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第61話 音響兵器

「能力者と能力者! 超常を操る者たちの頂上決戦! ククッ! 滾るッ! さあ、美咲の能力を見せてくれ!」


「……ッ! 言われなくても……!」



 格上? だからなんだ。私には勝ち抜いて星詠機関(アステリズム)に入らないといけない理由がある。



 誰にも話したことのないアイドル雲母美咲の覚悟と決心。ただそれだけが彼女を奮い立たせていた。

 まるでナツキと美咲の開戦を告げるように校内の至るところにあるスピーカーからチャイムが鳴る。一限の開始を知らせるチャイムだ。朝のホームルームを終えた各教員はこのチャイムまでに授業のある教室に向かう。

 

 旧校舎にもスピーカーは設置されている。いいや、順序が逆。元々旧校舎にあった回線設備を新築の校舎にも引いただけのこと。校舎だけでなくグラウンドにまで直通する回線なので、その回線上に新しく校舎を建てる場合、流用した方が手っ取り早い。


 だから今日もこうして誰もいない旧校舎にチャイムの音は響き渡る。そこにいない生徒たちのために、一度も整備されることのないスピーカーはボロボロのまま叫ぶ。


 ただし。今日だけは。そこに二人の生徒がいた。


 再び彼女の緑色の眼が淡く光を帯びる。



(対象はこのチャイム!)



 廊下の天井に設置されたスピーカーから放たれる音。それが美咲の能力によって増幅される。

 めくれあがった木板の床や散らばった窓ガラス片は、まるで消しゴムのカスに息を吹きかけたときのようにバラバラと飛んで行った。その余波がナツキを襲う。


 ナツキは顔の前で腕を交差し衝撃波を受け止める。腕の隙間から、口を何やら動かす美咲を垣間見る。

 推理が確信に変わったナツキは叫んだ。



「ククッ、わかったぞ! 美咲、お前の能力の正体は音だ!」



 わずかに美咲の表情が崩れたような気がしたが、ナツキに悟られまいとすぐに持ち直した。


 音とはつまるところ空気の波である。音の能力とはすなわち衝撃波を放つ能力。

 この能力にはおそらく二つの使い方があるだろう。


 まず第一に、振動を利用した物体の破壊。しばしばバラエティ番組でソプラノ歌手が自身の声でワイングラスを割る姿を目にするが、あれも声という音の波が口から出て空気中を振動しながら移動しグラスに到達して、グラス自体が振動することで起きる現象である。

 第二に、音という空気の波、衝撃波そのもので攻撃をする場合。ソニックブームはこちらに近いだろう。


 以上二点。これらは現に、既に音響兵器という形で実際に利用されている。もちろん何かを破壊し尽くす戦術兵器のような規模は非効率で非現実的だが、例えば暴徒の鎮圧、例えば豪華客船の海賊除け。

 さっきナツキが立っていられなくなったことからもわかる通り、耳を通して脳にはたらきかける音響兵器は非殺傷武器としては催涙弾以上に相手の動きを制限することが可能だ。



「その上で、だ。本来、音は放射状に広がる。だから音響兵器は使用者までダメージを受けないように通常は音に指向性が含まれているんだ。だが美咲、お前の場合は……。同じ音波をぶつけて相殺しているな?」


「あーあ、バレちゃったか……。さすが筆記満点ね。そう。私程度の低い等級の能力じゃ音に指向性を持たせるなんていう器用なマネは無理。私が能力でできるのはせいぜい爆発的に音の波を大きくするくらい」



 だからチャイムの音が鳴ったとき、その音波を増幅させてナツキへの攻撃とすると同時に、美咲は口を動かしていた。誰もが簡単に脳内で再生することができるチャイムの音、『ファラソド、ファソラファ、ラファソド、ドソラファ』を。チャイムの音波が自身に届く瞬間に、鼻歌くらいの大きさで呟いたその音階を増幅させて波を相殺させたのだ。


 よって美咲には音の衝撃波が行くことはなく、今こうしてナツキのみが被害を受けている。美咲はさらりとやってのけているが、音程が少しでもズレたら相殺に失敗し自分まで傷ついてしまう。圧倒的な技量があってはじめて成り立つ妙技である。


 なんとか踏ん張るナツキだが、なかなか鳴りやまないチャイムに徐々に押され始めてきた。廊下を滑るように後退させられている。直に強風で吹き飛ばされるかのように後ろへ転がるだろう。


 美咲は美咲で、これだけ大きく広範囲な音源がありながらナツキを仕留めきれないことに焦りを覚える。格上相手に純粋なパワー勝負を馬鹿正直に挑んでも勝ち目はない。仮にも筆記試験を突破するくらいには柔軟な能力バトルの思考を持つ美咲だ。このままではジリ貧になるばかりで勝ち筋がないとわかってしまった。



(だったら……!)



