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第55話 親類のコネ

「信っじらんない! この大人気アイドルの雲母美咲を知らないなんて何なの!? あんた転校生!?」


「いいや。普通に皆勤賞の二年生だ」



 学校でも夕華と一緒にいたくて気がつけば皆勤賞。だがほとんどの授業で爆睡しているので、皆勤に意味があるのかないのか……。

 美咲は顔を真っ赤にして怒っている。



「だったらなんで学校のスーパースターの存在を知らないのよ!」



 そんなことを言われても、別にナツキはアイドルにまったく興味がないし、なんなら学校生活も熱心ではなく噂話を言い合う友達もいなかった。芸能人が学校にいようとも知らないものは知らない。


 すると突然、美咲はナツキの学ランの胸ぐらを掴んで顔をぐっと近づけて言った。



「あんた、どこかで見覚えがあるわね……」



 整った顔立ちをしている、というのが美咲を至近距離で見つめたナツキの最初の感想だった。なるほどたしかに芸能人と言われても少しも疑問はない。

 何やら思い出すように思案する美咲はナツキのマフラーや包帯、そして眼帯を見て、ピンときた。



「あーー! 思い出した! あんた昨日、採用試験で試験監督に喧嘩売ってたアホでしょ!」



(試験? 昨日? ……ああ、こいつもあの場にいたのか)



 思い返すのは、牛宿に言い返して一触即発になったときのこと。それを知っているということは彼女も同じ試験を受けていたのだろうが、とにかく人が多かったこととナツキが部屋に到着したのがギリギリだったこととが重なり美咲の顔にはやはり覚えはなかった。

 

 美咲はナツキの胸ぐらを掴んだまま、眼帯をしていない方の晒された眼を見て言った。



「クスクス、でもその眼の色、無能力者よね。その上試験監督に口答えするなんておっかしー」



 たしかに、採用されれば牛宿は星詠機関(アステリズム)において上司、先輩になる人物である。試験の合格はもちろんその後を見据えても逆らうようなまねは得策ではない。

 現にあのとき部屋の一番前という目立つ場所でナツキと牛宿は言い争っていたにも拘わらず誰も見向きもしなかった。試験対策に集中していたということもあるだろうが、触らぬ神にたたりなし、という側面はあっただろう。



「残念だったわね~、私の存在を知らない灰色の学校生活を今まで送ってきた上に、採用試験にも落ちるなんて! クスクス、本当に同情しちゃう!」



 美咲は中学生にしては大きな胸をばいんばいん揺らしながら、ナツキのことを指さして笑い続けた。



〇△〇△〇



「で、なんであんたがここにいるのよ!」



 前回の試験からちょうど一週間後の日曜日。

 ナツキの姿は前回と同じ幕張のビルにあった。と言ってもフロアは前回の大講堂のような試験会場とは違い、部屋自体もそこまで広くはない。

 カーペット質の柔らかい床に白い長机が並んでいる。想定された用途は会議室だろうか。広さは学校の教室と大差ない。


 そしてさっきからナツキの耳元でやいのやいのと喚いている少女。雲母美咲。



「あんた無能力者でしょ! なんて筆記試験受かってるのよ!」


「まあまあ、筆記は筆記なんですから……」



 ナツキに詰め寄る美咲。そして、その間に入り仲裁する青年。

 他にも会議室には老若男女、合わせて二十名弱いるだろうか。



「ククッ、あの程度の難易度では試験にもならないな」



 ナツキの言葉は本音だった。中二病の彼にとって異能力に関する試験など趣味の延長でしかない。

 しかしそれを聞いた美咲は鬼の首を取ったように得意げな表情になった。



「ふ~ん、強がっちゃって。私の前でかっこつけたい気持ちもわかるけど無理をするのはやめなさい」


「いいや、本当にそういうわけじゃないんだが……」



 ナツキにとって美咲は関わったことのないタイプの人間だった。苦笑いを浮かべていいのかどうかすらわからない。美咲への対処に困っているナツキに助け船を出すように、先ほど仲裁に入った青年が声をかける。



