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第314話 星のこども

「すごい……本当にすごいや。黄昏くんは誰よりも強いと思ってはいたけどボクの想像なんて軽く超えてるし、心宿さんも普段の稽古のときにどれだけ手加減してくれていたのかよくわかる。やっぱり二人ともレベルが違う……」



 世話になった二人の間で繰り広げられる壮絶なぶつかり合い。見上げて英雄は呟いた。

 夜空をバックに色とりどりな炎や氷が現れて鎬を削って消えていく。視覚的に美しく、洗練された刀剣での交錯にはつい感嘆の声が漏れてしまう。


 夕華は澄んだ瞳でその光景を見つめている。どれだけ戦いの規模が大きく激しくなろうともナツキは倒れない。ナツキは負けない。幼少期に比べてすっかりたくましく男らしくなったナツキのことを心の底から信頼しているからこそそう思えていた。


 ノワールは俯いて目を逸らしていた。理解の追いつかないことがたくさんある。結局ナツキは何のために戦っているの? 讐弥に催眠の能力は効いていなかったの? そして……。



「もう一人のナツキくんって、どういうことなんですか?」


「ナツキには人格二つある。あなたの知るナツキとあなたの過ごしたナツキが違っていたかもしれない。たったそれだけのことよ。……むしろ私は彼の恋人として、あなたに質問がしたいわ。彼に恋しているあなたに。あなたはこれを聞いてどう思った? 揚羽ノワールさん」


「そんな……」



 鋭い物言いの割に夕華の声音はいたって穏やかだった。ここ一、二週間のような嫉妬もショックもない。ナツキのことを理解し受け入れた今の夕華にはノワールを試すくらいの心の余裕があった。

 対してノワールは言葉が出ず眩暈がしてふらつく。足腰に力を入れて倒れることだけは避け、さらに深く俯き目を閉じる。


 あのとき、自分を地獄のような日々から救ってくれたナツキは()()()だったのだろう。そして来日してからの二週間をともに過ごしたナツキは。今あの夜空で讐弥と戦っているナツキは。

 自分の想い、自分の行動、そしてそれらの相手。この三つの点は今まできちんと三角形を描いていると思っていた。でも夕華の言葉を聞いて途端に歪み始める。


 もし小学生のときに恋したナツキと今日デートしたナツキが別人なら、ああ、それじゃあ私は馬鹿みたいではないか。好きになった男の子と同じ肉体を持った好きでもない男の子。そんな相手に肌を晒し、乳を当て、唇を交わしたのか?

 肉体は同じでも心は違う。精神は違う。物理的な現象として差異はなくとも、乙女であるノワールにとって心への穢れのようなものを拭えずにいる。


 震えるノワールの痛ましい姿を辛そうに見る夕華は、しかし慰めの言葉は与えなかった。彼女が憎いからではない。同じ少年に恋をしてしまった女として、これは自分自身の内側で解決しなければならない問題だからだ。

 まったく自分たちはとんだ問題児を好きになってしまったものだ。嘆息して夜空を見上げる夕華は、二十歳過ぎとは思えぬほど幼気で少女のような微笑みを浮かべていた。



〇△〇△〇



「もう疲れたなんて言わせへんよ。僕としてはようやっと盛り上がったきたところなんやから!」


「ククッ、心配するな。暁時に至るまでまだ数刻ある。昏い宵闇が頭の中で割れそうなほど鳴り響く……世界が俺に味方している時間だ」


「それは僥倖。土星──慥かなるジュピター」



 納刀した讐弥の両手に固めた土で作られた槍が現れる。鋭利な先端とごつごつとした表面も相まって土というより岩と表現する方が近い。 

 身長ほどの大きさがあるそれを左右の手に握りしめ、広背筋を効かせて同時に投擲する。地球の権能によって筋力が向上しているので岩槍は空気を切り裂き音速を超えてソニックブームを生じさせた。

 

