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第57話 中二病の生きやすさ

 ナナたちが口にしている星詠機関(アステリズム)という謎の組織の名前。

 どこかで聞き覚えがあった。何だったか……と記憶を辿り思い出すのは、以前出会ったスピカという少女だ。初邂逅のとき彼女はこう言った。『私は星詠機関(アステリズム)所属だ』と。


 ナツキが人生の中で唯一知っている生粋の中二病であるスピカ。そのときは彼女一人の中の設定だと思っていた。

 だがしかし。今度はナナたちと知り合ってからに記憶を飛ばす。


 姉のハルカに『ハダル』という中二ネームがあったということが発覚した。自分が中二な名前である黄昏暁を名乗ったら、ナナはそちらの名前で呼んでくれた。ハルカと友人ならばナツキの本当のファミリーネームが『田中』であることを知らないわけがないのに。


 そしてクソ真面目な試験用紙に書かれた、まるでイタイ中二ノートの一部のような問題。能力だなんだというあんなふざけた試験が企業の採用試験で使われるはずがない。



(企業なわけないでしょ、とさっき美咲が言っていたな。そりゃそうだ)



 もう部屋からは立ち去った、今日ここに集められた面々。美咲は芸能人だから深く気にしていなかったが、思い返せば全員カラーコンタクトをしていた。平凡な大学生のような透も、マッチョだった夏馬も。そう、自分やスピカとまったく同じだ。


 それに、バトルロワイヤルというワード。ある有名な芸人が教師役を務めた映画でよく知られている。まさに中学生が武器を持って殺し合うという作品で、拳銃やサブマシンガンが出てくるため日本中の中二病が影響を受けてきただろう。



 以上の事柄をつなぎあわせて、描画される全体像。点と点を結んで出来上がった線と円。



(ククッ……、なるほどな。姉さんも粋なことをしてくれる。進級祝いの正体は『これ』なんだな)



 ナツキが思うハルカからのプレゼント。それは目に見えないもの。


 

(中二病には生きやすいコミュニティというものがある。全員が中二病か、或いは中二病であることが受容されるグループ。姉さんは俺がぼっちなのを知って強引に人間関係の中に入れようとしたんだな)



 例えば、ドラマやラノベの影響から池袋でカラーギャングを結成する者たち。

 例えば、何も見えやしないのに霊感があるフリをする者たち。

 例えば、SNSでなんとか団というのを作り団員番号や役職を割り振る者たち。



(ということは、だ。そう。この星詠機関(アステリズム)というのは重症な中二病のみが入れる中二コミュニティのことに違いない!)




「そうそう、今日は暁に言おうと思ってたことがあったんだ」



 部屋に残ったのはナナとナツキの二人だけ。ナナはホワイトボードに書いた数字を消しながらナツキに話しかけた。



「なんだ?」


「アタシ、今日は暁の家に泊まるから」


「はぁっ!? いや、嬉しいんだ。嬉しいだけど、突然のことで驚いてしまって……」


「この間久しぶりに夕華と電話してさ。そのときにそういう話になったんだよね。それで、アタシが暁のびっくりする顔が見たいからって内緒にしておくように頼んでたんだ」


「そういうことだったのか……」



 本来であればいきなり来訪してナツキを驚かす算段だった。だがナツキは何故か他の者たちのようにすぐに帰ろうとはしない。これでは同じ方向に帰宅していることがバレてしまう。


 それに、ナツキが驚く様子を独り占めしたかった。どうせ夕華は一緒に暮らすなかでナツキの色々な表情を見てきたのだろう。そう考えると、驚かせたときの顔くらい自分だけのものにしてもいいじゃないか、という欲望がナナに悪魔の囁きをもたらしたのだった。



「思った通りのカワイイ反応どうもありがと。じゃ、一緒に帰ろうか」



〇△〇△〇



「ようこそいらっしゃい。こうして会うのは久しぶりね」


「夕華、アンタも相変わらずだね。お堅いカンジがにじみ出てるよ」


「そういうナナこそ。自由に生きてますって顔に書いてあるわ」


「まあな」



 玄関を開けるとすぐに夕華が出迎えた。ナツキは物珍しいものを見るような視線を夕華に送る。



(夕華さんが誰かと話してこんな明るい表情をする相手が俺と姉さん以外にいたとはな)