「美咲ちゃん落ち着きなよ。彼だってきちんと試験をパスしてここにいるんだ。それを疑うっていうのは採点をした試験監督たちを疑うってことになるんだよ?」



 穏やかな口調で諭され、美咲も渋々引き下がる。そして何かに気が付いたかのように顔を明るくして尋ねた。



「あんた、私の名前知ってるのね。ファン?」


「ハハハ、まあそんなところかな」


「今日は独りで来たの?」


「うん」


「クスクス、じゃあボッチなのね」


「ミサキちゃんがいるからボッチじゃないよーー!」


(ええ……本当にファンはこのやり取りするのか……)



 おっとりとした青年が思いのほか元気よく腕を突き上げて美咲にレスポンスするものだから、ナツキは軽く引いてしまっていた。そんなナツキの様子も知らず、美咲はドヤ顔でナツキに対して胸を張っている。


 日曜日なのでナツキも美咲も私服だった。今朝の天気予報では一日曇りとなっていたので、この場に傘を持ってきている者はほとんどいない。折り畳み傘を鞄に控えさせている周到な者がわずかにいる程度だ。


 ナツキたちの会話に混ざる青年も、そんな周到な者のうちの一人だった。

 三人掛けの白い長机で、ナツキと美咲に挟まれた不運な青年。高校生か、大学生か、少なくとも自分よりは年上だろうとナツキは判断する。ナツキより頭一つ背が高く、骨格が成長しきった肉体は思春期のそれではない。短い黒髪に普通のシャツとチノパンといういたって平凡な装いだ。ただ一点、橙色の瞳を除いて。



「ところで、お前のところにも合格通知が来たのか?」


「うん。そうだよ。郵便受けに入ってるのを見たときは跳んで喜んだね。ええと、きみは……」


「俺は黄昏暁」


「へえ、珍しい名前だね。僕は音無(おとなし)(とおる)。よろしくね、暁くん」


「ふーん、暁。あんたってそんな大層な名前だったのね。クスクス、貧相な顔の割に名前だけは立派じゃないの」


「暁くんと美咲ちゃん知り合いじゃなかったの?」


「ええ。知り合いよ。でも、ただの知り合い。暁は私の歌の個人練習を覗き見する変態さんなんだから」


「暁くん……気持ちはわかるけど覗きはダメだよ……」


「ご、誤解だ! 俺が普段から昼食を取っている場所で偶然居合わせただけで」


「え~だって仕方ないじゃない。あんたと違って私、忙しいんだもの。どうせあんたは日曜に予定なんかなかったんでしょうけど、普段はあの時間、私は歌のレッスンなのよ。だからどこかで埋め合わせしないと、喉がぼけちゃうわ」


「僕も美咲ちゃんの生歌聴きたかったなあ」


「ふふん、今度ライブやるからそのときに会いましょう」


「そう言われるとこの後の試験も頑張れるよ」


「なあ透、先週も思ったんだが、その『試験』って何なんだ?」


「え?」


「え?」



 ナツキが今まで抱いていた疑問。どうやらアイドルとしてそこそ人気らしい美咲が、どうして自身の生業のための時間を削ってまで試験を受けているのか。そもそもあの『能力に関する内容の筆記試験』は何だったのか。


 ナツキとしては当たり前のことを口にしたつもりだったのだが、それを聞いた美咲と透はキョトンとしている。聞き耳こそ立てていたが会話には入ってこない会議室の二十人あまりの面々も、さすがにナツキの発言には驚いたのか目を見開く者や眉を顰める者も多くいた。



「暁、あんた、じゃあなんで先週の筆記試験を受けたのよ」


「姉に行けと言われたから行っただけだ。というか採用ってなんだ。企業か何かのか?」


「企業なわけないでしょ。でも……なるほどね、親類のコネか……だったら無能力者が能力を運用する際の適性を測る試験を突破しているこの状況も理解できるわね…………」



 ぶつぶつと呟く美咲。事情を把握していないナツキはますます混乱する。

 そのとき、ガチャリと会議室の扉が開かれた。



「まだ時間じゃないのにもう皆そろってるのか。立派立派」


(ナナさん!)



 部屋に入ってきたナナは会議室前方にあるホワイトボードの前までつかつかと歩いた。すれ違いざま、軽くナツキの頭にぽんと手を置き撫でる。

 現役の星詠機関(アステリズム)職員にして試験監督でもあるナナの登場に、ナツキ以外の全員が気を引き締め直した。

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