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第37話 劣等感

 グリーナーは眼球だけをギョロリと工場の方へ動かした。

 普通、屋外から屋内を見るのは不可能だ。壁や天井で覆われ隠されているのだから。しかしグリーナーの青い眼には工場内部のあらゆるオブジェクトの形や配置、そして相対しているナツキと英雄のシルエットが見えていた。


 熱源反応や音波など人類が科学という叡智によってやっと可能にしてきた透視をいとも容易く行ってしまう。それこそが二等級。



「我は時間稼ぎさえできればいいのだがな……」



 グリーナーの『全知解析』はスピカの能力を看破した。ならば、ナツキの眼が片方赤いといっても、彼が実は無能力者であることに気が付いている。

 であればグリーナーの最高の『成果』、同じく二等級の能力者となった英雄の相手ではない。すぐに倒してスピカの相手をするだろう、という予測を立てた。



「よそ見してていいのかしら!」



 スピカは軽く地面を蹴り、足は地面から数センチ離れた。その瞬間、スピカは地面からほんの少し浮いたまま急加速してグリーナーへと肉薄した。


 流体力学の基礎であるベルヌーイの定理。飛行機の説明にも使われるそれをスピカは自身の身体という限られた範囲で行ったのだ。

 地面を蹴ってほんの少し浮いた瞬間、自身より下の空気の流れを遅くする。同時に、自身より上の空気の流れを早くする。これにより気圧に大小が生じて揚力がはたらきスピカを浮かせていた。


 接地という二足歩行の人類にとって唯一にして最大の摩擦だ。そこから解き放たれたスピカは空気の流れを操り自身の背中を押す。こうすることによってスピカは文字通り弾丸ほどの速さに到達する急加速に成功した。


 グリーナーの能力が人類の科学を軽く凌駕していたように、スピカの能力も陸棲生物という人類の常識を軽く飛び越える。



「落ちなさい!」



 白銀の疾走。残像とともに、爆発的な運動エネルギーの増幅に乗せてスピカは掌底を放った。

不可視の遠距離攻撃が対処されたならば自分が接近して肉弾戦に持ち込めばよい。実際、身体能力で劣るグリーナーに対してそれは有効なはずだった。


 しかし。グリーナーは工場の方を見やったままスピカの手首に軽く手を添える。

 スピカは姿勢を崩された。なおかつ急接近した勢い自体は殺されていないためグリーナーの背後へと空中で回転しながら吹き飛ばされた。



「我に貴様を倒す術はなし。しかし貴様が我に対する勝ち筋を持ち合わせていないことは『解析』済みである。しからば我は負けぬ」



 グリーナーが行ったのは合気道や柔術などでパンチをいなす技術だ。進行方向へと動くものは上下や左右からの衝撃に弱い。ほんの少し力を加えられただけで崩されてしまう。本来、武術家が時間をかけ鍛錬を積み重ねて身に着ける技術。グリーナーは誰より貧弱な男でありながら、自身の解析によって、それを再現してみせた。


 放り投げられる形となったスピカは自身の身体を空中で留め、ゆっくりと地面に降り立った。流体力学におけるマグヌス効果の応用だ。野球ボールの変化球のように、動体の軌道がズレる性質を利用した。


 しかし着地したスピカの表情は厳しい。思わず膝を突く。額に脂汗が滲んでいた。



(できれば今ので決めたかったわね)



 流体の中でも気体は目に見えず、操って動かすには形が掴めない。ある意味で人間の眼や脳による認知の限界。スピカが普段あまり能力で空気操作を多用しないのは脳への負担があまりに大きすぎるからだ。


 ナツキが工場の中へと英雄に蹴とばされ、グリーナーと交戦を開始してからわずか数分。たったこれだけの時間でスピカにははっきりと疲労の色が見え始めていた。

 星詠機関(アステリズム)に所属するものは皆それなりに身体を鍛えている。その中でも特に優秀である二十一天(ウラノメトリア)のスピカですら、短時間でここまで負担のフィードバックが重たいのだ。とても実践的だとは言い難い。


 グリーナーは振り返り笑いながら言った。視線こそ向いてはいるが、目の奥はスピカのことなど捉えていない。



「我の『成果』が貴様を倒せばこれ以上ないほどの力の証明だ。あのお方も満足してくださるだろう。ハハハハハハハッッ!! 我は貴様に感謝するッ! 兄弟たちの中でも劣った者が我の前に現れたことを!」



〇△〇△〇



「なあ英雄、どうしたんだ……。あいつに何かされたのか?」


「されたかされていないかで言えば、されたよ。口に太くて大きな試験管を入れられて、苦くてまずい液体を飲まされちゃった。でも見方によってはボクがあいつを利用したとも言えるよね。だって現実にこうしてボクは黄昏くんより強くなったんだから」



 英雄はぺろりと舌なめずりをしてにっこり笑ってナツキを見つめた。その不気味な笑顔は、もはや一緒にクレープを食べたときのそれではない。

 

