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第371話 ET

「考えられ得る可能性は三つある。第一に、私が観測し得る四次元よりも上の次元に座する存在から何らかの干渉を受けていること。第二に、別のバタフライ・エフェクト持ちから妨害を受けているケース。例えるならラジオや無線通信の混信を意図的に引き起こして周波数を乱れ差すような……。そして第三のケースは、その両方。いずれにしても並の地球人じゃない。黄昏暁。お前は一体……」



 メセキエザの記憶にある限り、地球人で四次元を観測し得る知能を持っていたのは聖やセレスと行動を共にしていた四名の男女だけだ。

 聖によって時間を巻き戻されたて生み出されたこの新たな世界線では、その四名以上の干渉力を持つ者が地球に存在するということか。



「この宇宙には実のところ知的生命体が数多く存在する。お前たち地球人や私たち球状星団G1、通称MayallⅡに限った話じゃない。そして文明レベルが上がると自己意識はスープの具材のようにドロドロに溶けて一体化して、種全体として争いがなくなり……巨大な精神体となる。それこそが時間経過を超越して四次元に干渉することの本質。今なお地上で争うことを辞めない程度の文明レベルで留まっている現時点の地球人類でこれほどの干渉力を及ぼすことなんて……」



 メセキエザは、ナツキのそばの空中で浮遊している幼いナツキをじっと見つめた。それもわずかな時間で、すぐに顎に手を当ててさらにブツブツと続ける。



「そしてその眼の色。赤と青なんて見たことがない……。聖やセレス、そしてさっき私を倒した白銀の少女以上だ。つまり、そもそも彼の中には二つの精神が並立している。……そうか、だからバタフライ・エフェクトの影響を受けるに際して限りなく『こちら側』に近い状態を維持したまま三次元の物質世界で生命活動を継続できている。まったく、矛盾が服を着て歩いているような存在だな。デタラメが過ぎる。だが、面白い! 私を倒した少女に続いて、こんなにも劇的な出来事が立て続けに起こるなんて、私は初めて幸運というものに感謝をしたくなる! まあ、地球人が呼ぶところの神なんてものは存在しないんだけどね。我々白いメイオールを含め高次元に座す存在を一括りにするならある意味で神に相当するかもしれないが、」


「あーー、えっと。長々話してるところすまないが」


「なんだい?」


「怪我してるようだが、病院に行くか?」


「地球の医療施設で私を受け入れられるわけないだろう」



 ああ、なるほど。

 合点がいったとばかりにナツキはフッと息を漏らした。



(コイツ、俺の同類だな。それも怪我をしてなお設定を貫くほどの筋金入りときた)


「どうかしたかい? カナリアにナースと地球人の肉体を転々としてはいるけれど、言語的な不備はなくコミュニケーションは取れているはずだが……。いいや、私がこの星、ないしはこの国家内で文化的に何か違和感を与えるような振舞を見せてしまったか? 生憎と言うべきか幸いと言うべきか、聖とはほとんど拳を交えたコミュニケーションしかとっていないんだ」


「ククッ、地球ではな、異星人と地球人は指先を触れ合うものなんだ。知らないか? 知らないだろうな。だってお前は()()()()()()()()()()()


「へえ。指と指を。聖もセレスもそんなことはしていなかったけれど……。いいや、手は繋いでいたかな。なるほど。私たちメイオールも地球人類も手には指がある。つまり数を認識することができる。物理や数学といった宇宙共通の知識体系を用いているという点では同プロセスの進化を経た生物とも言えるね。猿が知能を得たのは手指を扱うようになったからだ。だからこそ、指という知識の灯火を重ね合わせることで価値観のすり合わせるを図るのか。地球人類、なかなかに詩的じゃないか。私たちが失ってしまった価値観だよ」


「アレシボメッセージのことか? 俺たち地球人類はヘラクレス座の球状星団M13に電波を用いたメッセージを送った。素数を用いた長方形、十進数の数列、地球人類のDNA配列、そして二足歩行という姿かたち。そして現れた異星人は、本当に俺たち地球人類と似た姿ときた」



