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第369話 リコイル・コントロール

 手すりから落下し背中に三対六枚の漆黒の翼を生やしたナツキは、空を背負ってビルとビルの合間を舞い、加速していた。スマートフォンをポケットにしまい、学生鞄を肩にしっかりとかけ直し、腕を交差させて隣のビルの窓ガラスを突き破ったのだ。

 粉々になったガラス片が仄かな月明かりを乱反射させる。


 白い伝統衣装の装束を纏った大勢の男女が目を見開き悲鳴を上げた。カルトの信者と言えども所詮は荒事を知らぬ一般人である。咄嗟の大音量には生物の本能として否応なく驚きと恐怖を感じてしまう。


 しかしその中においても、やはり導師と呼ばれる男は冷静だった。

 五等級というさほど強力ではないとはいえ仮にも能力者。それも元々は大日本皇国にいながら授刀衛に入るでもなく、監視の目をかいくぐりながらフリーで活動していた能力者だ。


 この異常事態に対して頭を大いに回転させて状況の分析へと移る。



(なんだあの黒い服のガキは! ここは高層ビル。まず間違いなく何らかの能力者だろう。授刀衛か? いいやあいつらならバカみたいに刀を携帯しているはずだし、そもそも京都近辺にしかいない。そのために宗教をヤる土地として目の届きにくい北関東の片田舎を選んだんだからな。ということは野良の能力者か?)



 ただ、分析を完了するにはあまりにも情報が少なすぎていた。いずれにしろ敵対していることは間違いないのだからこの場で叩くしかない。様々な可能性を比較検討した結果としてそれしか見つけることができなかった。


 手札はなんだ? 五等級の能力者の自分の武器はなんだ? 

 脳内で算盤を弾く。大丈夫だ、ガキ一人を殺すには充分。ここは逃走よりも闘争を選ぶべき場面。導師と呼ばれた男は突如の襲撃に惑う信者たちをピシャリと怒鳴りつけ、統率を取り戻す。



「おお! 皆さん恐れることはありません! あの禍々しい黒い姿を見なさい。彼は悪魔に取りつかれているのです。魔の者が来訪することこそ、我々の日々の修行が神のおわす世界と通じる聖なる扉に手をかけていたことの証左に他ならないではありませんか!」



 男の鶴の一声によって老若男女の信者たちから喧騒が消えた。むしろ安堵の表情すら浮かべている。ビルの窓ガラスが全面割れて冷たい夜風が吹き込んでいるという状況においては、それは異常な光景だった。

 それを見た導師の男もまた内心ではホッと一息ついてた。


(思いっきり西洋の宗教的な言い方をしたってのに、こいつらあっさり落ち着きを取り戻しやがった。アホだな。いやアホじゃないとカルトに大金を積むようなこともないか。まあ精々俺の金(づる)としてこの後も頑張ってくれや)



 結局のところ己を肯定してさえくれれば何でもよいのだ。信者たちはこの宗教の脈絡が日本なのか中国なのか中東なのか西洋なのかもわからずに集会や儀式にのめり込む。

 


「さあ皆さん! 以前お渡しした魔を祓う浄化の炎を手に取るのです! これこそ神が与えたもう試練! さあ! さあ!」



 導師と呼ばれた男の号令に合わせ、信者たちは白い伝統衣装の懐へと手を突っ込んだ。冷たく黒光りする金属の艶が見え隠れする。信者たちが取り出したのは、まごうことなき拳銃であった。



(いやあ信者たちに持たせておいてよかったぜ。何事もリスクヘッジだ。俺みたいな等級の低い能力者がヤバい仕事で稼ごうと思ったら、自分の身はちゃんと守らないとな。カルトが重火器で武装するのはお約束だろう?)



 下は男子小学生から上は老婆まで、老若男女の信者たちがナツキに銃口を向ける。

 だというのに、ナツキはカバンを肩に担いだまま悪魔のように笑っていた。



「ククッ、魔の者か。言い得て妙だな。俺は神をも穿つ叛逆の堕天使。魔に魅入られ、魔より昏き闇の光を見出す者なり。あの深い夜空に浮かぶ金星の輝きこそが俺そのものなのだ!」


「金星は肉眼で見えないけどね」



 ナツキの横で半透明の幼いナツキがボソッとツッコミを入れた。もう一人の人格のナツキはナツキ本人以外には見えていないので他の人間には聞かれていない。カッコつけた手前、恥をかかずに済んだのだけは救いだったか。