 英雄は右腕を真横に伸ばす。バチバチバチッッ、と電撃が英雄の右腕の周囲で円を描くように包んだ。すると、工場内にある金属が英雄の右腕へと集まっていく。疑似的に腕をコイルにすることで電磁石のように磁力を放っているのだ。 


 鉄パイプやトタン板、作業用機械、クレーン、ネジや釘に至るまで英雄の右腕に集結し、全長五メートルほどの一本の大きな腕、いいや、刃の粗い刀剣のようになっていく。



(どうなっているんだ!? これは……異能力? いいやそんなまさか……)


「黄昏くん、おっきいの、イクよ!」



 英雄がそう叫び右腕を振るう。ナツキの思考を遮り、周りのコンテナを両断しながら地面と水平に歪な(つるぎ)がナツキを襲う。

 空気を切る轟音とともにナツキの顔のすぐ左側にまで迫っていた。

 刃物としての剣のように切断するというより、圧倒的な質量で叩きつけ押し潰しスクラップにするための一撃。


 ナツキはリンボーダンスよろしく上体を後方に倒して回避する。目の前で、鼻スレスレを英雄の金属塊の剣が通過していった。



「英雄! お前はこんなことするような……暴力を振るうような奴じゃなかっただろ! どうしたんだよ! それにその能力(チカラ)、いったい……」


「黄昏くんにボクの何がわかるの? ボク言ったよね。強くなりたいって。黄昏くんはそれを本気にしてくれた? どうせ、弱っちいボクなんか強くなれないって、もしものときはまた自分が駆け付けて助ければいいって、そんな風に思ってたんでしょ。ボクの無力感なんて何もわかってなかったくせに……!」



 ナツキの上を通り過ぎていった巨大な剣はそのまま工場の入口の大きな扉を丸ごとなぎ倒していった。英雄が電磁力を解除したのか金属部品たちはバラバラになって地面に落ちる。

 大きく拓けた入口から月明かりが差し込み、英雄の顔をはっきりと照らし出した。

 その青い両眼から、ツーと一筋の光が流れていた。


「泣いて、いるのか……?」


「なに言ってるんだよ! ボクが泣くわけないでしょ!」



 苛つく感情を表すように青白い電撃が英雄の周囲で弾けながら飛び回っている。その電気の火花がバチバチバチッッ!! と鳴きながら徐々に大きくなり英雄の両手両足を包んだ。


 英雄が踏み込むと数メートルの距離など瞬時に詰められた。彼曰く、ナツキを真似た縮地。電気を纏った英雄の動きにただの無能力者の人間でしかないナツキは反応できない。

 英雄がナツキの鳩尾に膝蹴りを入れる。その衝撃で身体を折り曲げたナツキの顎にアッパーカットを打ち込み、さらに宙に浮いたところで地面と足が直角になるほど高らかに回し蹴りを放つ。


 青白い電撃を纏った英雄の連撃は暗い空間に同じく青白い軌跡を残す。ナツキは辛うじてその青くて白い閃光の残像は捉えるが、攻撃を躱すには及ばない。

 加えて、触れられるたびに高圧の電流が体に流れて焼き切れそうになる。仮に英雄の攻撃を見切る眼を保有していたとしても、これだけ全身が痺れていては対処のために身体を動かすことは不可能だろう。



「がはっ……」



 無防備に攻撃を受け続け、口から血反吐をこぼすことしかできない。

 さらに蹴り上げられたナツキの足首を掴んで、空中で一回転させながら床にたたきつける。電流はナツキの身体を伝導し熱エネルギーをまき散らすだけまき散らして地面へと逃げていった。

 床に作られた小さなクレーターの上で倒れているナツキの口から、ひゅーひゅーと息が出入りしている。電気を流されすぎた心筋が過剰に動いた結果、過呼吸に近い状態になっていた。



「もういいでしょ……。黄昏くん、これからはボクがきみを守る。ね? ずっと二人で暮らそうよ。ボクの方が強いんだから黄昏くんはずっとずっとボクの後ろで守られてればいいの。ボクが……ボクが黄昏くんを…………」



 倒れるナツキの首を絞める。その頬には何重にも涙が伝い、顔はぐしゃぐしゃになっていた。



(そうだ……たしかに俺は英雄を守ることを当然だと思っていた。守られる側の気持ちなんて考えたことなかった)



 苦しむように顔を歪ませる英雄の姿だけが朦朧とする意識の中でナツキに見えている全てだ。



(ククッ、そうだ、英雄の言っていることは正しい……。それなのにどうしてだろうな)



 ナツキは痙攣する左手をゆっくりと持ち上げて英雄の涙を拭った。



(こんなときでもお前が辛そうにしているのを見るのは苦しいよ)

いつも読んでいただいて本当にありがとうございます。作中の科学的な話はたぶんガバガバです、すいません。

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