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第31話 マッドとサイコの違い

「ん……」



 滲んだ視界の中で二、三度まばたきをする。目の前のぼやけたピントが徐々にあっていく。

 そこには目を閉じた天使がいた。いや、この至近距離に『そこ』は相応しくないかもしれない。鼻と鼻がくっつきそうなほどの近さは『ここ』と言った方が良いだろう。

 自分も、天使も、横になっている。甘い香りが鼻腔をくすぐり気分が良い。まるで夢見心地。自分は死んでここは天国か極楽かどこかなのだろうか。



「ここは……」


「……起きたのね。体調、どう?」


「ス、スピカ!?」



 自分が起きたのに合わせて、パチリ、と目の前の女性も目を開いた。海のように深く空のように広い鮮やかな青い瞳と目が合う。



(そうだ、俺はあのとき倒れて……)



 身体を起こす。まだ頭がボーっとしハッキリしない。手を突いたときのふかふかとした感触から寝ていてた場所がベッドであるとすぐにわかった。



「アカツキに付き添ったまま私も寝ちゃってたわ」



 スピカも同じようにベッドから上体を起こす。二人で一枚の掛け布団を使っていたため、二人ともが体を起こすとめくれ上がる。

 窓から夕陽が射して二人を同時に照らした。ナツキはおおよその時刻を察した。



「ちょ、ちょっと待て、どうして俺がスピカと同じベッドに!」



 質問をよそにスピカはベッドから出た。

 ナツキはこの部屋に見覚えはない。が、部屋の中心に位置するベッドやすぐ横にある小さなテレビ、絨毯状の床、枕元の電話機、白に統一された枕やシーツ、そしてスリッパやタオルなどのアメニティ。これらの物品からビジネスホテルだということは想像がつく。


 ベッドから出たスピカは備え付けのポットの前で何やら作業をしている。そして背を向けたまま返答した。



「ここは私が泊っている部屋よ。……はい、ほうれん草のスープ。日本って便利ね。コンビニで何でも売ってるんだもの」


「あ、ありがとう……」



 手渡されたプラスチック蓋の紙製カップに入ったスープを受け取る。モワモワと立ち上る湯気とともに、野菜の爽やかな香りや出汁の濃厚な香りが漂う。



「たぶん貧血ね。血の出しすぎよ」



 スピカはベッドに腰かけた。ナツキとしてはだからといって同じベッドで寝る理由にはならないのだが……と内心ツッコミを入れつつ、まずはここまで自分を運び看病してくれたことを感謝した。

 夕陽が眩しい窓の外を目を細めながら眺めるとそこは見覚えのある街だった。



「ここは駅前から少し離れたところにあるホテルか」


「ええ。だからあの用水路を出てすぐの場所からでも割と遠くなかったわ。少なくともアカツキを運び込めるくらいにはね」


「すまない。迷惑をかけたな」


「いいのよ。それに、私も少し疲れていたし。ちょうどいい仮眠が取れたわ」



 入国早々一等級の能力者の存在を聞き、実際に会い、その直後には洗脳を受けた能力者と戦った。ナツキが一等級の能力者であることは勘違いなのだが、スピカにとってはこれが土曜日の出来事の全てだ。

 日曜日は、このとき倒した相手の入院先に話を聞きにいった。そして丸一日スピカもまた調査していたのだ。そのときもう一人被害者が見つかったと耳にして、月曜日である今日の朝また別の病院に向かい、ナツキと再会した。


 犯人の行動時間が夜であることはテレビニュースや新聞の地域ページを見ていれば一般人でも知っていることだ。必然的にこの二日間もスピカの活動の中心は夜で、時差ボケをなくす間もなかったた。そのためほとんどきちんと睡眠がとれていないのである。それでもナツキが目覚めた気配で瞬時に自身の意識も覚醒させるのはさすが星詠機関(アステリズム)の一員といったところか。



