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第41話 答え合わせ

「……以上が今回日本で起きた連続失踪事件の概要であり、財団の手の者の犯行ではあるものの財団そのものによる関与は少ないと思われる、か」



 星詠機関(アステリズム)本部でもある、とある高層ビルの暗い部屋。大きな円卓の一席に座り、ダークブルーの長髪をかきあげながらシリウスはタブレットでスピカの報告書を読んでいた。



「ふーん。それあたしも読みたい」



 そう言ったのはアルタイルだ。今日は公に二十一(ウラノメトリア)を召集したわけではなく、単に仕事中のシリウスのところにアルタイルが私的に遊びに来ているだけである。



「あ、私も私もー」



 はいはい、と元気よく手を挙げるのはハダルだ。アルタイルの数少ない友人であるハダルもこの場についてきていた。シリウスと二人きりになるのがアルタイルの目的だったがハダルに対してはどうも強く言えず同行を許していた。


 シリウスがタブレットの画面を指で大きくフリックするとアルタイルとハダルのタブレットにも同じ書類データが転送される。ざっと目を通しながらアルタイルが言った。



「で、そのスピカはここにいないわけか」


「ああ。そうみたいだね。彼女はニューヨーク支部長も兼任しているから仕事が山積みだろう。大方、この書類も帰りの飛行機の中で書き上げてすぐ送ったんじゃないかな」


「それじゃこのグリーナーって男は……」


「旅客機ではなく貨物機に積まれて運ばれるから、スピカがニューヨークに帰るより先に彼の身柄はこっちに送られるだろうね」


「両手足を切り飛ばされてちゃあ拷問部も大変よねえ」


「アルタイル、形だけとはいえ私はこの星詠機関(アステリズム)でトップに立たせてもらっている。だから諜報部をそんな風に揶揄するのは見逃すわけにはいかないな」


「うう、ごめんなさい……」


(何が『形だけ』なのさ……)



 ハダルは内心ツッコミを入れつつ、呟いた。



「そ、それにしても、ふむふむ、『全知解析』かー。面白い能力じゃないか。随分と便利そうだね」



 ハダルが珍しく興味を示している様子に驚きながらアルタイルはマスカラで飾られた目を見開いて言った。



「こんな能力が? あたしとしてはこの能力で二等級っていう方が信じられないんだけど。精々三等級くらいじゃないかしらあ」


「うーんアルタイルちゃんにはちょいむずかもね。これ本人が優秀であればあるほど光るタイプの能力で、戦闘面では地味だから」


「え、ちょっと待って、今あたしのこと馬鹿にした?」


「うん。少しね」



 アルタイルは大きく溜息をついて眉間を押さえる。



(こういう歯に衣着せないハダルの物言いがサッパリしてて嫌いになれないのよねえ)


「アルタイルちゃんだってラプラスの悪魔くらいは知ってるでしょ? この世界のある瞬間に、あらゆる物質の状態とかはたらいてる力とかがわかったら、宇宙のすべてはもちろん未来のこともわかるっていうやつ。全てを把握されるだけでも恐ろしいのに精度一〇〇パーセントの未来予知なんてされたら一等級にも手が届くよ」


「ああ。ラプラスの悪魔は仮説だが、もしそれと近いことができるなら能力の成長次第では因果律への干渉も可能になるだろう。何せ現在の全てを解析した上で未来を予測するんだ。現在を変えることで任意の未来へと誘導することも簡単だね」


 

 そう、本来『ラプラスの悪魔』の再現はそれだけで既に一等級クラスの能力だ。まして、それ以外にもいくつもの能力を併用できるなど……。が、それをこの場の三人は誰も知らない。


 シリウスが口を挟んで補足したためアルタイルもようやくボンヤリと理解した。



「うーん、まあなんとなくわかったわ。さすがはブラッケスト・ネバードーンの子供たちの一人ってカンジかしらねえ?」


「……そうかもしれないね」



 シリウスは何か言いたげに肯定した。ハダルだけがその違和感に気が付く。



「さ、アルタイルちゃん、シリウスくんはまだまだ忙しいだろうし、私たちは一緒にショッピングにでも行こう。ちょうどアルタイルちゃんくらいスタイルが良い女の子にプレゼントを送ろうと思っててね。ぜひとも今日一日私のマネキンになってくれ!」


「あたしのスタイルに匹敵するなんて誰か知らないけどやるわねえ、その女。まあいいわ。たしかにシリウス様の邪魔をするのは本意じゃないしい。それじゃあシリウス様、また来るわね」


「ああ。それじゃあまた」



 すたすたと歩くハダルの後ろで、アルタイルがシリウスに手を振りながら部屋を出て行った。

 シリウスは再びタブレットに目を向ける。



「ブラッケスト・ネバードーンの子供たちか」



 それは世界でも特に強力かつ凶悪と言われている能力者たちでもある。現ネバードーン財団当主であるブラッケストはそんな絶大な能力(ちから)を持つ自身の子供たちを世界に解き放ち争わせている。その余波だけでもこの世界、この地球は甚大な被害を受けるだろう。



「だからこそ、きみにも大いに期待を寄せているんだよ、スピカ。……いいや、アルカンシエル・ネバードーン」



〇△〇△〇



 会議室を出て廊下をスキップするハダル。気配で後ろにちゃんとアルタイルがいるのはわかっている。



(いやーそれにしても不思議だよね。私は同じ研究者としてグリーナー・ネバードーンの研究内容は本人と同じかそれ以上にわかっているつもりだけど、電気系の能力者ばかり生まれたのは偶然にしても不自然だ)



