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第362話 因果の律動

 シュッ! と風切る音が鳴る。メセキエザがハイキックを放ったのだ。人間離れしているメセキエザの動きの速度は音速を超えていた。音が聞こえたときには既に聖皇の側頭部に到達している。

 間違いなくクリティカルヒットした。しかし、聖皇の頭蓋骨が割れて脳震盪を起こした瞬間に聖皇は再び無傷に戻っていた。


 まるで時間が巻き戻ったように。いいや、時間の巻き戻しよりも絶対的な因果律の支配だ。蹴られたという原因に対して頭を破壊されたという結果が生じているのなら、この因果関係は聖皇の『運命壊す(ニルヴァーナ・)常楽我浄の(クロノグラフ・)羅針盤(クライテリア)』の支配下にある。


 また棒立ちの状態に戻されたメセキエザはこれならどうかと重力を操る能力を発動した。以前の世界線で殺害したミザールが仕様していたものだ。

 聖皇の身体に何十倍、何百倍と重力の負荷がかかり大地に亀裂が走る。だというのに聖皇は涼しい表情だ。

 何事もないかのように地面を蹴ってメセキエザと刀を打ち下ろす。



「身体能力や戦闘力もあのときより随分と成長しているんですわね……!」



 メセキエザは冷や汗を流す。非人間的で不気味な様子だったメセキエザの初めて見せる焦りに、カペラたちも息を呑んだ。

 特に真正面から挑んでまったく歯が立たなかったウィスタリアは聖皇から少しでも吸収しようと食い入るように戦闘を見つめている。


 さてどうしたものか。メセキエザは聖皇相手に効果があるかわからないが時間停止を発動した。

 当然と言うべきか聖皇の動きが止まることはない。互いに時の止まった世界へ立ち入ることが許された存在故、時間停止というシチュエーションそのものが既に平常状態なのだ。


 世界から色も音も失われた。静寂とモノクロの世界の中で聖皇は迷いのない太刀筋だ。メセキエザ同様、聖皇の一振りもまた音速など優に超えている。



(さすがに地球人類の肉体を借りた状態では能力の出力はもちろん基礎的な身体能力に至るまで何段階も落ちますわね。先ほどの聖の斬撃を喰らった私の顔面は修復できない……おそらく因果律が固定化された不可逆の一撃。もし今の聖の攻撃を受けてしまえば最後、この肉体ごと私の精神がここで消される可能性すらある!)



 であれば。メセキエザは使う予定のなかったウルトラCを選んだ。

 メセキエザは地球人類という格下の生命体の能力であれば一目で模倣できてしまう。聖皇の時間停止も、セレスの物質変換も、ミザールの重力操作も。そして、シリウスの能力もまたメセキエザは使用可能だ。


 メセキエザは己の右手を胸へと押し当てる。発動するのは『あるべき状態に強制する能力』。物質の質量、数、概念、その手で触れたあらゆるものを都合よく『あるべき状態』と定義し改変する暴君のごとき能力だ。


 かつて聖皇──聖たちと旅していたシリウスはメイオールを倒すときただ手で触れるだけでよく、さらには壁に触れることで建設前の状態へと強制して道を切り開き、船に触れることで燃料が減少しないようにすることもできた。

 いわば事象改変能力である。メセキエザはその一等級の能力を自分自身へと発動する。


 すなわち、メイオールと呼ばれる異星人としての肉体を持った本来の自分を『あるべき状態』として今の自分に上書きする。



(これでこの肉体の元の持ち主は本当の意味で『死』を迎えることになりますが、まあ私の知ったことではないでしょう。変な口調にも飽き飽きしておりましたし、何より他の能力者はともかく今の聖相手ではいささか分が悪い。さしもの私も全力を出さないと押し切られる! ですわ!)



 あるべき状態を強制する能力は相手への攻撃ではないし、見た目が別に派手なわけではない。

 つまり聖皇に気取られることなく能力を発動できる。メセキエザはこの圧倒的なアドバンテージを前にして口角を高く吊り上げた。


 そして聖皇の刀の切っ先がメセキエザの腹に触れる。

 


(さぁてアップデート完了ですわ。これで地球人類の貧弱な肉体に拘泥することなく聖の相手をすることができますわ。……ですわ?)



 自分の中で口調が戻っていないことに気が付く。

 続いて、聖皇の刀がメセキエザの鳩尾のあたりを真一文字に切り裂いた。

 時間停止も解除され時が動き出す。世界に色や音が戻ってきた。



「妾がシリウスの能力を警戒していないとでも思うたか?」



 いつもなら自動で再生するメセキエザの傷はやはり何も起きない。因果律を支配化に置く聖皇のせいで不可逆となっている。

 メセキエザは腹部を手で押さえて片膝をつきながら聖皇を見上げた。そのまなざしに怒りはなく、むしろ関心と感心で満ちている。



「聖はいつも私の想像を超えてくるわね。い、一体何をしたのかしら……?」


「おぬしが本調子でないことも、その肉体がおぬし自身ではないことも気が付いておった。少なくとも十六万年前に妾とセレスを圧倒しておったおぬしは今よりも強靭であったからのう。故に、その肉体とおぬしの人格の結びつきを強めさせてもらった」



 聖皇は刀をメセキエザの首に当てる。赤道直下マダガスカルの真っ直ぐ降り注ぐ日光が鋼鉄の刃を鏡面のように照らし出す。

 

