表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
286/377

第286話 妾の名は

第135話:『よいか? 黄昏暁。全てが妾じゃ。おぬしが学び舎で書物を通じて学んだ聖皇と称される人物。数千年もの間、それらは常に妾ひとりというわけよ』

 まだ私の知っている日本の面影はない。

 

 ここは西暦三世紀前半くらい。

 といっても前の世界よりは多少西暦の開始が早まっているので、私の知っている三世紀とは異なるのだろうけれど。


 困ったことに私は現在が具体的に西暦何年で前の世界の同じ西暦より何年早く始まっているのかを正確に計測できていない。その術がないのだ。


 でもまあ、やれることはやった。この場にいる者たちも皆すくなからず私の血が流れている。ひ孫のひ孫のひ孫のひ孫の……が百か千か続くくらいの子孫だ。

 火や土器、作物を教えるのも早かったため、文明の発展速度も前の世界より断然早いはずだ。十六万年を私は無駄にせずに積み上げた。全てはメイオールへの人類反逆の狼煙である。


 ブラッケストに施した時間停止はまだ解除していない。最低限、私が経験した医療レベルになるまでは怖くて育てることはできない。もっと先の話だ。


 さて。今の私は三世紀前半の日本にいる。

 本来はここで卑弥呼が登場し、日本で形成されつつあったムラとかクニとかいう社会集団の概念を束ねていくのだが……。

 すまない卑弥呼よ。そんな人類進歩の大転換点を放っておくわけにはいかない。申し訳ないが私が指導者として大衆を導かせてもらう。全ては文明が素早く進歩するためだ。


 たしか卑弥呼は鬼道という占いで人々の信仰を集めたんだったか。ああ、お生憎。占いは昔から私の特技だ。


 それに自分で言うのも照れくさいが容姿も整っている。人心掌握も割と簡単になってきた気がする。初産のときから胸も大きくなった。今ならティアたちと並んでもサイズ感は遜色ないかもしれない。

 そして私は部分的に自分に時間停止を施している。脳と意識だけは切り離し、肉体の時間を止める。怪我もしないし老化もしない。十六万年、ずっと張り艶を維持した若い姿でいる。


 これ以上ないほどの女王の要素に我ながら笑いがこぼれる。最初はただの中学生で、そのうち地球を救う船のリーダーになって、今ではとうとう女王様だ。これからますます世界の人類史に大きく干渉していくことになるだろう。日本も、日本という名前ではない別の国になるかもしれない。

 

 この世界線はもう私の知る前の世界とは違うのだ。


 そう、せっかくなら、私も王としての名を名乗ろう。元の世界線の私の祖国には皇室があって陛下がいらっしゃった。でも私にはそんな大層で立派な血筋はない。所詮は異星人を倒すまでの仮初の王。

 この世界線でどんな王になったって、結局は時任聖でしかない。



「そうじゃな……。ならば、妾の名は──」



 西暦三世紀。私は集めた群衆に名乗る。私の名は──。



〇△〇△〇



「聖皇陛下」


「……ん? なんじゃ」


「いいえ、何かお考え事ですかな?」



 京都の能力者組織、授刀衛。その中で選りすぐりの人間で構成された幹部、二十八宿。

 二十八宿の一人で南方朱雀を司る鬼宿(たまとめぼし)剛毅が心配そうに聖皇に声をかけた。


 ここは京都平安京。内裏である。部屋は暗く灯りは四隅の燭台のみ。

 聖皇は御簾の向こうにおり姿は現さない。御簾の前には二十八名の男女が整然と座っている。剛毅はもちろん、北方玄武を司る結城英雄の姿もある。正座に慣れていないのか足が少し震えているが。

 これは聖皇と二十八宿が一堂に会して行われる定例会議だ。同時に、大日本皇国の最高意思決定機関でもある。いわば御前会議。



「クックックッ、考え事というほどのことではない。少々昔のことを思い出しておってな」


「そないな風に軽く言うとりますけど、聖皇はんにとっての昔って僕らにとっちゃ歴史の授業になりますがなぁ」


「おい、心宿(なかごぼし)。陛下に無礼はいけねぇよ」



 細眼の優男が関西弁でお茶らけた発言をし、剛毅がそれを諫めた。剛毅は二十八宿の中でも平安京の治安維持担当だけあって、こういう二十八宿の集まりでも規律や礼儀を重んじるタイプである。


