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第320話 人類永久居住不可能地域

お久しぶりです。少しずつ投稿していきます。

昨日、振り返りも兼ねて年表のようなものも投稿しているので

ご覧になっていない方はぜひぜひ。

 極寒の吹雪は、その強風ゆえに横薙ぎに吹きすさぶ。氷山以外に遮るものはない。方向感覚を失いかねないほどの果てなき銀世界では自分の位置も存在すらもあやふやになる。白い絵の具の海で溺れているような息苦しさだ。


 雪道を歩く二人の男の吐息は()()()()。景色の白に溶け込んでしまったから? 違う。彼らの頭はヘルメットにすっぽりと収まっているからだ。息は結露となって強化プラスチックを湿らせる。

 彼らは研究者でもなければ軍人でもない。料理と掃除が得意なただの使用人だ。そのため自分たちが着ている断熱エアロゲル素材の銀色の防寒具がたった二ミリメートルでマイナス一九六度の環境すら耐えるだなんて知らないし、まさか宇宙服の技術の転用だとは夢にも思っていなかった。


 男たちは二人で一つのソリを引っ張っていた。ソリの先端にはロープがくくりつけられていて、そのロープの輪に二人が入るという格好だ。



「なあ、お前これどう思うよ」


「どうって?」


「しらばっくれるなよ。この子のことだよ」



 お互いヘルメットをしているのでくぐもった声しか聞こえない……ということもなく、ヘルメット内にある小型マイクとスピーカーが円滑なコミュニケーションを実現していた。もちろんこれらも宇宙服の技術だ。

 仕事での言葉遣いと違って、歳の近い同僚としてのフランクな問いかけだった。


 男の一人は視線を後ろに向けて顎をクイと動かした。もう一人の男も、ソリを引っ張り進む足は止めずに頭だけ背後に向けた。

 ソリには銀色の芋虫が転がっていた。否、彼らと同じく銀色の防寒服に覆われているのだ。芋虫のように見えたのはその人物が身体を丸めて縮こまっていたから。それに、彼らよりもずっと小さく幼い少女だったから。



「でも、ご当主様の命令だろう。無視はできねぇよ。使用人なんて吹いたら紙みたいに飛んじまうような存在なんだ。ここは給金も高い。道徳や倫理観で飯は食えねぇからなあ」


「だけど……小学校に上がったばかりのうちの姪っ子とそう変わらない女の子だぞ。まだ右も左もわからないような子を、氷河に棄ててこいなんて……」


「しょうがねぇよ。俺は悪くない。そしてお前も悪くない。この子だってな。誰も悪くないんだ。そういう運命なんだよ」


「……ああ。そうなのかもしれないな」



 無力な自分にできるのは同情だけだ。ヘルメットの下で穏やかに眠る少女は、銀色の防寒具と()()の美しい髪も相まってこの雪世界の妖精のようだった。

 自分はそんな相手を手にかける。直接的にではないにしろ、間違いなく間接的に。


 やがて氷河に到着した。雪に覆われた大地の間に走るクレバスは自然が形成した断裂だ。そこに溶けた雪や雨水が流れ込み、河となった。

 立ち止まった彼らの足元の雪が砕けて断裂の氷河へと落下する。着水音を聞くまでの長さは永遠のように感じられた。それはこの断裂の高さを生々しく物語っているのだから。


 二人の男はそれぞれ頭と足を抱えてソリから運び出す。左右に揺らして助走をつけ、せーのと小さく声を掛け合い、手を離す。


 もしも神がいるのなら。どうかあの白銀の少女に奇跡が起きますように。天文学的な幸運が彼女の命を救いますように。

 無責任だとはわかっていても、彼らはそう願わずにはいられなかった。


 ここは人類永久居住不可能地域、アネクメーネ。動植物の息吹が消え去ったグリーンランド内陸部にして、ネバードーン財団本家屋敷を構える白銀の自然要塞である。



〇△〇△〇


 話は数日遡る。


 この極寒世界にはあまりに環境に似合わない建造物がいくつも建っていた。いくつも、というのは語弊があるかもしれない。


 氷山や氷河に囲まれた広い平地に西洋の古城を思わせる赤茶色の建物がある。上部は二本の塔になっていて等間隔に設けられた窓が見える。

 

