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第357話 蓋世の白極光

「まあジリオンは一等級と言っても、本来の無限分裂の能力は使ってなかったもの。形態変化も光線も能力じゃなくて基本性能。というよりも運動。地球人類で言うなら蹴ったり殴ったり、或いは跳んだり跳ねたり。それって普通のことですわ。あ、なんだか口調が少し肉体の持ち主に引っ張られるわね」



 初めて聖たちと出会ったときも、重力使いの能力者の女の口調がうつっちゃったけ。メセキエザは小さく呟いて苦笑する。

 彼女の姿は遥か上空にあった。ウィスタリアとカペラが焚き上げた荼毘のちょうど垂直の位置である。メセキエザは雲と大気圏の中間で浮遊しており、上を向けばうっすらと宇宙の景色が透けている。


 メセキエザは雲間のわずかな隙間から地上を見下ろしてウィスタリアたちとジリオンの戦闘を見届けていた。ジリオンが実力未満のパフォーマンスでやられたというのにメセキエザの顔に落胆はない。



「だって、ここまでは私も見えていた、ですわ。……ダメだ、やっぱり口調が侵食されていく。中途半端に精神体だけ飛ばしたから私自身の実存が不完全。ダウンロードに失敗してバグだらけって感じですわ」



 はぁぁぁぁと大きく溜息をつき、メセキエザは人間味のない白髪を指でクルクルといじる。本人は無意識だが、それもまたカナリアの手癖であった。

 メセキエザは早々に諦め、肉体に合わせることにした。どうせ今の自分は本体ではない。上位次元、すなわち精神世界を介してハッキングしているようになものなのだから、完全にいつもの自分通りとはいかない状況も納得せざるを得ない。



「そう。私たちバタフライ・エフェクト使いは論理の積み重ねから過去や未来……三次元的座標を対等に見下ろしている。見下ろすということは、上にいるということですわ。上位次元。四次元のバルク空間。そこを泳いでこの肉体を奪ったわけですが……」



 メセキエザはバチン! と両手を叩いた。

 飛んでいるハエを殺すようなシンプルな動作によって潰されたものは人の形をしていた。雲の上まで昇って来ていた()()()の霊体が霧散する。



「素質、あったみたい。ですわね。このナースという子。四次元に片足を突っ込んでいた。だから死後もこちらの世界の存在に干渉できていた、というロジックですわ」



 ウィスタリアとカペラに見送られたナースの精神体、俗に霊魂と呼ばれるものは成仏ができなかったどころか存在を消された。ウィスタリアたちは三次元の存在なので四次元の物体には干渉できないが、四次元的な視点を持ち得るバタフライ・エフェクト所持者ならばこうした芸当も可能である。


 メセキエザとしては興味があるのは聖やセレスのようなある意味で活きの良い不合理な地球人だが、少なくとも『最初の自分との接触』において最大の功労者はカナタやティア、そしてヒイロだろうと思っている。


 彼らがいなければ聖が私と会うこともなかった、とメセキエザは十万年以上前の記憶を回想する。

 聖──聖皇によって時間を巻き戻され異なる世界線として二度目の人類史を刻み始めた地球を悠久の時の中で眺め続けていたメセキエザにとって、あの日の聖やセレスとの戦闘は唯一心躍る慰みであった。



「ここからが本番ですわ。もしも私が……死んだはずの敵の姿をした私が現れて、そして彼らよりも遥かに強かったら。そのときあのウィスタリアという男はどんな顔をするのかしら、ですわ……!」



 願わくは、勝てないとわかっていても挑む不合理を。メセキエザは恍惚とした笑みを浮かべうっとりと両頬を手で包む。

 地球人類よりもカルダシェフスケールが高く合理的かつ倫理的に優れた生命体であるメイオールにとって、地球人類ほど不条理で不合理で非論理的な生き方は、ややもすれば自分たちの失ったはずの輝きのように見えてしまうのだ。



「では手始めに」



 白みがかった両眼が淡く光る。それは能力発動の合図。指をパチンと鳴らす。すると、地上一〇〇キロメートルというオーロラと同じ高さにいたはずのメセキエザの姿は地上にあった。

