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第354話 性欲大爆発でもしてくれたら

「へえ~この子とっても面白い能力を持っていたのね。生命の有無に干渉できるだけなら、たとえば蘇生能力や即死能力なんかも対象になるけど。この子の場合は命とともに意思を吹き込む。そう、意思。三次元の物質世界から一歩だけハミ出た四次元空間でしか観測され得ない形而上的概念を降ろしてくる能力だからこそ、まだ地球に来る予定のなかった私の精神が共鳴できたのね」



 カナリア──の肉体使っているメセキエザは、地球の重力に慣れるために軽くその場で跳ねたりスキップをしてバオバブの木の周囲を回ったりして身体の状態やその内側に秘められた能力を確かめていた。

 彼女が動く度に縦ロールが揺れる。かつて鮮やかで豪奢だった黄色い髪は不気味なほどの純白と化し、黄金のドレスも白い結晶のような非人工的かつ非生命的なものに形を変えている。


 メセキエザは地球に思い入れがあった。かつてこの星で時任聖とセレスティン・ネバードーンとの二人と激闘を繰り広げた経験を忘れられなかったからだ。カナリアの身体がよく馴染むのも、もしかしたらセレスの遠戚に当たるからなのかもしれない。メセキエザの精神は無意識に聖とセレスの二人を求めていた。


 そもそも、この世界は巻き戻された二周目の世界である。

 メセキエザに敗北した後、彼女によく似た白いメイオールが地球に来襲し聖たち地球人類は敗北を喫した。そのときに聖の能力が発動し時間を巻き戻したのだ。


 聖が人類史をやり直した目的は二つある。

 まず、地球の進歩を早めること。いち早く西暦ゼロ年を開始することで、本来の最初のメイオール襲来の時点で地球の西暦を推し進めておけば打てる対策も増える。

 かつての世界線で一九九九年に訪れたメイオールは二〇一四年現在訪れていない。ネバードーン財団が再現して造った数十体のメイオールもカナリアの能力がなければ動くことのない失敗作だった。


 次に、世界の能力者を増やすこと。メイオールは黒いものだけでなくメセキエザをはじめ知能が高く能力も一等級に及ぶ白いメイオールが存在する。彼ら彼女らに対抗するため聖は遺伝子や政治体制など多面的に多くの能力者が生きる世界を作り上げた。


 すなわち、メセキエザは本来まだ地球に来るはずではない。それどころか前の世界線での経験を記憶しているはずがない。いわばここは並行世界であり、かつて聖が生きた地球とは歩んだ歴史も時間軸も異なるのだから。



「まあ、一等級の能力程度の干渉を私が受けるわけないよねって話。時間停止すら効かない私に時間の巻き戻しが効くかっつーの。もう、いじらしいんだから。弱いのにすぐ立ち向かおうとする聖。数万年? 数十万年? 待った甲斐があるわ」



 うーん、と伸びをしながらメセキエザはマダガスカルの往来を闊歩する。突き出た胸を両手で持ち上げながら、『ここがこんなに大きいのは私の好みじゃないなぁ』などと勝手にカナリアの肉体を奪っておいてイチャモンをつける。



「さて。私としては精神だけこっちの星に飛ばしてるだけだから本調子ではないけれど、まずはこんなイタズラから始めてみようか。借りるよ、この子の能力」



 メセキエザの色のない瞳が淡く光る。黒目が白目に溶けているような気味の悪い双眸だ。

 手を地面にかざす。そしてカナリア同様、ただ命じる。



「……“なれ”」



 土が盛り上がり宙に浮かぶ。空中で粘土のようにグチュグチュと押し潰され引き延ばされ形を変えていく。

 焦茶色だった土の塊は徐々にメセキエザと同じように白くなっていく。さながら巨大な紙粘土だ。それが段々と形を整えて二足歩行の姿をかたどっていく。



「ほうほう、なるほど。これが命を宿す感覚かあ。面白い」



 メセキエザは珍しく感心したような声を漏らした。かつてシリウスの能力を模倣し、殺害したミザールの重力の能力も模倣し、聖の時間停止の世界にも入ってきたメセキエザだ。カナリアの能力を使うことなど造作もない。


