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第339話 肝心なことは目に見えない

(私の渾身の水の大剣を一瞬で……!?)



 スピカは片膝をつき肩で息をしている。聖皇との戦いは能力の使用だけでなく思考力や精神力の摩耗も激しいのだ。砕けた水の大剣が雨となり火照ったスピカの身体を冷やす。


 聖皇とスピカとの間に立つ和服の男は軽々と割り込み、スピカが能力で生み出した水の大剣をたちまち破壊した。能力で操っていた水の支配権を奪われる初めての感覚に生理的な気持ち悪さを覚えた。自分の手足が自分の意思に逆らって動かされたような気分だ。



「讐弥よ。女同士の戦いに割り込むなど無粋な真似をしおってから」


「そう思うんならもっと周囲に気ぃ使ってもらわな、平安京にどんだけの人間が住んどると思ってはるんですか。にしても。星詠機関(アステリズム)のスピカちゃん言うたかいな。全力じゃないとはいえ聖皇はん相手にここまで食らいつくのはさすが彼の……おっと、自分で自分の古傷を抉ってしもうたわ!」



 ハハハ、と自虐気味に笑う。『彼の』なんだ。そもそも彼とは誰の話だ。スピカは讐弥と呼ばれた青年を訝し気に見つめた。横から聖皇がクックックッと気取った笑い方をしながら讐弥の包帯だらけの身体を刀で小突いた。



「おぬしの木星の権能ならこれくらいの怪我はすぐに治せるじゃろう。わざとか?」


「痛みっちゅうのは意識的な記憶にも無意識にも刻みこまれるもんなんですよ。親だって躾のために子供の尻を叩いとるでしょう? 僕は敗北の戒めを自分に刻み込んどる最中ってわけです」


「黄昏暁は強かったか?」


「ええ。そりゃもうコテンパンにされましたわ、()()の彼に……。ちゅうか二つの能力を持ってるのはズルやでほんま」


「複数の能力を保有するおぬしがそれを口にするか」


「冗談言わんといてくださいよ聖皇はん。僕はコレでひとまとまりの能力なんやから」



 聖皇と讐弥の軽快な会話の中で聞き捨てならない名前が出た。スピカは疲弊していたことも忘れて勢いよく立ち上がる。



「ちょ、ちょっと待って。あなたもアカツキのことを知っているの?」


「きみが聖皇はんと修業しとった間に外の世界では色々あったんよ。聖皇はんは何を企んどるんやって僕を疑っとったけど……。ノワールちゃんの排除すべきお邪魔虫リストに名前があったこの娘をリークせんかったのは偉いやろ? 修業を邪魔しちゃ悪いと思うて」



 褒めてくれてもええんやで? と讐弥は得意げに子犬のような視線を聖皇に向ける。

 そこら辺の普通の女性ならば魅了されてしまうところだが、さすがの聖皇はそんな讐弥を軽くあしらう。



「それで? おぬしとて暇ではなかろう。妾たちに一体何の用件じゃ」


「聖皇はん、とっくに忘れとるかもしれへんけど。この間黄昏暁を京都に呼びつけた理由は覚えてはります?」


「それは高宮(まどか)の……」


「そっちやなくて、建前の方」


「おっとそうじゃった。二十八宿の空席を埋めるという話じゃったな。斗宿(ひきつぼし)だった北斗ナナと牛宿(いなみぼし)だった牛宿充の両名が授刀衛を抜けて星詠機関(アステリズム)に行き、結城英雄を引き取って穴埋めし……。牛宿(いなみぼし)は空席か」


「秀秋の奴も先日の件で出て行きはったから、虚宿(とみてぼし)にも空きがある状況やと思いますけど」


「穴だらけじゃな。で? 候補者でも見つけてきたか?」


「まあウチらも人材不足ですから。日本中の能力者かき集めてもほとんどは四等級以下。とりあえず最低限の強さがないとお話にもならへん。そんなわけで、性格には難ありやけども能力はまあまあ強力な子、連れてきましたよ。おいでェ~」



 讐弥が内裏の出入口である石階段の方へと声をかける。カツカツと石段を昇る足音とともに桜並木の間を抜けてやってきたのは、まだまだ幼さの面影が残る青年だった。腰に提げた刀はあまり使っていないのか新品同然に綺麗だ。



「お、お初にお目にかかります、聖皇陛下。俺の名前は伊達竜輝。改め、牛宿(いなみぼし)竜輝。誠心誠意全身全霊で御国のためにこの刀を振るいます!」



 隠しきれない緊張で声をうわずらせながら伊達竜輝は膝をつきこうべを垂れた。



〇△〇△〇



「と、いうわけで。いつまで経っても空席が埋まらへんから僕の推薦で勝手に選ばせてもろうたよ。寺子屋では秀秋クンの下で指導を受けていて能力も三等級で申し分なし。何より、僕と同じで黄昏暁に一度敗れてとる。これが一番の評価ポイントやね」


