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第29話 狂った犯人像

 壁はセメントで塗り固められ四方全面が灰色だ。見上げれば、天井には直径が五、六メートルほどの歪な穴がある。自分たちはそこから落ちてきたのだろう。ハシゴ自体はちゃんと床まで続いていた。

 穴の大きさから、部屋は百畳ほどありそうだと概算する。旅館で宴会などに使われる大部屋が大体それくらいの広さなので、かなり大規模だと言えよう。


 二人は立ち上がって服についた汚れを払い落とす。スピカは自分たちがクッション代わりにしてしまった机、というよりそこに置いてあったであろう数冊の本を拾い上げた。一方でナツキは周囲を見渡すと部屋の隅へと向かった。


 こちらにも木のテーブルがある。そしてテーブルにはスタンドが並んでいて何本もの試験管が置いてあった。中にはボコボコと化学反応を起こしているものや、青や緑といった様々な液体が入っているものもある。

 化学の知識がないわけではないが、知識だけでは経験を越えられない。液が放つ刺激臭や不気味な色合いを見てもそれらが何の溶液、ないしは薬品なのかはわからなかった。


 壁に沿って実験器具の置いてあるテーブルや三メートルはありそうな高い本棚がびっしりと詰められている。壁のさらに高い部分には長さが一、二メートルある電灯がこちらもまた隙間なく並んでいて、地下にいることを忘れさせるほど眩しい。


 ナツキたちが落ちてきた天井の穴は部屋の端にあたる。その逆側、ナツキたちからすれば奥に相当する場所には電気椅子のごとき背もたれの長いアームチェアが鎮座していて、この部屋で最も違和感を与えている。

 遠くにあるその椅子を調べようとナツキが一歩進んだとき、スピカが声をかけた。



「アカツキ、ちょっとこれを見て」


「どうかしたのか?」



 スピカは手元の本をナツキに手渡す。



「これは……日記、いや、レポートか?」


「この厚さと装丁だからてっきり普通の本だと思ったんだけど、そうじゃないみたいね。もしこの部屋の本棚の中身が全部そういう自力製本なのだとしたら、そいつにあるのは……狂気ね」


「『四月三十日。理論は完成しているので実験段階に移行する。まずは素体を三体用意した』『五月二日。素体のうち二人は発狂したので廃棄。一人は経過反応を見る』『五月五日。さらに素体を五体追加した。薬品の調整には慣れてきた。今度は壊さない』『五月十日。五等級が生まれた。足りない。足りない。足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りないこの程度ではあのお方は評価しない』『五月十八日。集めた素体は二十にもなった。四等級に成功した。ゴミには違いないがまずは成果を喜ぼう。科学とは進歩の積み重ねだ』『五月二十五日。我はついに成功した。これであのお方、父上もさぞお喜びになる!』ざっと訳すとこんなところか」



 ナツキは読み上げるとパタンと本を閉じた。書き殴るような筆跡で、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語などの語彙や文法の混在した文章が書き連なっていたのだ。



「狂気、ククッ、言い得て妙だな。これを書いた奴はまともじゃない。ネジがかなり飛んでいやがる」



 他にも足元に転がっていたり本棚に並んでいたりする本を引っ張り出して中を確認するが似たような調子だった。まず日付があって、様々な言語が混じった文章が続く。その後には写真よりも緻密で正確なのではないかというほどの実験器具のスケッチや、グラフ、表、化学反応式が何ページにもわたって記されている。



「ひとつわかるのは時系列としてそれが最新っていうことね」


「ああ。この五月というのは今年のことだろう。本の後半もまだ白紙だ。それに、二十人……。素体とやらがもしも拉致した中学生たちのことを指すならば……」



 英雄は二十一件目だ。件数的にも日付的にも五月二十五日の記述は英雄のことを示しているのだろう。



「成功、ね……」


「なるほどな。だからここはもうもぬけの殻なのか。成功したからこの実験部屋は用済み、と。そして、廃棄、という言葉も気になる。つまり成功しなかった者は俺たちが戦った連中のように廃人状態で地上に出されるか……捨てられる」



 それが何を意味するのかわからないほど二人は馬鹿ではない。だからこそ『狂気』という言葉を用いたのだ。イカれた文章もイラストも所詮は副産物的なものに過ぎない。平気で少年少女を拉致し、挙句の果てに廃棄する、そうできてしまう価値観に対して狂っていると評したのだ。

 ましてスピカの場合は、『非能力者を能力者にする』という非道徳的な実験概要を知っている。単なる怪文書だと読み取ったナツキ以上に反吐が出そうだった。


 見捨てられた者たちに対して祈るようにナツキは数秒目を瞑った。悲痛な面持ちは消えない。



(だが、この狂った犯人が言うところの『成功』とやらに英雄が該当するならまだ救いはある)


「ねえ、アカツキ、あれって」


「ん?」



 スピカが指したのは当初ナツキも注目していた一脚の椅子……ではなくその横。部屋が広く遠いのでよく見えない。



「扉よ、あれ」



 言われて、目を凝らす。たしかにドアノブのようなものが出っ張っているようにも見える。

 二人は本を閉じて椅子の方へと歩いた。たしかに椅子のすぐ横に扉がある。ところどころ薄汚れた白い扉だ。その割に壁が一面セメントの灰色な上に照明だけはしっかり無駄に多いのでいやに真白に見える。


 ナツキはおそるおそるノブを捻って扉を引いた。

 開いた先はまたも暗闇。地下なのだから当たり前と言えば当たり前だが。そしてザ――――という音が絶え間なく聞こえる。



「これは、水の流れか?」


「そうみたいね。どうする? 行ってみる?」


「ああ。この部屋にこれ以上何かヒントになるものがあるとは思えんが、まあ用があればまた工場から入ればいいだろう」


「そう。私ももう充分だから行きましょうか」



 そうして再び二人は暗闇へと踏み込んだ。



(あの『父上』という言葉。そして財団の存在。ということは今回の首謀者は……)



 面倒な相手になりそうだ、と内心スピカは溜息をつく。だがひとまずはこの扉の先の調査だ。もしかしたらこの先にスピカの追う財団の手の者が、そしてナツキの探す英雄が、いるかもしれない。二人はそれぞれの目的のため新たな未知へと踏み出した。


ストックがまずいので休日も一本ずつしかあげられそうにないです。すいません。

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