 しかし彼女の場合、カナリア以上にカナリアの能力を使いこなしてしまっていた。カナリアは非生物に命を宿しそれ自体を生きた状態にする。動かせるようにする。だがメセキエザの場合、ある非生物をまったく別の生命体に組み替えてしまっていた。命を宿すというよりも創生と呼ぶ方が近いだろう。



「できれば最初はわかりやすくシンプルなのがいいな。そうだ! うん、こうしよう。聖を事実上追い詰めたアイツ。同じ星の住民ながら誇らしいね」



 人型の紙粘土がジュクジュクと泡立ち凹凸がはっきりと浮かび上がる。

 それはとにかく白かった。白い石膏の彫刻、美術品のようだ。ミケランジェロのダビデ像に近い。ダビデ像から髪と男性器を失くし、眼を赤く塗ったらちょうど似た姿になるだろう。


 そう、両眼が赤い。一等級の証である。



「たしか個体識別名はジリオン、だったっけ。手始めに、コイツを(けしか)けてみようじゃない」



 メセキエザは妖艶に笑う。感情の発露はなく、ただ表情筋が収縮し笑顔の形を作っているだけのようにすら見える。そんな不気味さをまとってはいるものの間違いなくメセキエザは楽しんでいた。

 彼女が思うに。きっと聖やセレスのように彼我の実力差を理解しながら立ち向かってくる、そんな不合理に出会えるはずだと。胸が躍るほどの期待感が彼女をより一層昂らせていた。



〇△〇△〇



「ウィスタリアくん! 良かった、無事なのね。良かった。本当に良かった……」


「おいおい、どうしてナースが泣くんだ」



 診療所では多くのマダガスカルの能力者たちがドクターに治療を受けており、ベッドだけでなく廊下にも布の切れ端を敷いて簡易的な病床としている。荒廃した街ではどうしても野戦病院のようになってしまうのだ。


 ナースは元々着ていた母国の伝統的衣装から仕事着のナース服に着替えていた。

 患者たちの容態を見て回りながらも、ウィスタリアとカペラが戻ってきたことには真っ先に気が付いた。そしてウィスタリアに勢いよく抱き着き、胸に顔を埋める。肩を震わせて涙を流し、良かった、良かった、と何度も嗚咽混じりに繰り返した。

 

 ウィスタリアはナースの大きく柔らかい胸がナース服越しに思い切り押し付けられ潰れて形が変わっているのを見て顔を真っ赤にし、視線を逸らす。なんだか直視しては申し訳ない気がした。

 そして逸らした先でウィスタリアの服の裾をつまんでいたカペラと目が合う。思い切りジト目。カペラは胸に手を当て、ペタペタと軽く叩いた。初対面時に小中学生に間違われたカペラの胸はとても十七歳のそれではない。


 

「……い、いやほら、白いワンピースにはそっちの方が似合うだろう?」



 ウィスタリアは泣きじゃくるナースの背中をさすって軽く抱きしめ返しながらもカペラには小声でフォローをする。器用にも二人同時に容姿端麗な女を相手するなど、さすがはネバードーン随一の要領の良い秀才である。


 訂正。器用でもなんでもないしフォローはできていなかった。カペラは短い脚でウィスタリアのふくらはぎの裏をを蹴飛ばした。



「……女の価値はおっぱいじゃない」



 この数週間カペラはナースにとても世話になった。彼女にとってナースは良き友人であり、また姉のような存在でもあった。そしてウィスタリアへの尊い想いも知っている。だからナースがウィスタリアに抱き着くことは何も問題ない。


 だがウィスタリアが照れるのは話が別だ。



(……いっそ大喜びで性欲大爆発でもしてくれたら素直に怒れるのに。そんな風に照れて顔を赤くして目を背けるって、まるで本気で好きみたい。……でもデートしたのはたぶん私が先だし。手も繋いだし)



