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第344話 星を爆発させる木

「うわぁ……すごい! 高い! こんな植物が地球に存在するなんて知らなかった」


「そうだろう。そうだろう。なんせこの国唯一の観光地だからな!」



 そんな得意げに言うことでもないだろうに。ウィスタリアは胸を張ってカペラにドヤ顔を晒す。カペラはそれを軽くあしらいバオバブの木の幹の下に来ていた。

 全長三十メートル。カペラの身長の二十倍以上の高さの木がたくさん生えているだけでも圧巻なのに、幹は白くすべすべで凹凸がまったくない。歪みなく空へと真っ直ぐにのびていて太さも均一だ。


 カペラは両手を広げて幹に抱き着くが背丈の小さい彼女の腕では到底足りない。幹の太さは十メートル弱ある。そして幹に枝はなく、先端にブロッコリーのようにワサワサと葉が丸く集まって茂っている。

 まるでアフロの巨人に見下ろされているような不気味な気分になったカペラは幹から離れるとそそくさとウィスタリアの隣に立ち彼の服の裾をつまんだ。



「すごいし不思議だけど……ちょっと不気味。怖い」


「カペラ、星の王子様って知ってるか?」


「サン=テグジュペリでしょ。さすがに知ってる」



 そういえばコイツは親が厳しい箱入り娘のお嬢様だったな、とウィスタリアは思い出した。一般教養として読んでいてもおかしくはない。



「じゃあ、マダガスカルでは神秘の木だなんて言われてるバオバブの木だが、星の王子様で何て呼ばれてるかは知ってるか?」


「……」



 カペラはウィスタリアの後ろに隠れながらバオバブの木を見上げる。のっそりと立ち尽くしこちらを見下ろす不気味な姿はとても地球の植物だとは思えない。このまま踏み潰されてしまいそうだ。

 すごく嫌な気持ちになる。カペラはその嫌悪感をそのままウィスタリアに伝えた。

 ウィスタリアは笑いながら『考え方は近いな』と答えた。



「正解は『星を爆発させる木』だ。俺も正確な内容は曖昧だがたしかこんなフレーズがある。『小さいときはバラによく似ているが、バラではないとわかった瞬間に引っこ抜かないといけない。もしも一本でもバオバブが残ってしまったら、もう取り除くことはできなくて星の全てに蔓延り、最後は根っこで星に穴を開けるんだ』ってな」


「やっぱり悪い木なんだ……どうする? 全部吹き飛ばす?」


「やめろやめろ、二等級の能力者が言うと冗談に聞こえん。ここは数少ないうちの観光地って言っただろう。どんだけバオバブ嫌いなんだよ」


「だって怖い。ウィスタリア最低。私を怖がらせるために連れて来たんでしょ。あほ。ひとでなし。ウィスタリア」


「おい、罵詈雑言の中にさらっと俺の名前を混ぜるな!」



 ウィスタリアにひしっと抱き着くカペラ。二人にはかなり身長差があるのでカペラはちょうどウィスタリアの肋骨のあたりに身体を押し付けている格好だ。……といっても、当たる胸もないので特に興奮はしないのだが。

 しかし、とウィスタリアは怖がっているカペラを眺めて思う。



「カペラも怖がることがあるんだな。その方がいつもの辛辣な態度よりもいじらしてく可愛いぞ」


「だっておじさんの白いワンピースを着てるから……」


「違う違う。格好の話じゃない。なんというか、今のお前の感じ。喋り方とか表情とか、すごく可愛い、と思う。たぶん」


「たぶんって何それ」



 カペラは言い返しているが、本当はただの照れ隠しだった。顔が赤らむのを隠せない。ブティックでワンピースを着たときに言われた『可愛い』よりも一人の人間として向けられる『可愛い』の方が、胸の奥のあたりが熱くなりドクンドクンと脈打つ音が聞こえてくる。


 ウィスタリアもまさか自分がここまで思っていることをペラペラと口にしてしまう人間だと思わなかった。それほどカペラの姿が愛らしく思えて仕方なかったのだ。

 二人の間に妙な沈黙が流れる。お互いに照れてしまって言葉が出てこない。

 最初に静寂を破ったのはカペラだった。



「そ、それにしても。星を爆発させるなんて物騒。そんなの二等級の能力者でも簡単じゃない」


「そうだな。星の敵、まるでエイリアンだ。まあ昔の人にはそれだけバオバブが気味悪く見えたんだろう。どう見ても地球の植物じゃないからなコレ」


「そういえば、シリウスが言ってた。星の敵は根絶やしにしないといけないって。一匹残らず殺し尽くして地球の土を踏ませるわけにはいかないって。あれって、バオバブのことだったのかな」