 そう言ってナツキは人差し指をメセキエザへと向ける。メセキエザはここへ来て初めて笑みをこぼしてみせた。



「まあ、これは地球人類の肉体を借りた仮初の姿だけどね。母星にいる本体の私も当たらずとも遠からずな姿だからそこはさして問題じゃない。さて、それでどうかな。私には指先を触れ合う資格があるのだろうか。地球人類と敵対している、この私に」



 ビルに寄り掛かってへたりこんでいるメセキエザもまた、ナツキへと腕をのばす。見下ろすナツキと見上げるメセキエザ。少しずつ二人の指先の距離が縮まっていく。じりじりと、淀んだ深海を進むようにゆっくりと。ファンデルワールス力のようにごくわずかで、それでいて間違いなく確実に引き寄せ合っている。


 雄大な分厚い夜の雲が流れ、大きく真ん丸な月が姿を見せる。青白く冷たい満月のあかりをナツキが背後に背負ったのほぼ同時。

 ぴたり、と二人の指先が触れ合った。互いの肉と肉が押しのけ合い形を変える。第一関節にかかる小さな負荷が目の前の相手を存在をたしかなものと認識させる。



「ククッ、改めて自己紹介だ。神々の黄昏を暁へと導く者。俺の名は黄昏暁。母なる我らが地球へようこそ、異星人(エイリアン)


「歓迎どうも。私の名はこの星での発音でメセキエザという。少しだけお邪魔するよ、地球人」



〇△〇△〇



 たとえば、せめて眼の色が青や紫だったら。ナツキは知識として能力者の瞳が等級によって色が異なることは理解している。

 しかしメセキエザは黒目までもうっすらと白みがかっているのだ。これでは能力者とはとても思えないし、グレーのカラコンをしているようにしか見えない。


 たとえば、せめてメセキエザが(ひじり)ではなく聖皇と呼んでいたら。ナツキも聖皇とは知り合いなので、名前を通して能力者関連の人物だろうかと推測することもできただろう。


 たとえば、地球人だの遠い星だの言っていなかったら。たとえば、ショッキングなほど白い髪に白い肌、白い眼、白い服装をしていなかったら。たとえば、人気のない深夜のビルでうろうろしていなかったら。


 いくつもの偶然が重なった結果として、状況証拠から一つの論理的帰結を導出した。

 この白い女はいわゆる『電波系』であると。



「しばらくは暁のそばにいようと思うんだ。なにせ、この星で最も特異な存在だからね。今、私の物理的な本体は母星の方にいるけれど、この特異なサンプルとの出会いは私自身へのきっと大きな手土産になる」


「俺には理解者がいなかった。だから学校でもずっと浮いていたし孤独だった。ククッ、お前も俺と同じなんだろう? だからその手は俺が引いてやる」



 ナツキは指を話すとすかさずメセキエザの手を取った。へたり込んでいた彼女を立ち上がらせる。

 

 その手は死人のように冷たい。青白く冷たい月明かりだけがぼんやりと視界を確保する仄暗い路地裏にいて、メセキエザは不気味なほどに白かった。表情はなく人間味を全く感じない。透けるほど真白な髪は人体の毛というよりはナイロンかカーボンか何かに見える。


 そんな彼女がナツキにはうっすらと輝いてすら見えた。それは目の錯覚なのだろう。ただ間違いなく言えるのは彼女の容貌はあまりにも美しく、魅力的であるということだ。


 綺麗な女性をお人形さんのようだと表現することがある。メセキエザは文字通りに非人間的で、気味が悪い。

 昨今のAIやロボット・アンドロイド業界でよく言われている不気味の谷現象を彷彿とさせる。各パーツを数値で表現すると確実に生きた人間と同様なのに、直感的に違和感や不気味さを感じてしまう。


 他人(ひと)と異なる姿をする。それが何を意味するかはナツキ自身、嫌というほど理解していた。眼帯をし、包帯を巻き、赤いカラーコンタクトをつけて中学校に通っていた実体験である。

 周囲からは白い眼を向けられて言動はバカにされる。あまり関わらない方がいいと陰で囁かれ、当然友人などできない。夕華がいなかったらとっくに不登校にでもなっていただろう。