 それだけでどれほど高校時代に親しかったかわかる。友人だとは言っていたが、ハルカに対してそうであるようにナナとも親友のような関係性なのだろう。幼少期から付き合いのあるハルカと違い出会ってからの時間は短いはずなので、急接近する何かがあったのかもしれない。

 いつか高校時代の三人の話を聞いてみよう、という想いをナツキは心の隅にそっと置いた。



「お茶を用意しているから上がってちょうだい」


「ああ。邪魔するよ」



 それからしばらく、ナナが手土産で持って来たショートケーキを切り分けて三人で食べながら談笑した。夕華が淹れたニルギルという茶葉の紅茶は非常にさっぱりしていてケーキと相性がよく、ケーキの甘さがくどく残らない。

 ナツキはケーキと紅茶に舌鼓を打ちながら夕華とナナの会話を横で聞いていた。高校卒業以来だということで積もる話もあるようで、二人は久闊を叙してずっと話している。



「ナナはハルカと同じところで働いているのよね?」


「んー、順序が逆かな。アタシがいるところにハルカが大学院を出た後やって来た。ハルカの優秀っぷりは夕華が一番知ってるだろ? 今じゃ出世してアタシの上司だよ」


「そうだったの。二人ともアメリカに行ってしまったから私は置いて行かれたみたいで寂しかったわよ」


「でも暁と同居してるんだからいいじゃないか。……替わってほしいくらいだよ」


「暁……ああ、ナツキのことね。そういえば電話でもそっちの名前で呼んでたわね」


「アタシが働いてるとこ、結構そうやって偽名というか、通り名みたいな方で呼び合うことが多いんだよ。現にハルカもハダルって呼ばれてるしね」


「ふーん。外資系企業って不思議なのね」


(姉さんもナナさんも外資系企業で通すのは無理があるだろう……。二人とも本業は別にあるだろうに。まあ夕華さんは中二病みたいなのにあんまノってこなさそうだもんな)


「まあそんなところだ。というか、ナツキって言うのか。ハルカと春とナツキの夏。うん、そっちも良い名前じゃないか」



 そう言って隣に座るナツキの頭をわしゃわしゃと撫でた。ナツキもフォークの先を咥えながら、されるがままだ。ナツキの正面に座る夕華は気持ちよさそうな顔をしているナツキを見て少しだけムッとする。



「ナナ、この間もナツキに何かイタズラしたでしょ。ちょっとベタベタしすぎじゃないの」


「イタズラぁ?」



 本当に覚えがないようにナナはきょとんとする。夕華はティーカップを置いて言った。



「ほら、電話したときに話したじゃない。ナツキの額に、その、キ、キス、したでしょ……」


「えっと……それはスキンシップというか……つい勢いでしちゃったというか……」


「ど、どうしてそこで顔を赤くするのよ! 昔ナナ言ってたわよね。アタシは男になんか靡かないって。だったらナツキにそういう、ひ、卑猥なことをするのはやめなさい! 不純よ!」


「卑猥ィ? それはどっちだよ。色気ムンムンの若い女教師が生徒の男子と一緒に暮らしてる方が卑猥だろう! 羨ましい! 夕華は昔からそうだった。いっつもどこかツンとした顔で澄ましてるのに心の中はムッツリだもんな!」



 そう言って口喧嘩する夕華とナナ。もちろんお互い本気で罵りあっているわけではなく、むしろこうしたやり取りを楽しんでいるように見える。きっと高校時代もこうやってぶつかりながら仲良くなったのだろう。

 ナツキはケーキの苺にぶすりとフォークを刺して口に運ぶ。



(ククッ、禁断の果実(いちご)美味(びみ)なることよ)



 禁断の果実はイチゴではなくてリンゴである。

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