「な……やはり悪魔! 我らが神に仇為す者か! みんな、撃て! 撃つんだ!」


「ええ! やってやるわ! 彼を祓って私たちも天上へと召されましょう!」


「そうだそうだ!」



 ナツキの中二な言動は、むしろ導師の言葉の説得力を増幅しカルト信者たちの妄想へののめり込みを加速させてしまった。妙な噛み合いである。

 

 そしてとうとう暗い部屋にオレンジ色の閃光が数回またたいた。ビルのオフィスフロアに似つかわしくない爆発音が散発される。信者たちがナツキに対しやたらめったら発砲したのだ。

 銃の扱いに慣れていないのか反動で腕ごと上を向き闇雲に放たれた銃弾は天井や壁に穴を開けた。耳を押さえて蹲っている者もまでいる始末。

 そんな初心者の発砲でも大人数が何度も放てば、人間一人を殺害し遺体を穴だらけにしてしまうほどの火力がナツキに襲い掛かることになる。


 しかしナツキの不敵な笑みはなおも消えはしない。



「黒炎の庭園で咲く真紅の薔薇、吹きすさぶ破滅と荒ぶる憤怒の刃、鮮血を吸い尽くせ……レーヴァティン!」



 淡い光を灯したナツキの赤い右眼に呼応するように右手には赤い刀身の剣が握られた。讐弥との戦いにおいても使用した神話上の聖剣だ。

 屋内なので出力は大幅に制限しているが、それでも漆黒の焔がナツキに付き従うように身体の周囲をユラユラと揺れている。


 銃弾がナツキの身体に着弾すると同時、鉛は一瞬にして固体から液体へ、そして液体から気体へと状態変化を遂げた。不滅の黒炎は物理法則に存在しない。それ故に、物理現象としての燃焼とは異なる概念事象として物体を燃やし尽くした。いわば焼却という概念そのものの再現である。


 夢を現に変える能力。ナツキがカッコいいと心から信じて疑わない夢想を現実に引き起こすチカラ。聖書に伝わる堕天使の翼も、北欧神話に描かれる焔の剣も、物理的にあり得ない漆黒の炎も、ナツキがそうだと強く願えば実現する。


 と、そこまでデタラメな能力であることを信者たちは知る由もない。能力者である導師の男すらも想像の埒外であった。

 だが、能力者であればナツキの異常性に気が付くことは避けられない。



(赤い眼、だと……? 一番ヘボいのが橙色の眼をした六等級。その次が俺みたいな緑色の眼の五等級。で、黄色い眼の四等級は街のヤクザとドンパチできるくらいには強ぇ。そして紫の眼をした三等級なんかは俺も数度しかお目にかかったことはないが、軍とも戦えるレベルだっていうじゃねぇか)



 導師の男はゴクリと嫌な唾を飲み込んだ。信者たちはおぼつかない手つきでマガジンを替えて発砲を継続しているが、黒い炎を纏い焔の剣を手にしているナツキの皮膚には一発たりとも届いていない。



(そして青い眼をした二等級。出会ったらまず即座に逃げるべき相手だ。一人で一国と戦争ができるほどの特記戦力。能力者組織の幹部クラスの生きた決戦兵器、人の形をしたバケモノ。それこそ授刀衛なら二十八宿、星詠機関(アステリズム)なら二十一天(ウラノメトリア)レベル……。じゃあ、じゃあ、じゃあ! 赤い眼はなんだ! まさか俺の目の前で不敵に笑っているあのガキは、幻の一等級だとでも言うのか!?)



 冗談じゃない。そんな都市伝説じみた怪物が自分の商売の邪魔をしにくるなんてあり得るわけがない。前世でどんな悪行を積んだとてそんな不幸はあってはならない。


 大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。発砲を続ける信者たちの背後に隠れた導師の男は、信者たちと同様に懐をまさぐった。ただし取り出しのは銃ではない。


 数枚の折り紙、ハサミ、のり。子供の遊び道具のようなアイテムを取り出した男は床に両膝をつくと必死に紙を折り、切り貼りをしていった。



(ハトを呼び出すマジックの真似事くらいしか能力の使い道がなかったこんな俺でもな、多少の戦う術は持ってんだよ!)



 冷や汗がしたたり床のカーペットに吸収される。

 銃撃を受け続けながら涼しい顔をして悠然と立っているナツキと、床に這い蹲り必死の形相で折り紙を折る導師の男。あまりにも対象的な二人の姿を客観的に見比べる者は、この場にはいない。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いえ、金星はフツーに肉眼で見えますが(メッチャ細いけど)。 幼ナツキくん!ちゃんと調べてから発言しなさい!
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