 今でこそ英雄や美咲といった学校内の繋がりもあるが、それでも常人からは理解されないのが中二病である。

 そのため余計に自分の作り上げた世界観に引きこもる。設定に忠実であろうとする。確固たるアイデンティティを何重にも強固に外付けすることで孤独という痛みを紛らわせていく。


 そばにいたい。メセキエザの放ったその言葉からナツキはそんな孤独感を読み取った。共感した。だから手を取ったのだ。



「行き場がないなら、理解者がいないなら、俺だけは味方でいてやろう。ククッ、これもまた血塗られた因果(カルマ)運命(さだめ)なのだろうな。俺はたびたび月の美しい常闇の晩に『同類』に出会うんだ」


「同類、か。それは光栄だね。私も地球で様々な特別な地球人と出会ったけれど、暁の異常性は聖やあの紫の青年や白銀の少女以上。蝶の羽ばたきのようなこの出会いに心からの歓喜を覚えるよ。幸い、私には心があるからね」



 ナツキが想いを馳せるのはスピカやラピスである。

スピカについては勘違いで実際には中二病ではなく本職の能力者だったが、それでもナツキにとっては大切な出会いだった。

 イギリスで出会った青い少女のラピスは言わずもがな、ナツキにとっては数少ない中二病仲間である。


 ナツキはメセキエザが能力者、まして本物の異星人などと夢にも思っていなかった。ちょっとだけ特殊なファッションをした、ただの電波系で不思議ちゃんな中二病。


 他方でメセキエザはウィスタリアやスピカとの邂逅、戦闘、そして聖皇との再会に想いを巡らせていた。緊湊という新たな能力の形は実に興味深かった。さらにナツキというあまりにも異様で異常な存在との出会いは劇的だった。


 精神体だけとはいえ久しぶりに地球に来た甲斐があった。聖、ウィスタリア、スピカ、そしてナツキ。メセキエザの中で粘度の高い期待感がぐるぐると渦を描き、徐々に確固たるビジョンが形成されていく。



(前回の世界線で聖たちが戦ったジリオンたち程度どころじゃない、私クラスが地球に大勢やって来てもこれだけの若い芽があるなら充分に戦えるだろうね……。やったじゃないか、聖。きみの世界を再構築する時間遡行はきっと充分に成功だよ)


「メセキエザ、住処(いえ)はこのあたりか? 永夜の晩は危険がつきまとう。俺が送っていこう」


「いやはや、よもやこの私を心配してくれるなんてね。やはり暁は別格だよ。生憎、この星に住む場所なんてない。どこにもね。なくても困らないが……一応この肉体は不便なことに疲労が溜まるらしい」



 ナツキはわずかに眉間に皺を寄せて険しい表情を浮かべた。

 メセキエザとしては異星人なのだから地球に家がないのは当たり前の話なのだが、ナツキは比喩的な意味で居場所がないのだと理解してしまったのだ。孤独、というよりも孤立。



「……そうか。だったら俺のところに来ないか? 俺一人だと不安かもしれないが、教員をしている女性も一緒に住んでいる。きっとメセキエザの力にもなってくれるだろう。なんせ、他ならないこの俺が救われているからな」


「私としては願ったり叶ったりだよ。でもいいの? 私は地球外生命体で、見方によっては侵略者だ。それを受け入れるばかりか同居人に会わせるなんて正気の沙汰じゃない。その同居人は大切な存在ではないの?」



 マダガスカルではちょっとした気まぐれで島の全人口を燃やし尽くした。そのときの己の行動に省みるべき点はない。興が乗ったのだ。後悔はしていない。

 そして当然ながらナツキはメセキエザの行いについて詳細な事情を知っているわけではない。


 それでも、それでもだ。異星人を自らのテリトリーにすすんで迎え入れるなんて狂っている。それがメセキエザの中の常識だった。



「ククッ、見縊らないでもらおうか。俺の同居人……夕華さんは、俺よりずっと強く優しい人だ。俺にとっては理想の教師そのものだよ。間違いなくメセキエザのことも受け入れて、道を示してくれるはずだ。まあ、お前は異星人だからな。もし地球を侵略して人類を滅ぼそうというなら、この俺が止めるさ。神々の黄昏すらも暁へと導くこの俺がな」



