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第365話 強く、美しく

めっちゃ長いです。

 メイオールには二種類いる。


 鋭い歯。太い尾。目は巨大な複眼で、全身が固い表皮に覆われており、頭蓋骨が後ろに引き延ばされたような禍々しい姿をした黒いメイオール。


 人型をしており、一等級の能力を持ち、知的水準が高く地球の言語にも適応できる白いメイオール。


 後者がより脅威であるのは能力の強さだけではない。地球人とは比べ物にならない優れた身体能力や知能、そして、全員が標準で使用できる純白のビーム光線。

 メセキエザが蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)と呼称するこの光線は雲を穿ち地上を焼き払う暴力的な白。無色をも塗り潰す白がいかなる障害物も貫く矛となる。


 そんな戦略兵器を個人がばかすか撃つことができる時点で一般的な二等級の能力者程度ならば到底太刀打ちできなくなる。


 さて。スピカは自身を一般的な二等級だとは思っていない。驕りでも高ぶりでもなく客観的に見て強い部類に入るだろう。

 だからといって、だ。視界の外から、それも二方向から放たれた蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)に対処する術を彼女は持ち合わせていない。


 蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)の太さは半径にして二メートルを超える。極太の二筋の白い光線の交点にちょうど自分が位置している。

 空気の細かな塵一つ一つを消し飛ばしながら秒速三〇万キロメートルの光線が迸る。


 素晴らしい風景画に子供が白い修正液でイタズラ描きをするような、ある意味で純粋無垢な光景だ。

 もしも神様が存在しているのなら、きっと空から見下ろすその存在はメセキエザの蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)をそのように形容するだろう。


 スピカごときでは決して抵抗し得ない。どうしようもない。

 何もかも計算してメセキエザを誘導したつもりでいたが、実態は誘導したと思うようにスピカこそが誘導されていたのだ。掌の上で踊らせていたと思ったのに本当は自分が弄ばれていた。


 メセキエザが両腕を切断されたのもわざと。それどころか千切れて飛んで行った腕が地面を転がってちょうどスピカの立ち位置に向くように、どうやってスピカにやられたフリをするのかという位置取りや角度まで考えていたのだろう。


 手の込んだイタズラだ。スピカを試したかったのか、あるいは戦いを楽しみたかったのか。ともかくメセキエザはさながら未来予知にも等しい驚異的な演算能力によって奇跡とも呼べるほどの状況を最後の最後で作り上げた。

 

 これこそがバタフライ・エフェクト。著しい『天才』と呼ばれる人種のみが可能な未来創造性。

 メセキエザにとって狙い通りの未来も進行形の現在も、全てが対等なのだ。


 怒りは湧かなかった。清々しいほどに完敗である。言い訳の余地はなく、自分自身が持ち得る全てを駆使した。己の課題は全てクリアしたし、聖皇との修業も結実を見せた。

 ならばどうしようもないではないか。最善を尽くした。その結果が敗北なら、歯向かうような思考は何の意味もありはしない。


 スピカは蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)に焼き尽くされる間際、ゆったりと目を閉じて走馬灯に思いを馳せる余裕すらあった。

 それに死んだとしても、聖皇の因果律を操る緊湊で蘇生はなんとかなるだろう。負けた自分は素直に死を一旦受け入れるべきなのだ。


 敗北という結果と死という運命に身を任せ、瞼を貫通するほどの眩い極光に脳が溺れる。



(死にかける、という経験。それ自体は何度もあったわ。でもどんなピンチと比較しても、きっとあのときが一番辛くて苦しくて……凍てつく痛みを今でもはっきりと覚えている)



 それは幼少期。序列では一位であったのにブラッケストの期待に応えられず『処分』され、人類居住不可能地域アネクメーネの海に放り投げられた晩のことだ。


 そう。あのときもこの瞬間によく似ていた。避けることのできない流れの中においてちっぽけな自分は諦めて身を任せているのだ。


 魚はおろか微細なプランクトンすらも棲息していない氷河に投げ捨てられた幼少のスピカは、肌を突き刺し血流をも凍らせる極寒の中で目を覚ました。

 芋虫のように身体を(よじ)らせて死体袋から這い出て、()()()()()()()()が着せてくれた防寒服だけを命綱にして青い激流に抗うことなく流され続けた。


 防寒服がただの温かい布繊維だったら水を吸って沈んでいただろう。だが、ウィスタリアが用意したのは防寒というより防護。見た目はほとんど宇宙服に近く、首より下の機動性やグレーのカラーデザインくらしか宇宙服との差異はなかった。