「では円の級友だったということじゃな」



 聖皇の言葉に竜輝はばつの悪そうな表情を浮かべる。

 元々円の方が竜輝に突っかかっていたとはいえ、一度は決闘の最中に円を辱めようとしたことがある。それを国家元首にして女性でもある聖皇に知られるのは心証が悪い。



「剣術の方はちょっとアレやけどそれを補ってあまりある能力の強さを持っとる。聖皇はん、この子の二十八宿入りを認めてくれます?」


「そうじゃな。人材不足はおぬしの言う通りじゃ。一定以上の強さを持っておるのなら歓迎しよう。……が、妾としてはこやつがどれほど戦えるのか見てみたい。スピカ、連戦で疲れているところ申し訳ないが少し相手をしてくれるかの?」



 スピカは自分とは関係のない、授刀衛の内輪の話が目の前で展開していくのを眺めていたらいきなり話を振られた。

 彼女としてはこの伊達竜輝という男も黄昏暁に負けたという話が気になる。やはり彼は自分の知らないところでも多くの能力者と戦い経験を積んできたのだろう。


 聖皇に傅く和服姿の伊達竜輝を眺めて考える。かつて黄昏暁に負けた相手に今の自分が敗れるなんて、黄昏暁の隣に立つ女として相応しくない。

 その意味では自分の実力を試すのにちょうどいいだろう。



「わかったわ。私としても自分がどれほど通用するか気になっていたし。でもこの戦いが終わったら少し話を聞きたいわ。アカツキがこの街でどんな風に過ごしていたのかをね」



〇△〇△〇



(ひょえええ……何この娘、めっちゃ可愛いじゃん! おっぱいデカ! 顔立ちからして日本人じゃないような。西洋系か。ふむふむ、外国の女の子は発育が良いと。髪も真っ白で綺麗だし、ここでいっちょ俺の強いところを見せたら惚れてくれて、そんで今晩はそのまま……!)



 スピカに向かい合った伊達竜輝は煩悩まみれの頭の中を顔に出さないよう懸命に堪えていた。

 聖皇は紫宸殿の縁に腰をかけている。讐弥は二人の間に立つと腕を上げた。審判を聖皇にやらせるわけにはいかないので自分から買って出た形だ。



「その前に、何かハンデはなくていいのかしら? 能力の等級が全てだとは思わないけど、二等級の私と三等級の彼じゃお互いの力試しにならないわ」


「そうやね……。聖皇はん、何か良いアイデアあります?」


「ではスピカよ。おぬしは目隠しをして戦え!」



 ほんまかいな、と讐弥は顔をしかめる。いくらなんでもそれはスピカにとって不利ではないか。



「いいわね、それ。どこかにちょうどいい布はあるかしら」


「じゃ、じゃあこれ使うたらええ。新品やから汚のうないよ」



 讐弥は和服の袖から小さく巻かれて円形になっている包帯を投げた。スピカは片手で軽々受け取ると一切躊躇せずに目に包帯を巻いていく。


 この娘、本気や……。讐弥は戦々恐々としながらも聖皇に逆らうわけにはいかなかった。

 竜輝の能力を知っている讐弥からすると、彼の能力を初手で回避できずに直撃してしまう可能性が高いこの状況に少し同情すらしていた。



「それじゃあ伊達竜輝あらため牛宿(いなみぼし)竜輝対スピカちゃんの模擬戦を始めるで。お二人さん準備はええな。ほな、はじめっ!」



 竜輝の紫色の両眼が、スピカの青い両眼が、同時に淡く光る。竜輝の能力は視界にあるものを両断、分断、切断するという凶悪極まりないものだ。

 以前は円に対しては服を細切れにして胸元を曝け出させたこともあった。


 回避不能。射程はなく竜輝の視界に入った時点で切り刻まれる。さすがに人間の身体を即座に真っ二つにすることはできないが、服を切断し、露わになった皮膚を切断し、骨を、内臓を、と連続使用すればどんな相手でも殺害可能である。



(周りが見えてない美人を好き放題できると思うと興奮してくるな。何色のブラジャーをしてるのか見せてもらうぜ!)