 転移。メセキエザにとっては赤子を捻るよりも簡単な作業である。



「ねえ、大切な人が死んじゃってどんな気持ちなんですの? 弔いなんて非合理的な文化、こちらの星にはありませんので」



〇△〇△〇



 ウィスタリアは壊れたブリキのおもちゃのように鈍い動きで首をゆっくりと後ろへ向けた。それは今このとき自分が想像していることが現実であるとは到底考えられないからであり、その答え合わせをすることを拒んでいるが故だった。


 だが、やはり彼の眼に映るその女性の姿はよく知る異母妹だった。

 勝気な表情は消えてどこか達観した非人間的な顔つきになり、特徴的だった黄色い髪は自然界に溶け込まないほど不気味なまでに白い。ドレスも金糸のものから純白のものへと変わっている。

 たしかにその肉体はカナリア・ネバードーンそのものである。しかし、根本的な部分はまるで別人なのだ。

 そう、さながら他人がカナリアの皮を被っているような……。



「カナリア……じゃない。お前は誰だ。カナリアの身体で何をしている!?」


「質問に質問で返すのは悪いことではありませんわ。だって、それによって最初の質問への回答精度の向上が期待できますもの。では、あえて質問に対してこちらも質問で返しましょう。実存を定義するのは肉体と精神のどちらなのでしょうか、とね」



 口調はまるっきりカナリアである。だというのにどこか白々しく感情がない。限りなく人間に近いAIか何かが台本を読み上げているような異様さが漂っている。



「もしもさっきあなた方のご友人を殺した白い異星人が私の生み出したものだとしたらどうします? そしてあなた方の友人の霊魂を成仏させることなく掻き消したのがこの私だとしたら、一体全体どうしますの? 無謀にもこの私に挑むんですか?」



 最初はカナリアの姿をしたこの白い不気味な女とは会話が成り立たないと感じていた。しかし、今の言葉を聞いてウィスタリアの中で張り詰めた怒りの糸がプツリと切れた。

 それはカペラとて同じだ。目の前の白い女は間接的にナースを殺したと言ったに等しい。ウィスタリアとカペラは怒りの沸点を直ちに飛び越え、再び共同戦闘態勢へと入る。


 カペラの青い両眼が、ウィスタリアの紫の左眼の青い右眼が、淡く光る。



「せっかくなら名前をつけよう、ですわ。あなた方地球人類の言語体系に合わせるなら、そうですわね……。──蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)



 ウィスタリアたちが動くよりも素早くメセキエザは両方の掌を向けた。二筋の白い極光線がウィスタリアとカペラの頬をかする。彼らの背後で残っていた街の残骸はたちまち消し炭と化していく。音もなく熱とエネルギーの奔流が暴力的な白さによって染め上げられる。


 メセキエザは蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)を止めることはしないまま腕を少しずつウィスタリアたちから遠ざけるように外側に動かしていく。

 正面に向けていた両腕が体の真横に来るように。そのまま肩甲骨を柔らかく使い両腕を後ろへと向ける。


 扇風機が自動で首振りの動きをするように。港の灯台が回転し四方八方に光を届けるように。

 メセキエザはなめらかな動作で三六〇度を両腕で描いた。うすら笑いを浮かべたまま一切表情を動かさない。


 ウィスタリアはただただ唖然とした。能力を使う一瞬の間さえ与えられなかった。いいや、仮に与えられたとしてどうしようもなかった。

 カペラはこのときジリオンに対して行ったのと同様にメセキエザの両手を凍らせようとした。しかしまるでメセキエザの身体の周りだけ物理法則が異なっているかのように、気圧の変動を受け付けなかった。


 その結果として。

 およそ六〇万平方キロメートルのマダガスカルは更地と化した。メセキエザの腕よりも高い位置ものは人工物か自然物かに問わず貫通、切断、および溶解され、地上は不気味なほど白い灰に覆われていく。


