい体育教師にこっぴどく叱られたわけである。

 といっても男性教師が学校の、いいや国民のアイドルである美咲に強く言えるわけもなく、火の粉はひたすらナツキに飛び続けた。


 不幸中の幸いだったのは、旧校舎は今後取り壊す予定があったらしく床や窓がめちゃくちゃになっていたことについてお咎めなしだったことだろう。そもそも教員たちもナツキと美咲の二人が短時間であれだけの破壊行為ができるとは思っておらず、ナツキの『突然暴風が吹いた』という苦しい言い訳も意外とすんなり通用した。美咲が証人として後押ししてくれたことの方が大きいかもしれないが。



「冗談よ冗談。本当は私のせいなのにあんただけ怒られるようなことになってごめんさい」


「お、おう。ククッ、まあそれはいい」



 放課後。午後四時過ぎ。生活指導室から解放されたナツキと美咲は並んで正門をくぐった。朝の大雨が嘘のように晴れている。今朝は大活躍だった傘も今は閉じられて手の中にある。


 中学校において帰宅部は非常に珍しい。全国のほとんどの中学生は何かしら部活動に入っているだろう。入らない例といえば、例えばスポーツでユースチームに所属しているとか、ピアノやバイオリンなどの教室に通っているとか。


 とはいえ。この中学校に限って言えば全校生徒のうち帰宅部は二人のみ。その二人というのがまさにそろって下校しているナツキと美咲なのである。

 ナツキは社会に不適合な中二病であるため。美咲は芸能活動が忙しいため。


 六月は夏の大会に向けてラストスパートだ。三年生にとっては引退のかかる最後の大会。グラウンドでサッカーやら野球やらしている生徒たちはいつにも増して大きな声を出し合っていて、溢れる熱気が通学路にいるナツキたちの方まで届いている。


 ナツキはずっと尋ねようと思っていた問いを美咲に投げかけた。



「美咲は本当に、その、本物の能力者なのか?」


「何言ってんのよ。当たり前じゃない。あんたもでしょ?」


「ククッ……ククククッ! そうだ。その通りだ。俺は最強の能力者。煉獄の炎を世界の終末を従える者!」


(『最強』かあ……。片目だったけどやっぱり一等級なのね……)



 ナツキは改めて美咲本人の口から能力者であることを聞き、感無量だった。胸がつまる思いだ。夕陽がナツキの目元の光をきらりと照らす。本当に、本当に。本当に自分が長年妄想し続けていたファンタジーが存在した。その事実を心で噛みしめるたびに昂奮が増していく。



「ねえ暁。一つだけお願いがあるんだけど」


「なんだ……」



 感慨にふけるナツキは美咲に見られまいと袖で目をこすった。二人の影が長く道路に伸びる。

 美咲はじっとナツキを見つめた。長いまつげとくりくりとした大きな眼に緑色の瞳がよく映えている。もじもじと指を後ろで組みながら、意を決したように口を開いた。



「しばらく一緒にいてくれない?」


「……。……は?」



 緊張した面持ちで声を若干震わせながら、衝撃の提案をしてきた美咲。並の男ならその言葉を美咲に言われた時点で骨抜きになりそうなものだが、アイドルなどには興味がないナツキは精神力で堪える。むしろ、どうしてそんなことを自分に言うのかとという疑問の方がこの場合大きいかもしれない。


 ナツキの間の抜けたリアクションから色々と誤解を察した美咲は自身の髪と同じくらいに顔を真っ赤にし腕をぶんぶん振って訂正した。



「べ、別に変な意味じゃないんだから! 勘違いしないでよね! 一緒にいたいっていうのは、その、ええっと、れ、恋愛的なそーゆーやつじゃなくて!」



 そう、そうしたピンク色な話ではなく。美咲にとっては完全に打算だ。ナツキは美咲に十点を与える形になってしまい現在の持ち点は九十点。しかしながら依然として地図上には赤い点が一個あるのみだ。つまり、現在の美咲の持ち点である七九点では上位半分ぬ食い込むには全然足りていないということ。