 スピカの服やスカートを対象に能力発動。模擬戦中なのだから能力で服が破けるのも仕方ない、という大義名分が今の竜輝にはある。付け加えると、竜輝は心の中でお前が俺を誘惑するのが悪いんだからな、と身勝手な言い訳をしていた。


 しかし、竜輝の能力は阻まれる。スピカの目の前に水の壁が現れ、服の代わりに壁が真っ二つにされた。その場で壁の形を失いグシャリと崩れると地面に水が染み込む。



「……遠距離での攻撃系能力ね。私とあなたの間にある空気は完全に支配下に置いていたから仮に銃火器を撃たれても空中で止められたし、その腰にぶら下げてる刀で斬りかかられても水壁が受け止めてくれていたわ」



 スピカは視界を奪われているというのに的確に竜輝の能力を防いだ。竜輝の両断する能力は間に別のものが挟まると向こう側には干渉できない。だから服を着ている相手に対していきなり内臓をねじ切るといったことではできないのだ。服、皮膚、骨、と順序に従う必要がある。



(視界を奪われているおかげでより鋭敏に空気の流れや空気中の水分量を感じるわね。空気がセンサーになってくれて相手の動きが手に取るようにわかる。相手は一歩も動いていないどころか、水壁に至るまでに何かを放った形跡もない。ということは遠距離攻撃というより、遠距離の物体そのものを対象に現象を引き起こすタイプの能力ね)



 スピカは状況証拠から推論を進めていき、竜輝の能力について限りなく正解に近いところまで迫っていた。観察眼とは目だけで観るものではないのだ。



「ク、クソ! だったら連続で!」



 竜輝は再び能力を発動。しかし一度防がれた攻撃が通用するはずもない。スピカは改めて水壁を作り、身代わりとなった水壁が両断される。

 だが竜輝も馬鹿ではない。刀を鞘から抜くとスピカへ斬りかかった。


 その様子を見ていた讐弥も心の中で頷く。



(そうや。竜輝クン、能力にあぐらかいてるようやけど、きみの能力の本来の強みは相手の防御を剥がせることや。両断の能力は相手を倒すものやない。相手の守りの一手を強制的に突破して確実な一刀を見舞うためにある!)



 現に身をかがめて崩れる水壁を突き破りながら竜輝はスピカへと肉迫していた。刃先を下から上へ。斬り上げる竜輝の動きは決して洗練されたのものではなかったが、力任せに腕力で振るわれる一刀は人体を破壊するには充分すぎる。


 ましてや今のスピカは目隠しをしていて、この状況を認識することは難しい。讐弥はいつでも止めに入るための準備をしていた。尤も、自分よりも時間停止をできる聖皇の方が確実だろうが。


 しかしスピカの顔に焦りはない。この模擬戦の経験を自分の糧にしてやろうという前提は、言い換えれば負けるわけがないという自信でもある。



「これも瞑想の成果ね。空気の流れを掴めるとこんなにも感覚が鋭くなるなんて。目では見えていないはずなのに人の動きが、剣の速度が、向きが、形が、全て理解できる。だから」



 ピタリと竜輝の刀の動きが止まる。



「でもこれくらいの芸当、アカツキなら能力を使うまでもなくできそうよね」



 スピカの右手人差し指と中指にそれぞれ指輪のように水の輪が囲い、竜輝の刀の薄く鋭い刃を挟んで止めていた。

 摩擦によるダメージを水で軽減してはいるものの。誰が見てもそれは片手真剣白刃取りである。竜輝にとってそれは奇しくもナツキと初めて出会ったときと同じ光景だった。



「私の勝ち、ということでいいわよね?」



 指の水輪は刀へと移動し纏わりつくと瞬時に竜輝の手から主導権を奪い取った。一秒にも満たない早業は到底竜輝の眼で追えるものではなく、スピカは奪った刀の峰を竜輝の首に添える。彼女が殺す気でいれば竜輝の首は飛んでいただろう。



「……そうやね。竜輝クン、残念やけど今回はスピカちゃんの勝利や」



 讐弥がそう宣言すると竜輝はへたり込むようにその場に座って地面を叩き、何度も『クソっ!』と叫んだ。彼にとって一度ならず二度までも軽々と白刃取りされたことは剣士の端くれとして恥辱でしかない。


 スピカは目隠しを外し、聖皇は竜輝に追い討ちをかけるように声をかける。



「こやつは黄昏暁の女じゃ。あまり下品な視線を向けておると火傷するから気を付けることじゃな」



 竜輝は能力者としてだけでなく男としてもナツキに敗北感を感じ、悔しそうに下唇を噛んだ。大の字に転がり『くそーーー!』と天に向けて叫ぶ。次こそは黄昏暁の関係者に負けたくねぇ! と拳を突き上げた。


 ここで落ち込んだり怒りに身を任せたりせず次こそは勝ちたいと思えるあたりは、竜輝の根本的な性格は悪人でないことの何よりの証左である。少し助平なところもあるがそれは歳相応だろう。

 聖皇としては以上の人間性を踏まえ、スピカに敗北こそしたものの二十八宿としてギリギリ及第点か、と結論付けるのだった。

伊達竜輝登場回:137話、150話など

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