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第300話 プラネッツ

 シンと静まり返った道場では冷たい朝の空気が張り詰めていた。ピンクや紫といった暖色の多い女性ものの袴を纏った英雄の周囲では磁力で六本の短刀が浮遊している。一本一本から殺気が放たれ緊迫した空気を醸し出す。

 一方、英雄と相対する心宿(なかごぼし)讐弥は腰に刀を携えてはいるものの寒そうに両手は和服の懐に中に入れていて、弛緩した雰囲気。



「──神立(かんだち)



 青い両眼がひと際強い光を宿す。英雄の背後では六本の短刀が集まりバチバチと稲光の火花を散らして円を形成した。神々しい青白い光を纏っている円はさながら仏教やキリスト教における光背の光輪だ。

 それらの短刀が先端を前方へと向け、英雄の言葉に合わせて六本それぞれから電撃を放った。



「つい最近まで真夏やったのにすっかり朝は冷え込むようになってしもうたねぇ」



 讐弥はひょうひょうと六つの稲妻を眺めている。避ける素振りもなく刀に手をかけることもせず。ただ青い両眼が淡く光る。



「こういう空気の澄んだ日はよう星が見えるんよ。土星──(たし)かなるジュピター」



 畳敷きのはずの道場の床から濃茶色の土壁が生えた。高さは二メートル近くあり角も整った正確な長方形のモノリス。土壁に当たった六本の電撃は壁を分散するように伝って吸収された。

 雷が空から地面に落ちたとき雷はそのまま吸収される。讐弥が行ったのはそれと同じだ。避雷針やアースに仕組みは近い。


 雷電攻撃を難なく受け止めた讐弥は、しかし目の前で土壁が爆散したことにわずかに目を見開く。

 バラバラに砕けた土壁の向こう側から現れたのは短刀を両手にそれぞれ握った英雄。全身には青白い稲妻が迸っていて余った短刀四本は周囲に浮遊している。



(神立による電撃は牽制で、本命は雲耀(うんよう)による急加速と接近戦ってわけやね。よう考えとるやないの英雄クン)



 讐弥に肉薄した英雄が短刀を振り下ろす。既に距離は限りなくゼロに近い。身体を斜めに倒すように無理な姿勢でかわそうとするが鋭い英雄の剣閃が讐弥の肩にざっくりと裂傷を刻む。

 噴水のように吹き出した血液が畳に飛び散り真っ赤な水溜まりができた。讐弥は転がるように英雄から距離を取りながら身体の回転する勢いを利用して立ち上がる。



「やるやないの英雄クン。僕に一太刀浴びせた最速記録やないの? 木星──長閑(のど)やかなるジュピター」



 筋肉がぱっくり断裂し骨まで見えかけていた肩の傷が穏やかな緑色の光に包まれてたちまち癒えていく。英雄もこうなることは予想していたのか驚く素振りはない。むしろ気合を入れるように大きな声を上げながら追い討ちをかけるため地面を強く蹴ってもう一度距離を詰める。



「まだまだぁぁぁぁ!!」


「水星──(さや)かなるマーキュリー」



 水溜まりになるほど大量の血液が触手のようにうねり英雄の足首に巻き付いた。足を取られて転んだ英雄は手に持っていた二本の短刀を落とす。すかさず浮遊していた四本の短刀が激しい電流を伴って血液の触手を焼き焦がして切断していく。

 しかし、この好機を見逃す讐弥ではない。親指を上に、人差し指を前に。手を銃の形に見立てて床に這い蹲る英雄を狙った。



「もっかい。水星──清かなるマーキュリー」



 人差し指の先端で風船が膨らんでいくように水弾が形成された。そして射出。実際の銃弾と変わらないほどの速度で水弾がとんでいく。



(さぁて英雄クン。この水弾は純水や。電気は通さへんで? どないするか見物やねぇ)



 讐弥相手に一度隙を見せた時点で反撃を喰らうことはわかっていた。どうする。水弾が撃たれてしまったので前へ突っ込むことはできない。再び雲耀を使って文字通りの光速移動をし一旦は後方へ回避か?

