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第356話 シャルルの法則

「いかなる惑星の重力にも適応させられる以上、気圧変化などあまりにも容易」



 肉体を痙攣させながら伏せていたジリオンは生まれたての小鹿のように震えながら立ち上がる。その震えもものの数秒で取り払われ二本の足でしっかりと立っている。



「気圧をかけるくらいじゃあの白いバケモノはなんともないみたい。ウィスタリア、どうする?」


「あいつの身体は再生力もあるみたいだからな。再生の間も与えずに大きな損傷を連続してかけ続ける必要がある。俺とカペラ、二人の連携が鍵になりそうだが、いけるか?」


「当たり前。……二人の共同作業、はじめよ」



 強気な表情で頷いたカペラは、少し恥ずかしそうに付け加えた。共同作業という言葉に他意はないがウィスタリアも釣られて赤面し、頷いた。カペラの青い両眼が、ウィスタリアの青い右眼と紫の左眼が淡く光る。


 まず動いたのはウィスタリアだった。診療所だった残骸の瓦礫から生えている細い鉄筋を一メートル強の長さでへし折り、右手で握る。



多重進化・上位互換マルチ・エボリューション。ただ鉄でできた棒を、剣に。そして剣を……そうだな、適当に俺の考えた最強の聖剣に」



 右手の中で鉄筋が青く発光し西洋剣に姿を変える。さらに西洋剣も青く発光し、赤い宝石が埋め込まれた黄金の鍔に白金色の刃、そして流線形の青いラインが切っ先から鍔まで滑らかに入った聖剣へと進化を遂げる。


 ウィスタリアは剣を両手で握ってジャンプしジリオンへと真上から叩きつける。ジリオンも返す刀でギロチンの刃が生えている腕で受け止める。

 先ほどの盾のときと同様に両者が拮抗する……ことはない。ジリオンの腕が刃ごと斬り落とされ、ウィスタリアの聖剣には傷一つついていない。



「ナイスだカペラ。なんとか王の涙だっけか? こいつの身体よりも硬いみたいだな」


「ルパート王子の滴。別名がオランダの涙。あのバケモノに圧力は効かないけど、ウィスタリアの武器に圧縮応力を付与することはできる」



 しかし、やはりジリオンの腕は斬り落としたそばから再生を始めた。ぶくぶくと白く泡立ち生える様は自然界の法則に反するようで気味が悪い。

 さらにジリオンはウィスタリアを一定以上の危険度の敵と定めたのか、背中からもさらに腕を生やした。元々の一対二本の腕に加え背中に二対四本。都合三対六本の腕が生えた姿は純白の阿修羅像を思わせる。


 さしものウィスタリアも剣一本で六本分の腕を相手にするのは手数で劣る。それを察知したカペラは、中距離支援をやめてウィスタリアの隣にもう一度並び立った。

 


「ウィスタリア、あいつの白い光のビームみたいなやつは私がなんとかする。だから一気に畳みかけよう」


「ああ。信じてるぞカペラ。あとこれ、返すわ。元々はお前のものだからな」



 ウィスタリアはカペラに一丁の銃を差し出す。黒く長い銃身に金色の装飾が眩しく輝くそれはカナリアとの戦闘時にオモチャの銃から多重進化によって生み出した魔弾を放つ空想の魔銃である。

 元はと言えばカペラの銃を退化させてオモチャの銃にしていたのだから、カペラのものである。

 そして二人の出会いの思い出の品でもあった。



「ちょっとごつくなったけど、ウィスタリアのあったかさを感じる。ありがと」



 カペラは銃を手に馴染ませて安全装置を外した。

 ウィスタリアとカペラの二人は互いに弧を描くように逆方向へと走る。ジリオンを両サイドから挟み込む格好だ。

 ジリオンの腕、尺骨のあたりからまた刃物が生える。数十センチメートルはある中華包丁のような刃が二人を襲う。


 ウィスタリアは剣で腕を一本弾き返し、さらにカペラが銃弾を狙いすまして二発放ち自分に向かってきた腕とウィスタリアに向かって行った腕を押し返す。


 二人は互いに的を絞らせないため高速でジリオンの周りを動き回り、ヒットアンドアウェイの戦い方をしている。

 ウィスタリアは腕を一本斬り落とすとすぐに背後に周り込む。腕は再生を始めるが、そこに今度はカペラが銃弾を放ち再生を遅らせる。


 ウィスタリアが背後から膝裏を斬り落とそうと姿勢を低くしながら剣を横薙ぎに振るい、同時にカペラがバク宙をしながらジリオンの頭上を跳んで肩や頭にまばらに魔弾をばら撒く。

 カペラが着地したのに合わせてウィスタリアもカペラの反対側に移動し再びの挟撃。

 一つ一つは浅くてもいい。ただ嵐のように絶え間なくウィスタリアとカペラはジリオンに全方向から攻撃を浴びせる。


 ウィスタリアが大振りに剣を薙いでジリオンの胴体をぶった斬ろうとし、それをジリオンが受け止めている隙にカペラはスライディングしてウィスタリアとジリオンの股下を一気に通過し背後に移動、後頭部に銃を乱射する。



