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第43話 水無月の暑い日

「あっっっっづっ」



 煌々と輝くオレンジ色の太陽が照り付ける。蜃気楼がゆらゆらと立ち上るアスファルト。

 足元まである黒いローブコートを纏った少年が、ボヤきながら炎天下の下を歩く。



(水無月は普通、梅雨に季節だろうに、なんでこんなにも暑いんだ……)



 六月をわざわざ旧い名前で呼ぶこの少年。中学二年生の十四歳。

 特徴的なのは出で立ち。腕には包帯が巻かれていて、暑いと言いながら黒いマフラーを身に着け、右眼を眼帯で隠している。


 彼の名は田中ナツキ。自称、『神々の黄昏を暁へと導く者』。自称、本名は黄昏(たそがれ)(あかつき)

世に言うところの邪眼系中二病である。


 ナツキはポケットから一枚の紙を出した。そこに書かれているのは、正午という時刻の情報。あとは駅からの略地図。


 なぜ彼がせっかくの休日にそのようなところへ行くことになってしまったのか。それは数日前の夕方にまで遡る。



 〇△〇△〇



 いつものように、帰宅後に夕飯の支度を粛々と進めていたときのこと。

 ピンポーン。玄関のインターホンの軽快に鳴る音。


 この家に住むのはナツキと夕華の二人のみである。そして帰宅部のナツキと違い、中学校で教師をしている夕華はまだ学校に残って仕事をしていて家にいない。

 ではインターホンを鳴らしたのは帰宅した夕華? いいや、ナツキはもちろん夕華も自宅の鍵を持っているので鳴らすわけがない。


 一旦、鍋を煮詰めていたキッチンの火を止めた。

 リビングではインターホンが押されると玄関の映像が小型ディスプレイに表示される。防犯の観点から一般家庭ではこの映像を確認してから鍵を開けることが推奨されているが、そんなことナツキは一切気にしない。どうせ回覧板か何かだろう。



(そういえば宗教の勧誘を追い払ったこともあったか)



 数か月ほど前、自宅に突然訪問してきた恰幅の良い初老の女性から変な本を押し付けられ、救われるだの金をお布施しろだの言われたことがあった。しかしそこはナツキも中二病。世界中の神話は宗教と結びつきが強く、純粋に知識量で勝っていたため容易く論破してしまった。


 その女性は据わった目で発狂し暴れ始めたが、ナツキが自室から木刀を持ってきて振り回しながら『ククッ、これこそ神殺しの十束剣(とつかのつるぎ)だッ!』と叫びながら襲い掛かったらそそくさと逃げて行った。

 頭のおかしい奴を追い払うには自分がもっと頭がおかしいことをすればいい、というナツキの普段はあまり役に立たない経験則である。


 そういうわけで、滅多なことがない限り変な来訪者がいてもナツキは気にしない。対処する自信があるからだ。

 玄関まで行くと躊躇うことなくガチャリと扉を開ける。



「ちわーす」



 気の抜けた挨拶をする帽子をかぶった制服の青年。その両手には段ボール箱が抱えられている。

 なんだ、ただの宅配か、とナツキは印鑑を押して荷物を受け取った。



「あざっしたー」



 帽子を脱いで挨拶し青年はそそくさと立ち去り路上駐車していた社用車に乗り込んで、すぐに次の配達場所へと向かって行った。



「頼んだ覚えはないんだがな……」



 とりあえずダイニングテーブルに段ボールを置き、再び夕飯の準備に戻った。



〇△〇△〇



 その晩、二人で夕食を取り終えた後、夕華に荷物について尋ねた。



「夕華さん、何か注文したのか?」


「いいえ。ナツキの方こそ何か変なものでも買ったんじゃないでしょうね」



 一瞬だけ学校での教師としての視線で射抜いてきた夕華にたじろいでしまうナツキ。

憧れの女性と自宅でも学校でも一緒にいられることに幸福を感じつつも、自宅でさえ心休まらないことに儘ならなさを覚える。


 学校での凛としたレディーススーツではなく、ゆるりとしたグレーのスウェット。風呂上りなのでベージュ色のセミロングヘアも結ばずに下ろしている。そんなラフな格好でも威厳を出せる夕華に、若手ながら教師という職が板についてきたのだろうと心なしか嬉しくなった。