 幸いにして内部に酸素も残っていたので、直ちに窒息死することは避けられた。それでも異様に澄んでしまっている氷河に流される小さな小さな少女の身体は全身を強く打ち付け、防寒服を貫通するほどの体温の低下を招いた。


 生物の営みを否定する激流は氷山と氷山の間を進み、十分、三十分、一時間と経過した。

 幼いスピカにとっては状況を飲み込めないことはもちろん、恐怖や孤独との戦いでもあった。泳ぐこともままならない幼子はばたばたと両手足を動かすが、行先もなくただ延々と循環する膨大な水流という自然現象の摂理の前ではまったくの無力で、いたずらに体力が奪われていく。


 それからさらに数十分ほど経過した頃だった。水流という大自然が滞留する氷河の氷を研ぎ澄ましていったのだろう。鋭く張り出て突き立った氷柱がスピカの防寒服を引っ掻いた。ちょうど脇腹のあたりから破けたのだ。


 服の隙間から凍る寸前の青い水が流れ込む。生存ギリギリで保っていた体温をみるみる奪い、強化ガラス製のヘルメットは気圧と水圧の差によって呆気なく罅割れ、スピカは地獄の如き暗澹の深みへとあえなく落ちて行った。


 肌や唇は霜焼けた赤を通り越し、血流が滞って青紫色になっていた。心拍のペースが落ち、肺にはもはや排し切れないほど水が流れ込んで呼吸などできるはずもなく、脳は委縮して思考もまばらだった。


 生物の産声はどこにもなくて、ただ極寒の激流に呑まれて寂寞(せきばく)の深海へとどこまでも落ちて沈んでいくだけ。ふやけきった身体は許容量を超えて水分を蓄え膨張しあまりに酸鼻(さんび)



(そう。今と同じね。あのときの私は『ああ、ここで死ぬのか』って。諦めて、絶望して。……でも)



 そのとき、幼いスピカの胸に宿ったのは光だった。決して希望の光などと呼べるほど美しいものではない。

 あえて形容するなら、そう、怒りの炎とでも言うべきか。


 ──ここで私が死ぬ? どうして? どうして能力に覚醒しなかったくらいで私が殺されなければならないの?

 ──ネバードーンの家に生まれたからって兄弟姉妹で争わないといけないの? どうして私が排除されるの? ふざけてるの? なめてるの? 侮辱しているの?

 ──このまま醜く膨れ上がった水死体になって、腐敗ガスを吐き出しながら浮かび上がって浜辺に打ち上げられる運命なの? なんで? どうして? 許せない許せない許せない許せない許せない。


 引っ込み思案で、無知蒙昧だったスピカ。そんなちっぽけな少女は真に命の危機に瀕したことで、著しい成長を遂げた。

 正確に表現するならば、殻を破り本来のあるべき彼女が姿を現したのだ。


 水ごときが私を抗えないまま流し続ける? 笑わせる。その程度簡単に支配して私のものにしてやろう。

 醜悪な水死体になる? 冗談ではない。この美しい髪も、身体も、そして心も、何一つ欠けることなく私は常に完璧な私でいよう。


 運命に抗うだけではない。それを支配する。前に進もうとする『力への意志』が心を出発点として決意となり全身の隅々にくまなく行き渡る。

 そうして、彼女の両の瞳は澄んだ海水よりも鮮やかに透き通る青い光を手に入れた。ターコイズよりも晴れ渡っていて、アクアマリンよりも穏やかに、そしてサファイアよりも重厚な青色。


 後に真珠星(スピカ)の名を授かることになる二等級の能力者の少女が誕生した瞬間だった。


 スピカの青い両眼が淡く光ると、十戒を受けたモーセの海割のように激流の水は不自然に左右に割れて道を開いた。

 青い澄水はスピカの身体に巻き付く渦となり、さながらブルーのロングドレス。

 先ほどまで生きることを諦めていた脆弱な少女の姿はそこにはない。強く美しく、そして誰よりも誇り高く諦めの悪い、堂々とした女の生き様が煌々と現出していた。



(……そう。私は昔から諦めが悪かったわ。無様に死に晒すくらいなら運命を支配することを選ぶような女だもの。その上、初めて好きになった男の子に恋人がいるとしても彼の隣に立ち続けるためにもっと強くなろうとする……非合理的でしつこくて負けず嫌いな女)



 腕に包帯を巻き眼帯で赤い眼を隠している歳下の少年の姿がスピカの脳裏によぎる。


 スピカが愛してしまったのは最強の能力者だ。であればこそ、スピカはこう考える。

 こんなところでメセキエザに敗北したと認めるような女に、黄昏暁の隣に立つ資格はないと。


 

(……認めない。このままメセキエザに負けるなんて、諦めるなんて、そんな美しくない私を私自身が認めない! なぜなら私はどうしようもないほどに黄昏暁という男の子を心の底から愛しているんだもの!)


