第348話 紫電
ナースは先ほどカナリアを念動力者だと判断した。口ぶりからしてメイオールを操っているようだったし、現に自分は地面に落ちていた刀の破片に襲われた。
遠方にある物体を動かす能力は基本的に念動力だろう。おそらく数多ある能力の中でも最も普遍的で、等級の大小を問わず同系統の能力者はナース自身何人も心当たりがある。
もちろん、たとえば金属を操る能力なら刃物を動かすこともできるだろうし、風や空気を操る能力、衝撃波を放つ能力などなど、遠方の物体を動かす能力自体は複数存在する。
だがナースの見立てでは折れた刀の破片が見せた人為的な軌道は人の思考によりもたらされたものだった。自分自身が物体を動かすときに見る軌道とよく似ていたのでそのように判断したのだ。
──そして、ナースの予測はまったくもって外れていた。
「さあ、わたくしを守りなさいな! 愛しなさいな!」
カナリアが手にしていた扇を閉じてタクトのように振るう。するとドドド……という足音が徐々に大きくなりながら近づいてきた。
そうしてものの数秒でずらりと数十体のメイオールがカペラとウィスタリアを取り囲む。
それだけではない。街の崩れた廃材、ガラス片、レンガやコンクリート、地面に大量に散らばった折れた刀。それらがブルブルと振動したかと思ったのも束の間、磁力で引かれるかのように一点に集約されていく。
それらは集合し、立体パズルを組みながら段々と人の形を成していく。五メートル近い巨人の、という但し書きがつくが。
「カペラ、黒いバケモノの方は任せてもいいか? 俺の能力は大人数を相手にするのはあまり向かない。逆にカペラは得意だろ?」
「了解。……あいつ、カナリア・ネバードーン。一応星詠機関的には逮捕しないといけないんだけど。今回はウィスタリアに譲ったげる。でも気を付けて。あいつの能力は正体がよくわからない」
「ああ、その点は大丈夫だ。あいつの能力なら昔からよく知ってるよ。あいつ嫌味ったらしく俺のことお兄様って呼んでたけど、たぶん実年齢ほぼ同じなんだよなぁ」
ウィスタリアはネバードーンの本家である|人類永久居住不可能地域にいた日々をぼんやりと思い出した。序列としてはクリムゾン、シアンに次ぐ位置にいたウィスタリア。そしてカナリアはウィスタリアの一個下の序列だ。
ブラッケストの選ばれし子供が三十名近いことを思えば互いに充分に優秀である。
「ま、とにかく心配してくれてありがとな。俺の背中は預ける」
「……ん。別に、心配とかそういうのじゃないから」
ウィスタリアはカペラの頭にぽんと手を置き青空のような水色の髪をくしゃくしゃと撫でた。カペラは目を逸らし顔を赤くして苦し紛れの言い訳をする。
二人は背中合わせに立った。ウィスタリアはカナリアを。カペラは大量のメイオールを。それぞれに睨みつける。
せーのと声を掛け合うまでもなく、二人はまったく同じタイミングで互いに敵陣へと突っ込んだ。
〇△〇△〇
(あいつの能力は念動力なんかじゃない。その正体は、物体に命を宿し、自分の思い通りにさせる能力。我が親族ながらつくづく横柄で傲慢なむかつく能力だな)
カナリアは能力で生み出した人型のそれをいつも騎士と呼ぶ。カナリアはただ周辺にある様々なオブジェクトに命を宿し、『わたくしを守って』とお願いするだけだ。
そして木材が、金属が、石が、布が、それらの無機物すべてが自由意思によってカナリアを守るための挙動を見せる。それが騎士というカナリア理想の形で毎回結実しているというわけである。
カナリアがマニュアル操作することもできるが、そんなことをしなくともオートマチックに動いて外敵を排除する。いつも偉ぶっているカナリアに随分とお似合いの能力なのだ。
早速、カナリアの騎士がのそりと歩を進めてウィスタリアを潰しにかかる。レンガで構成された掌がウィスタリアの頭上から振り下ろされた。
ウィスタリアは誰がスタンプになるものかと地面を転がって回避。紫色の髪に土がついて汚れるが構っている場合ではない。右手で落ちていた折れた刀をひったくり紫色の両眼を淡く光らせる。