 しかし英雄はわずかな思考の渦の中でこのアイデアを否定する。讐弥ほど知略に長けた相手なら回避先を読んでもう一発撃ってきたり罠を仕掛けたり、或いは別の手段で攻撃してきたりすることは充分に考えられる。



「だったら……。──電光(でんこう)雪華(せっか)



 電光雪華。それは以前ロシアにてクリムゾン相手に用い、そしてつい昨日の晩にノワールのマンションにばかすか放った荷電粒子砲の名である。


 荷電粒子砲は一見するとビーム兵器のような姿をしている。しかしその実態は粒を電圧で加速させてぶつけているに過ぎない。磁場を操り電圧を操り膨大な電力を供給してこれを可能にさせる。

 英雄は倒れ込んだまま手を伸ばす。掌から放たれた荷電粒子砲は水弾へ衝突した。


 爆ぜる。互いに相反するベクトルのエネルギーを打ち消し合う。


 そして青い極光が道場内を包む。


 讐弥は電気や雷を使った反撃を防ぐためにあえて純水、それも理論純水と呼ばれる不純物の混ざらないものを使って英雄を撃ち抜こうとした。

 だが、むしろそれが英雄にとってはチャンスとなった。


 ニュートリノを調査する素粒子観測装置にカミオカンデやスーパーカミオカンデというものがある。

 宇宙線放射の影響を受けにくい地下一〇〇〇メートルに作られたそれは三〇〇〇トンもの超純水を抱えている。純度の高い水中で荷電粒子が光速で通過すると、水分子を構成する水素原子そのものに衝突して原子が光速を超えて電子を吐き出し青い波長の光となって放射される。この光を検出することで新たな粒子を研究しているのだ。


 英雄が荷電粒子砲を放ったことで、この光の放射、すなわちチェレンコフ光放射という現象が起きた。


 海色の光の爆発。一瞬の目くらまし。しかし一瞬こそが命取り。英雄は手を伸ばす。英雄自身も視界が真っ青で讐弥の位置を確認できない。でも。



(見えないのは向こうも同じ! それなら!)



 狙いすました電気や雷は撃てない。しかし範囲攻撃ならば。視界を奪った今なら回避不能のはずである。

 英雄の腕を電撃が走る。掌から三六〇度に雷が放電された。



「金星──(たお)やかなるヴィーナス」



 屋内に満ちていた青い光が消え去る。否、一点に集約される。讐弥の掌の上にある水風船ほどの大きさの青い光の塊こそ先ほどまで部屋を照らし二人の視界を奪っていた眩い光である。部屋は元の明るさに戻ってしまった。

 そして讐弥は無数の雷を目視し、ひょいと首を傾けて避けた。元より英雄も視界が悪い中でデタラメに放った攻撃だったのでほとんどが讐弥に届くことなく道場の壁や天井を焦がし穴を開ける程度に留まっていた。



「今日はここまでやね」



 手をぐっと握ると青い光の玉は潰れて霧散した。汗一つかかず歩いて近づいてくる讐弥に対して英雄は片膝をついたまま肩で息をしている。身体も頭もへとへとだ。

 讐弥が差し出した手を取って立ち上がり袖で汗を拭く。英雄はさっぱりとした表情で告げた。



「今日も稽古をつけていただいてありがとうございました。いつもハンデをもらっているのにボクの完敗でしたね……」


「そうでもあらへんで。ハンデにしてたんは水星、木星、土星しか使わんっていう内容やろ? 最後の青い光んとこで僕は金星を使ってしもうたから、僕の反則負けや。それに英雄クン、初めて戦った六月よりも随分と強なっとる。(つよ)いっちゅうより(したた)かって言った方がええかな。誇ってええで」



 道場の壁際に置いてあったスポーツドリンクを讐弥は自分の分と英雄の分を拾い上げて投げ渡した。讐弥はぐびぐびとドリンクを呷りながら腕を伸ばし片手間に道場の焦げ跡や穴を修繕している。手を伸ばし、『木星──長閑やかなるジュピター』と呟くと何事もなかったかのように道場の欠損は消え去った。



「……ごくごく……ぷはぁ。心宿さんの能力は多種多様なところが厄介なのに、その一つ一つが普通の二等級の能力者並なんですからすごいです。ボクなんて自分の一個の能力すら満足に活用できていないのに……」


