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第313話 剣、炎、水、氷

 鍔迫り合いの状態から刃と刃が押し合って反発し互いにバク宙しながら距離を取る。実際に剣を交わした讐弥はナツキの変化をいち早く感じ取っていた。当然ながら讐弥は人格交代のことは知るはずもない。しかし先ほどのナツキよりも動きが洗練されているのだ。

 ノワールを守るためがむしゃらに立ち向かってきた最初のナツキの戦い方はあまりに馬鹿正直で『夢を現に変える能力』を充分に使いこなせているとは言い難かった。動きも直線的だったので読みやすく、讐弥自身かなり手を抜いて戦えていた。


 だが、今のナツキ。すなわち黄昏暁はまったく違う。雰囲気からして違う。そして何手も先を読みこちらの動きを制限してくるのだ。

 たとえばマスケット銃で撃ってきたとき、銃口は水弾に向いていたが視線はこちらに向いていた。もし妙な行動を取ってもすぐに対処されていただろう。銃弾と水弾が衝突したときのわずかな飛沫と煙をたよりに抜刀して吶喊したのは、見ようによっては『そうせざるを得なかった』とも言える。


 囲碁やチェスのようだ。相手の何手先もの動きを読み、それを制限する。自分がもつ複数の選択肢を使って相手がもつ複数の選択肢をできるだけ狭める。讐弥がこの戦いに感じた高揚感の正体は能力の強さや等級の高さではない。ナツキが元来もつ戦術眼や戦闘センスに対してワクワクしているのだ。



「せやから、僕も全力出さへんとバチ当たるで。こんな戦いようできひんわ」


「ククッ、俺もだ。やはり異能を使った戦いは楽しいな。胸が高鳴る!」



 中二病にとっては能力者ほど興奮するものはない。異能、剣、魔法。そういった非現実を存分に浴びることこそナツキの長年の夢であった。実際に能力者となってしばらく経った今でもそれは変わっていない。

 ナツキと讐弥は互いに刀の切っ先を向け合う。わずかな笑みを両者とも湛えて。



「地球──母なるアース」



 讐弥が地面を蹴るドン! という音がナツキの耳に届くより早く、ナツキは反射的に刀を前で水平に倒していた。讐弥の刀を辛うじて受け止めながら確信する。今の攻撃は音速を超えていたと。

 斬り飛ばされずには済んだが衝撃までは吸収しきれず神田明神の本殿へと身体ごと突っ込んだ。朱色に塗られた神聖な向拝柱をへし折り奥へと奥へと進んでようやく止まる。パラパラと埃や木片が舞った。


 このままでは建物だけでなく街をも破壊し尽くしかねない。そう判断したナツキは起き上がるとその場でジャンプし瓦の屋根を突き破った。背には蝋でできた白い羽根、イカロスの翼が生えている。風を切り高度を急激に上げ、秋葉原の街を見下ろしながら神田明神に手をかざした。



「テセウスの船。破壊された一部分を全て置換しながら同一の実存を維持させる」



 ボロボロになってしまった神田明神の本殿は何事もなかったかのように再起した。その刹那、地上から弾丸のごとき速度で讐弥が跳び上がって来た。ただの垂直跳びで地上数十メートルの高さを突破してきたのだ。

 


「天王星──厳かなるウーラヌス」



 讐弥は最高点に到達するとサイコキネシスの力をもつ天王星の権能を自身の肉体に付与した。青い光が線となって讐弥の身体の輪郭をなぞる。通常なら重力に引かれて自由落下運動するところを食い止め浮遊させている。



「僕の地球の力は、僕が地球におる限りあらゆるバフを受けるっちゅうもんや。知能、五感、思考力、身体能力。全てや。シンプルやろ? 大気圏の下では僕は最強の肉体に変貌するんよ」



 互いに空中に浮き、雲と大地の狭間で人のいない街を見下ろす。讐弥は刀を夜空に高く突き上げた。刀から紫の豪炎が柱のように太く激しく噴き出した。

 熱柱が巻き散らす熱波は肌をチリチリと焦がし夜には似つかわしくないほど煌々と輝いてあたりを照らす。



「火星──麗らかなるマーズ。ローマ神話の軍神マルス、ギリシア神話の戦神アレス、メソポタミア神話の死と疫病の神ネルガルとも同一視されとって、東洋五行では赤と心臓を司るんや」



