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第343話 恩を返すのだって自由

 人間とて黙って死屍累々を積み上げ続けるわけではない。

 海沿いの街は既に落ち、数百の人名が呆気なく絶たれた。メイオールは隠れる人々も容易く見つけ出し殺戮の限りを尽くしていっていた。


 しかし多くのメイオールの中で内側の街へと進むのは全体の一割程度だった。

 他の九割はマダガスカルの島を取り囲むように散っていたのだ。この知性的で戦術的な動きはカナリアの指示である。


 そして不幸中の幸いはこの国の中心的な街が比較的内陸部にあったこと、さらにはは異常への察知が早かったことだろう。



「フランチェスコ! アブドーラ! ハムザ! お前たちの能力ならあのバケモノとも戦えるだろう! それ以外のやつらは子どもたちを内地側に逃がすんだ! 特に無能力者と非戦闘系の能力者は無茶だけはするなよ! 避難が最優先だ。命を大事にってな!」



 橙色の眼をした男が街の住人に怒鳴り散らした。以前カペラに赤いチューリップをプレゼントした男だ。日頃からキザったらしい言動をしていて軟派な男だと思われていたが、そこはあのウィスタリアの親友だけあって、いざというときのリーダーシップは心得ている。


 この街にはそれなりに戦える能力者もいる。彼らには前線に立ってもらい、あの不気味な黒い怪物と戦ってもらう。

 勝てるかどうか? そんなものは知らない。今はただそれが最も確率の高い判断と思っただけだ。この街には無能力者も幼い子供もか弱い老人も大勢住んでいる。まずは彼らを逃がす。



「いいかお前ら! バケモノどもは海岸方面から押し寄せてきている! それと図体がでかい! 脚も速い! できるだけ内陸部に、できるだけ狭い道や遮蔽物がある道を通るんだ!」


「おい、お前はどうするんだ!?」


「私だってこの国の、この街の民だ。マダガスカルの自由を守るためなら……いいやそれだけじゃないな。アイツが治めるこの土地を守るためなら、命を張って戦ってやる!」



 メイオールがざっと四体。手には海岸沿いの街で殺害した人間の生首がある。髪の毛を持ち手にされていて首の断面からはまだ新鮮な血液が滴り落ちている。

 連中はそうすることで他の人間に対しても一定の恐怖心を与える効果があると分かっているのだ。


 メイオールはドン! と大地を蹴って走り出すと、逃げ惑うを人々の波へと飛び込もうとした。

 だが、メイオールの身体は光るロープにぐるぐるに巻かれて地面に叩きつけられる。


 先ほどアブドーラと呼ばれたアラビア系の中年の男はロープを操り、地面を転がるメイオールを手繰り寄せる。そしてハムザと呼ばれた彫の深い青年が大地に両手を当てると地面から針の(むしろ)のように剣や槍が数多生えていく。

 二人とも紫色の両眼を淡く光らせていた。三等級の能力者である。


 そしてフランチェスコと呼ばれたイタリア系の背の低い老人がパントマイムのような動きをすると目の前に巨大な半透明の壁が現れた。それを他のメイオールたちに向けて『エイヤァァァ!』と叫びながら放ち三体のメイオールがまとめて数メートル吹き飛んだ。


間髪を入れずにフランチェスコは意気込むキザな男を叱り飛ばす。



「阿保! 六等級の能力者がいても足手まといになるだけじゃ! 友だというのなら、さっさとヤツを呼んでこんか!」



 たしかに能力は弱い。カペラにチューリップをあげたのだって、胸の内ポケットに仕込んでいたものを転移させただけ。射程圏内十五センチメートルで重たいものや大きいものは動かせない欠陥だらけの空間転移能力である。


 そんなひ弱な手札でメイオールと戦えるわけがない。はっと我に返る。この国にとって最良な選択は何か。勝率が高いのは何か。ここで意地を通して自分が戦い犬死することではない。

 運悪くカペラと観光に行ってしまっているウィスタリアを連れて来ることだ。



「……わかった。私は私のできることをやろう! お前たち、絶対に死ぬんじゃないぞ!」



 そう言って背を向けて走り出す。アブドーラもハムザもフランチェスコもそれでいいと深く頷いた。

 

 光のロープで動きを封じて大地から生えた剣と槍の山に襲われたメイオールは、何事もないように素足のまま槍の穂先に立っている。

 フランチェスコが弾き飛ばしたメイオールたちもまったくの無傷で立ち上がった。


 三等級の能力者とは武装した軍人や一流の格闘家と一対一で戦ったときに優位に立てる程度の者から、一国の軍隊とも戦える者も中にはいる。決してこの三人も弱くはない。だが、三人ではメイオール四体に対して力不足だった。