 

 きっとスピカが孤独ならこのまま蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)に消し炭にされて塵ひとつ残さず殺害されていただろう。

 しかしスピカは一人ではない。彼女の心の内側には他に何も入らないほどびっしりと黄昏暁への恋心がある。愛情がある。彼を想えばどんな不可能だって可能にできる。



(さあ、思い出すのよ私。あのとき凍てつく激流の中で運命に抗ってみせたじゃない。能力に覚醒(めざ)めてみせたじゃない。だったら今この瞬間だって!)


 

 コンマ一秒にも満たない刹那の逡巡がスピカの脳をフル回転させる。走馬灯の中からヒントを探る。


 なるほどたしかに、聖皇ならば運命を否定し抗うという価値観が時間停止になり、その先の因果律操作に繋がるのだろう。

 ではスピカの場合は? 私は絶望的な運命とどんな風に向き合ったのか? それは本当に()()だったのか?



(違う。私の本質は抵抗じゃない。反逆じゃない。聖皇のそれとはもっと似て非なるものだったはずよ)



 言うなれば、それは。



(そう、運命を操り支配下に置く。『流れを操る能力』こそが私の核にあるたった一つの価値)



 スピカの異能力は水を操る能力ではない。空気を操る能力でもない。まして、彼女がついさっきまで認識していたような流体を操る能力ですらない。

 もっと根源的な概念。すなわち、『流れ』そのものを支配下に置く能力だ。


 『流れ』はギャンブルでは運やツキと理解される。スポーツの世界では調子の良さを。戦争では戦況の趨勢を。

 スピカはそうした包括的な『流れ』を支配し、掌握する。最後の最後まで美しく勝者として在り続けるためなら強欲にも傲慢にもなってあらゆる『流れ』を我が物とする。


 そうでもして、手にしたい輝きがある。


 二本の蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)が直前まで迫り来る中で、スピカはゆっくりと目を開いた。



(ねえアカツキ。私はあなたを愛してるわ。私はあなたに相応しい女になれるのかしらね。今はそれだけよ。それだけが私をどこまでも強くしてくれるの)



 淡く光るスピカの青い瞳。それをふち取るように虹色の円環が現れる。


 聖皇から言わせれば、詠唱もなく発動したそれは意図的なものではない。

 一時の感情の昂りから偶然にも開花したに過ぎない。

 再現性はなく当のスピカ本人も自らの身に起きた出来事を正確に理解できていない。


 だが、虹色の瞳を手に入れたスピカを目にした聖皇ははっきりと確信を伴って言葉をこぼした。



「……あれは、間違いない。緊湊じゃ」



 光の速度で直進していたはずの二本の蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)が不自然な軌道を描いてスピカを避けるように逸れていく。どこにも被害を出さないように大空へと方向転換し、雲を穿つのみに留まった。



「さっきの聖と同じ……私のバタフライ・エフェクトで観測できない。これが、緊湊……!?」



 スピカとの戦いの中で初めてメセキエザは本音を吐いた。ただそこに立っているだけのスピカからは言語化できない畏れを感じる。

 どこか余裕すらある落ち着いた表情のスピカは、ふっ、と微笑を浮かべてみせた。


 スピカの掌に水が形成された三つ又の槍が握られる。それをメセキエザに向かって投げた。メセキエザはテレポートして簡単に回避して見せる。

 だが。



「なんで……!?」



 なぜかテレポートした先はスピカの目の前だったのだ。メセキエザが意識してそうしたわけではない。まるで何かに引かれるように、勝手にそうなっていた。


 シュッ! と風を切る音がする。手刀に水を纏わせてウォーターカッターにしたスピカがメセキエザの首を刎ねたのだ。


 『流れ』を操る能力の前では、全てがスピカにとって都合の良いように作用する。流れはスピカにあるのだから、メセキエザのテレポート先は何故かスピカの目の前だし、優しく首をなぞってやるだけで簡単に刎ね飛ばせる。


 この世界で起きるあらゆる事象・現象・行為が全てスピカに利するものに変換されてしまう。常に流れは彼女に向き、有利にはたらきかける。

 それこそが彼女の緊湊である流れを操る能力の正体だ。運命や宿命すらも彼女の支配下に置かれ、彼女をより強くより美しくするための舞台装置と化してしまう。


 緊湊状態のスピカの前ではいかなる攻撃も防御も、全ての行為が意味をなさない。ただスピカへと流れていく。スピカに都合よく物事が進んでいってしまう。


 それからスピカがメセキエザを細切れにするのに時間はかからなかった。彼女の目の前に一瞬で出現した水龍がメセキエザを飲み干し噛み砕く。シュレッダーにかけられた書類のようにバラバラになったメセキエザの白い肉体は脂の濃いサイコロステーキのようだった。


