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第324話 断れない

 星詠機関(アステリズム)の本部はジュネーブに置かれている。畢竟、星詠機関(アステリズム)のリーダーであるシリウスも基本的には本部ビルにおり、付け加えるならばシリウスは滅多に外出しない。

 男性にしては長いが艶のある魅力的なダークブルーの髪から覗く赤い瞳は一等級という最強の称号をありありと示している。


 シリウスはいつもの二十一天(ウラノメトリア)用会議室で自席に座りタブレットに目を通していた。具体的にはスピカからのメールを読んでいる。一言一句を繰り返しなぞるように視線を何度も行ったり来たり動かしている。

 現在の時刻はちょうど日付をまたいだあたりだ。本部ビルの最上階にて大空を臨む彼の座席からはまたたく星々が天の川のように広がっている。


 すると部屋の扉が開いた。自動開閉式独特の機械的な動作音がシリウスに来訪者の存在を気づかせる。


 その人物は短く刈り上げた頭に彫りの深い西洋的な顔立ちをしていた。二十一天(ウラノメトリア)共通の黒いジャケットを羽織っていてもわかるほど隆々に盛り上がった上腕の筋肉からは生真面目なアスリートを連想させる。



「やあリゲル。ギリシア支部のきみがどうしてここに?」


「ふむ。報告だ」


「それだけ?」


「それだけだ」



 シリウスは整った顔に苦笑いを浮かべる。それならメールなり通話なりでいいだろうに。どうしてわざわざ国境をまたいでまで足を運び報告だけをしに来たのか。

 もちろん二十一天(ウラノメトリア)という星詠機関(アステリズム)の幹部を束ねるシリウスはリゲルの性格もよくわかっている。きっとそんなことを尋ねても『直接出向くのが礼儀だ』とクソ真面目に返すに決まっている。


 リゲルは生真面目で、礼儀とマナーを重んじる。融通が効かない頑固者だが決してバカではない。シリウスの様子から彼の考えていることをおおよそ理解したリゲルは口を開いた。



「オーストラリアでの異能テロ組織鎮圧の救援に向かった帰りだ。航空輸送機でオーストラリアからギリシアに向かう航路ではジュネーブに寄るのもそう遠回りではない」


「ああ、そうかい。それで? 報告っていうのは何かな」


「同じくオーストラリアからの帰りだったカペラをウィスタリア・ネバードーンの下へ向かわせた」


「送り届けるだなんて紳士じゃないか」


「航空機から突き落とした」


「は?」



 クールなシリウスが珍しく間抜けな顔で唖然とし手からタブレットが滑り落ちそうになる。リゲルは淡々と続けた。



「元はと言えばカペラがウィスタリア・ネバードーンを捕縛すると自分から言い出したのだ。いつまでに成し遂げるのか問うたら『今すぐにでも』などと口にしたから、その場で航空機から摘み出してやったのだ。時間を守る。約束を守る。どちらも人として当然の礼儀でありマナーだからな。俺はそれを手伝ったまで」


「……彼女の様子に気が付かなかった私のミスだな。カペラの性格上、クリムゾン・ネバードーンやシアン・ネバードーンを追い詰めたスピカに内心張り合っていて功を焦っていたんだろう。いっそアルタイルのように何でも口にしてくれた方がわかりやすくて助かるんだが」



 実際はクリムゾンを倒したのは黄昏暁こと田中ナツキである。二十一天(ウラノメトリア)の面々は前回の会合以来スピカとナツキが恋愛関係にあると思っている節があるので、カペラからすればナツキの戦果もスピカの成果も大差がなかった。

 

 スピカへのライバル心を直接口に出して行動に移す情熱的で直情的なアルタイルに対し、カペラは比較的寡黙。それにカペラの()()()()()からして一人黙々と成果を出そうとしても不思議ではない。

 シリウスはカペラが暴走していないといいのだが、と内心で祈る。



(まあ、最悪の場合も私の能力でどうとでもなるけれどね)



 一等級、それはあらゆる法則を捻じ曲げる絶対的な能力。とはいえシリウスはあまり外に出ず戦闘記録も少ないので、彼の能力を知る者はそう多くない。

 たとえば、同じ一等級にして彼とは()()()()である聖皇。彼女ならシリウスのこともよく知っている。



「そう、そうか! 彼女は適任じゃないか!」


「珍しいな。貴様がそんな顔をするとは」



 クソがつくほど真面目なリゲルは少年のように笑うシリウスに率直な感想を投げかける。シリウスは嬉々とした声音で返答した。



「ちょうどきみが来るまでの間、悩んでいたんだ。スピカから強くなりたいと相談を持ち掛けられていてね。どうしたものかと頭を捻らせていたが、最高の人材がいたのを思い出したよ! せっかくの可愛い()のお願いだ。最高の環境で叶えてやろう」


「……孫?」



 リゲルは頭上に疑問符を浮かべたがすぐに振り払う。きっとシリウスのジョークだろう。だって、自分と同じ二十代にしか見えないシリウスに孫などいるはずがない。

 それにスピカの本名はアルカンシエル・ネバードーン。父親はネバードーン財団当主のブラッケスト・ネバードーンだ。スピカが孫だというのならブラッケストはシリウスの息子ということになるが、そんな話を信じる愚か者はどこにもいない。



「貴様が冗談を言うほど愉快な気分なのだということはよくわかった。ふむ、ならば俺も今日はここまでとさせてもらおう。楽しんでいる人間に横やりを入れるのはマナーに反するからな」



 リゲルは丸太のように太い腕をがっちり組んで迫力のある腕組み姿で会議室を後にした。

 シリウスはもはや立ち去るリゲルなど眼中になく、タブレットのキーボードを素早く叩く。



「……いいや、違う。彼女のガラケーじゃこのメールアドレスは受信できないんだったな。直接電話をかけるしかないか。まったく、私が死んでからカナタと恋仲になっていたのも驚いたが恋人と連絡先を交換した携帯電話を後生大事に持ち続けるというのもなかなかに重たい女だ」



 世界はいくつかの勢力に塗り分けられると言われている。

 たとえばブラッケストネバードーン率いるネバードーン財団。

 たとえば彼の子である【色付きの(カラー)子供たち(チルドレン)】。

 たとえばエカチェリーナら王家が治めるロシア帝国。

 

 そして、たとえばシリウスがリーダーを務める国連の異能力組織、星詠機関(アステリズム)

 あるいは、聖皇が長年統治し続けてきた大日本皇国。



「ああもしもし。久しぶりだね(ひじり)。先日はこちらの都合に合わせもらった助かったよ。さて、ひとつ相談なんだが……」



 組織のトップが敵対組織のトップに直通で電話をかける。世界を揺るがし戦争に発展しかねないこの異様な光景が気軽に行われている状況は、多少世界の情勢に詳しい者が見たら卒倒すること間違いなしだ。


 一通り言いたいことを言い終えたシリウスは特に雑談をするでもなくすぐに電話を切った。その顔は爽やかな達成感を滲ませている。

 シリウスには聖皇……時任聖が今回の頼み事を断れない確証があった。



「血は争えない、と言うべきかな。何せスピカは祖母……私の妻にして聖の友人でもあるティアにあまりにも似ているのだから」

リゲル:初登場130話

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