「理解できない。地球人類の敗北は運命である。こうも無為に煩わせるのは単なる結果の延期、畢竟何も生み出さない不合理である」



 ウィスタリアとカペラの連携に痺れを切らしたジリオンは口調こそ平坦なままだが、疑問というよりはどこか怒気を孕んでいるようにウィスタリアたちには聞こえた。


 ジリオンは六本の腕を三本ずつ、ウィスタリアとカペラに向ける。

 至近距離から白極光線を放つ気なのだ。いちいち接近戦で相手するまでもない。手数もこちらが上なら、乱射すればいずれ当たる。



「運命に従え、地球人類」



 六つの掌にエネルギーが集まる。この距離で六本の腕から一斉掃射された場合、二人に避けきる術はない。

 だがウィスタリアの表情に焦りはない。カペラがなんとかすると言ったんだから信じるだけだ。



(大丈夫。俺はお前を信頼しているからな)



 ジリオンの背中越しにカペラと目が合う。言葉にせずとも視線を交わせば思いは伝わった。

 カペラは無言で頷く。青い両眼が淡く光る。



(見てて、ウィスタリア。これが私の奥の手、とっておき。ここまで隠していた私の能力の裏技)



 カペラが手をかざす。その先にあるジリオンの腕に霜が張り始めた。そして霜は氷となりたちまち腕全体を包む。水色の氷が六本の腕の全てを覆い隠してそれぞれが巨大な氷柱のような姿となった。

 掌に集まっていた熱エネルギーは氷に吸収され溶けて水蒸気の白煙になっていくが、それを上回る速度で水蒸気すらも凍り付いていく。


 ジリオンは何が起きたのかと氷を払いのけようと身体を振り回すが、既に氷はジリオンの足元から腰にかけてまでも覆っていた。

 氷結の速度は一瞬だった。ウィスタリアがまばたきをする間でジリオンは氷の彫刻となり動きを停止している。



「ちょ、カペラ、お前の能力は圧力を操るもんだろう? これじゃあまるで温度を操る能力じゃ……」


「シャルルの法則。一定の圧力では体積を変化させると温度も変化する。この等式を変形して体積の方を定数化すると、一定の体積で気圧を変動させるたときに温度が動く。要はボイラーの逆の変化。高圧ならボイラーみたいに燃えるし、逆に圧力を下げ続けたら低温化……理論上は絶対零度までいく。今までは人間ばかり相手にしてたから封印してたけど……ほら、このバケモノもこんなにカチンコチン」


「おい女の子があんまりカチンコチンとか言うな」


「……?」



 よくわからず首をかしげるカペラ。水色の髪がふぁさりと揺れる。あたり一帯が氷に包まれ、地面までもが一面氷張りになっている。

 いきなりの銀世界。スケートリンクのような銀盤の上に立つカペラは髪色も相まって氷の妖精を思わせる。



「とにかく、今のうちにさっさと殺しちゃおう。粉々にすればさすがに再生できないはず」


「そうだな」



 ウィスタリアが聖剣でジリオンを真っ二つにする。袈裟斬りされたジリオンの肉体は斜めにズリ落ち、上半身と下半身がわかたれた。

 そこにカペラが魔弾を放つ魔銃を向け、やたらめったら乱射。とにかくジリオンが細かく砕けて氷の粉になるまで銃を撃ち続ける。ウィスタリアお手製の魔銃なのでリロードせずとも銃弾は一向に減らない。



「そして、最後にこうする」



 カペラは積もって野球のマウンドのようになっている氷粉の塊に手をかざす。



「今言った通り、気圧を一気に高めたらボイラーにもなる。つまり、焼却炉。気圧の温度は切っても切り離せない。私とウィスタリアみたい」


「な……お前、いきなり恥ずかしいこと言うよな」


「ふふん」



 なぜかドヤ顔のカペラ。次の瞬間、氷粉は爆炎の火柱を上げた。ボォォォォウッ!!!! と空気を焦がす音を立てながらジリオンを灰へと変えていく。

 一面の氷世界も高温に当たられて溶けていった。カペラはウィスタリアのそばまで歩くと彼の服の裾を指でつまんだ。



「ウィスタリア、私はナースたちを弔いたい」


「……そうだな。このバケモノが何者かは知らんが、仇は取った」


「たぶん、ナースは敵討ちなんて望んでいなかったと思う。ウィスタリアが危険な目に遭うのは嫌がるはずだから。……でも、私は思うんだ。ナースならきっと、『私のために怒ってくれるウィスタリアくん。危ないことはしてほしくないけど、本当はそういうところも大好きなんだよ』って言うはず。うん、きっと」


「ああ」



 火はさらに強く大きく広がっていく。診療所の跡地を、囲うほどに火柱は激しく燃え上がる。光線で焼かれた遺体の灰も転がってきた腕も、全てが炎の中。

 メラメラと揺れるオレンジの炎に吸い込まれるように見つめる。自然とウィスタリアとカペラは手を繋いでいた。



『ありがとう』



 そんな二人の耳元に囁く声が聞こえた。


 まさか。そんなわけない。二人して燃え盛る炎柱の先を見上げる。青空をバックに煙が立ち上っている。その横をナース服を着た女性の陽炎が通り抜けていく。炎や煙に乗って上へ上へと向かい、そしてこちらに軽く手を振って、青空へと溶けて消えていった。


 弔いの火には祈りと感謝が込められていた。瞑目するウィスタリアとカペラの頬に透明な涙が流れる。互いに泣き止むまで、強く手と手を握り合うのだった。



〇△〇△〇



「いやーさすがにこの能力で生み出した贋作じゃこんなもんかぁ。そもそも一等級の聖が最終的に倒しきれなかった相手をたかだか二等級と三等級の二人が倒しきれるわけないじゃん。ま、いいや。じゃあ今度は私と遊ぼう。そうしよう!」



 白い絶望は心底愉快にせせら笑う。

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