 

「……私、勝ったのね。ふふ。完膚なきまでに圧倒的に。この勝ち方、すごく美しい、わよ、ね……」



 スピカの青い瞳をふち取っていた虹色の光が消える。

 同時に彼女の意識も途切れてその場でふらっと倒れてしまった。地面に激突する寸前で、時間停止によってすぐに駆け付けた聖皇がスピカの身体を受け止めた。



「緊湊とは普段秘されている己の核をありのままに曝け出す行為じゃ。ゆえに妾はそれを安定して行使するため言葉を詠唱してイメージに補助線を引き、その核が揺らいだり傷ついたりしないように細心の注意を払っておる。それをせずにいきなり緊湊に至れば気絶するのも不思議ではない。……が、あのメセキエザを倒すほどとはな。さすがは妾の一番弟子じゃ。よう頑張ったの」



 そう言って、聖皇はティアによく似た白銀の髪をそっと撫でてやる。


 かくして、メセキエザとスピカの戦いは僅差ながらにスピカの勝利で幕を閉じた。

 恋している少年を想う気持ちで奮い立つなどメセキエザも思ってもみなかったであろう。


 まだまだ使いこなしているとは言い難いがスピカが緊湊に至ったのも聖皇にとっては収穫だった。スピカ以外の能力者もこの『等級のその先』に至ることができれば一等級以上の力を発揮できる。

 いずれ訪れる大量のメイオールたちとの戦いにおいてこれほどの戦力増強はない。



「……ん? メセキエザのやつは……」



 スピカをお姫様抱っこの姿勢で抱えていた聖皇は、視界の端で細切れになったメセキエザの遺骸が消えてなくなってしまったのを捉えた。

 大方、肉体は死んでいても精神が生きているのでテレポートを発動したのだろう。たしかに勝負はスピカが勝ったが、もしもメセキエザが万全の状態だったら勝敗がどうなっていたかはわからない、と聖皇は自身は考えている。



(まあ、それは妾の緊湊とて同じことじゃ。初めてあやつと相対したときのことを思うと、緊湊を使用したとて絶対に勝てるとはとても言い切れんからのう)



 もちろん、だからといって負けてやる気もないのだが。

 


(いずれにしてもあの様子では肉体のダメージも深刻で、地球で暴れるのは難しかろう。そのまま精神を本体へと帰し地球から出て言ってくれれば話は簡単なんじゃが……)



 もし再びメセキエザが何か仕掛けてきたとしても、地球人に憑依し弱体化しているメセキエザに負けるビジョンは浮かばない。

 聖皇は『これならば特に問題にはならないか』と安心し一息つく。するとウィスタリアやカペラが走って駆け寄って来た。


 意識のないスピカを刺激しないように気を遣いながら、ウィスタリアは彼女の手を取る。



「ありがとうアルカンシエル。お前はまったくもって最高の妹だよ」



 本人はこらえているつもりだが、ウィスタリアの表情は柔らかく緩んでしまっていた。


 それから一時間もしないうちに、聖皇が因果律操作で蘇らせたマダガスカルの人々が次々とやって来てウィスタリアを取り囲んだ。カペラとウィスタリアを一緒に胴上げしたり、褒め称えて肩をバシバシと叩いたり。

 随分と慕われている様子のウィスタリアを遠くから見届けたセバスは、あのときの少年がここまでの器になったか、と感心しきっている。


 ウィスタリアは周囲をキョロキョロと見渡すと国民たちに尋ねた。



「なあ皆、ナースを見なかったか?」


「いいや、見てないぜ」


「こっちに来てないだけで診療所の方にいるんじゃないか?」


「そのうち来るんじゃないかしら。彼女、ウィスタリアのこと大好きだし」



 まあそのうちナースにも会えるか。ウィスタリアはそう判断すると、今はバケモノどもをマダガスカル島から追い払った歓びを皆で共有しようとカペラの手を引いて国民たちの輪へと入っていった。


