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第327話 街は生きている

 ガタンガタン揺れる人力車がようやく停止し、青白い顔をしたスピカはフラついた足取りで羅城門の前へと降り立った。車夫は『あざしたぁ!』と爽やかにお辞儀して走り去っていく。



「ジンリキシャ……もう二度と乗らないわ」



 京都駅からここまで人力車に乗ってやって来たスピカは酷い酔いに襲われる。人力とはいえ車は車なので、あえて言うなら車酔いといったところか。


 羅城門とは平安京の入口である真っ赤な柱と漆黒の瓦で造られた巨大門だ。以前ナツキが初めて京都に訪れた際も羅城門までは人力車だった。スピカは知る由もないが、偶然にも車夫はそのときと同じである。

 ただし今回の車夫は、日本ではあまり見かけない白銀色の髪をなびかせ透き通るような白肌と豊かな胸が魅力的なスピカに目を奪われていた。本来は正面を向いて真っ直ぐに走るべきところ、チラチラと後ろを向きながら走ったので余計な振動が発生し、結果的に彼女を酔わせてしまったのだ。


 ふうぅぅと一度深呼吸し体調を整えたスピカは門を見上げた。大日本皇国の首都、京都。そしてこの羅城門の向こう側は平安京と呼ばれる能力者の街が広がっている。



「大勢の能力者を一人で相手取った経験はあるけれど、街全体が丸ごとっていうのは初めてね。いつどこで襲われるかもわからない」



 警戒をしておくに越したことはないか。スピカは近辺の川や水脈の位置を改めて確認し、さらに胸ポケットに入っている拳銃と予備の弾薬の存在をたしかめた。

 ちょうどそのとき、荘厳な羅城門の扉が重厚な音を立ててゆっくりと開かれた。スピカは息を呑む。

 中から出てきたのは一人の男だった。禿げ上がった頭に、たっぷり蓄えられた口髭。腰には無骨な野太刀が提げられ、手にはひょうたんを持っていて酒臭い。



「ようこそお嬢ちゃん。俺は二十八宿が一人、鬼宿(たまほめぼし)剛毅。歓迎するぜ」


「そ、それはどうも」



 酔っているときに酒の匂いは少々キツいとにスピカは苦笑いを浮かべる。二十八宿とは日本の能力者組織である授刀衛の中でも選りすぐれられた幹部だったかと記憶の引き出しをひっくり返した。星詠機関(アステリズム)における私たち二十一天(ウラノメトリア)みたいなものか、とスピカは認識している。

 現に剛毅の瞳は青色。自分と同じ二等級の能力者だ。何よりその身から放つオーラは重たくのしかかり彼がただの能力者であるだけなく優れた武人でもあることを伺わせる。


 剛毅に先導される形で平安京の中へと足を踏み入れる。



「俺は平安京の警護や警備を担当してんだ。まあ嬢ちゃんからしたら監視されてるような気分かもしれねえが、護衛だとでも思ってくれ」


「……案外、普通なのね」



 朱雀大路の真ん中で平安京の街並みを眺めたスピカの最初の感想がそれだった。たしかに刀を腰に提げている者もいるし、全員が着ているのは和服。それに両眼の色が皆カラフルだ。比率としては橙色と緑色、すなわち六等級と五等級が多いが、稀に黄色の眼をした四等級も見かける。


 しかしスピカが最も注目をしたのは、無能力者も大勢住んでいることだった。大路の地面に涼し気に打ち水を撒く女性や、欠伸をして歩く男性。木の枝を刀に見立ててチャンバラごっこをする子供たち。

 能力者もいれば無能力者もいる。丸腰の者もいれば帯刀している者もいる。でも、世界中のどこにだって普通に存在する、当たり前の平和がそこにはあった。


 剛毅はスピカと並んで歩くかたわら彼女の視線を見て笑いながら言った。



「意外か? 無能力者が能力者とこんなに分け隔てなく暮らしているのは」


「少しね。星詠機関(アステリズム)にも無能力者の人材はいるけどここまで一緒に生活するっていう感じじゃないから」


「街ってぇのは生き物だ。俺たちが呼吸をして空気を吸ったり吐いたりするみたいに街には物資が入ってきて、それを加工する奴、運ぶ奴、提供する奴、廃棄する奴……ってな感じで、人の営みは街っていう大きな生き物の腹の中にいるようなもんなのさ。この街に住む無能力者のほとんどは親が能力者だったってパターンだな。能力者同士が子を成しても子までもが能力者とは限らない。能力の存在に理解を示しているが無能力って奴らがこの街の呼吸を支えてくれてんだ」



