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第377話 飯盒炊爨

「今日はよく琵琶湖に来てくれましたね! これから三日間皆さんの林間学校がより良いものになるよう、精一杯お手伝いさせていただきます!」



 はーい、とナツキたち中学生は伸びきった返事をする。


 太陽が高い昼下がり、キラキラと日光を受け止め反射する青い琵琶湖のほとり。ナツキたち林間学校生は柔らかい土の上に草木生い茂る自然の絨毯の上に体育座りをし整列していた。


 湖を背に話す女性は現地施設の担当者で、ナツキたちの宿泊施設や飯盒炊爨場の管理を担当しているという。

他にも林間学校のプログラムに沿ってより良い学習ができるよう補助をしたり、怪我や病気への対応も担当してくれる。担当者の女性は元気な中学生一行を出迎えてニコニコ笑顔だ。


 挨拶が済んだところで夕華が進行を続けた。



「琵琶湖には一般の観光客の方々も多くおられます。開けた自然の中ではつい気が緩んでしまうのも理解しますが、常に自分たちがこの学校の生徒であるという意識を忘れず、周囲への迷惑をかけないように意を付けて学習していきましょう。それでは改めて、三日間よろしくお願いします。ええと、お名前は……


「フルール……じゃなかった、花子です。皆さん、私のことは親しみを込めて花子先生と呼んでくださいね」

 

 

 再びはーい、と生徒たちの気の入っていない返事を花子は聞き流す。宿泊行事でソワソワしている子供などこんなものだろうと経験的に理解していたからだ。これまで林間学校でやって来た中学生たちもこんなものだった。


 そう、ナツキたち林間学校生を出迎えた現地担当者こそ、自称二十八宿最強の女、自称聖皇の寵愛を最も受ける女、昴宿花子である。



 特徴的な喋り方をぐっと堪え、強気でドSな性格も常識人の仮面で覆い隠し、中学生が距離感を抱かないようダボついたサツマイモ色のジャージを着ている花子。

 彼女が先ほど恵那に話した『午後にある重大な仕事』こそ、林間学校にやって来た中学生たちの受け入れである。



(ククッ、あの禍々しくも妖艶な紫水晶(アメジスト)色の眼……。三等級の能力者だな。この国の能力者は基本的に授刀衛に徴兵されて京都に連れて行かれるはずだ。ここは滋賀だし、そもそも帯刀している様子もない。ということはあの花子とかいう女は、美咲なんかと同じで自由に生活する代わりに授刀衛から管理や監視を受けていたクチだろう)



 顎に手を当ててしたり顔で推理するナツキの予測は全て外れていた。よもや二十八宿の一人がこんな僻地で子供の行事の相手などするはずがない。その先入観が彼に勘違いをもたらしてしまったのだ。

 この場にいるもう一人の能力者、英雄もまた、同じ二十八宿とはいえ平安京での集会に顔をあまり出さない花子とは面識がなかった。



「皆さん、遠くから新幹線で来られてお腹空いてますよね? まずは、林間学校といえばコレ! 大自然の中で織りなす白米とメスティンのコラボレーション! 飯盒(はんごう)炊爨(すいさん)! 琵琶湖の水で炊くお米は世界一に美味しさじゃないかしら!! ……じゃなくて、世界一の美味しさです。火を扱いますから、くれぐれもふざけたり走り回ったりしないようにしてください」


「火傷しても私が手当してあげるからね。怪我や疾病ごときで命を散らす軟弱な地球生命体のケアは任せてよ。まあ一回くらい死んでも生き返らせてあげられるし」


「メセキエザ、いきなり生徒を不安にさせるような物騒なことを言わないでちょうだい……」



 ジャージが豊かな双丘でぱつぱつになるのも気に留めずズンと胸を張って妙なテンションで大声を張り上げたかと思ったら、急に仕事モードが入って敬語になる花子。


 電波系の発言をしているのに、なまじ容姿が良いせいで『俺、わざと怪我しちゃおっかなぁ……』と男子中学生に言わせる魔性のリアル宇宙人、メセキエザ。


 変人二人を前にし引率教員として早速頭を抱えている夕華。



(いやキャラが渋滞しすぎだろ)



