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第34話 マラカイボの灯台

「落ち着いたか?」


「……ええ。カッコ悪いところを見せちゃったわね」



 ナツキから腕を離したスピカは目元こそ赤いがすっかりいつもの凛々しく美しい姿に戻っていた。



「俺はカッコ悪いとは思わんよ。丸ごと全部含めてスピカ(おまえ)だからな」


「……もう、ばか」



 そう言って照れたスピカはそっぽを向く。

 そのときだった。


 ピカッッと光が夜を破り、二人の視界はその刹那、真白になる。

 徐々に光が収まると追いかけるようにドンッ! と轟音が叩きつけられる。



「今のは……雷か…………?」


「そう、みたいね……」



 まるでスタングレネードを喰らったかのように視界が戻らない。二人とも咄嗟に腕で顔を覆ったがさすがに光の速度には追い付かなかった。


 雨は降っていない。雷雲などあるわけない。それどころか雲は風に吹かれて空にはない。

 スピカは直ちに何者かの能力だと看破した。ホテル前のアスファルトの地面には焼け焦げた跡がついている。ならば敵は近くか?


 そのスピカの警戒を嘲笑うかのように、今度は遠くで再び雷が落ちた。

 一つや二つではない。まるで車のフロントガラスをハンマーで殴ったときのように、空に(ひび)が入ったと錯覚するほどだ。視界一面に何十、何百という(いかずち)が降り注ぎ続けている。

 

 空いっぱいに広がる大量の鳴りやまない雷は徐々にその範囲をせばめ始めた。横の広がりから縦の奥行へ。雷という光の柱がスピカたちのいる場所から二列になって並んでいる。さながら神殿の柱である。特定の方角へと二人を誘導するようだ。

 


(もし私の想像通りの相手ならこんな能力はもっていなかったはず……。ということはこれはアカツキが探している相手が植え付けられた能力で起こしている?)



 このような目立つ方法を取るのは不自然だ。ナツキほど深く考察したわけではないが、スピカもこれまでの犯人の動向からそのように考えていた。


 ということはやはりこの演出じみた能力の使い方は別の誰かの後知恵か。それとも能力者にされてしまった人物が助けを求めるため、やたらめったれ能力を使っているのか。


 だが一発目の雷だけは自分たちへピンポイントに狙いを定めてきた。スピカは相手の身元におおよそ見当がついているがその逆があるとは思えない。

 ならば目安にしたのはナツキの方。ナツキの知り合いがこの雷を起こしているという風にスピカが結論付けるまでにそう時間はかからなかった。



「これは……マラカイボの灯台か?」



 マラカイボ。ナツキが呟いたのはベネズエラにある湖の名前である。湖と言ってもカリブ海や大西洋と接続しているため実態はほとんど海だ。では、なぜそんな湖をここで思い出したのか。


 マラカイボ湖ではカタトゥンボの雷という世界でも特に珍しいと言われる自然現象がある。一時間に三六〇〇本以上もの落雷があり、どうしてこれほどの異常現象が発生しているのか現代の科学でも解明されていない。

 マラカイボ湖のカタトゥンボの雷が『マラカイボの灯台』と言われた所以。それは大航海時代にまで遡る。

 航海に関するテクノロジーが遅れていた当時、船乗りたちは海上で大量に降り注ぐこのカタトゥンボの雷を目印としながら安全な航海を行った。それ故に『灯台』


 ナツキは視界に収まりきらないほど鳴りやまず降り続けている雷のカーテンという圧巻の景色を見て思わず呟いてしまった。そしてそのマラカイボの灯台の逸話は奇しくも「能力者が自分たちを誘導しようとしているのではないか」というスピカの推測と合致していた。



 スピカは思案する。

 自分たちを誘っているのか、いいや、或いは助けを呼んでいるのか。いずれにしろこのような異様な現象が自然に起きるわけがない。能力者の仕業であることは間違いないのだ。だったら犯人がそこにいる可能性が非常に高い。