 剛毅は歩きながら誇らしげに胸を張った。ついで酒を流し込む。

 たしかに活気溢れる街の様子はとても聖皇直属の戦闘集団が住まう地域とは思えない。能力を持つ者と持たざる者が多く交わっている。それ以外は何もかも普通の人間なのだ。

 

 聖皇のいる内裏を目指して五キロメートル以上ある朱雀大路を歩むスピカ。平安京の住人はそんなスピカを物珍しそうに遠巻きから眺めていた。

 ナツキとて以前訪れたときは黒い和服と狐の面を被っていたくらいだ。洋服姿のスピカはそれだけで目立つ。加えて、プラチナを擬人化したような華々しい姿や日本人にはあまり見られないスタイルの良さ、整った目鼻立ちというのは男女問わず興味関心を引いている。



「すまねえな嬢ちゃん。暁のやつが来たときは視線を遮るために俺の部下を連れてきていたんだが……今ちょっとな、壊れた牢屋やら壁やら地面やらの補修で人員を割かねえといけねえんだ」


「暁……アカツキ!? あなたアカツキの知り合いなの?」


「そういう嬢ちゃんこそ……いや、そうか。嬢ちゃんは聖皇陛下の直々の客人だったな。なら暁と人脈があるのは不思議じゃあねぇか。暁とは一度手合わせをしようって約束してたんだがな。すぐに帰っちまってこちとら寂しいもんだぜ。アイツの強さは並じゃねえよ。ゾクゾクするぜ」


「そう。やっぱり彼はここでも強かったのね。……やっぱり私も強くならないと。でないと、アカツキに相応しい女になんてなれはしない」



「そうか! クハハ、嬢ちゃん暁にホの字なのか! かァ~あいつ隅に置けねぇな。(まどか)以外にもこんな美人とデキてたのか!」


「デ、デキ……って、違うわ! 私はまだ彼とはそこまでは……」



 顔を赤くしてあたふたと弁明するが酔った剛毅は聞く耳を持たない。強い男の周りには良い女が集まるもんだ! などと豪快に笑いながら一人で勝手に納得している。完全に好敵手の恋愛事情を酒のツマミにしていた。


 気分がよくなってますます酒臭くなっていく剛毅は放っておくことにする。それにナツキとの関係をそんな風に第三者から思われて悪い気はしない。いつの日か自分も……と強く願っているからだ。

 彼が空川夕華と結ばれているのは知っている。それでも、ハイそうですかと退くような潔さは持ち合わせていない。あっさり諦めるなんて、そんな美しくない選択を取れるほどスピカという女性はヤワじゃないのだ。



「……それに、愛した男の子との実力のギャップを感じれば感じるほどここでの時間にも身が入るわ。私は絶対に強くなる。彼の隣にいる資格を手に入れる。そのためだったら、どんな苦しい思いをすることになっても構わない」



 季節外れの桜が左右に並ぶ石段をふもとから見上げる。この先に内裏があり、聖皇がいる。

 

 スピカがシリウスに持ちかけた相談はシンプルだった。『強くなりたい』、ただそれだけ。

 そしてシリウスは彼女の要求に応えた。それも世界で最もタフな方法で、だ。


 ポケットの中のスマートフォンには一通のメールが厳重な電子ロックで保存されていた。差出人は当然シリウスである。



『聖皇に修業をつけてもらう算段がついた』



 多少は関係性が軟化しているとはいえ、世界を代表して対立している能力者組織のトップがこんな発言をしていることが外部に漏れたら大混乱である。スピカは元々シリウスが聖皇と何らかの関係があるのは察していたが、それにしても望外の結果であった。


 これはチャンス、渡りに舟だ。田中ナツキ──黄昏暁は一等級である。やはり一等級という最強の能力者に追いつくには、同じ一等級に教えを受けるのが最も合理的だ。


 スピカは両頬を軽くはたいて気合を入れる。全てはたった一人の愛する少年のために。スピカは修羅の道へと一歩を踏み出す。

主人公が京都に来た話:133話

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