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第367話 だだだ堕天使

「それで、密室で目隠しして胸を揉ませたと」


「も、揉むなんて……そんな卑猥なことはしてないわ! 指一本で触れさせただけよ」


「たしかにアイツとの距離を詰めろってアドバイスしたのはアタシだけどさ……。それが暁に新しい扉を開かせることになるとは想像しなかったワケ? アイツがおかしな性癖に目覚めたらどう責任取るのさ」


「責任……そうね。責任を取るのは大事よね。責任、取ってもらわなきゃ」



 顔を赤らめてクソ真面目にウンウンと頷く親友の姿を見て、北斗ナナは溜息をつき頭を押さえた。黒いショートボブの髪がサラサラと揺れる。


 時刻は夜の八時を回っている。ナツキの家ではダイニングテーブルいっぱいに肉や野菜が広がり、鍋の中ではグツグツとすき焼きが煮込まれている。

 向かい合って箸をつつきながら、ナナはどうしたものかと考える。



(二学期になって揚羽ノワールが転校してきて、少しは危機感を持つようになったのは進展してるって言えるけど……。ああもう! じれったい!)



 ナナは缶ビールをテーブルにダンと叩きつけた。



「夕華、アンタがうかうかしている間にどれだけの女がアイツを狙ってるかわかってるだろう!? 今すぐにでもアイツの子供を産みたい孕みたいって考えてる頭お花畑の連中だらけなんだから! なにが胸を指一本だぁ!? さっさと貞操奪っとかないと、いつどこで何があるかわかったもんじゃない!」


「私とナツキはそんなやわな繋がりじゃないわ。お互いに心から信頼し合っているもの」


「男はケモノだよ。暁だっていつコロっと誘惑に墜ちるかわからない。特にスピカと美咲は積極的にアピールしてるから、気持ちが揺らいだっておかしくはないんだよ!?」


「ナナだって男性経験ないくせに」



 同じく缶ビールを叩きつけた夕華が反論する。酒に弱い夕華は顔を真っ赤にしトロンとした目で核心をついた。


 ナナとしてはこれを言われると弱い。ナナも夕華と同様に恋愛をした経験がない。それどころか、ナツキと一番交わりたいと思っているのは当のナナ本人である。

 親友の彼氏だとしても好きだという気持ちを偽ることはできないでいる。今でもナナはナツキへの恋心は消えていない。



「そ、それはお互い様だろう! アタシだって本当はアイツと……アイツと……」



 ナツキのことを思い浮かべたナナはワッと大粒の涙を流した。親友には幸せになってほしい。でも自分の恋心は淡い残滓となって心に引っかかっている。そんな浅ましい自分が惨めで、情けなくて、気が付いたら泣いていた。

 いわゆる泣き上戸。酔ったら弱音を吐いて泣きやすくなってしまうタチなのだ。


 対して夕華も、箸を置いて泣き始めた。もらい泣きだ。二人とも悪い酔い方をしている。



「わだじだってぇ! 今日はナツキと二人で夕飯と思ってたのに全然帰ってこないし……また彼の周りに素敵な女の子が現れたらと思うと気が気じゃないのよ……!!」



 色々な意味で精が付くように肉もたくさん買ってきてすき焼きにしたのに。どうして自分は親友のナナと酒を飲みながら互いに泣きじゃくらねばならないのか。

 こうしている間にもナツキはまた新しい女の子と知り合っているのではないか。自分よりも年齢が近くてもっと魅力的な相手と出会ってしまっているのではないか。


 不安が不安を呼び増大させる負の連鎖で暗い気持ちになる。



「はやく帰ってきてよ、ナツキ……」



 夕華とナナの悲しい慟哭は鍋の湯気とともに溶けて消える。二人は白滝の一本も余すことなく買い込んだ大量の食材を全て平らげるのだった。



〇△〇△〇



 高層ビルの屋上で柵に寄り掛かったナツキはいまだ貧血気味な頭を押さえると、両肘を柵に乗せ透き通るような夜空を仰ぎ見た。


 ここはナツキの地元よりも星々が綺麗だ。夜空にひっくり返された星粒が今にも落ちてきそうな気さえしてくる。


 在来線で一時間ほど乗り継ぎ訪れた北関東の街。インフラ整備が進み建物こそ大層なものが散見されるが、夜になるとどのビルも灯りが消えて、伽藍としている。

 箱がどれほど文明化してもその内側で営みを形成する人々の生活リズムや価値観まではすぐには変わらない。



 人の温度のしないぬるいビル風が下から吹き上げてきてゾクゾクと背筋を走る。

 ナツキが学ランの上に羽織っているのは黒いロングパーカー。足元まで隠れる薄い生地のマントのようなコートをはためかせ、深くかぶったフードの中で赤と青のオッドアイが浮かんでいる。