 思い出すのはスピカの報告書にあった三名の能力者。六等級、四等級、二等級、と能力の強さや内容こそバラバラだが、電気に関連するという共通点を持つ。



(それにおかしいんだよ。いくらバレにくいとはいえなんでグリーナーは工場にいたのか。なんでスピカちゃんは何度もそこに足を運ぶことになったのか)



 ハダルは鼻歌を奏で始めた。後ろにいるアルタイルは丈の長い白衣を引きずりながら楽しそうにしているハダルの姿を見て思わず破顔してしまう。



(そう。まるで誰かが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいなね)



 赤いカーペットの廊下をしばらく歩き続け、角を曲がるとエレベーターがある。ハダルは小さくジャンプした小さな指でちょんと昇降ボタンを押した。エレベーター上部にある明かりの灯った数字が徐々に大きくなっていく。



(現地の能力者の協力を得たって書いてあったけど、それもおかしい。ずっと一匹オオカミで独特な価値観と堅物な性格してて、友達どころかまともに知り合いもいないスピカちゃんがそんなに親しくするなんて想像できない。私にすらスピカちゃんはなんだか冷たいのに)



 チン、という音とともにエレベーターの扉が開いた。



(どこかの誰かさんがスピカちゃんを見て『この娘は同志だ!』とでも妄想しちゃったんだろうなあ)



 エレベーターに乗り込むハダルとアルタイル。

 えいっ、と掛け声を出して一階のボタンを押す。今度は逆に徐々に階数表示の数字が小さくなっていくのを見上げていた。



(ふふ、我が弟ながら末恐ろしいね。そうそう、そういえば、懐かしいなぁ。三人でよく遊んでた近所の原っぱが開発されて工事始まったとき、ナツキ泣きながら言ってたっけ。『こんな開発なくなっちゃえ!』って。普通、あれだけ公金含め莫大な資金が投入されてて各分野のいろんな大人が関わってる地域開発計画が急遽打ち切りになるなんてあり得るわけがないのにね。それでもあの子が想像すれば実現しちゃう)



エレベーターが一階に到着し扉が開く。 



(うにゃーなんだかナツキのこと考えてたら夕華ちゃんに会いたくなってきたなー。日本帰っちゃおうかなあー)



 まずは夕華ちゃんへのプレゼントを買ってからだ、そう思い起こしたハダルはアルタイルの手を取って外へ出た。



〇△〇△〇



「どうぞ」



 セバスは恭しくお辞儀をしながら主であるブラッケストにビデオテープを渡した。

 これだけデジタル化が進んでいるというのに今でもビデオのような骨董品を使うのはブラッケストの趣味だ。部屋にある暖炉やレコードプレーヤーも同様である。テクノロジー進歩による画一化は停滞を招くので、あえて淘汰されかけている器具を用いることでさらなる止揚をもたらそうという奇妙な価値観。


 ブラウン管テレビにビデオを入れるとザーザーという音ともにわずかに画面に砂嵐が吹き荒れ、その砂嵐の上から三、二、一とカウントダウンが行われた。

 そして流れ始めた映像。四人の人物。ナツキ、スピカ、英雄、グリーナーの戦闘だ。あの日、グリーナーの予想通りブラッケストの部下がその様子を見に来ていた。こうしてブラッケストが後から鑑賞するためだ。



「ほう。二等級の能力者を生み出したか」



 電撃を両手両足に纏わせてナツキを蹂躙する英雄の姿を見て言った。たしかに研究に血道を上げてきただけのことはある、とブラッケストはまずまず感心をしたが、所詮はそこどまり。しかしこうしてセバスが自分の下へ届けた以上はそれ以上の『何か』がまだあるのだろう。一抹の期待を持って映像の視聴を続ける。

 セバスは険しい顔をしたままそんな主の姿を見つめている。



「こやつ……そうか、あの女の娘か」


「はい。ですから、これは」


「ああ。どれだけ目を逸らしても争うことは避けられん。皆、俺の血が流れているのだからな」



 愉快に笑うブラッケスト。その眼にはスピカの攻撃をグリーナーがいなしているシーンが映っている。

 自身の子供たちを世界各地で争わせ、生き残った一人を後継者にするという狂った思想。ブラッケストの大勢の妻たちはもちろん、その子供たちを幼少期から世話してきてよく知っているセバスは痛切な面持ちだ。



「そうかそうか、これは傑作だな。闘争から逃れた弱き者同士がめぐり逢い、どちらがより弱いか、どちらがより強いかを決めなければならない。ハハッ、これだ。俺はこれが見たかった!」



 争いこそが進歩を生む。現に、グリーナーと戦う以前のスピカと以後のスピカとでは多少の経験値の差とはいえ後者の方が強いだろう。これがブラッケストの抱く価値観だ。

 満足したブラッケストはブラウン管テレビを消そうとした。それをセバスが遮る。



「お待ちください、ブラッケスト様」



 セバスが自分のことを諫めるのは珍しい出来事ではない。むしろ自分に対してきっぱりと具申できるのはセバスくらいだとわかっているからこそブラッケストも彼を長年重用していた。

 だから、訝し気な視線こそ送れど素直に従った。再びソファに座り直し画面を眺める。


 そう、それはちょうどナツキが絶命した直後。



「これは……」



 ブラッケストはシワが目立ち始めた目を見開き少年のように輝かせた。

 ソファから身を乗り出し食い入るように画面を見つめている。そんな主の姿をセバスは悲しそうな目を向けた。

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