 そして城を中心とし、三六〇度に空中回廊がのびている。自転車の車輪のようにハブ型に広がっていて、空中回廊はさらに別の小さな城や塔につながっていた。

 城はもちろん空中回廊も遠目ではレンガにしか見えないが、人類永久居住不可能地域アネクメーネという外部環境を鑑みれば特殊な先端テクノロジーが利用されていることは明白だった。


 その日、中心となる城にはざっと三十名ほどの少年少女が集められていた。青年と呼ばれる年齢層の者も混じってはいたが大半はティーンエイジャーである。

 ワインレッドのカーペットが敷かれた城の談話室には楕円形にアンティークチェアが並んでいる。正確には潰れたアルファベットのCのような形と言うべきだろうか。わずかに空いた隙間には小さな演説台のような物が置いてあり、その場所だけ格式が異なることは誰の目にも明らかだ。


 彼らは椅子に座って、窓の外の吹雪を眺めたり古い蓄音機の錫ラッパから流れる掠れたクラシックに耳をそばだてたりしていた。



「ちょっとアクロマ兄様、目障りだから貧乏ゆすりはやめてくださる?」


「うるさい! 女が俺に口出しをするな!」


「まあ。二〇〇四年にもなってなんてこと言うのかしら。それも一流のレディたるこのわたくしに対して! それに……この席順、おそらく私たち兄弟姉妹の序列ですわ。卑下している女より下の序列なのはどんな気分かしら?」



 潰れたCの形の席配置のうち、演説台から左回りに序列順になっているのではないか。豪奢な金のドレスを纏う黄色い縦ロールヘアの少女は象牙とレースと羽毛で作られた扇で口元を隠しながら上品にアクロマ・ネバードーンを侮辱した。

 アクロマの席位置は演説台側から見てすぐ左隣。対して少女の席は右から五番目。アクロマがイライラし膝で貧乏ゆすりしていたのは彼女の発言の通り自分が最下位だと自覚があったためだ。図星を突かれたアクロマ。三十人も人が集まればクスリと笑う者もいる。


 こめかみに青筋を立てたアクロマ。彼の紫色の両眼が淡く光った。掌を豪奢な少女に向ける。



「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!」



 アクロマの掌に熱が集結する。そこに小さな火種が起きた。それは瞬く間に巨大化し直径一メートルほどの火炎となる。ボウボウと音を立て周囲の空気を滲ませる火球はアクセルをベタ踏みしたかのように急加速し少女へと迫る。



「あらま、野蛮」



 黄色い縦ロールの髪をくるりと引っ張りながら、いたってその姿は冷静だった。片や成人している男。片や日本で言えば中学生程度の年齢の少女。だと言うのに周りが見えなくなっているアクロマに比べて少女は随分と大人びていた。



「わたくしを守りなさいな」



 今度は黄色い少女の紫色の瞳が淡く光る。床や天井がグニャリと歪曲した。そして少女と火球の間に身長二メートルはあろうかという黄金の騎士が割って入る。頭部や顔は天井から吊るされていたシャンデリアで、胴体には赤い絨毯の布。蓄音機、さらには窓ガラスに本棚に扉に……。

 部屋中のあらゆるオブジェクトが一か所に集中しさながら甲冑纏う西洋騎士のような姿を形作ったのだ。


 シャンデリアという光源を失って部屋は暗闇に閉じ込められる。であるがゆえに一層のこと燃え盛る火球の勢いの強さが感じられる。騎士は金属製のドアノブを薄く細く伸ばしてレイピア状にすると、飛んで来た火球の中心を貫いた。


