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第342話 ヒューマンジュース

 うんしょ、うんしょ、と幼い少女は麻袋いっぱいに入った野菜を抱えて歩く。カブ、トウモロコシ、キャッサバなどなど。どれも近くの畑で分けてもらったものだ。


 マダガスカルでは到底食べきれないほどの野菜を収穫できるので、こうして近所に配ることがままある。捨てるよりはよっぽどマシだという考えだ。

 中には土壌に干渉する能力を持った者もおり、値崩れを起こすほどに供給過多になっている。

 

 育ち盛りのその少女は能力者でも何でもない。だが、自分に優しくしてくれるマダガスカルの能力者たちのことが大好きだった。


 少女は足元がフラつきながらも一生懸命に野菜を運んだ。弟にも食べさせよう。母から料理を教わろう。

 大切な家族のことを考えながらウキウキと浮足だっていた少女は、どすんと尻もちをついた。いっぱいに抱えていた野菜の入った麻袋で視界が塞がり、誰かにぶつかってしまったのだ。



「あ、ごめんなさい。わたし前がよく見えてなくて……」



 お尻をさすりながら、まず最初に口にしたのは謝罪だ。

 素直に育った少女は幼いながらもしっかりと謝ることができる子だった。利口な子だと近所でも評判だ。


 しかし、少女の謝罪に対して返事はない。

 それに何やら暗い。ぶつかったのは大柄の人だったのだろうか。


 少女はゆっくりと視線を上げた。やはり謝るときは相手の顔をしっかり見ないとダメだ。母親にもそう教わった。



「えっと、えっと、ごめんなさい? もしかして怒ってますか?」



 そう言っておそるおそる。見上げた少女は、母親と目があった。至近距離の母親と。


 少女は『ああ、ぶつかったのはお母さんだったのね』とすぐに理解した。

 直後、一つの疑問がキャンバスに落としたインクの染みのように広がり始めた。自分は尻もちをついている。つまり地面に座っている。どうして母親の顔が目の前にある? かなり腰を曲げて見下ろしている? どうしてそんな無理な姿勢を?


 それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ゴロン、と母親の首が転がった。

 ソイツが母の生首を放り捨てたのだ。髪の毛を持ち手にして少女の目の前でぶら下げていたのだ。


 少女がぶつかったのは母親ではない。まして人ですらない。

 ソイツは複眼をギョロリと少女に向けながら顔をぐっと近づけた。少女の鼻先スレスレの距離まで接近し歯をカタカタと鳴らす。それは笑いのように聞こえた。状況を飲み込めず顔面蒼白になっている少女の姿が愉快で仕方がないのだ。


 少女は頭や心で状況を認識するより先に身体が死の恐怖を感知した。動物的直観がこのままでは死ぬと告げていた。少女は尻もちをついたまま、泣くでもなく、叫ぶでもなく、その場で失禁した。舗装もされていない土っぽい地面にじゅわりと生温かい水溜まりができ上がる。


 ソイツは少女に背を向けた。頭蓋骨を後ろに引き延ばしたような頭が特徴的だ。そしてソイツは尻尾をヒュンッと叩きつけるように振るった。撓る鞭のような音が空気を切り、少女の脳天に直撃した。


 グシャリと果実を潰したような水っぽい音がマダガスカルの湿った空気を震わせる。


 少女の尿の水溜まりに少女だったものが溶ける。血、肉、内臓、ドロリと形を崩した脳髄。ソイツにとって身長一メートル弱の人間の少女など一撃で圧死させられる程度のものだった。能力なんて使わない。鋭い爪もいらない。

 ただ身体の一部分を振るうだけで人が死ぬ。人の形を失い人間ジュースができあがる。


 以上の一部始終を見ている者がいた。少女の弟である。愛する実の母と姉が目の前で殺された少年は、震えながらつんのめるようにソイツから逃げ出した。

 絡まる脚への苛立ちも忘れてとにかく前へ前へと駆ける。少しでもソイツから遠のこうとする。


 ソイツはその様子を見て歯をカタカタと鳴らした。ソイツは腰を落として片膝をつく。陸上のクラウチングスタートのような姿勢だ。

 そして膝にぐんと力を込めた。立ち昇った土煙に混じってソイツの黒い残像が迸る。次の瞬間、少年の真横にソイツはいた。


 息ひとつ切らさずに自動車よりも速く地上を走る。生物としての出来が違う。

 ソイツはデコピンの要領で爪をピンと弾いた。少年の喉笛が切り裂かされ小さな生首が宙を舞う。ぼちゃり、と少女だったドロドロの液体の中に落下し着水した。


 高速で移動し強靭な筋力を備えたバケモノが人間に近い知能をもってマダガスカルの住民を殺していく。尋常ではない速度で人が減っていく。

 能力者たちは辛うじて抵抗を見せる。が、能力を持っているのは人間の能力者だけではない。ソイツらもまた複眼に鈍い光を宿し能力を使っていた。


 カナリア・ネバードーンは海上にいた。船の上からオペラグラスを使い優雅にマダガスカルの惨状を眺めていた。

 ソイツらがマダガスカルに上陸したのはちょうどこの沿岸だった。他ならぬカナリアが首謀者だからだ。



「あらあら、わたくしのために一生懸命に働くいるのね。なんて立派なのかしら! これでわたくしは憎いウィスタリアを抹殺できて、お父様にも褒めてもらえて、一石二鳥、ですわ。もっとおやりなさい。アイツが作った国をぶちのめしてやりなさい! ですわ!」



 赤道に近いマダガスカルでは太陽の熱射が直角に降り注ぐ。ソイツらの黒い体を一段と輝かせる。

 カナリアは黄色い縦ロールの髪を指でいじりながら恍惚としていた。



「わたくしの騎士、わたくしの奴隷、わたくしの道具。全てはわたくしの思うがまま、ですわ。セバスが持ってきたときは醜悪としか思えませんでしたが、こうしてわたくしの命令通りに動く姿はとってもいじらしいですわね。わたくし気に入りましたわ。この黒き絶望を。そう、()()()()()を」



 それは偶然だった。まず第一にカナリアが率いる大量のメイオールが船を使い海岸からマダガスカルに上陸したこと。そして第二に、同タイミングでウィスタリアとカペラの二人がマダガスカル内陸部にある神秘の木バオバブを見に行ってしまっていたこと。


 二人が惨状を知るのはもう少し先の出来事である。今はただ、あらゆる(しがらみ)から逃れるためマダガスカルという自由の地にやって来た者たちの命がいたずらに散らされていくだけだった。

 人口。その数字が減っていく。カナリアにとって自分以外の人間の命など物の数ではない。所詮は目的に至るための過程でしかなかった。

 

 黒い絶望の染みは滲み出し、いずれ真白なキャンバスを一面黒く染め上げるのだ。

五章から一貫した描写を心がけているのですが、メイオールの見た目のイメージは映画エイ〇アンのゼノ〇ーフです。よければググってみてください。

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