 タイプの違う三人の年上美人たちは立っているだけで華がある。生徒たちは屋外ということもあって解放感があるためか、どこか浮ついた空気もある。


 しかし、生徒たちはすぐに気を引き締め直すこととなる。ドドドド……と池のほとりを重く激しく揺らす振動が、体育座りしている生徒たちの尻に届いた。



「フルール様~ 食材をお持ちしました!!!!」


「俺の上腕二頭筋ごのときナス! 俺の筋組織のように赤赤としたトマト!! 力コブより大きなジャガイモも!! 全部フルール様の家庭菜園で収穫した新鮮な生野菜です!!!!」


「フル―ル様、俺、手持無沙汰なんでとりあえず腕立て伏せするッス!!!!」



 生徒たちが振り返った先にいたのは、数名の上半身裸のムキムキマッチョたちだ。抱えたカゴにはいっぱいの野菜やカレールーが入っており、また別のマッチョは米俵を二俵も肩に担いでいる。

 米俵が一俵だけで六〇キログラムもすることを知っていた夕華はその様子にギョッとした。が、すぐに我に返って花子へと詰め寄った。



「ちょ、ちょっと花子先生。あの男性たちはなんですか! 子供たちの前で大人が半裸姿になるなんて非常識です!」



 マッチョたちは漏れなく顔立ちが整っていることもあり、女子生徒たちはキャーキャー言いながら大胸筋に視線を奪われている。男子は男子で中学生くらいだとまだまだガキなので、素直に『カッケー!』と騒いでいる。


 収集がつかなくなる前にマッチョたちをなんとかしてくれ。夕華からの注意を受けた花子はしっかりと頷き、マッチョたちを見渡して言った。



「子供たちの前では本名……というか、俗世用の花子を名乗るようにしていると何回言えばわかるのかしら! せっかくみんなから親しみやすいお姉さんと思われていたのにこれじゃあ台無しじゃないかしら! それからお前が腕立て伏せをしていいのは私を上に乗せているときだけ!!」



 腕立て伏せの姿勢のマッチョの背にずかっと座って足を組む花子は、なんだか周囲がシンと静まり返っているのを感じた。

 夕華ははぁぁぁぁと大きなため息をついて頭を押さえ、生徒たちはポカンとしている。



「え、ええと……じゃあ早速、飯盒炊爨をはじめていこうかしら……。レッツクッキング!」



〇△〇△〇



 広々と木組みの屋根があるだけで壁はなく吹き晒し。そんな屋根の下に、ナツキたち二年生は五名をひとつの班として十数班に分けられ調理台を囲んでいた。


 石材を直方体に切り出して調理台のようにしており、端には炭が敷かれた窪みがある。包丁と、それから木製のまな板。どちらもピカピカの新品だ。

 調理に使う水は琵琶湖からくみ上げる手押しポンプ場まで取りに行く必要がある。


 電気はなく、ガスもなく、水道もない。自分たちで火を起こして鍋に入れた食材を地道に調理していくしかないのだ。

 

 どの班も女子生徒は主に野菜の皮むきやカットを担当し、男子生徒は火傷しないよう軍手をはめてから火種を作って必死に火起こしをしている。

 黒炭が熱されてオレンジ色の光を帯びる。徐々に立ち昇り始める煙に混じって炭の香ばしく焦げ臭いにおいが各班から上がってあたりを包み込む。煙が目に染みて皆しょぼしょぼと涙を垂らす。



「ククッ、滾る、滾るぞ。サラマンダーが地を這い、冥府の宝石に生命を吹き込む……。ハデスの祝福に狂喜せよ!!」


「あ、田中くんはニンジンの皮むきをお願いね」



 班員の女子がひきつった笑みで冷たく言い放つ。他の男子たちが冥府の宝石……もとい黒炭で火を起こしている間、ナツキは班員たちから野菜の皮むきを任されていた。

 班員たちの本音としては、いつも意味不明な言動で教員たちからも目をつけられているようなナツキに火元を任せるのは危険だという判断だった。


 本当は夕華と二人暮らしをする中で料理はほぼ毎日担当しているので、どの班員たちよりも手慣れているのだが。

 ナツキは黙々とニンジンやジャガイモの皮むき、芽取りをし、牛肉をブロック形に切っていく。時々さっきのように奇声を発するが、クラスメイトたちは無視することに慣れ切っていた。