 ドリルのごとき回転とともにマッハの次元で飛来してきた槍をナツキは視界に捉えてると赤い右眼を再び淡く光らせる。



「オッカムの剃刀。あらゆる事象の仮定すらも削ぎ落す概念武装」



 夢を現に変える能力によって生み出した二、三十センチメートルほどの長さの剃刀。刃の部分が大きいこともあって剃刀ではなく短刀に見える。

 ナツキは蝋の翼をはためかせて飛翔し自ら岩の槍に突撃していった。オッカムの剃刀を手に持って。

 タイミングを合わせて腕を左から右へ薙ぎ払い二本の槍を同時にはたく。剃刀の刃が軽く触れただけで槍は粉々に砕け散り破片が空に舞う。



「火星──麗らかなるマーズ!」



 讐弥は立て続けに能力を発動。土星に続いて火星の権能で掌から紫炎を吹き出しながら追撃を試みる。美しいヴァイオレットの火炎放射はナツキの身長を優に超える。



「ククッ、良いことを教えてやろう。サラマンダーは火を吐くトカゲではない。火を寄せ付けない体質によって火の中で生息できるトカゲのことを指すんだ」



 ナツキを守るようにしてオレンジ色の肌の巨大トカゲが現れる。シャーーッ! と細い舌を出して威嚇し、空中に浮いたまま盾となって紫炎を受け止め、炎は一切ナツキに届くことなく四方八方に散り散りになる。

 火炎放射が止まったのに合わせてもう一度舌を出して鳴くとトカゲは消え去った。



「ククッ、ラピスに会ってからこれまでより神話や伝説を引用することが増えたな。既存のイメージを流用すればいい分、発動も早く精度も高い。俺にはうってつけだ」



 中二病がなんとなくカッコいいと考える物がある。黒い刀などその代表例。そんなものは歴史上存在しないがカッコいいからナツキは夢を現に変える能力で召喚できる。

 中二病がなんとなくハマる言葉がある。悪魔の証明とか、ラプラスの悪魔とか、シュレディンガーの猫とか、ネットで見聞きした言葉をさも自分で勉強したかのように使いたがる。


 これらとは少し違って、蝋でできたイカロスの翼にしろレーヴァテインという赤い剣にしろ、他にも八咫鏡とかサラマンダーとか、元々存在する神話や伝説に端を発するものも能力によって具現化するようになった。

 それらは既に逸話を通し特殊な力をもっているので、イメージを作り上げやすいだけでなく作り上げた瞬間から非常に強力な力を発揮し役に立つ。


 本の世界の空想の生物を具現化するラピスの能力とはある意味で兄弟のような性質をもつ。ラピスも小学生ながら軽度な中二病でありナツキともすぐに親しくなったので、彼らが互いに能力の使い方に影響を与え合うのは自然なことであった。



「ふーんそうかいな。でもそれは僕も同じやで。長い歴史の中で世界中の人々が憧れて、手を伸ばして、そんでぎょーさん物語を紡いで、託してきた星々の力を使わせもろうてるんやから。水星──清かなるマーキュリー」



 讐弥が横薙ぎに腕を振るうと視界いっぱいの青い荒波が現れる。見上げるほどの高さがある巨大波がナツキを飲み干し大地へ叩きつけようと迫り来る。

 津波はたった高さ一メートルでもコンクリート塀を砕き自動車のような金属の塊を容易く流してしまう。ナツキから見て、この青い波は目算数十メートルはあるだろう。

 波の勢いや強さだけでなく水量も膨大だ。それだけの質量の物体をぶつけられるだけでもナツキの身体は一撃で粉砕される。ましてや互いに宙に浮きかなりの高所で戦っている。このまま流されて落下したらひとたまりもないだろう。



「ククッ、だったら乗りこなせばいいだけだ。ノアの方舟。世界滅亡の大洪水すら乗りこなす、生物救済のアーク!」



 黒塗りで木造。一人乗りという簡素な作りでありながらナツキを乗せた小舟は波の先端と接触した。下から押し上げられるように船頭が持ち上がり波のてっぺんにまで昇っていく。