 今は着実に点数を稼いでいきたい。安定した加点が実技試験突破の鍵だ。

 通常、美咲のような下位半分の者は互いに地図上で位置がわからない。必然的に位置を知ることができる上位者に挑まざるを得なくなる。


 ここが美咲の逆転の発想。上位半分であるナツキの近くにずっといれば、美咲の方から動かなくとも勝手に他の能力者たちがナツキを狙ってやってくる。もしナツキが弱ければそうした他の者たちに敗れて点数を失い下位半分に落ちるだろうが、仮にも一等級。そのような展開になる確率は限りなく低い。


 つまり、ナツキのそばにいればナツキが倒した連中をその弱った状態で強襲できるということだ。

 まさに今回の実技試験の抜け穴、ハイエナ行為である。これを受験者同士の結託を想定していなかったナナたち試験監督の不備と見るか、ナツキと美咲が同じ中学校で知り合いだったという単なる偶然の結果と見るか、美咲のように頭を使った戦い方が可能な人材を星詠機関(アステリズム)は求めていると見るか。


 おそらく全て。似たようなことは他の者たちもできると言えばできるからだ。ずっと赤い点の上位半分の者を見張っていればよいだけのこと。しかし上位半分の者たちに合わせて自分が動くのと、自分に合わせて上位半分の者を動かすのとでは戦略性と利便性の両面から大きく差があるだろう。


 もしナツキが美咲の提案を快諾すれば、美咲は自身の体調や能力のコンディションに合わせて好きな場所で戦える。具体的に言えば、どデカいスピーカーを用意して最大限に自身の能力の攻撃力を高めた場所に二人で一緒にいるなど。動かなければならない相手に対して地理的アドバンテージを得られるのは非常に大きい。



「……なるほどな。一度戦った相手と再戦することはできない。つまりこのバトルロワイヤルにおいて俺と美咲は既に敵同士ではなくなっている、ということか」



 特定の相手を毎日いたぶって容易く点数稼ぎできないようにするというのが表向きの理由。

 実のところ、ナナは美咲のように他者と手を組む、ないしは利用する者が出てくることは想定内だった。それどころか推奨すらしていたと言っていいだろう。なにせ、同じ相手と再戦できないというこのルールは協力関係を作らせる目的で設けたのだから。


 星詠機関(アステリズム)の能力者のみんながみんなスピカのように単騎で圧倒的なチカラを有しているわけではない。現に先日、スピカの部下たちは集団でダイイングドッグを攻めた。それに、スピカも日本に訪れた際はナツキという現地協力者の助けを借りていた。


 使えるものは全部使う。この『使えるもの』は『物』であり『者』だ。大切なのは最終的にミッションがクリアされること。そのための過程に他者の協力があってもいいし、それができる話術や交渉術、状況分析力は筆記試験では測れない武器と言えるだろう。


 美咲としては最悪断られてもいいと思っていた。一等級の能力者という弩級の爆弾相手に十点をもぎとれただけでも御の字だ。その相手と再戦しないで済むと思えば一気に荷が軽くなる。


 それに自分はナツキに好かれるようなことはしていない。まして自分のことを知らなかったと言ってのけた相手。他の男たちのように頼んだら言うことを聞いてくれるといった単純なことにはならないだろう。それどころか、つい芸能界での立ち位置、キャラクターでもあるSっ気を出しすぎてしまったためせいで嫌われてるすらいるかもしれない。


 だがナツキの答えは美咲の予想を良い意味で裏切った。



「……わかった。その提案、乗ってやる」


「ホント!?」



 何か裏があって美咲がこういうことを言っている、というのはナツキも見抜いていた。

 それでも初めて出会った日に空き教室で美咲がこぼしていた言葉、普段の演じたような言動、他にも色々。美咲に『裏』があったとしてもそれはきっと悪いものではないかもしれない、と思った。なんだか放っておけなかった。

