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第56話 ルール説明

「おはよう。もうこんにちはの時間か? ま、いいや。大切なのは全員がこの場に揃ってるってことだからね」



 ナナは部屋の全体を見渡しながらニッと笑った。とはいえナツキ以外の面々の緊張感はほぐれない。自信満々でいた者も、透のようにヘニャヘニャした者も、美咲のように騒がしかった者も、どこかナナの前では委縮しているように見える。



(ナナさんはそんなに有名人なのか?)


「まずは筆記試験突破おめでとう。この場にいる二十三人は筆記で最低限の成果を出した者たちだ。アタシが思ったよりも多いくらいだよ」



 そのナナの言葉に、何人かはナツキへと厳しい視線を向ける。ナナは本心から期待以上の成績の者が多かったと褒めているのだが、中にはナツキへの嫌味と受け取った者もいるようだ。

 ナツキもそうした視線には気が付いている。とはいえ、まずこれが何の集まりで何の試験なのかよくわかってない以上はどうしようもないことなので特に気にせずにいた。



「本来は星詠機関(アステリズム)の職員は戦闘職だけじゃない。事務職ってのもいるんだよ」



 ナナがまず説明し始めたのは星詠機関(アステリズム)の組織構造だ。

 ニューヨーク支部においてスピカに運転手がいたように、星詠機関(アステリズム)という組織に在籍する人間が誰しも能力者との戦闘をするわけではない。そうした荒事を担当するには優れた知能や高い能力が必要となるからだ。ただ能力者であるというだけで戦いに駆り出しては犬死が増えるだけである。


 実際に現場に赴いて戦闘を行う者、情報を集める者、情報を適宜整理し送信するオペレーター、見張りや送迎。違法な能力者を一人捕まえるだけでもこれだけの人間が動く。

 それだけではない。一般的な組織や企業と同じように、会計業務に携わる者や各国の官庁と調整をする者、現場周辺の行政や土地所有者との法的なやり取りをする者、などなど。人手は毎日足りていない。



「じゃあ今回の新設された日本支部がどうなのかっていうとだね。まあここにいるアンタたちならよくわかってると思うけど、この日本っていう国は聖皇サマの影響がそれはもう強い強い。今回は複雑な情勢と外交でアタシたちは特別に日本支部なんてもんを作らせてもらうことになったわけだが、聖皇サマも野放しってわけじゃあないんだ」



 それはナツキも知っている話だ。首都である京都に住み、数千年の日本の歴史の中で常に頂点に立ち続ける一つの血筋。それこそが聖皇である。

 行政、立法、司法、これらは国民によって行われた後に聖皇の承認を必ず経なければならない。それだけでも聖皇の権力の大きさは計り知れない。

 かつての大戦で世界を相手に日本が大立ち回りをしてみせたのも、その後世界で数少ない国連非加盟国となったのも、すべては聖皇の力である。



「で、事務仕事その他は全部向こうさんが用意してくれることになった。そりゃそうだよね。アタシらが予算でヤバい兵器でも持ち込んで内側から日本をズタズタにするなんてこともあり得るんだから。そういうわけだから、戦闘要員として採用できる人数もそう多くはない。ここにいるのは二十三人だろう? ここから大体、半分くらいに絞られる」



 ナナは黒ペンのキャップを外してホワイトボードに「二十三人」と書き記しグルっと丸で囲む。その丸から上向きに矢印を伸ばし、「十~十二人」と書いた。



「西日本は京都の聖皇お抱えの連中が対処できる。アタシたちが支部を作ることを許可されたのは東日本の防衛・治安維持の側面が強い。だからこれくらいの人数ってわけだ」



 筆記試験のときと比べれば倍率ははるかに低い。だが、ここからは実力の世界。自分と向き合う筆記と違って自分以外の全員が明確に直接的に競争相手。その事実が部屋の空気感を張りつめたものにしていた。