 右手には学校指定の学生鞄。夕華の乳を指先で堪能したナツキは貧血から目覚めた後に、帰宅はせず中学校から駅に向かい直接ここまでやって来たのだ。放課後の出来事を思い出すと再び心臓の音が大きくなる。



「心配しなくても僕は何も見ていないよ。その辺のオンオフは案外効くもんなんだ。ほら、僕たちって一応は同一人物であっても他人じゃないか。夕華さんが触れさせたかった相手は(ぼく)ではなくて(きみ)なんだから」


「ククッ、我が内なる半身よ。今は礼を言っておこう。だが、数千年の時を生きるこの俺をも悩殺しかけた夕華さんの素肌や香りを浴びて幼いお前が正気を保てるとは思えんがな。ほら、見上げてみろ。満月は狼の狂気を呼び起こすと言うだろう──」


「数千年て。むしろ僕という本体から切り離される形で(きみ)という新たに作られたな人格が作られたんだから、十四歳どころか実際は二、三歳くらいじゃない? ……いや、もちろん(きみ)(ぼく)の地続きの姿だから真に十四年を生きた主人格は(ぼく)ではなくて(きみ)か。うん、自分で言っていて悲しくなるよ」



 ナツキの視界の端では少し幼い姿をしたもう一人のナツキが浮遊しながら遠くを眺めていた。半透明の姿なので、身体を透過して夜景が透けて見えている。

 ナツキが中二な性格になったときに打ち捨てられた、中二ではない元々のナツキの人格。それこそが常に背後霊のごとき距離感でナツキのそばにいるもう一人の幼い自分自身なのだ。

 

 互いに軽口を叩きながら、ナツキは左手に握られたスマートフォンにチラと視線をやった。表示されているメールの受信画面では『差出人:牛宿充』となっている。

 本文には簡素な依頼内容があり地図情報のURLが添付されている。あまりナツキとは進んで関わりたくないのだろう。それが伝わってくる事務的なメールだ。


 星詠機関(アステリズム)日本支部の支部代表者はナツキの親友でもある結城英雄なのだが、彼が中学生であることや授刀衛の二十八宿と兼務していることから事実上の執務は北斗ナナと牛宿充の二人が取り仕切っている。


 聖皇直属の能力者組織である授刀衛の担当はもっぱら京都やその周辺。遠くとも九州のあたりまで。六月に星詠機関(アステリズム)の日本支部が設置されて以来、東日本エリアで起きる能力者絡みの事件は星詠機関(アステリズム)日本支部の管轄だ。



「ククッ、夕暮れ時では醜態を晒してしまったが……今は(とばり)の下りた静謐の暗夜。俺の、俺による、俺のための舞踏時間(ショータイム)だ」



 スマートフォンのデジタル時計の数字が切り替わる。時刻はきっかり二三時〇〇分を指していた。風で流れる雲が満月を覆い街が陰る。それが開始の合図となった。。

 ナツキは柵に寄り掛かって夜空を見上げた姿勢のまま、体重をさらに後方へとかけていく。上半身が柵から仰向けに乗り出してナツキは後ろ向きで真っ逆さまにビルから落下した。



「ククッ、落ちる、墜ちる。堕ちる。気分が良いな。神々に反逆した前世を否が応でも思い出す! 俺は光を掲げし明星の堕天使! 悠久の久遠にて最果ての復讐を享受するッ!」



 ビルの屋上から落下しながら夜空の星々を手で握ってみせる。轟、と空気抵抗でフードがめくれあがり、淡く光った赤色の右眼が露わになった。



「……夢を現に変える能力!」



 ナツキの背から天使の翼が三対六枚現れた。ただし、色は漆黒。

 六枚の羽根がばさりと空気を叩きつけるとナツキはふわりと身体を半回転させ飛翔し、うつぶせの状態で宙を滑空して隣のビルへと加速した。


 左手に握られたスマートフォン、牛宿から届いたメールの文面にはこう書いてある。


『大陸系のカルト宗教団体が能力者を雇い入れているという情報が入った。彼らは無能力者を能力者へと変えることで信者を急増させており、大日本皇国内にも巣食いつつある。星詠機関(アステリズム)としては管理されていない能力者の組織や能力の私的使用は認めていない。まして無秩序な能力者の生産などのもってのほかだ。事実の解明に向け、まずは連中の集会を叩く。一人も殺すことなく信者たちを捕縛せよ』


「ククッ、宗教か。偽りの神に溺れし弱き心の大衆よ。俺がこの宵闇を照らす救世の神となってやろうじゃないか」


(きみ)さ、さっき明星の堕天使って言ってなかった? ゴリゴリに神に反逆した側じゃん」


「……我が名は神をも穿つ叛逆の堕天使。カルト宗教など容易く神殺ししてやろう」


「中二病って都合いいね」


「うっさい」

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