「そうやねぇ。電気とか雷とか、漠然と考えるからあかんのよ。二、三カ月前になるんかな。僕はこう指導したはずや。技に名前を付けるようにって。六本の短刀から雷撃を撃つ神立、電気や雷と同じ光速で移動する雲耀、荷電粒子砲を撃つ電光雪華。うん。どれもええよ。すごくええ。じゃあ英雄クンに一個質問や。僕はどうして技に名前を付けるように言ったと思う?」



 讐弥は畳にあぐらをかき、英雄も少し離れたところに正座した。顎に指を当ててしばらく考えて英雄が出した結論。それは。



「カッコいいから……とか?」


「なんでやねん! ちゃうわ。もっと実戦的な理由や」



 ドリンクが空になるまで考えたが英雄は思いつかない。見かねた讐弥は助け船を出す。



「英雄クン、ゲームって普段やるん?」


「んー……あんまりやらないです。うち貧乏だったので」


「そっかそっか。そうやなぁ、じゃあこの例えはわかりづらいかもしれへんな。あんな、技名をつけるのはゲームのコマンドみたいなもんなんや。このボタンを押したらこの技が使える。それと同じで、この言葉を口にして脳がイメージしたらこの攻撃を使える。そんな風に自分の能力を用途で分割、分類して保存しておくんよ。そうすれば……」


「戦闘中に考えることを減らせる……思考リソースを別のことにまわせる!」


「お、冴えとるな。そういうこっちゃ。英雄クンのすぐ近くにもおるやろ? イメージを口にすることで万能過ぎる能力をうまいこと活用しとるやっさんが」


「あ……」



 英雄の脳裏に浮かぶのは、昨晩どうしてか対立することになってしまった親友の黄昏暁。たしかに彼は黒い刀の召喚をはじめ夢を現に変えるとき言葉を口にしている。自由度が高すぎるが故にイメージと認知を補助する言葉の力が必要なのだろう。

 


「僕は心宿さんに教わってばかりですね……。この間アクロマ・ネバードーンに勝てたのだって心宿さんとの稽古のおかげですから」



 心宿讐弥の能力は単一の能力でありながら複数の効果をもつ。英雄が以前ナツキと美咲を助けるため戦ったアクロマ・ネバードーンはコピー能力者で、彼もまた複数の能力を使用してきた。

 手数が多い能力者を相手にするのは英雄にとって驚くべきことではなく、むしろ普段の稽古通りであった。


 英雄の言葉に照れるでもなく讐弥はカラカラと笑い飛ばした。



「僕はね、英雄クン。別に大層な男じゃないんよ。大日本皇国っちゅう狭い世界でちょびっと強いっちゅうだけや。僕は団子でも食べながら毎晩きれいな星を眺められればそれだけで満足なんよ。ま、そんときに隣にべっぴんな女の子でも侍らせとったら尚良しやけどなぁ」



 英雄の汗も気にせず肩を抱くように腕をかけてきた讐弥。英雄は顔を赤くしてわなわなと首を振る。



「ボ、ボクは男の子ですってばぁぁー!」


「ハハ、冗談や冗談。僕の女性の好みはおっぱいが大きくて長い金髪の()やからね。英雄クン、胸小さいやろ? 僕の守備範囲外やで」



 それに僕はギリギリ成人済みやから中学生に手ぇ出すんは犯罪や、と茶化しながら讐弥は英雄の空のドリンクのボトルを受け取り膝に手をついてよっこらせと立ち上がった。

 誰がどう見ても少女としか思えない容姿をしている英雄は胸元を手で隠すような身振りをしながら『だからボクは男の子ですっ!』と健気に主張している。


 讐弥はケラケラ笑いながら手を振って道場を後にした。英雄はそんな後ろ姿を見ながら、どうしてあんな親切で面白い人が揚羽ノワールを殺せなんて物騒な命令を自分に下したのだろう、と首をかしげた。

 なんてことのない小さな小さな引っかかり。それでも讐弥の寂しげだが温かい背中を遠目に見ていると大きな疑問に変わっていく。


 わからない。尊敬していて大好きな黄昏暁のことも、自分にとって師匠のような存在の心宿讐弥のことも、わからない。わからないならわかりたい。わからないからわかりたい。

 畳の上に身を投げ出すようにゴロンと転がった英雄は、ふぅ、と一つ大きく溜息をついた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 普通の男の子は胸元を手で隠す仕草なんてしないのよ英雄クン…… [一言] 今回も面白かったです。
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