「じゃあ、とりあえず開けてみましょうか」



 ナツキが頷くのを見て夕華はガムテープを剥がし始めた。一体誰が何を送って来たのか。ナツキも興味深そうにそれを眺める。

 そして段ボールの蓋を開いて、中身を取り出した。


 両者の間に沈黙が走る。


 無言、無表情になった夕華が持っているのは、メイド服。

 それも、テーブルの上で持っても裾がテーブルにつかないほどのミニスカートで、ところどころにウサギのワッペンがあしらわれていて胸元には大きく切り込みが入れてある。


 それを夕華が着ているところを想像したナツキは、鼻血を堪えながら一抹の期待をかけて話しかけた。



「それ着てみ」


「嫌よ」


「いや、試着だけでもし」


「嫌よ」


「きっと似合うとおも」


「嫌よ」



 こんなものを送ってくるのはナツキの姉のハルカしかいない。夕華も異国の地にいる親友に思いを馳せ、はぁと大きく溜息をついた。



「いい? これはクローゼットに封印よ。ハルカが帰国したら彼女に着せましょう。わかったわね。……あら? 何かしら」



 夕華がナツキに念押ししメイド服を畳んだところで、ひらひらと紙が落ちた。どうやら便箋のようだ。封を切って二人で中身を読む。


『愛しの夕華ちゃんとナツキへ』そう書き出された手紙に、ナツキと夕華は顔を見合わせてくすりと笑う。

 内容は当たり障りないアメリカでの近況報告だった。たしか東海岸の研究所であったか。ハンバーガーのサイズが大きいだとか、同僚の女の子が自分に冷たいだとか。あとは少し遅れたナツキへの進級祝いや夕華とまた遊びたいといった旨だ。


 手紙と一緒に写真が同封されていた。裏面には『スイス、ジュネーブにて』とある。満面の笑みでピースをする白衣のハルカとともに金髪でグラマラスな女性が映っている。

 写真のハルカが持つブティックの紙袋から例のメイド服がのぞいている。それを見つけた夕華は怒ると思いきや軽く溜息をついて、仕方がないわね、とでも言いたげな顔で笑っていた。



(相変わらず夕華さんは姉さんに弱いな)



 ハルカが楽しそうにしている写真を見せられては夕華としてもこれ以上怒るに怒れない。それが長年の親友であり幼馴染というものだ。



(それにしても姉さんが白衣の下に来ている黒い服……。隣の金髪の女性も同じの着ているが、これどこかで見たような……)



 などと考えていると、手紙と写真に加えてもう一枚なにか紙があるのがわかった。

 それはメモ用紙だった。いわゆるA7サイズと呼ばれるメモ帳だ。およそ十センチ×七センチという小ささなので写真より小さくすぐには気が付けなかったようだ。



(ククッ、で、内容は何だ?)



 メモ用紙に書いてあるのは、否、描いてあるのは、ざっくばらんな略地図だ。まず上の方に『幕張駅』とある。そして迷路のように道路と思しき線が引かれ、紙の下の方に赤ペンで星マークが描かれ、矢印の先に『ここ』と書いてある。

 メモ用紙の一番下には『ナツキを予約しておいたから行ってネ』とある。



「何かしらね、これ」



 すぐ隣でメモを覗いていた夕華が不思議そうに漏らす。が、ナツキは『幕張』という街の名前からピンときた。ポケットからスマートフォンを取り出し、『幕張メッセ』『イベント』と検索バーに打ち込み検索する。



「なるほどな……。姉さん、入学祝いのつもりか?」



 夕華にスマホの画面を見せる。幕張メッセの日程表には今週の日曜日、ナツキの好きなアニメのライブイベントが実施されるとのことだ。



「でもチケットが無いのは妙ね」



 夕華の疑問も尤もだ。ナツキは素早く指を動かしハルカに『入場にチケットか何かは必要ないのか?』とメールを送る。手紙には手紙の趣が、メールにはメールの利便性がある。


 そして十秒もせずに返信がきた。



『名前を言ってもらえばダイジョウブだよ~。あと夕華ちゃん、メイド服に着替えたら写真撮って私に送ってね』



 ナツキは再度スマホの画面を夕華に見せて言った。



「姉さんもこう言っているし一度着替えてみ」


「るわけがないでしょう」

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