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第350話 レイニーブルー

(まあウィスタリアならたぶん大丈夫でしょ。……なんとなく、そう思う)


 カナリアと戦闘に入った紫髪の青年を横目にカペラは軽く息を吐いた。


 こんな風に誰かを信じるなんて。カペラはまた一つ新鮮な感情と出会った気がした。

 成果だけを求めて自分の力だけを信じ、無心に生きてきた。自分以外の人間の成功を信じるなんてしたことがなかった。


 この街での数週間の生活を通して色々な初めてを教えてもらった。

 自分らしく生きる晴れやかな図々しさも。誰かに無償の優しさを与えられる幸せも。そんな街の皆の力になりたいと心の内側から湧き上がるアガペーも。


 だからこそ、大切なマダガスカルの人たちや街並みを傷つけ破壊したこのバケモノどもが許せない。

 昨日まで多くの営みが呼吸していた街の建物は倒壊していて活力の影も形もなくなってしまった。風通しが良くなってしまった街を海風が吹き抜けてカペラの水色の髪や白いワンピースのスカートをヒラヒラと揺らす。



「まだ、そんなにいたんだ。一匹いたら百匹いると思え、だっけ」



 気圧で跪かせていた四体のメイオールの他、建物の陰から、サバンナの方から、海の方から、わらわらと害虫のように姿を現す。カナリアがウィスタリアと戦うにあたり呼び集めたのだろう。カペラを囲むように十、二十、三十、四十……と数を増やしていく。


 カペラの青い両眼が淡く光る。そして掌を天へと突きあげた。



「面倒だから、一気に片づける」



 赤道に近く太陽の光が直角に降り注ぐ灼熱のマダガスカルの空に灰色の雲がかかり始めた。

 太陽を覆い隠しあたり一帯が薄暗くなる。曇天は分厚くどんよりとした様子でカペラのはるか上空に集う。



「……私の圧力を操る能力で、真上の気圧だけ一気に下げた。超絶爆弾低気圧。空気は上昇気流に乗せられてどんどん冷えて、そして、水蒸気と混ざって雲になる」



 ポツポツと雨が降り始めた。ゆったりとした小雨だ。雨粒が地面に叩きつけられ水音のオーケストラを奏でる。


 天候不良などおかまいなしに大量のメイオールたちが一斉にカペラに襲い掛かった。

 二十人いたマダガスカルの能力者たちですら一体も倒せなかったメイオールが数十体。逃げる隙間もないほどびっしりと、そして自動車よりも速く、一撃で人命を奪う爪や尾を掲げて飛び掛かったのだ。



「……落ちろ」



 カペラはありったけの怒気と憎悪を込めて呟いた。すると、それまでメイオールたちの黒い金属のような表皮に水滴が叩きつけられ、地面に這い蹲った。



「私の半径五メートルの雨水の水圧はありったけ上げた。……これでも貫通しないって、あなたたちどんな素材でできてるの?」



 絶え間なく振り続ける雨。その一滴一滴が強烈な水圧となって、弾丸よりも重たく鋭くメイオールたちを抑え込む。立ち上がることはできない。雨は全身にあますことなく振ってくるし、延々と降り続けるため避けることも耐えることもできない。


 さながら全身を小さなハンマーで叩きつけられるような感覚。貫通こそしないものの、地面に縫い付けられたように動けなくなった。

 たしかにかつて聖皇──時任聖がいた世界の東京では自衛隊がアサルトライフルを連射しても傷一つつけることはできなかった。だが、もし同等の威力を持続的かつ広範囲にばらまき続けることができたら?


 気圧と水圧を繊細かつ豪快に操って生み出した雨水の暴力はたちまちにメイオールを鎮圧してしまった。



「……結構あっさり。あとはこいつらをどうやって行動不能にさせるかだけど、身体の丈夫さは私じゃどうしようもない……? 圧力を操って真空パックみたいな状態にしたらもしかしたら連行できるかも」



 地面に顔を押し付け動けないでいるメイオールたちを見渡してカペラはどうしたものかと頭を悩ませる。殺してしまってもいいが、何の生物かわからないこの生物にはおそらく研究価値がある。

 ネバードーン家の人間であるウィスタリアと親しくなってしまった自分が今更星詠機関(アステリズム)に戻れるとは思わないが、きっとあの組織ならこのバケモノの正体を突き止めてくれるかもしれない。


 平和のためならそれくらいの貢献はしてあげてもいい。カペラはこんなにも心に余裕があることが意外だった。組織内での功を焦って飛行機から飛び降りウィスタリアに突撃した数週間前の自分とは大違いだ。


 雨で濡れて白いワンピースが凹凸の少ないカペラの身体にべったりと張り付く。幼いが少しだけ女性らしさを帯び始めた第二次性徴期の身体のラインがうっすらと写し出された。

 ウィスタリアがカナリアを倒したらナースの家に戻ってシャワーを浴びよう。いや、ナースの家もバケモノたちのせいで壊されているんだっけ。


 そんなことに思考を巡らせているときだった。


 キュイィィィィィィン!!!! と鳥の鳴き声のような甲高い音が耳をつんざく。

 咄嗟に音をした方に目を向ければ、遠く離れた建物の瓦礫の山の上から一体のメイオールが口を大きく開けてこちらに照準を定めている。開いた口の前では青白い球体が渦巻きバチバチと電流に火花が散っている。


 そして最もカペラを驚かせたのは、そのメイオールは他の多くの同種と異なり、虫のような複眼が淡く青く発光していたことだった。



(青い眼……まさか二等級!? バケモノの中にも私たちみたいな能力者がいるの?)



