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第58話 仲良し三人組

「暁、一緒にお風呂入ろっか」


「え?」



 夕食を三人で食べ終え、午後八時の騒々しいバラエティ番組を食後の団欒がてら視聴しているときだった。ナナが何の気なしにナツキを誘う。

 あまりに脈絡なく突拍子もない提案だったために言われた当のナツキもフリーズした。夕華は言わずもがな。とはいえそこは大人であり教師でもある夕華、復活もまた早い。顔を赤くしながらナナにつっかかる。



「ナナ! あなたまたナツキを誑かそうとして!」


「そんなんじゃないよ。ちょーっと二人きりになりたい理由があってね」



 そう言われてナツキも察しがついた。きっと星詠機関(アステリズム)やらのことだ。昼間の態度からして、ナナはあまりこの中二病なコミュニティのことを夕華に知られたくはないのだろう。


 ましてハルカとナナという二人がかりでナツキをそうした『不良』な集まりに誘っていることが知れたら、夕華は二人の親友としてナツキの現保護者として止めるに違いない。



「そうだな。俺もちょうどナナさんと二人で話したいと思っていたところだ」



 ナツキとしてはナナへの助け船。しかしこれを聞いた夕華はあまりに衝撃に顔から表情が消える。



「ナツキ、もしかしてナナとそういう関係に……」


「安心しなよ。……暁にはアタシよりずっと好きな相手がいるんだから。夕華、アンタ早とちりは昔からの悪い癖だよ?」



 ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべたナナ。それをすぐさま消し去って、ナツキの頭を撫でながら夕華にニヤついた顔で小言を言う。



「そ、そういうナナこそ昔から私が勘違いするような物言いばかりしていたじゃない!」


「しょうがないだろ。夕華は馬鹿みたいに素直で純粋なんだから。ま、そこがアンタのカワイイところだよ。今も昔もね」


「もう……」


(相変わらず夕華さんは親しい相手には強く出られないな……)



 なんだか高校時代のハルカ、夕華、ナナの三人の様子が想像された。きっとハルカの社会不適合なところやナナの自由奔放なところに生真面目で素直な夕華は振り回されていたのだろう。そして夕華自身それを嫌だとは一切思わず、その時間を楽しんでいたのではないか。

 ナツキが温かい視線を向けていることに二人は気が付かない。そのうち、ナナが『一番風呂もーらい』と風呂場に行ってしまった。夕華も最初からそのつもりだったのだろう。どこか嬉しそうに『ええ、いってらっしゃい』と。


 ナナ、夕華、ナツキの順に風呂に入ることになった。


 夕華の入浴中にナナが冷蔵庫を漁り、缶ビールを開けている。唇に指を当てウインクし内緒だよと言われてはナツキも従うほかない。



「ぷは~風呂上りの一杯は染みるねえ。暁も飲む?」



 一度口をつけた缶をためらいなく突きつけられてドキリとしたが、それはそれ。未成年だからと断った。

 どこか湿った髪がいつもより艶っぽく、それでいて風呂上りは当然すっぴんなので普段よりも穏やかな表情に見える。パジャマ代わりに借りた夕華のジャージも相まって高校生くらいにしか見えない。


 夕華が出てくる前に、とナナは急いで飲み干した。


 今日は日曜日なので明日はまた学校がある。ナツキからしたら登校、夕華からしたら出勤。

 全員が風呂から上がったときにはもう午後十時を回っており、寝るにはよい時間だ。……ちなみにナナは顔が真っ赤になっていたので飲酒したことは夕華に秒でバレていた。



「アタシは暁と同じベッドで……」


「ダメに決まってるでしょ」



 けんもほろろな夕華の態度にナナもわざとらしくトホホと漏らす。最初から夕華に止められることなどナナはわかっていたし、わかっていながらナナはそういうことを言ってくるだろうということを夕華はわかっていた。要は予定調和的な茶番だ。それでも二人は楽しそうにしているが。



「ナナは私の部屋よ」


「はいはいわかってるよ」


「はいは一回」


「はーい」


「はいは延ばさない」


「わかったわかった」



 酔いが回ってきたのか口調もどこかはっきりせず、おぼつかない足取りで夕華の部屋へと向かった。



「それじゃあナツキも。おやすみなさい」


「ああ。おやすみ夕華さん」



〇△〇△〇



「こうしていると修学旅行のときを思い出すわね」


「懐かしいね。温泉で寝ちゃったハルカをアタシと夕華で部屋まで担いで運んだっけ」


「ええ。そのまま私たちも疲れて寝ちゃったわ」


「それで寝坊して翌朝先生に怒られたものね。アタシは怒られ慣れてたけど学級委員長だった夕華は初めてだったんじゃない?」



 修学旅行のときと違って和室ではなく洋室。夕華はベッドでナナは白っぽいフローリングの床に敷いた布団。

 それでもこうして学生時代の親友と言葉を交わしながら同じ天井を見上げるのは大人になってもワクワクする。



「ねえナナ。ハルカは元気にやってる?」


「うん。元気だよ。相変わらず、いろんな人に可愛がられてる」


「そう。良かったわ」


「心配だった?」


「少しね。あの子は誰かに愛される天才だからきっとどこにいたって生きていけるだろうけれど……。それでも、いっつもどこか危なっかしいところがあるから」


「そうだね。アタシはさっさと日本を出たし、アンタもアタシの性格をよくわかってるから心配しないだろうけどさ。ハルカはアタシが知る限りずっと夕華に頼り切りだったものね」