 ただでさえ高所にいるというのにさらに高く運ばれた。そこから見える秋葉原の街並みは豆粒のように小さく、ライトアップされた有名な観光名所のタワーや遠くの県の山々が暗闇の中で連なっている影は雄大だった。


 舟はなんとか無事に波を乗り越えて落下。ナツキは舟から飛び降り、蝋の翼をはためかせて元の高さのあたりでホバリングした。舟は能力の産物なので念じれば消せる。

 まったく讐弥は手数が多くて飽きさせない。ナツキは愉快な好敵手を前にして、やはり楽しいという気持ちを抑えられずにいた。次は何を見せてくれるのか。とても命のやり取りの最中とは思えないほど無謀な願いを胸に抱いて讐弥を視線で射抜く。

 そのときだった。讐弥が手を銃の形に模して指でこちらを差している。



「天王星──厳かなるウーラヌス。金星──嫋やかなるヴィーナス」



 指先に光の玉が現れ、光線となって発射された。金星の権能である光の攻撃は一度見た。軌道もまっすぐで読みやすく、ナツキは特に対策を講ずることなく避けられるだろうと甘く見た。

 そして実際問題、光線はナツキに当たらなかったのだ。そう、ナツキには。



「金星ってな、地球で最も明るく見える惑星なんやで」



 光はナツキから逸れて背後へと向かっていく。その先にあったのは半透明のガラスだった。ナツキを囲むようにガラス質の物体が何十、いや何百と浮かんでいる。

 光線はまず一つ目のガラス質の破片にぶつかり、光を屈折させて軌道を変えた。その先には二つ目の破片がある。そうして二つ目のガラスを通って再び屈折し三つ目の破片に向かって光線は進む。その次に四つ目の、五つ目の、六つ目の……。


 光は文字通り光の速度だ。秒速およそ三十万キロメートルの速度で光線は屈折と反射を繰り返しナツキを包む。逃げ場のない光の繭。ナツキは地球を一秒間で七周半する速度で幽閉されたのだ。



「リビアングラスっちゅう黄色い天然ガラス、知っとる? 二六〇〇万年前にリビア砂漠に隕石が落ちたんや。そんで衝突したときの熱波と爆風が砂漠の土や岩を一瞬で溶解した。要はドロッドロに溶けたんやな。それが冷やされて、組成を変えて結晶化してできたんがリビアンガラス。隕石……つまり流星が地球にぶつかって生まれた奇跡の鉱石や」



 まるで星と星の子供やな、と讐弥は笑って付け加える。


 ナツキは走馬灯のように先ほどまでの讐弥の戦法を振り返っていった。

 まず岩の槍を投擲してきた。ナツキはそれを砕いた。

 次に紫の爆炎を火炎放射器のように放ってきた。ナツキはそれを弾いた。

 最後に大量の水で波を生み出した。ナツキはそれを乗り越えた。


 視界を覆い隠し目が焼けそうになるほど眩しい光景の中でナツキは思考する。点と点がつながった。光を連続反射させて自分を閉じ込めたあのガラス片は、元は岩の槍だったものだ。



「地球の権能で強化した思考力を使って考えた僕の作戦や。土星の権能で岩の槍を投げる。そんで砕けた破片は天王星の権能で浮かせたままにしておいて、次に火星の権能で高温で熱する。岩の破片が溶けたところで水星の権能で生み出した大量の水で急速冷却する。そうやってできあがったリビアンガラスをもっかい天王星の権能でうまいこと配置して、金星の権能で放った光線を乱反射させたっちゅうわけや」



 讐弥が掌をグッと握ると反射を繰り返し続けるリビアンガラスは互いの距離を縮めていく。当然、ナツキを包む光の繭も直径を縮めていく。肌を焼き肉を溶かし骨を貫く殺人光線が、穿つ光線という点の攻撃ではなく全方向から包み込む面の攻撃となってナツキを脅かす。


 逃げ場はない。逃げるために光線の繭を突破せねばならずそれは死を意味するだろう。



「水金地火木土天海冥。そっちが夢想を使って戦うっちゅうんなら、僕は幼い頃から夢を託し続けた星々を使って勝たせてもらうで」

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