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第364話 緻密な戦略の計算

 さらにスピカは追い討ちをかける。

 自身の手に水をまとわせ、手刀の表面をウォーターカッター状にしてメセキエザのもう片方の腕へと迫った。メセキエザは仰け反りながら手刀を避けると後方へとテレポートする。


 逃げられるのも承知の上だ。スピカは間髪入れずに次の手を打って出た。


 掌をメセキエザへと向けると直ちに空気中の水分が集まり、龍の姿を形成していく。

 太さは一メートル以上あるだろうか。長さに至っては計測不能。マダガスカルは小さな島国ということもあって四方を海に囲まれており、空気中に含まれる水分が尽きることはない。


 絶えず長く巨大になっていく水の龍は(あぎと)を大きく開いてメセキエザへと襲い掛かった。

 空気と水を同時に操るスピカが操る水龍の速度はおおよそ音速の五倍。弾道ミサイルなどの極超音速兵器に匹敵する勢いである。水の表面は空気との摩擦熱で蒸気を発して霧が立ち込める。



(アイツは能力を二つ同時に使えない。重力操作で私を殺すとか、シリウスと同じ能力で腕を治療するとか、選択肢は複数あるけど……その先にあるのは死!)



 スピカの思考は将棋やチェスの感覚に近い。たとえどれだけ相手が強力でこちらが追い詰められてしまっていようと、先に王手をかければ相手は王を逃がす選択しかできなくなる。


 メセキエザに反撃も回復もさせない。そのためには緻密かつ豪快な攻撃を絶えず放ち続ける必要があるのだ。


 水龍が開いた顎でメセキエザをすり潰そうとした瞬間に再びテレポートを発動。水龍の軌道から逃れようとする。しかしスピカは伸ばした腕を動かすことで水龍の方向を自在に操縦しメセキエザを追尾し続ける。


 時に直角に。時に真下に。時に分裂して挟み込むように。空気をも同時に操ることで水龍は極超音速を維持したまま減速することなく物理法則の限界をなぞり続けていた。

 一方的な攻防を繰り返すことおよそ十五分。



(たしかにメセキエザの能力の使用を制限できてはおる。スピカも難敵相手にようやっておるわ。が、しかし。このままイタチごっこを続けておっても決定機は生まれぬままじゃ。持久戦に持ち込んだ場合に不利になるのはただの地球人でしかないおぬしの方じゃぞ?)



 二人の戦いを観戦していた聖皇は心の中でそんな呟きをしながらも、スピカが何も考えていないとは思っていない。

 初めて自分と会って戦ったときもそうだった。最後の最後で自分に不意打ちを放ったスピカのしたたかさを聖皇はよく知っている。


 さあ、メセキエザ相手にどんな罠を張っている? 聖皇が期待のまなざしをスピカに送る。……が、水龍の身体の表面から立ち上る霧が邪魔でスピカの姿がはっきりと見えない。メセキエザを追い続ける中で随分と霧を撒き散らし続けていたようだ。



(霧……すなわち小さな水の粒。……そういうことか!)



 聖皇が気が付いたのと同時。スピカは手をパン!と叩いた。すると霧を構成する数多の小さな水滴が牙を剥く。


 メセキエザは水龍を回避するためにテレポートを繰り返すことで精一杯だった。さらに一点に留まることはなく、何度もスピカの周囲を行き来し続けていた。

 つまり身体の表面に霧がまとわりつくことは避けられない。絶えずテレポートし続けている以上、付着することにすら気が回らない。


 一帯を包む霧が、そしてメセキエザの体表の水滴が、一滴一滴が細かい針のように長く鋭く形を変えてメセキエザの身体を突き刺す。

 メセキエザの、というよりカナリアの血液が飛沫を上げて真っ赤な噴水となる。残った一本の腕も付け根から切断された。ブシャーーと生々しく水っぽい音とともに多量の血液が止めどなく溢れる。



「エネルギーのロスを許容してまで水龍に摩擦熱を発生させた甲斐があったわ。これで両腕、奪わせてもらったわよ」



 要は意趣返し。メセキエザはウィスタリアの両腕を容易く切断した。だからスピカもメセキエザの両腕を奪ったのだ。

 ここに至るまでの全てがスピカの計算である。一見イタチごっこに見えていた水龍の攻撃の繰り返しも霧から気を逸らす役割と霧の水滴が身体に多く付着させるための時間稼ぎの役割があったというわけだ。


 ウィスタリアの身体を抱いて支えながらこの戦いを目で追い続けていたカペラ。彼女は自分を惨めに感じるほどにスピカの圧巻の戦いに惹きつけられていた。



「……私と同じ二等級なのに。水や空気を使うところまで一緒なのに。……スピカは、自分の能力を余すことなく使ってる。それに相手の心情や行動すらも利用して。何手先も読みながら、大技すらも囮にして、いろんな仕掛けを戦いの中に用意している。多彩で柔軟で奥深い……。悔しいけど、今の私じゃスピカには及ばない」


「カペラ……」



 隣でカペラを見つめるウィスタリアもまた同様の感想だった。惚れ惚れするほどのスピカのパフォーマンスは想像以上。メセキエザ相手に勝てるかどうかは半々だと言った聖皇の意図もようやく理解した。


 真正面からパワーをぶつけるだけではない。かといってコソコソと逃げ回るわけでもない。緻密な計算と大胆不敵な度胸が両立したまさに理想的な戦闘スタイルだ。


 黄昏暁という規格外の能力者と出会い、クリムゾン・ネバードーンという一等級の異母兄に敗北し、聖皇という生ける伝説の下で修業をし。

 スピカの戦闘経験は既にほとんどの能力者を上回っている。自分よりも格上の相手にどう戦うかを十全に理解している。


 それ故に、今こうして両腕を失ったメセキエザの前で堂々と、凛と美しく立っていられる。



「本当は霧を利用した攻撃は聖皇の時間停止対策だったのよね。こんなところで披露することになるとは思ってなかったけれど。あなた、メセキエザって言ったかしら。回復しても構わないわ。私の物理攻撃は聖皇のそれと違って因果律への影響はないから、シリウスの能力で元に戻すことができるはずよ。……でも、既にここ一帯は霧で覆われている。回復したそばから即切断させてもらうけど。それでもまだ続ける?」



 決着がついた。

 スピカの巧みな戦闘運びや多彩な能力の活用が、弱っていて制限があるとはいえあのメセキエザを圧倒した。緻密に計算された戦略が加われば二等級であってもメセキエザクラスに勝利することができる。


 本当に?

 スピカを推挙した当の聖皇すらも、どうしてか一抹の不安が胸をかすめていく。


 あのメセキエザが敗れる? バタフライ・エフェクト持ちのメセキエザが、()()()()()戦略によって?



「いかん! 避けるんじゃスピカ!」


「え?」



 聖皇の叫びに応じたスピカ。直後、彼女の耳に楽しそうな声音の呟きが届く。



蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)



 千切れて地面に転がっているメセキエザの二本の腕。

 その掌は、どちらもスピカに照準を合わせていた。



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