 カペラは自分が嫉妬していることに気が付いていなかった。カペラから見てもナースは最高の女性だ。容姿や身体はもちろん、それ以上に聖女のような性格をしている。一人の友人としてカペラはナースのことが大好きなのだ。

 だから、ウィスタリアが本気でナースを好きになってしまうのではないかと怖くなった。

 取られると思ったのだ。カペラは少しでも自分の存在をアピールするようにウィスタリアの腕に抱き着き身体を預けた。


 両手に花。ウィスタリアは紫色の頭をガシガシかき、動きづらいがどうしたものかと贅沢な悩みに襲われていた。近くで包帯ぐるぐるになっている能力者たちがニヤニヤとこちらを見ているのがわかる。視線が痛い。あと恥ずかしい。



「ご、ごめんねウィスタリアくん。変なところ見せちゃったね」



 ナースはウィスタリアから離れるとナース服の袖で涙を拭った。



「あの黒いバケモノ。本当に強くて、怖くて。でも私、ウィスタリアくんが治めるこの国を守りたくて、でも全然歯が立たなくて、それで……。ウィスタリアくんが助けに来てくれたとき本当に嬉しかったの。だけどもしウィスタリアくんに何かあったらって思ったらやっぱり心配で、私、私……ごめんね。助けてもらった立場なのに身勝手だよね」


「そんなことはない。ここは俺の国だ。みんなが俺に勝ってくれって強く願ってくれたからこそ勝てたんだよ。これは俺だけの勝利じゃない。マダガスカル国民全員の勝利だ」



 ウィスタリアがナースの頭を撫でながらそう言うと、それを聞いた治療中の能力者たちから歓声が上がった。診療所の廊下に元気の良い叫び声が響き渡る。


 普段は戦いなんて縁のない生活をし能力を日々の営みに役立てていた者たちが、今回だけは自分たちの自由と第二の祖国を守るため立ち向かったのだ。

 その勇気は無駄ではなかった。他ならぬ大統領のウィスタリアがそう言ってくれることで、彼らは皆充分に報われた気がした。



「ウィスタリアくんとカペラちゃん、雨も降って大変だったでしょう? 今タオルと、それからカモミールティーでも淹れて持ってくるから。待ってて」



 そう言っていつもの落ち着きのある穏やかな笑顔を取り戻したナースは踵を返して病室へと向かった。



 そしてそのとき、眩い白い極光がウィスタリアの視界を覆い隠した。

 なんだか熱い。眼を開く。

 誰もいなかった。ナースも、ドクターも、治療されていた他の能力者も、誰もいなかった。

 さっきまでの歓声が嘘みたいに静かになった。


 というよりも診療所そのものがなくなっていた。いきなり屋外になっていた。

 風を遮る壁はなくなり太陽が直接ウィスタリアとカペラを照らしている。海風に乗って、ゴロリと何かが転がりウィスタリアの足にぶつかった。


 白い裾の切れ端はナース服だ。ナースの肘から先だけが転がってきたのだ。

 ウィスタリアを抱き締めていた、ナースの腕が。



「熱源反応、すなわち熱エネルギーの集合を感知したのだが、一撃で殲滅とはいかなかった」



 無機質な機械音声のような男の声が乾いた空気を震わせる。 

 さっきまで皆がいた場所はジュウゥゥゥゥゥと高熱で音を立ててドロドロに溶けている。

 人型のソイツは真白だった。紙粘土のような純白さ。さらに腕がグチュグチュと泡立って刃を伴った形に変形していく。



「あえてそちらの言語体系で名乗るなら、ジリオン。これより鏖殺の続きを開始する」

ナースが良い女な回:第333話

メセキエザと聖の邂逅:第193話~第197話

ジリオンとの戦闘:第271話~第283話


長すぎて筆者も読者の方々も登場人物やストーリー忘れてると思うので、今後も後書きに備忘録残していきます。

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