 布に木に金属に、と熱に弱い素材で作られているはずの騎士により火球は文字通り霧のごとく霧散した。



「さあ、わたくしを守る騎士! あの愚かな兄を穿ちなさいな!」


「くっ……だったら今度は!」


 

 暗い部屋に紫に淡く光る双眸が浮かび上がる。しかし両者が衝突することはなかった。



「いい加減にしなさい」



 凛としていて上品な声が響く。



「暗闇はすなわち影の世界。私の世界。ちゃんと言うこと聞けるわね?」



 触手のような影が騎士を縛り、同じくアクロマの身体や腕を縛り上げている。暗闇には青い瞳の光も浮いていた。



「ハッ、いちいち面倒な連中だ。雑魚は雑魚らしく弁えていろ」



 今度は暗闇に深紅の光が浮かび上がる。シャンデリアを失った部屋は何事もなかったかのように明るさを取り戻した。

 そこでは、深い青色の長髪が美しい乙女が屋内だというのに日傘を差し、隣では赤銅色の髪をした青年が周囲を見下すように足を組んで浅く座っていた。


 それぞれシアン・ネバードーンとクリムゾン・ネバードーンである。シアンは影を操ってアクロマと少女を拘束し、クリムゾンは無限のエネルギーを操る能力で光エネルギーを保持した球体を天井に送り込んでいたのだ。



「我の邪魔をするな! まもなくあの方が……父上がやって来るというのに……!」



 膝の上にレポート用紙を広げた青年がギョロリと眼玉を動かしてアクロマや少女を睨みつけた。

 何かの研究に没頭しているのかペンを動かす手は一切止まることがない。空いた手はぼりぼりと頭を掻きむしっている。



「この点ばかりはグリーナーの言う通りね。それに彼の解析の能力なら父上がまもなく到着するのも事実でしょう。なればこそカナリア、姉としての忠告よ。淑女はいちいち挑発に乗るものじゃないわ。ましてこんなにも騒ぎ立てるなんて」


「申し開きもありませんわ、お姉様」



 カナリアと呼ばれた黄色い髪の少女は立ち上げるとドレスのスカートの端をつまみ礼儀作法通りの謝罪を見せた。シアンはそれ以上何も言わずに小さく微笑むことで返事の代わりとした。

 豪華絢爛な黄金のドレスを着たカナリアと黒いドレスに黒い日傘のシアンは一見すると真逆のようだが、どちらも高潔な女性であるという点で共通しており、年齢が近いこともあって非常に親しかった。



「底辺同士が乳繰り合ってるんじゃあねぇよ」



 クリムゾンはつまらなさそうに言い放つ。一等級の能力者である彼にとって自分と同格の存在がいないのはあまりに退屈で、兄弟姉妹に対しても見下す以外の感情はなかった。

 

 ただし。ひとつ特徴的な点を挙げるとすれば。

 演説台から見て右手。クリムゾンは二番目に、シアンは三番目に座っているということだろうか。この場にいる誰よりも強いクリムゾンですら、序列では最高位に立てていない。


 では誰が序列一位の席に座っているのか。

 その少女は、椅子の上で膝を抱えて震えていた。そしてきっと足を伸ばして座ったとて床に届かないであろう幼さだった。そして誰よりも美しい白銀の髪をもつ少女に、周囲の者たちは閉じた翼に包まれる天使の姿を連想した。


 能力者同士のちょとした小競り合いにも恐れおののき震える少女の名は、アルカンシエル。アルカンシエル・ネバードーン。

 

 少女のすすり泣く声が沈黙した部屋をより重たくさせる。それを打ち破ったのは扉を開ける音だった。


 少年少女たちの父親が、来た。

また更新止まったらごめんなさい。

誤字報告でも感想でも質問でも批判でもなんでもいいので

コメントがしていただけると嬉しいです。ブクマもいいねも嬉しいです。

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