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第35話 ボクよりも弱いのに

 パチン!


 英雄に触れようと腕を伸ばしたナツキの手は、しかし微笑む英雄に弾かれた。

 まさか拒絶されると思わなかったナツキは弾かれた勢いで尻もちをつく。



「え……?」


「黄昏くんは何言ってるんだろ。まさかボクのことを心配していたの? ボクよりも弱いのに?」



 地面にへたりこみ手をつくナツキの下にスピカが駆け寄った。しゃがんだ姿勢のまま、英雄を一瞥した後やせこけた男の方を睨み上げる。



「やっぱりあなただったのね。グリーナー・ネバードーン」



 グリーナーは無言でスピカたちを見つめている。返事はない。英雄はムッとしてスピカに言った。



「ねえねえ、誰なの? ボクの黄昏くんに触らないでよ。黄昏くんにはボクだけがいればいいの。だってボクは」



 ──黄昏くんの友達なんだから


 言葉がこぼれるやいなや、英雄はその華奢で細い身体からは想像できないほどの速度でしゃがんでいるスピカの顔めがけて地面に平行な蹴りを放った。……英雄の眼は青い。


 スピカも応戦しようと青い眼に淡く光の灯す。しかしそれよりも早くナツキがスピカを庇うように間に割って入った。



「がはッ!」



 ロケットのような速度でナツキは飛んでいき、工場の入口をぶち破り中まで進んでようやく止まった。スピカが初めて訪れたとき手を汚した、あの大きな大きな扉だ。

 英雄も歩いて工場の中へと入っていく。



「アカツキ!!」



 スピカが金切声の悲鳴を上げて助けに向かおうとするが、グリーナーが片腕を出して制する。



「我としては『成果』に二人同時に相手取ってもらっても構わない……。しかし奴と二人きりになることが『成果』たっての願いでな。叶えなければ舌を噛むとまで言われた。あのお方にお目見えする前に死なれては我が困る」


「あのお方、ね……。ブラッケスト・ネバードーンはただの戦闘狂、いいえ、闘争狂よ。あなたがどうしてあんな男に入れ込んでいたのか私は十年前から不思議だったわ」



 グリーナーの眼もうっすらと青い光を帯びる。



「貴様。そう、貴様……。我は貴様を知っている。貴様は……そうか、そういうことか! 貴様を殺せばあのお方はきっと我をお認めになってくださる!!!!」



 やっぱりそうなるか、とスピカは溜息をつく。犯人の正体にあたりをつけていた時点でこうなることは予測できていた。

 それがネバードーン財団の、ブラッケスト・ネバードーンという男の血を引く者の宿命。



「さっさとあなたを片付けてアカツキを助けに行きたいの。だから最初からフルスロットルで行くわよ」



〇△〇△〇



「おーい、黄昏くん。大丈夫? ごめんね。大切な友達をぶつつもりはなかったんだ」


「くっ……」



 口の中を切ったナツキは血を垂らしながら立ち上がり、工場の入口にいる英雄を見据えた。

 この妙な動きには覚えがあった。ナツキが思い出すのは昨日のフード男。とても人体の物理的作用とは思えない運動能力や馬力だ。



「黄昏くんは立ち上がらなくたっていいんだよ。黄昏くんはもう頑張る必要ないんだ。ボクが一生守ってあげる。一生お世話してあげる。ボクの大好きな黄昏くん。あぁ、かっこよくて優しいボクだけの王子様。黄昏くんは何もしないでいいの。だってね、もうボクの方が強いんだから」



 バチッ、バチバチッ、と英雄の周囲で青白い電撃が舞う。気持ちよさそうに、ゆっくりと、にっこりと、英雄は笑っていた。暗い工場内が昼のように明るくなる。

 それをナツキが立ち上がりながら目視し脳で理解したそのときだった。



「縮地って言ってたっけ? 黄昏くんがボクを守るために使った技、ボクも使えるようになったよ」



 英雄は両手をナツキの胸に触れ、寄り添うように体重を預けていた。

 ナツキは驚愕のあまり思考がフリーズする。



(工場の入口にいる英雄と奥まで吹き飛ばされた俺との間には、十メートルは距離があった。それを一瞬で……)



 英雄は青い瞳で上目遣いを送った。



「ねえ黄昏くん、ボクの方が強いんだから黄昏くんはなーんにもしなくていいんだよ。不良でも学校の先生でも、どんな相手からもボクが黄昏くんを守ってあげるからね。だから弱い黄昏くんは寝ていていいんだ」



 言い終えるや否や、ナツキの全身に高圧電流がながれる。

 絶叫するナツキを見ても英雄は幸せそうに眺めるだけだった。



「ぐああああああああああああああ」


「ふふ、これがボクの能力だよ。黄昏くんが倒した六等級やあの泥棒猫が倒したっていう四等級みたいな失敗作とは違う。ボクはたった一人の二等級という成功例で、あいつらの完全に上位互換なんだから」



 全身から煙を上げながらナツキは仰向けに倒れる。

 英雄がタクトのように軽く腕を振るうと、工場の奥から二本の鉄杭が飛んできた。スピカが戦った学ランの男と同じ磁力操作の能力である。鉄杭は倒れるナツキの身体を固定するように彼が着ているローブコートを床に縫い付けた。


 両腕を真横に広げたまま転がって身動きが取れないナツキは磔にされた宗教画を思わせる。そんな彼の下半身に英雄が跨り馬乗りになった。



「前に黄昏くんボクのことかわいいって言ってくれたよね。ふふ、とっても嬉しかったなぁ。無力な黄昏くんはじっとしていればいいの。ボクでよければいくらでも弱い弱い黄昏くんのことを気持ち良くしてあげるからね……」



 ナツキの服を脱がそうと英雄がナツキの服の裾に手をかけた。

 二人の上半身は当然近づいている。

 それを利用して、ナツキは思い切り自身の額を英雄にぶつけた。


 脳を揺さぶられた英雄は女子とまったく区別がつかないほどの高い声でかわいい悲鳴を上げてのけぞる。その隙を見逃すナツキではない。

 寝転がったまま体育座りのように下半身だけ折り畳み、助走をつけて両足を伸ばす勢いで英雄の鳩尾を蹴り上げた。

 その勢いを利用し、鉄杭で床に縫い付けられたローブコートを裂きながらナツキも強引に立ち上がる。また二人は数メートルの距離でにらみ合う構図となった。


 真っ赤に晴れた額をさすりながら蕩けるような視線をナツキに向けて言う。



「いてて……。ボクの方が強いのにやり返されちゃったよ。ダメダメだね。これじゃあ黄昏くんを守れない」



 流された高圧電量のせいだろうか、ほどけかけたナツキの左腕の包帯は先の方が黒く焦げ、煤でところどころ汚れてしまっていた。破れて風通しがよくなったローブコートと包帯が工場の入口から吹き込む空気ではためく。


 再び英雄の周りに青白い電撃が散りばめられる。ナツキへの昂り溢れる気持ちが能力の発露として世界に顕現しているのだった。

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