 手際よく一人でさっさと食材の下準備を進めるナツキ。それを見た女子たちは当然良い顔をしない。



「田中くん、野菜とお肉はもういいから! ほら、お水! お水は班員の誰かが汲みに行かないといけないんだから田中くん行ってきてよ。重いものを持つのは男子の仕事でしょ!」


「ククッ、人使いが荒いな。いいだろう。知恵の泉の代償を払う覚悟ならできている」



 そう言って赤と青のオッドアイを見せつけるように人差し指と中指を目元に添えてポーズをキメる。

 男子はハハハと苦笑いを浮かべているが、女子陣は「キモ」と小さく声を漏らした。


 水汲み場に向かったナツキの背を見届けた女子たちに陰口を叩かれていることなど気にも留めずにナツキはバケツを持って水汲み場までやって来た。

 もっとも、先ほどのマッチョたちがその筋肉を存分に活かしてポンプを上下させて給水してくれるので、生徒たちがすることはバケツに溜まった水を運ぶだけではある。



「あいつは三等級の能力者だったが、取り巻きのお前たちは無能力者なのか。……まあこれだけ身体を鍛えているのだから弱くはないだろうがな」


「何か言ってかい? さぁ、水をどうぞ。おうちの炊飯器で炊くとき以上にお鍋の炊飯は水の管理がシビアだから気を付けるんだよ!」


「あ、ああ。ありがとう」



 見た目はゴリゴリのマッチョだが、随分と中学生にも優しいじゃないか。ナツキはそのギャップに困惑しつつも礼を言うと両手にバケツをぶら下げて班へと戻って行った。


 どの班も慣れない屋外での調理に戸惑っており、花子や夕華が班を見て回って時にはアドバイスをするといった形を取っていた。

 夕華はどうしてもナツキのいる班を目で追ってしまうが、仕事中は公私混同はいけないと振り払うように首を横に振る。


 そのとき、視界の端で英雄が調理場から離れていくのが見えた。水汲み場とは逆の方向だ。

 後を追おうとしたが、ちょうどそのとき近くの班の生徒から『空川先生、鍋から水が吹き出しちゃって大変です!』と助けを求められた。


 まあ二等級の能力者の彼ならば滅多なことはないだろう。夕華は呼ばれた班のもとへ向かう。


 ナツキが水汲みに向かっていたのと同時刻、英雄は調理場から離れた別荘エリアに来ていた。

 見上げると首が痛くなるほど大きな別荘。その琵琶湖を一望できるウッドデッキから身を乗り出してこちらを見下ろす少女の人影がある。



「よっす~英雄きゅん。ウチだよ!」


「こんにちは恵那さん。……まさか平安京から簡単には出られないはずの二十八宿とこんなところで会うなんてびっくりです」



 笑顔で手を振っているのは、星宿恵那。英雄とは二十八宿として同僚にあたる。



「それ、普段から常時外出してる英雄きゅんが言っちゃう? ウケる」


「僕は星詠機関(アステリズム)と兼務ですから。両組織を繋ぐ役割ですもん!」


「うーん、そんな真っ直ぐな目で見つめられちゃうとなーんも言えないなぁ。英雄きゅん、どうせなら少しこっちで話せない? ちょっとだけ、真面目な話」



 英雄の青い両眼が淡く光る。バチバチ、と電気の火花が身体の周囲を駆け巡る。トン、と地面を軽く蹴っただけで雷鳴のごとき速度で跳び上がり、ウッドデッキの柵へと降り立つ。



「いや~相変わらず英雄きゅんはカワイイ顔に似合わないヤバヤバな能力だよね。ウチ、自分が同じ二等級だとは思えないマジで」


「恵奈さん、僕一応学校行事で来てるんです。話なら手短にお願いしますね。せっかくの友達との思い出なんですから」

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行進が止まってますねがんばってください僕の好きなタイプの神作家作品がとてもおもしろいです応援してます
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