 ナツキは後半、メセキエザの設定に乗っかって半ば笑いながら『止める』と口にした。

 だがメセキエザとしては瞳孔がカッと開くほどのインパクトがあった。



(聖と同じだ。私を確実に倒すことができるという自信に満ち溢れている。これが一等級、地球最強の能力者の一角か。ああ、きっと本体の私は是非とも戦いたいと言うだろうな。今だけは不完全な精神体だけの自分が口惜しくて仕方がない)



 もしここでマダガスカルのときのような振舞をしたら、今の自分など木っ端のごとく瞬時に消されてしまうだろう。それほどの彼我の実力差。ナースの身体を乗っ取っているに過ぎない精神体のメセキエザとナツキとの間には絶対的な戦闘力の壁が横たわっているのだ。


 メセキエザは強者であるが故に、明確に己より強いナツキという存在に対して自己を弁える賢さを備えていた。



「私は黄昏暁をもっと知りたい。これは私の母星のためでも地球のためでもなく、完全に個人的な興味の問題なんだ。そうと知ってなお、私をそばに置いていてくれる?」


「もちろんだ。むしろ、俺の方こそお前に対して興味をもっている。異星人なんてそうそう会えるもんじゃないからな」



 ただでさえ重度の中二病が少ないのに、電波系や宇宙系はもっと珍しい。だから仲良くなりたい。ナツキの言葉の真意はその程度のものだった。


 しかし、メセキエザはいたく感銘を受けていた。メセキエザは戦うことでしか地球人とコミュニケーションが取れない。その良い例が聖皇である。圧倒的に強者であり続けるメセキエザにとってはそれ以外の形を知らなかったし、知る必要もなかったからだ。


 そうであるがゆえにナツキの言葉に胸が疼いた。

 メイオールに生殖は存在しない。だというのに身体が熱い。胸や下腹部が熱を帯びている。地球人の肉体に憑依している以上は、そうした生理的な反応からは逃れられない。


 自分に『知りたい』と真っ直ぐな瞳を向けてくれるナツキのことがどうにも大切に感じられて仕方ないのだ。



「わ、わかった。よろしく頼もうか」


「じゃあ行くか。ククッ、ほら見上げて見ろ。今日は空に散らばる星が綺麗な夜だな。あの漆黒のキャンバスにお前の故郷はあるのか?」


「ない。ないよ。もっと遠いから。けど……いつか暁には来てほしいな。そして本当に、本当の、本体の私に会ってやってほしい。残酷で、自分本位で、簡単に地球人すら手にかける私だけど、きっと暁のことを……」

 


 最後まで言い切る前にナツキのスマホの通知音がメセキエザを遮った。

 

 ナツキはざっと画面を流し読みする。どうやら帰りの新幹線を星詠機関(アステリズム)の方で手配してくれているらしい。自分一人──正確にはメセキエザもいるので二人──のために貸し切りで新幹線を動かすとは、さすがの資金と権力である。



「ククッ、星といえば先日惑星になぞらえた力を行使する男と戦ってな。そいつが随分と──」



 ナツキはメセキエザの手を引きながら駅へと向かう。能力の存在はボカしているが、中二病同士なら設定だと思ってくれるだろうという期待からナツキは自身の体験をメセキエザに話していった。

 メセキエザとしても明らかに能力者の話題なので強い興味と関心でもって食い入るように傾聴していた。


 お互いに噛み合っているようでどこかズレている。それでもどこか楽しく、愉快な気持ちが胸の内に在ることを認めざるを得ない。

 見上げた秋のアンドロメダ座に向かって吐く息は少しだけ白く、澄んだ空気はナツキたちをいざなっているようだった。



(さっき僕と目があった気がしたけど……。いいやまさか、そんなわけがないよね)



 だって一般人に僕は見えないのだから。幼いナツキは一抹の不安と疑いの眼差しを二人の後ろ姿に向けながらも、思い過ごしだろうと判断してふっと姿を消した。

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