「じゃあお待ちかね、実技試験の内容説明といこうか。本当は総当たり戦でもするのが公平なんだろうが、ちょっと時間がかかりすぎる。それに実戦はそんなお膳立てされた舞台じゃないからね。だからこうする」



 ナナが指をパチンと鳴らすと全員の目の前に腕時計が現れた。

 ベルト部分はラバーかゴムのような素材で長時間手首につけていても蒸れたり痒くなったりすることはない。時計の盤部分はよくよく見ると数センチメートル四方の画面になっていて、これがいわゆるスマートウォッチだということが確認できた。



(さすが三等級の能力者ね……。日本人でありながら星詠機関(アステリズム)に入っただけのことはあるわ)



 美咲のように、多くの者が畏怖、羨望、尊敬を向けている。

 全員スマートウォッチを手首につけていく。それを見てナツキも同じようにつける。

 だが画面にはまだ何も表示されていない。真っ暗なままだ。



「簡単に優れた人間を選び出すにはこれが一番。そう、実技試験の形式は、バトルロワイヤルだよ」



 一層の緊張感がナツキ以外の全員に走る。

 


「そのスマートウォッチにはそれぞれ筆記の得点が百点満点で表示される。で、戦って勝ったら相手から十点が奪える。最終的に表示されている得点が大きい奴らを上から採用してくってわけだ。オーケー?」



 美咲はスマートウォッチの画面をつついたり腕をぶんぶん振ったりするが電源は入らない。

 その様子を見て微笑んでいるナナが指を一本ずつ立てて詳細な説明を始めた。



「もちろんルールはある。まず第一に期間は明日、月曜日からちょうど来週の日曜日正午。だから一週間っていうより正確には六日と半日だね。だから月曜日の午前零時までそれはつかないよ」


「なんだ、そうだったの」



 美咲は納得したようにスマートウォッチを殴ろうとしていた拳を下げる。もしかして機械音痴なのか? という疑惑をナツキは胸の内で膨らませた。



「第二に、会場はなし。場所は自由。隠れていてもいいし、逃げ回り続けてもいい」


「それじゃあ高得点の人がすっごく遠くへ行っちゃったらどうするんですか?」



 透が手を小さく挙げながらナナに尋ねた。同じようなことを思ったのか、頷いている者も多くいる。皆ナナの返答に注視していた。



「ちゃんとその対策はしてあるよ。もし一日得点の増減がなかったら、日付が変わると同時に問答無用で十点下げられる。だから仮に百点満点の奴でも一回も戦わなかったら六日後に四十点しか残らない。逆に、例えば半分の五十点しか取れてない奴は毎日戦って十勝十敗ならプラスマイナスゼロで五十点のまま。筆記で満点だった奴を逆転する」


(なるほどね。よくできた仕組みじゃない。どれだけ頭の中で能力を用いた戦闘に関する深い知識や見識、アイデアを持っていても実戦で活かせないと意味ない。難しい楽譜が読めても演奏できなかったら宝の持ち腐れなのと一緒ね)


 

 美咲は自身のアイドルとしての音楽活動の経験からそのように考えた。同時に、単に能力の等級の高さのみで評価するわけはないという星詠機関(アステリズム)の姿勢に深く共感していた。美咲自身、アイドルとしてそうやってのし上がってきたのだから。



「続けるよ。第三に、同じ相手とは一度しか戦えない。これは特定の相手から荒稼ぎするっていうのをなくすため。第四に、戦闘行為を除いてあらゆるこの国の法に故意に触れるようなことはしない。秩序を守るアタシたちが秩序をぶっ壊すんじゃ意味がないからね。だから、勝手に私有地に入るのもダメだし、スピード違反したスポーツカーで追いかけ回すのもダメ。まあ事故で仕方なくって場合はセーフだけどね。戦ってる最中にうっかり道路割っちゃう、みたいなのはギリ許す」