 空いた左手で心臓のあたりを押さえると讐弥の身体全体がドクンと跳ねた。バリン! とガラスが割れたような音とともに紫の炎柱は真っ赤な爆炎へと姿を変える。焚火のような優しいオレンジ色ではない。血や死を連想させるおぞましくも美しい鮮血の赤(ワインレッド)である。

 一層炎は勢いを増し、天高く雲を穿った。夜空の分厚い雲り空すら貫く巨大な炎は、しかしなおも讐弥の刀の刃の延長にある。あまりの高温に炎の周囲の空間は蜃気楼でゆらゆらと歪んで見える。



「ククッ、とんだお色直しだ。だったら俺も相応の業物で相手してやろう。……黒炎の庭園で咲く真紅の薔薇、吹きすさぶ破滅と荒ぶる憤怒の刃、鮮血を吸い尽くせッ! レーヴァテインッッッッ!!!!」



 ナツキが天に掲げた黒刀は真紅の刀身へと変化した。レーヴァテイン。生き血を吸ったかのような眼を見張るほど鮮やかな赤い西洋剣だ。神話に名を連ねる神聖な赤色の刀身からも炎が噴き出す。

 物理法則に反して漆黒に彩られた炎が同じく刀の刃の延長に炎柱となって雲を突き破る。闇色に染まった邪悪な黒炎が夜空よりも暗く深く光を飲み込み燃やし尽くす。


 高さ数十メートルにも及ぶ業火と豪炎の柱が二本。それぞれ赤と黒。讐弥とナツキはともに剣の柄を両手で固く握る。さながら超巨大な両手剣だ。両者はゆっくりと剣を相手に向かって振り下ろす。その動きに合わせて炎の柱もゴオオオオォォォォォォ!!!! と空気を燃焼させながら相手を圧し潰し燃やし尽くそうと振り下ろされる。


 真紅の炎刀と漆黒の炎剣が空で交わった。巨大な焔のクロスが天空に描かれ、人間の骨など随から灰にする熱量の爆炎の余波と余熱が二人の肌を焦がす。



「海王星──大らかなるネプチューン!」


「現を夢に変える能力!」



 讐弥の青い両眼が、そしてナツキの青い左眼が淡く光る。互いに能力を無効にできる能力だ。讐弥は自身の肉体に干渉するナツキの黑炎を無効化。ナツキは飛び火して服や肌を焦がしてくる目の前の赫炎という現実を夢に格納することで無効化。

 空中で斬り結んだ炎刃の余波余熱は真下の秋葉原の街並みにも届き、空間の振動が窓ガラスを割って道路のアスファルトは熱に耐え切れずドロドロに溶け始めていた。



「ククッ、まだまだ行くぞ! ハァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!」


「僕だって負けてられへんでほんま。ヤアァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」



 互いの能力無効化能力によって肉体へのダメージをなくしながら、一太刀、二太刀、三太刀……と何度も何度も斬り合う。互いに咆哮を上げながら身長の何十倍もある炎の剣を身体の一部かのように軽々と扱い幾度と炎刃をぶつける。

 打っては引き、再び強烈に打つ。反発し合いまた打つ。地上で行う剣戟とはスケールが違う攻防が火の粉を散らして巻き起こる。



(楽しいなぁ。けったいやでほんま。戦うのがこんなに楽しいなんて初めてや。もっと続けたくて仕方あらへん!)