 もっと大きくなれ! 大きく鳴れ!


 天井のスピーカーに手を伸ばし集中を高める。

 もっと増幅させろ。一等級の能力者の最大にして唯一の長所はその能力、だったら能力を使われる前に完封してみせろ!


 急激に自身を押す音、空気の波が大きくなったことをナツキも肌で感じた。このままでは押し負ける。

 美咲はナツキに能力を使わせまいとしているが、そもそもナツキはただの中二病であって能力者ではなく、この場で一発大逆転を可能にするような特別なチカラなど持ち合わせていない。


 これが英雄やスピカのような二等級という圧倒的強者であれば、美咲のような五等級程度、力技でねじ伏せられただろう。ナナや牛宿のような三等級でも充分に対処ができるはずだ。だが、ナツキにはそれができない。なぜなら彼は本当は他の人より少しだけ妄想力がたくましいだけの無能力者なのだから。


 だがナツキにしかない武器がある。中二病として蓄積された、異能力バトルの戦闘データ。それらの莫大な情報量に裏打ちされたアイデア。


 これだけあれば、これさえあれば、無能力者(ナツキ)は容易く能力者(ミサキ)を凌駕する──。



「ぐっ……」



 ナツキは音波を受け止める両腕を解いた。片腕でだけ顔を覆う。廊下の床の木片や窓ガラス片が頬を裂き、血が垂れる。刺すように熱くて痛い。美咲によってチャイムの音は一層増幅されナツキは押し負ける一歩手前。まもなくナツキは無様にも藻屑のように吹き飛ばされてしまうだろう。


 チャイムはどこの学校も基本的に二十秒弱。今のところ十五秒ほど経っただろうか。残り五秒耐えればチャイムは止んで振り出しに戻る。そこまで粘れたらナツキの勝ち。それまでにナツキを倒せたら美咲の勝ち。



(ああ、もう一秒しかもたんぞ)



 ナツキは空いた片手をポケットに突っ込む。防御を緩めてでも手にしたかった逆転のカード。


 一秒あれば十二分……! ナツキは衝撃波に弾き飛ばされ空中であおむけに倒れながら、その手に持った()()()()()()()を天井のスピーカーに向かって投げつける!



 ……ティロリン



 天井のスピーカーにぶつかったスマートフォン。通知を受け取りパッと画面がつく。何かの紋章のようなロック画面の壁紙の上にはメッセージアプリの通知が表示されていた。



『夕華:ナツキ、大丈夫?』



 ほんのわずかな『ティロリン』という通知音。しかし放射状に広がるチャイムの音波上で鳴った通知音は、美咲によって意図せず音が増幅される。


 美咲が相殺できるのは自分で把握している音だけだ。今回で言えば手を叩いたときの音、雨水の雫の音、そしてチャイムの音。ナツキへの攻撃に用いた『音』は、自分で鳴らしたか自然のものかはともかく、音階は事前に把握できていた。


 だがこの通知音はどうだ。まさかいきなりナツキがスマートフォンを音源であるスピーカーに向かって投げつけるとは思わないし、それを予期できたとしてもナツキがどの機種なのか、どの通知音に設定しているのか、そこまで全て見通すのは不可能だ。



(まずい──)



 その結果。爆発的に増幅させられたナツキのスマートフォンの通知音は相殺されることなく美咲にも襲い掛かり、ナツキがそうなったように美咲も水平に吹き飛ばされた。



(ククッ、読み通りだ)



 スピーカーの近くに音源を持っていかなければ無意味だった。仮にナツキがここで大きな声を出しても、音源であるスピーカーから距離がありすぎて美咲に対処される。

 だがもう一つの音源であるスマートフォンが本来の音源であるスピーカーとゼロ距離になれば。美咲の能力の対象範囲内に入れることができれば。


 これは賭けではない。このタイミングで夕華が連絡をしてくることは確信に近かった。

 ナツキもまた美咲同様スマートフォンの通知音に吹き飛ばされながら、しかし相打ちにまで持ち込めたことに満足げに笑った。



〇△〇△〇



 ナツキがいない。


 夕華が朝のホームルームのために教室に入って来たとき真っ先に抱いた感想がそれだった。

 いつもそう。教室に入るときの自分はプライベートの空川夕華ではなく教師としての空川夕華。特定の誰かを贔屓したりみだりに仲良くなったりはしない。それでも、ついナツキがどこにいるのかを目で追ってしまう。出欠確認を取る前にすぐ気が付く。最初に気が付く。


 出席簿を持つ手に力が入る。どうしたのだろう。一緒に朝食を取っているので寝坊ではない。特に今日はナナが自宅に残っているので、さすがにゆっくりナツキが準備していても急かしてくれるだろう。