「だが、こんなところで寝ている場合じゃない。犯人が拠点にしていたあの地下室にいなかったということは、犯人にとっても今回の騒動は最終局面にあると思っていいだろう」



 地下室にあったレポートから、おそらく英雄は研究の『成功』であり、これ以上犯人は素体集めと称して拉致をする必要はない。『成功』が何を意味し、それにどのような目的があるのかはわからないが、犯人が英雄を利用して何かを引き起こすにしろどこか遠くへ逃亡するにしろ時間に猶予はない。



「その、あなたの大切な人……っていうのが心配なのはわかるけど、だからってアカツキが倒れたら元も子もないでしょ」



 スピカはどこか照れながら言った。ナツキは探す相手を大切な人だと言っていて、スピカ自身もナツキからそのように思っていると伝えられたからだ。



(夕華さんと同じだな……。スピカも俺の気持ちを尊重しつつ俺自身を案じてくれている。焦ることが余計に最良の未来から遠ざかってしまうことを教えてくれている)


「向こうだってあまり目立つような真似はしたくないはずよ。だから私たちも動くなら今日の夜。いいわね」



 スピカがホテルの部屋に元々設置してある小さな冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してナツキに渡した。


 たしかに、わざわざ人目につく昼間に何かする、というタイプの犯罪者ではないだろうなとナツキも感じた。

 思い出すのは地下室で読んだレポートの『あのお方』という言葉。最新のページだけでなく、他の古い巻数でも繰り返し登場していた。つまり、今回の連続中学生失踪事件の犯人の思想のバックには特定の一人の人物の存在がある。ここから導き出される結論はひとつ。



(犯人は科学者か研究者だ。そう、いわゆるマッドサイエンティスト。ただ……マッドネスではあるがサイコパスではない)



 ナツキのような中二病は犯罪をするほど道を外しているわけでもないし、仮に外れていてもその手の中二病は罪を犯すほど度胸はない。しかし、どのような中二病であれ何故か世界的な犯罪者への知識が豊富なのだ。


 そして思い出すのは、イギリス史上最も残忍な大殺人鬼、ジャック・ザ・リッパ―である。日本では切り裂きジャックの名で知られる彼は典型的なサイコパスとして後の犯罪心理学やプロファイリングに影響を与えた。すなわち、サイコパスは自身の行為をアピールし認めてもらいたがる傾向があるということだ。


 例えば切り裂きジャックは捜査が難航する警察に対し、挑戦状のような手紙を送った。その後も、サイコパスと呼ばれる犯罪者たちはわざと現場に何か自分を示すマークのようなヒントを残したり、暗号や挑戦状で警察を挑発するような真似をした。遺体の一部を街の目立つところに置いておく猟奇的な者もいた。


 翻って今回の事件はどうだろう。たしかに地下室で読んだレポートから同じように猟奇的であることはわかる。しかし警察がどうとか社会がどうとか、世間に評価されたい、認められたい、目立ちたいだとか、そうした欲求は微塵も見えなかった。

 常にあったのは「あのお方」の存在ただ一つ。


 『狂う』ということに大なり小なり憧れがある中二病だからこそ、そうした本当に『狂った』人間がどのように類型化されるか分析できる。だから相手が動くとすれば、わざわざ警察やその他の妨害要素に見つかるリスクのある昼間ではなくて夜だろう。

 その意味でナツキはスピカの『自分たちも動くなら今晩』という考えには大いに賛成だった。



「ああ、そうだな。もうすぐ陽が沈み、夜の帳が落ちる。それまでここにいさせてもらってもいいか? スピカ()()()


「なっ……」



 スピカは熱くなった顔を見られないようにナツキに背を向けた。『姉さん』呼びによほどドキドキしているのだろう。

 だがベッドにいるナツキから一八〇度振り返った先にあるのは窓。夕陽がスピカの顔に直撃する。



「眩しっ!」


(スピカは何やってんだ……)



 自爆するスピカの姿に苦笑いがこぼれる。

 コンビニ商品なのに、いつもよりスープが美味しく感じる。オレンジの夕陽を浴びたスピカの白銀のロングヘア―はファイアオパールのように綺麗だとナツキはしみじみ思いながらスープを啜った。

ユニークアクセスが1000を超えておりました。読んでくださる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!

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