 ナツキにしては珍しく、現実世界の他者に興味を示したのだ。



〇△〇△〇



 学校を出て二十分ほど経った。美咲は国民的アイドルだ。ナツキのようにあまり音楽番組を見ないような者を除けば、日本国民の誰もが彼女の姿を知っている。


 となると、素顔を出して街中を歩くには一定のリスクを伴う。だから普段はマスクに帽子にサングラス、顔を徹底的に隠す変装。しかし学生としてありのままの姿で通いたいという美咲の意思を尊重し、学校だけは変装をしない。無論それは登下校もだ。


 だから人通りのある駅前などは通れない。一般的に中学校の通学路は防犯の観点などから地域の人々の目があるルートを意図的に選んでいるが、むしろ美咲については人目につくのはマズい。そのためあえて通学路を外れて二人は人気(ひとけ)のない道にいた。



「さあここが私の家よ」



 美咲が指すのは大きな一軒家だった。一軒家というよりも、むしろお屋敷。さっき目にしていた学校のグラウンドと同じくらいの広さがあるのではないか。二本の立派な石の門柱の間には十メートルはある巨大な金属の門。電子ロック式のようで、手動開閉のための取っ手はない。玄関だけで監視カメラが数台確認できる。万全のセキュリティ。



「……さすが芸能人だな」


「だだっ広くても一人じゃ寂しいだけよ」


「両親は?」


「私、京都出身なの。だから実家も京都で、パパとママもそっちに住んでるわ。でもほら、芸能関係って東日本の方が充実してるでしょ? テレビ局とかドームとかコンサートホールとか。そりゃ歴史とか伝統とか政治とかは首都の京都(あっち)が主流だけど、現代的なエンタメは関東(こっち)の方が中心よね」


「なるほどな。尤もな話だ。で、家を俺に教えてどうする。 まさか泊まっていけとでも?」


「バ、バカじゃないの! そんな破廉恥なこと私が言うわけないでしょ! もし私があんたに連絡したときすぐに私のところに来られなかったら私が困るの。だから覚えなさい。あ、あと連絡先も交換するわよ」



 そうか、とあっさり返事するナツキ。美咲の連絡先や自宅の情報がどれだけ日本中の男たちにとって垂涎ものなかわかっていない様子に、思わず美咲も苦笑いを浮かべる。自惚れているわけではなかったがここまで興味を持たれないと逆に清々しい。


 せっかくスマートウォッチに地図機能があるならば、現在地はそれで確認しよう。そう考えて自身の左手首に徐に目をやったナツキ。 


「なあ、美咲」


「何よ」


「これ」


「うん?」



 ナツキが手首のスマートウォッチを突き出し、それを美咲が覗き込む。画面に表示される地図。二人の現在地には赤い点が一個。ナツキが点数を減らして九〇点となったものの、依然として彼が上位半分に入っていることを意味する。


 そして、そのナツキを示す赤点に急速に接近するもう一つの赤点。とても徒歩の速度ではない。



 キイイィィィィィッッ!!



 急ブレーキをかけ道路から摩擦が鳴る。美咲邸の前に停まったのは、迷彩柄のジープだった。世界的に有名なある()()のグループ企業である自動車会社が軍用に作ったもので、座席はオープンカーのように天井がなく、防弾のフロントガラスにギザギザのオフロードタイヤ。

 運転席から大柄な男が降りてくる。



「ふむ……地図上では赤点は一個なのだがな。さて、上位者はどちらなのか。まあ良い。二人同時に相手してやろう。一度のエンカウントで二十点稼げるのは効率的だ」


「お前は……」



 ナツキも美咲も彼に見覚えがあった。いや、筆記試験を突破しナナの説明を受けた者は全員が彼の姿が目に焼き付いてはずだ。


 夏馬誠司。


 初日に上位者を全員倒すと豪語した男だった。

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