 事故にでもあった? 今日は雨だ。視界が悪く、もしかしたら交通事故にでも巻き込まれたのかもしれない。


 そんな不安を押し殺し教師として朝のホームルームという仕事を全うする。しかしどこか心ここにあらず。生徒たちへの連絡事項を事務的に伝えるとさっさと切り上げて職員室に戻った。職員室では同じようにホームルームを終えた教員たちがぞろぞろと戻ってきて、そして教材を持ってすぐに一限の授業教室へと向かった。

 朝のホームルームと一限とは十分ほどしか空いていないので、生徒も教員もせかせかしている。


 幸い、と言うべきか、夕華は月曜の一限はどこのクラスも担当していなかった。職員室は一階なので、正門に至る通学路が窓からよく見える。というかそれを監視できるような設計でそもそも作られているのだろう。他のほとんどの教員たちのように授業準備をする必要がない夕華は窓から外を見つめるがナツキの姿はない。

 

 もうすぐ一限が始まる。もう職員室には自分と同じように月曜一限を担当していない数名の教員と教頭しか残っていなかった。

 夕華はわずかに残った教員たちの目を憚るようにスマートフォンを取り出した。


 一限の開始を知らせるチャイムが鳴るが、外を見てもナツキが正門をくぐった様子はない。



(ナツキどうしたのかしら。まさか、本当に事故にでも……)



 いいや、どこかで道草を食っているだけかもしれない。最悪の事態の想像を振り払い、夕華はメッセージアプリに文字を打ち込んでいく。



『ナツキ、大丈夫?』 



 なぜこのタイミングで夕華がメッセージを送ってくることがナツキは確信できていたか。

 それは以前も遅刻したとき同じように送られてきたから。


 でも夕華がもし月曜の一限にどこかのクラスの授業を担当していたら、強く心配こそすれメッセージを送ってくる保証はないのではないか。

 ナツキは、夕華が何曜の何限でどこのクラスを担当しているかを事細かに把握していた。


 ナツキを『思う』夕華と、夕華を『想う』ナツキ、二人の行動が奇跡的にかみ合ったことで、咄嗟にスピーカのゼロ距離で音を鳴らすというのを可能にしたのだった。



〇△〇△〇



 ナツキと美咲の二人はスピーカーを中心に等距離に弾き飛ばされた。互いに廊下の端と端へ。仰向けのまま木の床板を滑りしばらくして止まる。



(やばっ、意識が……)



 背中を強く打ち付けた美咲は起き上がろうとするも身体が言うことを聞かない。遠のく意識。このままでは自分は貴重な十点をナツキに持っていかれる。



(ダメ、それだけはダメ……私には絶対に星詠機関(アステリズム)に入らないといけない理由があるのに……)



 ゆっくりと近づく足音が聞こえる。

 先に置き上がったナツキはフラつきながらも雨に打たれながら廊下を進み、倒れる美咲にトドメを刺す気でいた。命を奪うのではない。それはナナが言っていた通りルール違反だし、ナツキ自身も美咲に対して憎しみは一切ない。むやみやたらと彼女を傷つけるようなことはしない。



(だが、どちらかが倒れるまで俺たちのこの戦いは決着しないんだろう……)



 きっと、ここでうやむやにしても美咲はナツキに再戦を挑むだろう。それをさせないための、ナツキなりの手向け。


 一歩一歩廊下を進む。

 ついに美咲の前までやって来た。

 割れた窓から吹きすさぶ降り注ぐ大雨。雨水でびしょびしょになる床、壁、立ちすくむナツキ。

 そして、目を閉じあおむけに倒れている美咲。


 雨を全身に浴びて、美咲の肌に張り付く白いワイシャツ。スカートから延びるもちもちとした太ももを雨の雫が垂れる。濡れそぼった赤い髪が床いっぱいに広がり、天使の赤い翼を思わせる。

 中学生にしてはあまりに大きい胸の双丘はワイシャツからこぼれそうなほどパッツパッツで、濡れて張り付いた白ワイシャツから下着が透けている。黒地に赤くて小さいハートがたくさんあしらわれた、ガーリーでなおかつ少しオトナっぽいブラジャー。柄や模様まではっきりくっきり見えている。



「ブーーーーーーッッ!」



 鼻血がジェット噴射のように噴き出た。ナツキは赤い虹を描きながら廊下を舞い、床に落下する。

 急激な貧血。落ち込むバイタル。たちまち遠のく意識。刺激的昇天。


 そのとき、二人のスマートウォッチの画面が切り替わる。


『勝者:雲母美咲』



〇△〇△〇



黄昏暁(田中ナツキ):一〇〇→九〇

雲母美咲:六九→七九

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