表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/377

第5話 眼の能力は何故か赤が多い

 一人になってからは早いものだった。追って食事を終えたナツキも登校の準備を始めた。

 夕華とナツキが登校する時間をずらしているのは、よからぬ噂が立たないように……ということではない。夕華の教員として行う授業準備等の業務や部活動の朝練の手伝いのためだ。一般生徒かつ帰宅部であるナツキは朝のホームルームにさえ間に合えばどれだけ時間ギリギリの登校になっても問題ないのであった。


 パジャマを脱ぐ。多くの普通の男子中学生がそうするように、靴下を履き、ズボンに足を通し、半袖のワイシャツのボタンを閉めていく。そして最後に学ランを羽織る、その前に。



「ククッ、疼いてくれるなよ」



 腕に包帯を巻いていく。ほどけないように固く結ぶ本来の用途としての巻き方ではない。いつでも封印の解放ができるよう先に近い部分ほど緩めておくのだ。さらに風で揺らめくくらい余らせておくとなお良い。



「今日は腕に同じ痣を持つ者たちと出会って数千年の因縁に決着をつけることになるかもしれないからな。念入りに巻いておこう」



 そんな因縁はない。


 次に、洗面所に向かった。ピンク色の歯ブラシとコップが夕華ので、水色のそれらがナツキのものだ。洗顔と歯磨きを終えると洗面台の下にある引き出しから『ワンデーカラーコンタクト:レッド』と書かれた箱を取り出した。

 左手の人差し指の先に赤いドーム状のレンズを乗せ、慎重に右の眼球に近づけていく。鏡にスレスレまで顔を寄せ、空いた右手で右眼をかっ開いたまま固定する。

 ナツキにとっては一日で最も気を張る瞬間だ。雑な入れ方をすると運動時などに眼の中でズレてゴロゴロする。彼自身一度ひどく眼を充血させてしまい、文字通り痛い目にあっていた。


 うまく入った。洗面所の鏡に映る自身の真紅の片目を見つめ、満足げに頷く。



「ククッ、俺の眼の中で、煉獄の業火が揺れてやがるぜ……」



 ナツキは赤いカラーコンタクトをいたく気に入っていた。一族を皆殺しにした兄への復讐を誓う天才忍者、絶対遵守の力で祖国に立ち向かった反逆の皇子、八月十五日に出会った少年少女、全系統を一〇〇パーセント引き出すハンター。憧れたキャラクターたちは皆、赤い眼をしていた。常日頃から自分もそうありたいと強く強く思っている。

 だから、赤。売り場に行けばそれはそれはたくさんの種類のカラーコンタクトが虹と見まごうばかりに色鮮やかに並んでいる。それでも買うのはいつも一色。赤。毎日使うだけあって消費量も多いので、ナツキは店員とも顔なじみになるほどだった。


 手をフレミングの法則のごとき形にし目元に添え、もう片方の手は鏡に映る目の前の自分に突き出す。まるで何かの必殺技を放っているかのように。

 人差し指と中指の隙間から覗く己の赤い眼は自身が異端たる証明だ。自分は他人とは違う。他人は自分を理解できない。自分だけが選ばれし者で、邪悪なチカラに取りつかれている。ナツキの頭の中ではこうした孤独な全能感が渦巻いていた。



「俺の真名()は黄昏暁。ひょんなことから煉獄の邪眼を手にいれてしまった俺は、異能力者の研究機関やテロ組織に身柄を狙われる日々だ。最愛の人との平穏な暮らしのために能力者の刺客を毎夜退ける俺だったがとうとうチカラの封印が解かれて……それから…………」



 誰もいないシンと静まった洗面所で、一体誰に説明していたのだろうか。無論、これはナツキ自身がノートに書き連ねた設定への自己陶酔である。黄昏暁は偽名だし、右眼はカラコンをつけただけで邪眼ではないし、異能力者など会ったこともないし、どこの組織にも追われていない。事実は精々『最愛の人との平穏な暮らし』の部分くらいだろうか。

 それにアクション異能バトルアニメの主人公にでもなったつもりのようだが、設定にばかり凝ってストーリーを疎かにしていたため肝心の封印が解かれたあたりで黙りこくってしまった。脈絡なく設定だけをノートに書き連ねるのが中二病というもの。アニメや漫画、ラノベのようにはいかないらしい。



「こほん。まあいい」



 誤魔化すようにひとつ咳払いし。そんなことお構いなしとばかりに鏡の前でポーズをキメる紅と黒のオッドアイの自身を姿を見つめつづける。

 充分楽しんだのかしばらくするとガサゴソと再び引き出しの中に手を突っ込み始めた。


 引き出しから取り出したのは、絶対に忘れてはならないもの。眼帯である。

 異能とは秘められたものだ。だからこそ、来訪(きたる)べき覚醒(めざめ)瞬間(とき)までこの煉獄の邪眼は封じておかなければならない。そのあたりはさっきのカッコつけた発言をふまえると設定に忠実なようだ。

 ただし眼帯でさえも見せびらかすと本当の病人のようでみっともないので、前髪を軽くかけておく必要がある。『ものもらいでもできたの?』と話しかけられすぎてウンザリした過去の経験がナツキにそうさせた。


 自室に戻ると、机の上のバタフライナイフを開いては閉じ、開いては閉じ、と三度ほど繰り返し調子を確かめてズボンのポケットに突っ込む。

 そして黒のマッキーで手の甲に正三角形と逆三角形を重ねて六芒星を描く。

 学ランの胸ポケットには、投擲用のトランプ。

 最後に薄手の生地の黒いマフラーを自分で踏んづけて転ばないように長さの調整に気を付けながら首に巻く。

 身体に染みついた毎日毎朝のルーティン。



「ククッ、さあて、軽く世界救ってきますか」



 準備完了。午前八時過ぎ。その日もまったく意味不明なセリフを吐いて、ナツキも家を出たのだった。

あらすじで書いた少女は次話から登場します!

感想や評価などよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