 炎が飛び火し頬を掠める。煌々と光り輝く二振りの巨大炎剣がぶつかり合う神話のような光景を目の前にしてさらに昂る讐弥は無意識に口角を上げていた。しかし、続くということは埒が明かないことと同値。次なる一手を繰り出さなければ決着はつかない。

 讐弥は右手で刀の柄を持ったまま左手を前に突き出した。



「水星──清かなるマーキュリーィィ!!!!」



 讐弥の叫び声の直後、青い水が掌から溢れ出した。ダムから水が流れ落ちるときのように膨大な量の水が空中を流れ、ナツキや黒い炎の剣を取り囲んでいく。

 水量は絶え間なく増え続け激流となってナツキを閉じ込めた。水は一辺二〇〇メートルの巨大なキューブを形成し、ナツキのレーヴァテインは黒い炎をみるみる小さくしていきついには完全に火種を失った。



「酸素なし、不純物なし。完全なるH2Oの塊や。呼吸はできひんで?」



 魚や貝などは水に含まれるわずかな酸素を体内に入れることで呼吸している。しかし讐弥が能力を使って人工的に生み出した水は酸素を排除しており、剣の炎が消えたのはもちろんナツキ自身も呼吸できない。

 水の巨大キューブの中でガボッ! と口から空気を吐き出し、酸素不足で脳がチカチカと明滅する。

 

 だが、ナツキの目は死んでいなかった。青水の牢獄の中で赤い右眼が淡く光る。水中では言葉は発せられない。しかし脳内で慣れた言葉を紡ぎ詠唱を行っていく。



(()てつく風屑(ふうせつ)風花(かざはな)よ、気高き猩々緋(しょうじょうひ)(かたち)を示せ!)



 青い水のキューブはナツキを起点に変化を始めた。ピキ……ピキピキ……と水が凍っているのだ。それも赤い氷である。青い水は赤い氷の勢力に呑まれていく。わずか数秒の間に真っ赤な氷のキューブとなって、内側からバリィィィィィン!! と砕け散る。

 真っ赤な氷の破片がキラキラと雪のように秋葉原の街に降り注ぐ。ナツキは蝋の翼をはためかせ空中に留まったままレーヴァテインを持つ方の腕の肩をぐるぐると回した。



「ククッ、今のは危なかったな。それにしても閉じ込められると肩が凝る」


「ほんまバケモンやね、きみ」


「よく言われる」



 軽口で言い返したナツキは指をバチンと鳴らした。すると空中を舞い地面へと降り注いでいた大量の赤い氷片が進路を変え、讐弥へと向かっていった。鋭い氷の刃が上から、下から、横から高速で迫り来る。

 地球の権能によって身体能力が向上している讐弥は刀で大半を斬り伏せた。木の葉よりも小さい氷の刃を寸分たがわず打ち払う様は洗練された剣士にしかできない離れ業だ。


 しかしナツキもそれは承知の上。軌道は全て計算していた。近くの氷刃は一刀でまとめて払えても真逆の方向から同時に攻撃を受ければ、片方しか対処できない。

 讐弥の皮膚に少しずつ裂傷が増えていく。傷跡は凍っていた。それほど氷の破片が冷たさを保っている証拠だ。



「木星──長閑(のど)やかなるジュピター」



 讐弥の傷が青い光に包まれて一瞬で塞がれる。そして。



「天王星──厳かなるウーラヌス」



 自身の皮膚を切り裂いた赤い氷片が青く光った線で輪郭を覆われて、讐弥の支配下へと入った。天王星の権能は要はサイコキネシス。天に突き立てた刀を指揮棒のように振り下ろすと今度は氷刃は讐弥からナツキへと放たれた。


 炎を失いただの緋色の剣となったレーヴァテインを振るってナツキもまた氷刃を打ち払う。しかし地球の権能で思考力や知能も強化した讐弥はナツキと同じように死角をつき防御不能の軌道を選び取っていた。ナツキの身体にもまた同じように裂傷ができていく。



「アスクレピオスの杖。蛇の螺旋は生命力を司る」



 青白いヘビが身体にまとわりついて傷の上を這うと裂傷はきれいになくなる。


 ナツキと讐弥。互いに現実を歪める数多の異能を一つの身に宿す強力な能力者の激突は苛烈を極めながらも拮抗していた。圧倒的な身体能力と知能をもち、さらに剣と異能力を使った二人の戦いのセッションは留まることを知らずさらなる高みへと昇っていく。

レーヴァテイン:初登場は第50話

赤い氷:初登場は第131話

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