 診療所以外の辛うじて残った建物で治療を受けていた他の能力者たちも、メイオールと戦わなかった非能力者の国民も、わずか一秒の間に全員が鏖殺された。

 彼らを誘導していた高宮(まどか)も一切の抵抗の余地なく殺害された。自分が殺されたことにさえ気が付いていなかったかもしれない。


 ウィスタリアたちが住んでいる街だけではない。このマダガスカルという島の他の街すらも全て破壊し、名物だったバオバブの木は一本の余すことなく灰になり、豊かな自然も、能力者と非能力者がともに営んだ街並みも、そして人間も動物も、すべてがメセキエザによって奪われた。


 ウィスタリアとカペラだけを残し、この瞬間にマダガスカルは『無』となったのだ。



「さあ、これでいいでしょう。少なくとも聖たちはこれくらいの……いいえ、これを地球規模で行われてしまった世界でもなお果敢に私や他の白いメイオールに挑んだものですわ。あなたたちはどうかしら? 諦めることが正しい状況においてあえて非合理的な選択をすることができるの?」



 静寂が波を打つ。ウィスタリアとカペラは呆然と立ち尽くしていた。それを見て所詮はこの程度か、と肩をすくめる。聖やセレスのように星が危機的状況になってなお立ち向かう狂人などそうそういないようだ。

 路傍の石を眺めるようにつまらなさそうに顔を歪めたメセキエザが嘆息したそのとき。



「……多重進化・上位互換マルチ・エボリューション。三等級の俺を二等級の俺に。──そして、一等級の俺に」


「へえ、良い眼ね。色の話じゃない。非合理的とわかっていても挑もうとするその力強い瞳! 地球人類らしいその眼がグゥェアッ!?」



 メセキエザの顔面にウィスタリアの膝がめり込む。当然彼女の言葉は遮られた。一面が焼け野原にされ白い灰となった地面に転がったメセキエザはケタケタと笑いながら大の字に寝ころんで空を見上げた。



「あーはっはっはっ! なんだ今の! 全然見えなかった! ですわ!」



 さらに寝ころぶメセキエザの顔面に拳が打ち付けられる。ドゴンッ! と爆発音に近い打撃音で白い灰がカーテンのように舞い上がる。


 ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!

 一発、二発、三発。


 ウィスタリアは手を休めることなく馬乗りになってメセキエザを殴り続けた。

 紫色の左眼と、()()()()。その両方からダラダラと滝のように血涙が流れる。メセキエザを殴りつけるたびに水飛沫のように彼の赤い涙が飛び散って、彼の周囲を赤く染める。



「今のは良い一撃をもらいましたわ。……おそらく、私と彼自身の間の『距離の長さの概念』を下位互換化して一気にゼロ距離に縮めた、というところ。さらに身体能力自体も……当時の聖並みにかそれ以上!」

 


 転移の能力を使いウィスタリアの連撃から抜け出したメセキエザの歪んだ顔は自動で修復し形状を取り戻す。

 何事もなかったかのように立ってウィスタリアを見つめるメセキエザは歓喜と恍惚の色を浮かべていた。

 これだから地球人類にちょっかいを出すのはやめられない。そう言いたげな様子で。


 ウィスタリアは地面に突き刺さった拳を抜きながらメセキエザを血で真っ赤に染まったオッドアイで睨みつけて言った。



「おいバケモノ。お前、諦めるのが正しい場面であえて挑むのは非合理的だと言ったな。俺はそう思わない。なぜならここで俺がお前を殺すからだ。絶対に殺す。絶対にだ。絶対に殺すんだから、今すぐ殺す。殺すべき相手を殺せるんだから殺すために確実に殺す。なあ、これって合理的じゃないか?」


「そう! その心意気! それを私は待っていた! ですわ! では呆気なく死なないでくださりますかァ!? 蓋世の(オリフィス・)白極光(ダイヤフラム)ゥゥゥゥゥ!!!!!」



 かつての世界線でシリウスを撃ち抜き殺害した暴力的な純白の殺人光線がメセキエザの掌から放たれる。

 いいや、そのサイズはシリウスを殺したとき以上。光線というより柱。光柱とも呼ぶべき極大の極光が空間を軋ませながらウィスタリアを覆い隠す。

書きながら思ったんですが、カナリアの肉体に寄生しているときのメセキエザの容姿のイメージは遊〇王のラビュ〇ンスをもう少し不気味にした感じですね。なんとなく、イメージです。

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