 聖皇は『構わん』とだけ口にした。彼女が構わないと言えば構わないのだ。どれだけこの国が大きく広く長い歴史があろうとも、すべては聖皇ただ一人のものである。


 二十八宿。それは中国発祥の天文学、占星術で、江戸時代に日本に入って来た。

 地面を基準に宇宙を天球という半球のドーム型に見立て、(そら)を二十八個に分割したのが二十八宿という考え方だ。


 彼女は知っていた。東洋の占いに関する造詣が深かった彼女は()()()()()のときから二十八宿という言葉を知っていた。


 地球を守護し覆うように形成される天球の名を国内屈指の能力者たちに与えているのは、まるで宇宙の外敵から地球を守ろうとしているようで……。


 その言葉に秘められた本当の意味は彼女しか知らない。



〇△〇△〇



 シリウスは星詠機関(アステリズム)の本部ビルで報告書に目を通していた。イギリスでのシアン・ネバードーンとの一件についてだ。黄昏暁とのこと、脱獄していた犬塚牟田のこと、何よりシアン本人のことが事細かに記されている。もちろん戦闘映像は普通にテレビに流れていたので資料としてシリウスも保存しているのだが。

 報告書の最後に作成者の名前が記載されている。


『スピカ』


 それは星詠機関(アステリズム)の幹部である二十一天(ウラノメトリア)の一人にしてナツキを恋い慕う少女の名。

 スピカはあくまで二十一天(ウラノメトリア)での通り名(コードネーム)であって本名はアルカンシエル・ネバードーン。ブラッケスト・ネバードーンの娘である。


 報告書を読み終えたシリウスはタブレットで動画ファイルを開き、スピカと高宮薫の戦闘映像を再生した。

 白銀の長髪を振り乱しながら美しく戦うスピカの姿が映し出される。



「ああ、よく似てきた。そっくりだよ。きみの祖母にね」



 二十一。それは天に浮かぶ一等星の星の数である。なぜシリウスは星詠機関(アステリズム)の最高幹部たちに最も輝く星の名を与えたのだろう。まるで宇宙に張り合うべき相手がいるかのように。


 その言葉に秘められた本当の意味は彼しか知らない。



〇△〇△〇



 壮年の男性がソファでワイングラスを揺らす。レコード機の針がぷつぷつとノイズを立てながらクラシック音楽を奏でる。荘厳なピアノ曲だ。

 その横にタキシード姿の老人が控えている。



「色々とご苦労だったな。セバス」


「どのことを指しているか私にはわかりかねますが、ブラッケスト様の命ならばなんなりと」


「そう畏まってくれるな。全てだよ全て。南極の件もイギリスの件もだ」



 恭しく頭を下げる執事のセバス。ブラッケストは五十代だというのにまったく衰えはなく、実年齢を知らない第三者がこの光景を見たらセバスとは親子以上に年齢が離れているとすら思うだろう。

 並外れたオーラと風格を放ち漆黒の眼にはギラつく力強さがある。



「全てが舞台装置だ。当主争いも、イギリスの件も、全てがな。最後はたった一人に集約される」



 ブラッケストはソファ横の小テーブルの上からダーツを一本手に取り、壁に放った。ダーツボードの中心に深々と突き刺さる。奇しくも彼の腕前は叔母譲りだった。


 ダーツボードには一枚の写真が貼られている。刺さったダーツが振動でまだ揺れている。

 写真の人物は赤と青のオッドアイをしていた。神々の黄昏を暁へと導く者。写真の少年が立ち向かう神々の黄昏(ラグナロク)とは本当に神々に戦いなのだろうか。或いは、もっと別の──。


第七章はここまでとなります。第五章と第七章は本編と関係のないわけのわからない話で読者の方々を混乱させたことと思いますが、やっと本編に戻ってきました。次の第八章から元の時間軸に戻ります。


第四章最終話の第163話と第五章最初話の第164話ではそれぞれ世界各地の首都の天気予報がテレビで流れますが、その首都が食い違っています。現実世界に対応しているのが後者です。普通に日本の首都は東京です。日本の首都が京都になっている前者は異なる世界線というわけですね。


私事になるのですが自動車学校の合宿に二週間ほど行くため投稿ができません。書き溜めもありません。更新は少し先になりそうです。ブックマーク等をして待っていただければと思います。


先日、累計アクセスが20万を超えておりました。字数ももうすぐ100万文字を超えます。ここまで続いているのも読んでくださっている皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