 そして、突然ナナは視線を厳しいものに変えて部屋全体を見渡した。



「あとはこれに関連して、第五に、相手を殺す、または再生不能な怪我を負わせるのも禁止。最終的に同僚になるかもしれないんだからそういうのは許されない。もし破ったらアタシたちが同じ目に遭わせるから覚悟しておくように」



 息を呑む音が聞こえてくるようだった。誰もがナナのオーラに気圧されている。しかしそれを弾き返すように、ナツキとは通路を挟んで別の長机にいる隣の席の男性がぬっと手を挙げた。



「質問? いいよ、言ってみな」



 ナナの許可を得た男性はその場で立ちあがった。身長は二メートル弱はあるだろうか。黒いタンクトップからは美咲のウエストと同じくらいの太さの二の腕が露出されている。血管が浮き出るほどの筋肉だ。随分と日焼けしていて、顔立ちこそ日本人だが肌は全体的に浅黒く、髪は残さず剃りあげている。岩が動いているようだ、と誰しもが思った。

 軍人のような口調で男は発言した。



「許可感謝する。私の名前は夏馬(なつま)誠司(せいじ)。疑問が二点。まず、我々はどうやって互いの位置を知る? いくら戦う意思があっても、この広い日本で自由に動き回っては会えずじまいで一週間が終わる可能性もある。それはそちらも本望ではないだろう」


「ああ。趣旨から外れるからね。だから、そのスマートウォッチには地図機能が搭載されている。その瞬間の保有得点上位半分、つまり人数にして十一人は位置情報が全員の地図上に表示される。上位者は下位者を襲う、いわゆる雑魚狩りみたいな真似はできない」



 美咲は透がナナにした質問を思い返す。



(でも一日一回は戦わないと十点が削られちゃう。つまり得点上位者は別の上位者にリスクを冒してでも戦わないといけない。だって、一回負けても奪われるのは十点なんだもの。だったら勝って十点をもらう可能性を追った方がお得。ほんっとにサイコーでサイアクな試験(オーディション)ね!)


「理解した。では次に、もし初日にその見えている十一人を全員倒した場合はどうすればいい? 一人の相手とは一度しか戦えないのだろう。だったら残りの五日間、自分の得点が減るのを座して待つのか? 無論挑まれれば問題ないが、万が一誰も挑んでこなければいたずらに得点を削られる。これは過程に対して結果が公平ではない」


「あー……なるほど。フフ、アンタ、よほど自分の腕に自信があるんだね。いいよそういう発想は嫌いじゃない。アタシもそこまでは考えてなかったけど、そうだね……。じゃあこうしよう。一日の間で十連勝した奴は、それ以降一日戦わなかった際の減点を免除する。これならどうだい?」


「ああ。それならば公正だ。存分に暴れることができる」


「ま、そんなことできる奴がいればの話だけどね」



 ナナがニヤリと笑ったのも無理はない。大勢がこの夏馬という男を睨んでいるのだから。

 夏馬の宣言は『俺はお前たちの誰よりも強い』と言っているに他ならない。そんな質問を全員の前でしたのだから、当然の反応だろう。だが当の夏馬はそうした刺すような視線など意にも介さず、ナナへの感謝を告げるとドスンと再び席についた。



「よし、もう質問はないね? それじゃあ解散。また来週ここで会おう」



 皆ぞろぞろと部屋を出て行く。美咲は依然座っているナツキの肩をポンと叩いて見下ろしながら言った。



「クスクス、あんたは点数ギリギリでしょうから、上位者を探さないといけなくて明日から大変ね。まあ精々頑張りなさい」


「地図上に個人名が表示されるとは思えないから、暁くんとも戦うことになるかもしれない。そのときはお互い正々堂々ぶつかろう」



 透もまっすぐな視線でナツキに力強く語りかける。そうして、二人とも部屋を出て行った。部屋にはナツキとナナだけが残っている。



(そうか……そういうことだったのか…………)



 いくつもの点と点がつながっていく。そのときナツキは全てを理解したのだった。

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