 マダガスカルに加勢していた高宮円も騒々しい様子に釣られてやって来ており、聖皇を見つけると膝をついて(こうべ)を垂れた。聖皇がすぐにやめるよう促すと隣に並び立つ。



「聖皇陛下も来られていたんですね」


(まどか)もこの地に来ておったんじゃな。この表現は好きではないが、つくづく運命じみておるのう」


「ええ、まあ。……ところで陛下、この女の子はもしかして……」


「言葉にせずともわかってしまうのは女の勘か? そうじゃ。こやつもおぬしと同じ男を好いておる。クックックッ、黄昏暁はなかなかの激戦区よのう。罪な少年じゃ」


「私が好きになった人がそれだけ魅力的だということです。陛下、私のこの恋敵の名前を伺ってもよろしいですか?」


真珠星(スピカ)。妾の自慢の一番弟子で、大切な親友の孫娘じゃ」



〇△〇△〇



「はぁ……はぁ……カナリア・ネバードーンの肉体は今度こそ間違いなく死んだけれど、幸い聖が大量に蘇らせたおかげで憑依先はすぐに見つかってよかった」



 薄暗くジメジメした路地裏で壁に寄り掛かりズルズルと座り込むのは、バラバラ死体の状態からテレポートしてきたメセキエザ。正確にはカナリアの肉体から別の肉体へと乗り移ったメセキエザだ。


 元は浅黒かった肌は非生物じみた不気味な白に変化し、清潔感のあるナース服は豪奢な純白のドレスへと形を変えている。


 そう、メセキエザが乗り移ったのはナースの肉体である。ナースの精神体は一度メセキエザの手によって叩き潰された。聖皇の因果率操作によって肉体だけが蘇り、いわば精神の入っていない空っぽの容器だったのだ。

 それを利用しメセキエザが滑り込んだ。ナースの肉体を侵食し、乗っ取り、メセキエザらしい暴力的な白色に染め上げた。



「とりあえず遠く、と念じてテレポートしてはみたけれど……さてここはどこだろう。地球からは出ていないと思うんだけど」



 口調がカナリアに引っ張られることがなくなり、心地よいし喋りやすい。メセキエザがわずかに口角を上げたのは喜んでいる証拠だ。


 まずは周囲の状況を探ろう。

 バタフライ・エフェクト持ちの自分ならば現在過去未来をも四次元空間の視点から対等に認識することができる。探るのはもちろん、この後の自分が関わる未来すらも簡単に覗くことができる。


 と、考えて目を閉じ、あたり一帯の論理の積み重ねをバタフライ・エフェクトによって解析するメセキエザ。

 そのとき、バタフライ・エフェクトでは観測できていない声が路地裏に響く。

 

 そんなわけない。自分がバタフライ・エフェクトで認識できないのは緊湊に至った聖皇やスピカだけのはず。

 だが間違いなく声がした。メセキエザに向かって声がかけられた。メセキエザは顔を上げて目を見開き、声のした方へと頭を動かす。



「おい、大丈夫か? 怪我はしていないようだが……」


「……そりゃそうよね。路地裏で私みたいな綺麗な地球人の女の肉体がぐったりしていたら誰だって気にするはずなんだ。でもそれはあり得ない。そんな未来は私からは見えていない。私はお前を知らない。お前は一体誰だ。いいや、一体()()()()?」


「俺が何者か? それは俺自身が俺をどう定義するかで如何様にも変わり得るな。だが……」



 太陽の光が逆光となって暗がりの路地裏からは彼のことがよく見えていなかった。

 しかしメセキエザは彼と視線が交差したことで、声の主が特別な両眼を持っていることに気が付くこととなる。



「ククッ、真名ならば教えてやろう。俺の名は黄昏暁。神々の黄昏を暁へと導く者だ」



 赤と青のオッドアイ。意味するところは、一等級と二等級の二つの能力持ち。

 心配して声をかけた少年と、心配された純白の異星の女。

 これこそ腕に巻いた包帯が風に揺れる黄昏暁こと田中ナツキとメセキエザの邂逅である。

 

 バタフライ・エフェクトという運命の輪からも外れたこの新たな出会いは、いずれ地球の命運を大きく左右することとなる。そのことにメセキエザすらも未だまったく気が付いていないのだった。

ナースの精神体が消される:357話


九章は一旦ここで終了です。次話から十章です。

今章は投稿滞ることが多くて申し訳ない限りでした。ブックマーク等してもらってお待ちいただけると嬉しいです。


今章のテーマは「もう一人の主人公、もう一人のヒロイン」でした。

少年で、不器用で、ヒロインが年上巨乳な田中ナツキ。

青年で、器用で、ヒロインが年下貧乳なウィスタリア。といった具合です。


130万文字を超えて投稿し続けられているのは読んでくれた皆さんのおかげです。

いつもありがとうございます。次章もよろしくお願いします。

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