「シリウスって星詠機関(アステリズム)のトップだろ。物騒なヤツなんだな。俺なんて星詠機関(アステリズム)からしたら星の敵だろうから、きっとすぐに逮捕されるに違いない」


「……それ、嫌味?」


「まさか。あのとき俺がカペラに捕まらなかったからこそ俺とお前の出会いがあって、カペラには今日まで数週間のここでの生活があって、今この瞬間二人でぶらぶらデートする機会があるんだ。逮捕されなくてよかったと本気で思ってるよ。さすがは俺だな」


「最後に自慢になるのむかつく」



 カペラはウィスタリアの脇腹をツンツンと突っついた。くすぐったくて笑いが止まらなくなりカペラの頭を押さえてやめさせようとする。そうやってじゃれているとき、ウィスタリアはふと冷静に自分の発言を振り返った。



(出会えて、デートできてよかったって言ったよな、俺。……これほとんど告白じゃないか?)



 カペラのことを異性として好きだと意識したことはない。それどころかドクターとも酒の席で話したように妹のように思っていたのだ。だが、きっと心の奥底で自分はカペラのことを……。



「なあ、カペ……」



 改めてカペラへの想いをゆっくりと言葉にして紡ぎたい。そう思っておもむろに口を開いたそのときだった。



「ハァ、ハァ、ハァ、やっと追いついた……! ウィスタリア、街が……街が、いいやこの国が大変なんだ! すぐに来てくれ! このままだと皆ヤツらに殺される!!」



 ここまで全速力で走って来たのだろう。息を切らし玉のような汗をかいた親友は転がるように地面に倒れ込むと真っ青な顔つきでウィスタリアに告げた。

 そこに普段の、カペラに赤いチューリップをプレゼントしたときのようなキザったらしい雰囲気はない。


 ウィスタリアは並々ならぬ異常事態が発生していることを親友の様子からすぐに察知した。事情は聞かない。聞く時間がもったいないし、聞く必要もない。



「わかった」



 少女への恋を自覚した青年の甘酸っぱく青臭い表情から、一国の為政者たる大統領の顔つきへと一瞬で切り替わる。

 親友がここまで焦って自分に救援を頼んでいるのだ。どんな事情であれ駆けつけてやる。ゆえに、事情を聞く必要はない。


 時間が惜しい。すぐにでも街を戻らないといけない。

 バオバブ並木の道で踵を返すウィスタリア。彼の背に『待って』と声がかかる。



「カペラ、悪いがデートはおしまいだ。どうやら俺にはやるべきことがあるみたいでな」


「私も行く」


「いや、これは俺がやるべき……」


「自由」



 カペラの力強い言葉がウィスタリアを遮る。



「私が誰のために戦おうと、誰とともに戦おうと、それは私の自由。何にも縛られず、何の成果も要求されず、私は私の気持ちに正直に生きていい。そう教えてくれたのはウィスタリア。……私は、ウィスタリアと一緒に戦いたい。この国の人たちを守るために戦いたい。それは私の自由。そうでしょ?」


「……カペラの圧力を操る能力。前に丘の上から俺ごと跳び上がったことがあったよな? あれを垂直方向ではなく水平方向に行えば街に戻る時間を短縮できるはずだ。頼めるか?」


「任せて」



 あのときと同じ。カペラはウィスタリアの手を取る。

 一つだけ違う点があるとすれば。カペラが指を絡めるようにしてウィスタリアの手を握ったことだろうか。


 カペラの青い両眼が淡く光る。圧力を操る能力によって周囲の大気圧が繊細にコントロールされ、瞬間的に爆弾低気圧と高気圧の気圧差が生じる。疑似的な風の発生だ。

 それに加え、地面を蹴るときにわずかに足裏から大地に対して発生する圧力も増幅させていく。


 風よりも速く二人は跳んだ。飛んだ。翔んだ。

 星の敵はもう、すぐそばだ。

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