 球体は一瞬にして肥大化しバランスボールほどの大きさになった。甲高い音はますます大きくなる。



(この音とあの見た目、たぶんプラズマ砲だ……)



 圧力を操る能力者であるカペラは自己の能力研究の中でプラズマの知識もある程度は備えている。曰く、超低気圧下で真空状態を作ることで人為的に生み出せること。そして、現代では大気圧プラズマという気圧がある状態でもプラズマを作り出す技術が存在していること。


 その相反する二つの技術をなまじ知っていたせいで、カペラの中で一秒にも満たない迷いが生じた。

 あのメイオールが放ったプラズマ砲はどっちだ、と。


 通常のプラズマなら自身の周りの気圧を制御して熱エネルギーを大気に逃がすことができる。逆に大気圧プラズマなら、気圧を極端に下げて真空状態を作れば散らすことができる。


 どっちもできる。ゆえに、迷った。


 ドンッ! と雷が轟くような音ともにメイオールの口からプラズマ砲が放たれる。

 銃弾よりも速く射出されてしまってはカペラと言えども反応できない。身体を丸焦げにされる己の姿が目に浮かぶ。冷や汗とともに、こんなつまらない怠慢で死ぬのかという後悔や恐怖が噴火するみたいに心の奥底から溢れ出す。


 しかし。放たれたプラズマ弾はカペラに当たることはなかった。雨の中、分厚いグレーの雲に向かって飛んでいき霧散する。

 メイオールが体勢を崩していたのだ。目を細め遠くから狙ってきたメイオールを見やると、地面に仰向けに倒れている。そしてそのメイオールに馬乗りになっている人影が見える。



「あの後ろ姿、もしかして……」



 カペラは自分で降らせた雨の下、足裏に発生する気圧を操り飛ぶように高速移動をする。泥がぴしゃりと跳ねて先ほどまでいた場所にクレーターができる。

 メイオールに馬乗りになっていたのはカペラもよく知る人物だった。


 カペラが今着ている白いワンピースを与えた店主。ウィスタリアからはおっちゃんと呼ばれ街の者からも慕われていた三等級の能力者が、紫色の両眼を淡く光らせていた。

 その手には細い金属の棒──というより巨大な針──が握られており、メイオールの眼球に目掛けて針を突き立てようとしていた。


 その手首をカペラが後ろから掴む。仰向けになっているメイオールはカペラによって気圧を操られ真空状態にされ、死にかけたカナブンのように手足をぴくぴくと動かすのみだった。



「……大丈夫。おじさんがその手を汚す必要はない」


「俺はもう能力を人殺しには使わないと決めていたんだ。そういう血生臭いことからは足を洗ったからな。だから街の皆が団結してこのバケモノに挑んでいるときも傍観に徹していた。だけど……だけどこいつは、カペラちゃんを狙いやがった!」



 カペラは知っている。きっと彼は自分に娘を重ね合わせていると。娘のお古である白いワンピースが余計にそう幻視させてしまっているだろうことも。



「ねえおじさん、おじさんの能力は何?」


「どうしたんだよ突然。俺の能力は暗器。殺しのために必要なものが念じれば現れる。今もこうしてカペラちゃんを狙ったバケモノを殺すための刃物が……」



 カペラは無言で首を振る。彼女の降らせた冷たい雨が手を伝い、彼の握りしめているものへと視線を寄せる。



「それ、武器じゃない。針。おじさんはもう殺しなんてする必要はないし、したくもない。家族のことが大好きで、意外と服飾が得意で、街でブティックの店長をしているただのお父さんなんだから」



 ぼとり、と一メートルはあろうかという針が地面に落ちる。カペラは両手で彼の手を包んだ。



「こいつらをやっつけるのは、私と、ウィスタリアの仕事。だから大丈夫。おじさんはおじさんの人生を生きて。殺しなんてしないでいい、そういう温かい人生を」



 カペラはこの言葉を、彼だけに言っているわけではない。

 この街の全ての人たちに捧げるように口をついて出ていたのだ。マダガスカルはウィスタリアの統治の下、星詠機関(アステリズム)ともネバードーン財団とも関係を持たず、大日本皇国やロシア帝国のように軍事組織へ組み込まれることもなく、誰もが非能力者と共存していた。

 能力を生活や仕事に活かして暮らしていた。


 彼らが愛国心のために黒いバケモノに立ち向かうことはたしかに尊い。ブティック店主が娘の面影を自分に重ね合わせ、怒ってくれたのも嬉しくないわけではない。

 だが、しかし。


 カペラは己の能力を彼らがもう戦わなくていいように使いたかった。

 ナースが言っていた。能力者の人数はおおよそ難病指定を受けている患者の数と割合は同じくらいだと。別に能力者を病気だと言うわけでは決してないが、能力を持っているからといって戦わなければならないというのは呪いだと思う。



「私は今まで、親の期待に応えるために成果だけを追い求めてきた。親元から離れても、成果だけが自分を確立するものだと思っていた。だけど、違う。誰かのためっていう気持ちはそんな暗くて重苦しいものじゃない。マダガスカルの人たちには戦いなんて関係のない平和な世界で生きていてほしいっていう、願いだけが今の私の原動力になっている。そしてそれは、きっと彼も……」



 カペラはウィスタリアへと熱いまなざしを向ける。診療所に退避したドクターやナース、それ以外のマダガスカルの人々も、降りしきる昏い雨空を見上げてウィスタリアの勝利を祈っていた。

9月もめちゃくちゃ体調壊してました。今月から投稿が頑張りますのでよろしくお願いします。

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