「進化・上位互換。壊れた剣を、無傷の剣へ」
右手の中で光を放ち刃が半ばから折れて柄だけになっていた刀から刃が生えた。
そしてカナリアの騎士へと斬りかかる。様々なオブジェクトが継ぎ接ぎだらけにくっついているだけなので隙間自体は多くある。そこに刃を横滑りさせるのだ。
ちょうどウィスタリアを潰すために片手をついている。ウィスタリアは騎士の肩を逆袈裟に斬り上げた。
ゴトリ、と腕を構成していた木材が、レンガが、鉄筋が地面に落下した。だがカナリアの能力はゴーレムを生み出すものではない。物体に命を宿し思い通りにさせる能力だ。まだオブジェクトは生きている。カナリアが放った外敵排除の命令も生きている。
落下した腕は大蛇のようにクネクネと地面を這い、反動をつけて跳ねるようにしてウィスタリアへと飛び掛かった。
「クソッ! 本当に厄介で嫌らしい能力だなカナリア! 進化・上位互換、ただの剣を、命を刈り取る魔剣に! その名をティルヴィング!」
ウィスタリアの右手に握られた刀が紫色に強く発光する。邪悪な闇を思わせるオーラが噴出し、刀は切っ先から順に姿を変えていった。
銀色の刀身は漆黒に。柄まで黒く染まる。そして片刃から両刃に変化し、刀身の側面には黄金のルーン文字がいくつも刻まれていた。
ティルヴィングとはデンマークに伝わる北欧神話の魔剣だ。ひとたび抜けば必ず誰かの命を奪うと言われた呪いの魔剣。ウィスタリアは漆黒に染まった西洋剣を真上から真下へ、真っすぐに振り下ろす。
生き物のように襲い掛かった騎士の腕はティルヴィングで真っ二つにされると再び地面に落下した。今度はもう動かない。カナリアは命を宿すことで支配下に置くので命そのものを奪ってしまえば動くことはないのだ。
と同時、バリン! と甲高い音とともにティルヴィングは粉々に砕け散った。
「壊れた剣をただの剣に。ここまでの上位互換化は俺の能力の範疇だが……。さすがに二重で上位互換を付与すると一回が限度だな」
以前、椅子から車椅子を作ってカペラを乗せたことがあった。丘の上を目指したときに電動にできないかとカペラから提案されたが断ったのはすぐに砕け散ることがわかっていたためだ。今回の魔剣ティルヴィングのように。
ウィスタリアはカナリアをぶん殴る前にまずこの邪魔な騎士を破壊する気でいた。その方が彼女の心を折るのに便利だと思ったからだ。
アイツは少し殴ったくらいで負けを認める女ではない。能力を真っ向から否定して完膚なきまでに叩き潰さないと何度でも立ち上がってくる。カナリアはプライドの塊だと知る親族のウィスタリアだからこそ彼女のことを正しく理解していた。
ウィスタリアは片腕になりフラつく騎士の隙を見逃さない。姿勢を低くして走り込み騎士の胴体へと接近。そして胸のあたりを構成する鉄筋のパーツに左手で触れる。
「退化・下位互換、鉄を、鉄イオンに」
ウィスタリアの紫色の瞳が再び淡く光る。まじないを唱えるように慎重に口にしたのは、中学生でもわかる非常にシンプルな内容だ。鉄は電子を失った陽イオンの状態へ退化し、鉄が鉄としての形を失っていく。
鉄イオンは陽イオン、プラスの電荷を持つ。すなわち、イオン化によって同じだけのマイナスの電荷の電子が放出される。
ウィスタリアは騎士の胴体の鉄のパーツを打ち崩そうとしたのではない。狙いは別にある。
バチバチバチバチッッッ!!! と行き場を失った大量の電子が放電しスパークした。
紫色の電撃──紫電が騎士の身体を内側から破壊し、焦がし、弾き飛ばす。四方八方に散らばる紫電はまるで藤の花を思わせる。
「なあカナリア。親族のよしみで選ばせてやる。何度も騎士様とやらを能力で生み出してその度に俺に全て破壊され続けるか。それともここで正々堂々タイマンを張るか。お前の無駄に高いプライドはどうしたいと言っている?」
「……いちいち鼻につく言い方をしますわね。あなたのそういうとこと十年前から大ッ嫌いでしたわ! いいでしょう。それならこのわたくしが直々に手を下して差し上げます。ですわ」
文系作者のガバガバサイエンスです。大目に見てください。