 聖皇が行ったのはシンプルなことだった。メセキエザが人間の肉体を乗っ取ったという原因に対して、現在という結果がある。ならば『運命壊す(ニルヴァーナ・)常楽我浄の(クロノグラフ・)羅針盤(クライテリア)』によって因果律を支配し原因の部分だけを書き換えた。


『メセキエザの人格は最初からこの肉体に宿っていたものだった。だから、今この肉体にメセキエザがいる』


 聖皇の緊湊は運命に反逆するという核によって成立している。運命とは定まった因果という論理の積み重ねであり、回避も変更もできない絶対の事実だ。それを聖皇は否定し、抗い、破壊する。

 因果律操作という暴力的な能力がメセキエザの精神を縛り上げカナリアの肉体に縫い付けたのだ。そこに事実も真実も関係ない。聖皇によって運命は反逆され新たに定義された因果律がただそこに在るのみ。



「メセキエザよ、妾はがっかりじゃ。落胆を隠せずにおる。どうして以前のように直接攻め込むことはせず精神だけ飛ばすなどとまだるこしいことをした?」


「聖たち地球人類がアンドロメダ銀河の球状星団G1、通称MayallⅡと呼んでいる私の母星にちょっと用事があったんですわ。主に、地球への侵攻を遅らせていたんですの。だって、そうしないとせっかく聖が宇宙の時間を巻き戻したのにそれが無駄になるでしょう?」



 そう言ってメセキエザはニカッと笑った。痛みに悶える姿と相反する楽し気な表情はあまりにも不気味だった。



「もっとわかりやすく言うと、遊びに来るには地球までの物理的な距離が遠すぎたんですわ。だから三次元的な空間の拡がりに依存しない四次元的な移動……つまり精神だけを移すのが手っ取り早かった、というだけの話。量子もつれを人為的に引き起こせば時間と空間を無視した相互干渉が発生しますもの」


「……おぬしたちバタフライ・エフェクトもちはいつも小難しいことを言いおる。ティアもそうであった」


「ああ、そういえば、この時代の地球は聖の知り合いの子孫が随分と多いようね。ですわ。そこの銀髪の子なんてそっくり。それに紫髪の子もなかなか光るものを持っていたわ。ですわ」


「で、おぬしはまんまと妾に敗北しているわけじゃが。この展開まではバタフライ・エフェクトでも観たり変えたりすることはできんかったのか?」


「無限に近似する有限個の未来の一つとしてはあったわね。ですわ。でもね、聖。私たちが初めて会った月の綺麗な晩を覚えている? この星には私のバタフライ・エフェクトでも観えない未知の未来が混じっている。上の次元の生命体の干渉があった証拠。そんなワクワクする未知を体験するための通過点がこの敗北である以上、私は怒りも哀しみもなくこの状況を受け入れらるわ! ですわ!」



 聖皇はドバイでメセキエザと戦った十六万年前を昨日のことのように思い出せる。メセキエザは黒いメイオールと異なり地球への侵攻を命じられたわけではない。ジリオンたち白いメイオールのように後詰めで呼ばれた援軍でもない。

 本当に気まぐれにふらりと地球にやって来て、聖皇の仲間や地球人類を殺し、自分と戦ってから去ってしまった。


 その行動原理は面白い未来があることを察知したから。未知に満ちた興味深い未来を体験することがメセキエザの目的であり、別に母星のメイオールと地球の地球人類との勝敗などハナからどうでもよいのだ。

 であれば自分のために進行を遅らせてくれていたという話も頷ける、と聖皇は考える。少なくとも聖皇はメイオール侵攻に備えて世界各地に能力者が組織化されるように誘導してきた。


 シリウス率いる星詠機関(アステリズム)という国連機関も、ブラッケストが統べるネバードーン財団という民間企業体も、聖皇の授刀衛も。

 対メイオールのための能力者戦力を整え世界に散らばらせるという意味でも、世界の首脳に能力者戦力の重要性を理解させるという意味でも、目的は全て一致している。


 もう二度と総理大臣が地球領土放棄宣言をする映像など見たくはない。



「はぁ……」



 聖皇は溜息とともに刀を下ろした。瞳から構造色をした虹の円環が消える。緊湊を解除したのだ。といっても緊湊発動中に引き起こした因果律操作の現象は継続したままだが。


 その様子を今度は訝し気に見上げるメセキエザ。聖皇は黙ってメセキエザに背を向けると、すたすたと歩いて行ってしまった。


 呆然と背中を見送るメセキエザなど気にも留めず、聖皇はカペラ、ウィスタリア、そしてスピカの三人を順に視線を動かす。



「そこの二十一天(ウラノメトリア)の少女はちと厳しいのう。そっちのブラッケストの倅は良い所まで追い詰める可能性は秘めておるが、再び能力の無茶な使用で反動を受けてしまうようでは話にならんか。……うむ、であれば」



 ぼそぼそと呟いた聖皇はぽんとスピカの肩を叩きあっさりと言い放つ。



「スピカよ。おぬしがメセキエザの相手をしろ。あやつは妾の知るメセキエザの半分未満の強さしかない。妾の下で鍛えたおぬしなら、まあ五分五分くらいには持っていけるじゃろう」


「……は?」


「修業の成果を妾に見せてみろと言うておるんじゃ。できるな?」

総理大臣の地球領土放棄:166話

メイオールの惑星:172話

聖とメセキエザの戦いや行動原理:195~197話

量子もつれによる精神への干渉:222~223話

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