「別にナナを心配していないわけじゃないのよ。でもナナは私に心配されることすら煩わしいと感じるでしょう。だから口には出さないわ」


「今言っちゃってるじゃないか」


「そうね。ナナのお酒の匂いで酔っちゃったみたい。おかしなことを口走ってるわ。もう寝ましょう」


「うん」



 そう言って夕華は部屋の灯りを消した。ほんの五分もしないうちに夕華の静かな寝息が聞こえ始めてきた。人為的に再現するのは困難な、一定のペースの寝息だ。


 それを確認したナナは布団の中で指をパチンと鳴らす。



〇△〇△〇



 真っ暗な自室。ベッドの上。夏が近づいているとはいえまだまだ夜は冷えるので毛布をかぶっている。身体を丸めて壁の方を向いて。


 今朝も馴れない千葉へと電車に乗った。その上、ナナが遊びに来たので夕華も含め三人でたくさんお喋りもした。結果的に、疲労が蓄積されてとても眠い。このまま泥のように眠ってしまいそうだ。

 ぼんやりとした意識においてナツキは自身が眠りに落ちる瞬間を知覚する。おやすみ世界。そう心の中で呟いた時。



「暁、寝ちゃった?」


「ッ!?」



 完全に意識が眠りに落ちるまさにその直前。背中をちょんちょんとつつく指。敏感なところを触られたナツキは声にならない声を上げ、ゆっくりと逆側に寝返りを打って振り返る。

 そこにいたのはナツキと同じ毛布に入っているナナ。夕華や姉のハルカと同い年でありながら、その二人よりもオトナっぽい風貌をした女性。でも今だけは風呂上りなのでメイクを落としており、至近距離で見つめ合った瞬間に心の中で思わずかわいいと呟いてしまうほど印象が違う。



「ナナさん!?」


「びっくりした?」


(寝落ちしかけていたから部屋に入られたことにも気が付かなかったな。申し訳ないことをした)



 それもそのはず、ナナはテレポートによって夕華の部屋からナツキの部屋へ直接移動した。夕華の部屋で布団に横になっていたから、テレポート先のナツキのベッドの上でもまったく同じ体勢で横になっていたのだ。


 壁の方を向いて横になっていたナツキは気配もなく現れたナナに一切気が付けなかった。そしてその姿勢だからこそドアから普通に入って来たのだろうと違和感なく考えることができてしまった。単に寝ぼけた頭の自分が認識できなかっただけだ、と。



「と、突然どうしたんだ。夕華さんの部屋にいたんじゃ……」


「うん、ちょっと遊びに来たくなっちゃってね。ふーん、蓄光塗料の絨毯か。なかなかイカしてるじゃないか」



 ナナは上体だけ起こしてナツキの部屋を見渡す。ベッド横の床には暗闇の中でうっすらと白っぽい魔法陣が浮かび上がる黒い円形の絨毯が敷いてあり、まるで本当に魔力でも通っているかのようだ。

 他にも部屋に立てかけてある木刀や、勉強机の上に置いてあるバタフライナイフ。武器をもう準備しているのか、とナナは見当違いな感心をしている。



「それにしても……。アタシ、男の部屋って初めて見るから少し緊張してるよ」


「なあ、ナナさん酔ってる?」


「んー? ビール一本くらいじゃアタシは酔わないよ。さっきも夕華とガールズトークしてきたし。超シラフ。ていうか暁、アンタ両方とも綺麗な眼してるじゃないか。眼帯なんかしなきゃいいのに」


「むぐっ!?」



 そう言いながらナツキを抱き締め、再びベッドに横になった。肺いっぱいにナナの香りが入ってくる。

 柔らかいナナの胸や二の腕が枕のようにナツキを受け止めた。ベッドのマットレスよりもはるかに心地良い。



(いやいや絶対ナナさん酔ってるだろ!)



 毛布の中で足を絡ませるように密着され、太ももの感触まで伝わってくる。


 酔っていても酔っていなくても、自分は同じことをしていただろうな、とナナは思う。実技試験バトルロワイヤルの開始は月曜の午前零時。すなわちもう二時間を切っている。試験が開始されたら表立ってナツキを助けたり守ったりすることはできない。下手に接触してナツキの不正が疑われるのもよくない。



(だから残されたわずかな時間で暁成分を補充しとかないと)



 つくづくこんなカワイイ男に愛される夕華が羨ましい、そんなことを考えながらナナはその胸にナツキを抱いて眠りについた。

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