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第326話 敵に塩も砂糖も胡椒も送る男

「はむ……ぱく……どうして私を助けたの」



 清潔な患者服をまとったカペラはベッドに腰かけ、バナナをはむはむと食べながらウィスタリアに尋ねた。バナナはウィスタリアが見舞として持ってきたものだ。マダガスカルの名産品の一つである。

 ウィスタリアは空いている隣のベッドで横になってくつろいでいる。仮にも大統領という最高権力者なので病院でも好き放題だ。ナースはカルテや書類の整理があるからと席を外している。


 薄い水色の髪を邪魔にならないよう耳に引っ掛けて食べる姿はどこか艶めかしいが、年下貧乳に微塵も興味がないウィスタリアはどこ吹く風だ。



「まあ、俺は俺の国にわざわざやって来た物好きを蔑ろにする気はないってだけだ」


「でも私は敵……ぱく」


「ああ、敵だな。だが俺は敵というものがまったく怖くない。極東の島国には敵に塩を送るという言葉があるらしい。俺の場合は塩どころか砂糖も胡椒もくれてやる。……この国では生産されてないが」



 それが無鉄砲で大胆不敵な発言なのか、或るいはどこぞの宗教のように隣人愛に満ちた博愛精神なのか。おそらく前者ではないかと思いつつ、バナナを頬張るカペラは訝しんだ表情で首をかしげる。



「いいか? お前はたしかに敵だ。しかし敵ってのは倒せば敵じゃなくなる。なんなら手下にできるかもしれないな。俺より強くて倒すのが難しいっていうなら逃げればいい。逃げおおせればもうそいつとは無関係になる。敵ってのは対処法が存在するってことと同義なんだ。だから俺は敵が怖くないし、むしろ味方になる可能性があるだけマシだと思ってるよ。だがな」



 ウィスタリアはベッドの横に置いてある台の上のバスケットからバナナを一本手に取った。十房はもってきたので一本など微々たる量なのだが、カペラは他人の見舞品を食う奴があるかとムッとした表情でそれを見つめている。本当は食い意地を張っているだけなのだが。



「ぱく……うん、さすが俺の国だ。バナナも最高に美味だな。いいか? 本当に恐ろしいのは『敵』じゃない。『利害関係者』だ」


「利害、関係者?」


「そう。普通の奴は敵よりも利害関係者の方が安全だろうと考える。違うな。違う。全然違う。利害関係者ってのは明確にこちらに敵対しなくとも損失をもたらすし、場合によっちゃ利益ももたらしてきやがる。そのフィールドにいる限り敵でも味方でもなくへばりつくんだ。たとえば、まあこれはお前らも詳しいだろうが、俺たち【子供たち】はネバードーン財団の当主争いをしている」


「うん」


「先頭を走るクリムゾンが倒れるまではシアンの存在は俺に利として働く。地政学的にイギリスからロシアへ牽制をかけてくれるしな。だがクリムゾンがどこぞの能力者にやられたら、今度は繰り上がったシアンの存在が俺にとって害となる。いいか? シアンが『利』から『害』に変化した間に俺は何もしちゃいない。社会ってのは白黒つくことばかりじゃないんだ。敵であり味方。倒すことも逃げることもできずに絶えず変化する利害関係者の価値っていう細い綱を渡り続けにゃならん」


「……わからない。はむ……はむ……もぐもぐ……結局は成果が大事。少しでも敵対する者は全部倒す。自分以外は全部倒す。そうやって成果を積み重ねれば、最後には私が一人で一番になっているはず。……ぱく。おかわり」



 一本目のバナナを食べ終えたカペラはずいと手を伸ばし、ウィスタリアは房から一本千切って放り投げてやった。軌道が逸れてカペラの頭上を通過しようとしたが、カペラの青い両眼が淡く光るとバナナは不自然に方向を変えてカペラの手元へと落下した。



「お前、そんなチンチクリンな(なり)のくせに発想は脳筋なんだな。そりゃお前、たしかに何でも打ち倒す最強の能力でも持っていりゃそれでもいいだろうさ。だが実際は違う。世界は広い。俺やお前より強いヤツがいるのは覆せない事実だ。だったら逃げることも当然選択肢になるし、或いは他の利害関係者が倒すのを待つのだって良いだろう。同士討ちでもしてくれたら最高だな。何事もそうやって要領よくやってくんだよ」



 ウィスタリアはぶっきらぼうに言いながら自分も二本目のバナナを剥いた。



「それにお前、そんなやり方で最後に残るのは『一人』じゃないぞ。『独り』だ。お前は敵を倒すことも成果と呼ぶが、じゃあ誰にとっての成果なんだ? 最後の最後に誰がお前を讃え、認め、褒めてくれるんだ?」


「それは……」



 がむしゃらに生きてきた。カペラはまだカペラという名前をもらう前から母親から圧力(プレッシャー)を受け続け、ひたすらに成果だけを追い求めた。そんな母も、今はもういない。

 カペラはウィスタリアの『敵から逃げてもいい』という言葉が信じられなかった。そんなことは一度たりとも考えたことがなかった。というより、母は辛いことから逃げてもいいという選択肢を考える余裕をカペラに与えなかった。


 今までの自分の価値観や生き方がぐらりと揺るがされる音がする。カペラはバナナを食べる手を止め、床をじっと見つめて考え続けた。成果を追い求める圧力(プレッシャー)に応えた先に、一体何があるのだろう。


 そのとき私は本当に幸福なのか? 


 自問自答を続けるカペラを見てウィスタリアは得意げに笑った。



「ハハハ、悩め悩め。幸い時間ならたっぷりある。自然と共に生きるこの国は都会に比べて時間の進みが遅いんだ。気がするだけ、だけどな。それにチンチクリン、お前十四とか十五とかだろ? 思春期は悩んでなんぼってもんだろう。あむっ」



 バナナを丸々一本飲み込んでそのまま胃に落とす。なかなか器用な真似をするウィスタリアをカペラはキッと睨みつける。



「……私はもう十七歳」


「いやいや冗談はよしてくれ。その低身長と貧乳で十七は……ぐべっ!?」



 カペラの両眼が淡く光り、彼女の手元のバナナが爆ぜ、皮から飛び出た薄黄色の果肉部分が弾丸のような速度でウィスタリアの口の中に突き刺さる。

 最初に自宅を襲われたときよりも病院に来てからの方が受けた攻撃の数は多いな、とウィスタリアは不可思議な状況を冷静に分析してみるが、わかるのはやっぱりバナナが美味いということだけだった。



「それから、私の名前はチンチクリンじゃない。カペラって言ったでしょ。呼ぶならそっちにして」


「ふぁったら俺のことはウィスタリア()とでも呼ふぇ」



 バナナを咀嚼しながらなのでもごもごと何を言っているかよくわからないが、カペラは直感的に嫌だと感じた。だからただ一言冷たく言い放つ。



「ウィスタリア」


「なっ……このチンチクリン」


「ウィスタリア」


「チンチクリン!」



 呼び方の激しい応酬は、年下相手に何をしているんだとふと冷静になって我に返ったウィスタリアがカペラをカペラと呼ぶことで呆気なく終結した。

 終結するまでの間、二人はバナナを三房も食べ終えていて、途中から様子を見に来たナースは何をしているのかよくわからないが二人とも楽しそうで良かったとのほほんと笑うのだった。

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