 

 ただそれはあくまで三人ならの話。



「俺も手伝おう。この国には世話になったからな。それに大事な店も構えちまっている。それを壊されるわけにはいかないよなぁ」



 かつて娘が着ていた白いワンピースをカペラに譲ったブティック店主の男が三人の横に並び立つ。



「店を構えたのはあたしだって同じさ! あたしらマダガスカル国民の底力をバケモノどもに()()てやろうじゃないか! 店だけにね。ガッハッハッ!」



 カペラとウィスタリアが一緒にタコスを食べた店の恰幅の良い中年女性店主が並ぶ。



「俺だって!」


「私も!」


「ウィスタリアが来るまでの時間稼ぎくらにはなるはずだ!」


「ああ、そうさ、あんな気色悪ぃやつらに大事な国を、俺の第二の故郷を壊されてたまるか!」


「そうだ! そうだ!」



 露店でケバブに炎を吹きかけていたコック姿の男が。ナイフを生み出す八百屋の店主が。宙に浮いて作業していた大工が。腕が翼になっている青年が。


 非戦闘系の者も含め街のほとんどの能力者は逃げずに戻ってきていた。アブドーラは呆れた顔で呟く。



「お前たち、アイツに逃げろって言われてたろ」


「ああそうだな。だけどアイツの言葉で奮い立ったんだ。普段はキザなくせにこういうときだけは格好つけやがるんだから……。いいか? 俺たちは皆ウィスタリアが受け入れてくれたからここにいる。能力者という異端でありながら自由に暮らせていたんだ。星詠機関(アステリズム)に服従するでもなく、ネバードーン財団に利用されるでもない。俺たちが俺たちらしく生きて、無能力者とも同じように人らしく暮らせた。そんなアイツが作ったこの国を俺も守りたいんだ!」



 そうだそうだ! と能力者たちから声が上がる。誰もが戦闘系の能力を持っているわけではない。短剣や猟銃を手にしている者、鉄パイプのような廃材を握りしめる者、中にはフライパンを構えている者すらいる。

 

 能力者として覚醒してしまったことが幸福なのか不幸なのかはわからない。だが、一つたしかなのはウィスタリアは自分たちの能力という個性を受け入れ、そして特別視することなく接してくれたことである。自由に自分らしく生きることを肯定してくれた。

 だったら。



「俺たちは自由の国マダガスカルの国民だ! ウィスタリアの野郎にだって恩がある。その恩を返すのだって俺たちの自由だよなァ!?」



 能力者たちは大地が震えるほどの雄叫びをあげた。

 その様子を見てメイオールの一体は歯をカタカタと鳴らす。弱者が群れているのを小馬鹿にしているような、そんな本能的な悪意を感じるほどの意地の悪い音だった。


 メイオールが足元の槍を握ると根本からべキリと折れた。中途半端な長さで折れたそれを槍投げの要領でブン! と能力者たちの群衆に向けて放る。

 しかし、それは彼らに当たる直前にピタリと動きを止めた。



「……私としては、ウィスタリアくんには逃げてほしい。こんなバケモノと戦って夢を(つい)えさせていいような人間じゃないんだから。でもね。私はこうも思う。ウィスタリアくんはきっとこの国を守るだろうなって。口では私たちにも軽口を吐くけど、本当は誰よりも他人に優しい人だから。マダガスカルのために戦う私たちのために、あの人は戦ってしまう。……だったら、私があの人のためにできるのは命を懸けてでも今のうちにバケモノの数を削っておくことだけ!」



 ナースがサイコキネシスの能力でメイオールの槍の投擲を空中で止めていたのだ。それどころか、地面に生えていた剣や槍の山を全て操り、それらは一斉にメイオールたちへと襲い掛かる。

 ナースの力強く、それでいて慈愛の籠った言葉が開戦の引き金となった。大勢の能力者たちが武器を取り、両眼を淡く光らせ、各々の能力を発動させる。


 メイオール四体に対して、三等級以下の能力者およそ四十名。比率にして十倍。

 それでもなお人間の不利には変わらない。だがマダガスカルの民は死ぬかもしれないとわかっていても決して止まることはない。

 

 誰も彼も異なる出自を持ち、国籍も年齢も宗教も違う。それでも彼らはウィスタリアへの感謝という共通の想いで強固に繋がっていた。大統領という最高の友人が治めるこの国を守るために立ち向かう。その眼には一切の曇りも迷いもありはしなかった。

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