 挑発オア救援。どっちにしたってそこにはナツキの探し人がいて、伴ってスピカが追っている犯人もすぐ近くにいるはずなのだ。もはや進む以外の選択肢はない。



「ねえ、アカツキ。私についてきて」



 ついてきてくれる? と尋ねることはしなかった。スピカはナツキが自分を信じてくれていることを信じているからだ。

 ゴロゴロと鳴り続ける雷を睨みながらナツキはククッと笑って返した。



「当たり前だ」



 それに、ナツキも最初の雷に英雄が何か関係していると感じていた。偶然かもしれない。気のせいかもしれない。ただ、ナツキの鼻腔をくすぐる甘いストロベリーの香りは間違いなく英雄のものだった。



〇△〇△〇



 近づくほどに、ゴロゴロ、などと表現できるほど生易しいものではなくなっていった。ひとつひとつが爆弾のような轟音をもたらす鳴りやまない幾つもの雷。二列に伸びるその雷の間を通るように走ること数分。



「結局ここに戻ってきてしまうのね……」



 スピカがそう漏らすのも無理はない。なんせこの世の終わりか神々の大戦争かと連想させるほどの絶え間ない雷が、例の廃工場に二人が到着した途端にピタリと止んだのだから。やはり自分たちはこの場所に誘導されていた。

 ナツキはまだ二回目だがスピカからしてみればわずか数日のうち三度目の来訪である。



「アカツキ、あなたの探している子はここにいるはずよ。犯人はこんなことできるわけがないんだから」



 犯人の能力をある程度知っているスピカは雷という現象を起こしたのが犯人ではないという意味で言った。


 ナツキはそもそも、この超常現象を理解しきれていなかった。雷とは粒と粒がこすれあって生じる大規模な静電気だ。晴れた日の晩に起きるわけがない。それもこのように特定の場所に連続して雷が落ち続けるなど。


 しかしスピカのことを信じると誓った。だったら考えるのは後だ。それは後でできることだ。

今この瞬間に自分がすべきはスピカを信じ切ってあげること、そして英雄を見つけ出して連れ帰ることだ。それ以外の思考は全て排除する。



「……ああ。じゃあ、行くか」



 絞り出すようにナツキが言う。スピカもただ頷き二人で工場の敷地へと足を踏み入れた。


 この工場の敷地は工場の建物自体を除いても非常に広い。いくつかの小倉庫が点在しているのはもちろん、使われることなく放置された運搬用のフォークリフト、二トントラックを想定していると思われる巨大な白線の駐車エリア、積み上げられたコンテナなど、一種の工業ターミナルと化している。

 尤もほとんどが新品同然のまま雨風の影響で自然な経年劣化をしているのだが。

 

 ナツキたちが敷地内に足を踏み入れてまず最初に目にしたのは満月を背に立ちすくむ二人の人物だった。

 一人はナツキにとって見覚えのない、骸骨のようにやせ細り薄汚れたボロ布のごとき服をまとった男性。乱雑に胸元まで伸ばされた黒い長髪はまったく手入れがされておらず清潔感に欠ける。


 はっきりと言ってナツキはそちらの人物にはほとんど注目していなかった。

 ナツキが見つめるのはその人物の横にいる、背の低い人物。見間違えるわけがない。色素の薄い茶髪と白い肌。そこらへんの女子よりも艶がある肩あたりまでのボブヘア。



「英雄……なのか?」


「うん。黄昏くん、こんばんは」


(あの少女が、アカツキが探していたっていう……)



 まるで自分が誘拐事件の当事者であることなど知らないかのように莞爾と微笑む英雄。服装は土曜日にナツキと会ったときと変化ないが、二つ結びにしていた髪はおろされていた。

 それと、スピカは勘違いし勝手に同性のライバルとして見ているが英雄は男である。


 ようやく英雄に会えた。まずは無事でよかった。安心しきったナツキは緊張の糸が切れたように力なく走って英雄に駆け寄った。



「英雄……よかった……もし英雄に何かあったら俺は……」



 そして、ナツキは英雄に手を伸ばす。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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